「災害ボランティアコーディネーター養成講座」第2回
が県民センターで開かれました。その受講記です。
1・関東大震災から学ぶ10:00〜12:00
お話は小堀鐸二研究所副所長武村雅之氏
現在の地震学はそのメカニズムや規模、実態を起ってしまった地震については数日で解析出来るが 将来の発生予測については、確実に予測するのが困難である。
また、理系の地震学者は歴史が嫌いで過去から学ぼうとしない。
今回の東日本大震災は 1,000年に一度の貞観地震(貞観11年:869年)以来と言われているが実はそうではなく1896年(明治29年6月15日)に今回と同様、いわゆる太平洋プレートが潜り込む境界で地震が起こり、大津波によって三陸地方を中心に2万人以上の犠牲者が出た。
さらにその37年後の1933年(昭和8年3月3日)には、今度は日本海溝の東側で同じ太平洋プレートが割れて地震が起こり、再度の大津波で、やっとのことで復興した村々が再び壊滅的な被害を被った。
その経験から三陸海岸の北部は意識が高く避難が出来て今回、犠牲が少なかったが 湘南や横浜のように津波が来ない(津波が来ても小さい)と思われていた南三陸や仙台平野に犠牲が多く出た。マスコミでは報道していないが津波が来ないという意識から津波を見に行って亡くなった人も大勢いた。震災後「海岸に何百体も遺体を発見」の報道はまさにそれである。
そしてそれ以前にも(今回の東日本大震災と全く同じような)慶長三陸地震(けいちょうさんりくじしん)は、1611年12月(慶長16年)現在の岩手県三陸沖を震源として発生しマグニチュードは8.1で津波は、田老や大船渡で最高20m前後の高さで仙台6〜9m、相馬5mであった。地震学者は過去の歴史から学んでいない。
関東大震災では東京で10万5千人亡くなり横浜で2万7千人が亡くなった。被害状況、犠牲者の多かった所と少なかった所の明暗、教訓等を話された。
根府川駅では駅舎ごと地滑りで流されそこへ海からも津波が押し寄せたそうです。山津波も海津波も地震発生と同時に迷わず高台へ避難することが原則でいつ起こってもよいように準備を怠らないことが必要と述べられていました。 耐震補強により地震の犠牲者が減っているデーター等の話もありました。
地震とどう向き合うか(1・自然を知り2・耐震補強をする。3・自助、共助、公助)自然を知ると謙虚になり畏敬の念を持つようになる。普段から地域と日常的につながりを作って行く事が大切である。
天災が引き起こした人災(原発事故)、もっとひどい今の政治家への怒りを感じます。
午後からは
2・阪神・淡路大震災から学ぶ(13:00〜15:00)
芦屋市危機管理担当課長今石佳太氏
3・地域での減災活動の実際(15:10〜16:10)
座間ボランティアネットワーク副代表濱田政宏氏の講演でしたが詳細は別途、時間があれば報告します。
写真は県民センターと災害ボランティアネットワークの事務所です。