緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
  石巻開成仮設団地支援イベント                                            
 石巻開成11仮設住宅はかなり大きな団地でお年よりだけでなく若いご夫婦や子供さんもいて集会室も大きくそこでバザー、ペーパークラフトをやりました。
 
 KSVN(神奈川ボランテイアネットワーク)の女性陣バザー組は手作りニット帽子、マフラーなど、仮設のお客さまに値切り交渉して貰ったり、試着して貰ったり楽しく会話しながら売り子をやっていました。
ペーパークラフト組(写真左)はお茶っこしながらクリスマスオーナメントやサンタさんやランタン作りを仮設の人と作っていました。
 
午後からはフラワーアレジメント、3時からはコンサート(ハッピープロモーション:写真右)と 長野のボランテイア団体が大鍋で作るうどん入り芋煮会も手伝いました。「入れ物がこれしか無いから。」と鍋を持ってくる人「家族の分もくれ。」と鍋を持ってくる人等どのイベントにも結構、たくさんの方が集まってくれ賑わいました。
外ではNGO魅来「笑顔(^o^)届け隊!」の花植えや「ちんどん喜助」豆太郎さんがチンドンと仮設団地の中を回っていて子供達に人気でした。
 
写真下はペーパークラフトで出来た作品の例です。







復興にはほど遠い石巻の風景
  宮城54便参加者にはボランテイアが初めての人もいたので「頑張ろう石巻」の甲板のある所に寄って全員で黙祷を捧げました。
 
 バスの車窓やそこから見た風景は(瓦礫の撤去は進んでいるものの)震災の爪痕はそのままで目にする風景は夏に来た時と変わっていません。
 「頑張ろう石巻」の甲板の近くの工場の煙突から煙が出るようになっていた事と道路の信号が復旧していた事に唯一「少しは復興して来たんだ。」と思いました。
神奈川で見るテレビや新聞はクリスマスや年末商戦などにかき消され(震災の事など時々しか報道されず)さも東北の復興が終わったような錯覚でどんどん風化しているように思います。
しかし全然、復興は進んでいません。初めて来た人はショックだったようです。私達は東北を震災を忘れはいけません。







石巻仮設支援ボランテイア

 宮城54便(石巻仮設住宅支援便)はテント、机、機材を積み込み横浜駅天理ビル前を25日21:02出発し無事、予定の作業をこなし5時20分帰着ました。 
この宮城54便の参加メンバーは女性20名、男性11名、スタッフ5名総勢37名の20歳から71歳まで大学生4名を含む若い女性が圧倒的に多い参加構成でした。現地のニーズ掘り起こし調査と仮設支援は活動の幅が広い為、スタッフ数の多い便となりました。
 
25日の出発は4台(宮城54便、宮城55気仙沼便、岩手45便、コラボ便)のバスが同時出発、天理ビル前も大混雑で 最初の休憩地佐野SA(11/25 23:40)でもボラバス4台がそろって、見知ったスタッフが大勢居合わせ、さながら同窓会の雰囲気でした。嬉しいお見送りの中、出発できました。
                                                                              道の駅「上品の里」(4:17に到着8時出発)トイレ、コンビニ休憩、睡眠など時間調整をしました。石巻の朝は4℃と寒い。 11/26 8:51「がんばろう!石巻 」の看板の前で全員黙祷。前の道路は信号が出来、近くの工場の煙突から煙が出ていて少しは再会が進んでいるようでしたが延々と広がる津波のあとの風景は夏と変わっておらず瓦礫を片付けたあとの空き地が多くなって車も野積みされたままです。
                                                          石巻ボラセン(湊小学校)で荷物の運搬作業の別動隊7人を降ろしてから専修大学に向かい倉庫からバザー用品を積み込み石巻開成11仮設住宅に入りました。                                                                                 石巻開成11仮設住宅はかなり大きな団地で大きな集会室がありそこでバザー、ペーパークラフトをやりました。
 
KSVN(神奈川ボランテイアネットワーク)の女性陣バザー組は手作りニット帽子、マフラーなど、仮設のお客さまに値切り交渉して貰ったり、試着して貰ったり楽しく会話しながら売り子をやっていました。ペーパ=クラフト組はお茶っこしながらクリスマスオーナメントやサンタさんやランタン作り仮設の人と作っていました。
外ではNGO魅来「笑顔(^o^)届け隊!」の花植えや「ちんどん喜助」豆太郎http://ameblo.jp/chindon-kisuke/がおもちゃを引きながらチンドンと仮設団地の中を回っていました。5月頃から定期的に商売を休んで来ているそうです。
 
午後からはフラワーアレジメント、3時からはコンサート(ハッピープロモーション)と外で長野の日赤奉仕団(松本市白板北部公民館)が大鍋で作るうどん入り芋煮会でした。「入れ物がこれしか無いから。」と鍋を持ってくる人「家族の分もくれ。」と鍋を持ってくる人等どのイベントにも結構人が集まってくれました。神奈川の私達もあとでご馳走になりました。体がぽかぽかと美味しかったです。長野の地酒の振る舞いもありましたがお酒は丁重にお断りしました。
 
ミニコンサートは1960年代、70年代のヒット曲が中心で他に”青葉城恋唄”等地元の有名曲もあり最後にはアンコールの声もかかる程の盛況で終わって帰って行く皆さんから笑みが零れていました。
イベントと同時に団地の一戸一戸にお誘いの声かけを2〜3人ずつグループでローラーをしました。震災から8か月も立っても家族を失った悲しみや津波の恐怖から立ち直れず人と会いたくないという人の話を聞き一緒に涙しました。足が悪いとか外に出られない人にはデリバリーしました。芋煮を届けに行った時の嬉しそうな顔は忘れません。「また来るすっけ。風邪っこひがねぇようにな。」と帰りました。
 
11/26 16:51に活動終了し、荷物を積み込みバスに乗りました。帰りの道の駅「上品の郷」にある「ふたご湯」で買物、お風呂、食事をしましたがここで3時間とここでの時間が長かったです。
帰りのバスの中では惨事ストレスもあるので一人ひとりの振り返りをしました。住民に触れる事で聞いた津波の悲しい体験、仮設で困っている事、参加者の強い思いが語られ、上品の郷から安達太良SAまでの2時間10分では全員の話が終らない長い長い振り返りとなりました。
 
帰りの時間は開成地区第11団地(16:50発〜)→上品の郷、ふたごの湯(17:05〜20:10)→安達太良SA(22:20〜22:50)→佐野SA(0:52〜1:07)→大黒PA(2:53〜)時間調整・4:30発 →5時20分帰着・解散5時50分です。詳しい事は
 
 《速報》宮城54便ボランティアバス(石巻行)から(11/2511/27)http://ksvn.jp/blog/vol-bus19373.html
 
NGO魅来「笑顔(^o^)届け隊!」(藤吉代表)のブログは
http://egaotodoketai.web.fc2.com/            







2011/11/25 12:53:01|美しい街・緑が丘
緑が丘からの富士山

 25日、今日もいいお天気です。
緑が丘からの富士山が奇麗です。
緑が丘住宅の上の中里水道局配水池から富士山が一望できますが、電線の鉄塔がドーンと真ん中に座っています。
 
 
 
 
裏山の道を登って富士見平(虫窪)に出るとあっちこっちビューポイントがあります。
この写真は西久保からの24日朝、昨日のリクと散歩中での写真です。
 
 
 この頃、出かけてばかりでブログが間に合いません。
今日から宮城54便(石巻仮設支援バス:25日〜27日、車中2泊)にスタッフ乗車です。
 
 私のボランテイアはまだ8回目、長期で行きたいとも思うのですがお袋の事も気になるし他の活動があり日程が取れないので行けるときに短期でのボランテイアです。
 
 会社を休職したり、大学を休学したりして多くの若者が(年配者もいますが、)ボランテイアに全国各地から集まっています。
 遠野市の金太郎ハウスに専任で入っているAさんは住所を神奈川から金太郎ハウスに移したそうな。プレハブに住所を移した人は初めてだとか遠野市役所もいきがいいですね。
 
「日本の若者は捨てたものでは無い。素晴らしい。」というのがが私の実感です。







2011/11/25 12:50:22|その他
傍聴者に喋らせるなと言わんばかりに「短く、短く」と発言を制止の特別委員会
 第9回二宮町議会基本条例制定特別委員会を傍聴してきましたが
 
傍聴者には喋らせると言わんばかりに「短く、短く」と発言を制止された特別委員会でした。
 時間:10 時00 分〜12時
 出席:議長、病欠を除く委員全員7名、傍聴議員4名、傍聴者2名
 
 議題は法政大教授廣瀬克哉先生から二宮町議会基本条例素案に頂いたコメントを踏まえながら条文の文言について討議であった。
1.第3条 議会の活動原則「わかりやすい議会」の規定について
2.第6条 会派
3.政策討議
4.調査活動
5.通年議会
6.意見交換の場、議会報告会
7.反問権
8.計画の議決
9.危機管理
10.条例の見直し・・・等
 
委員会議題が一通り終わって、委員会を休憩扱いにしてから傍聴者にも意見が求められた。
 
 私が手をあげて指名されるやいなや「短く、短く」と発言を制止するように(9回目の制定委員会にしてようやく初めて出席した)杉崎議長が喋らせるなと言わんばかりに「短く、短く」と奇声をあげ つられて司会役の委員長も私が発言する前から「短く話して下さい。」と私も短く短くポイントだけを述べましたが議員の皆さんには伝わったのだろうか。
 3分も話していないのに発言の途中でも「短く、短くして下さい。」とはじめから聞く気があったのかと疑いたくなる。「開かれた議会、わかりやすい議会をめざして議会基本条例の制定を進める委員会が町民の意見を聞くために発言の場所を設けたわけではないのですか?」と強く言いたい。
 
それで私が述べた意見はポイントのみ次の事です。(かっこ)書きは補足です。
1・「わかりやすい議会」というが(傍聴者にも資料として配布されてある廣瀬コメントは良く分かるが、)素案の資料も無い傍聴者が特別委員会の議論を聞いてもわかりずらい。傍聴者にも素案を出して欲しい。
2.調査活動については議会活動の質を高める場(議員間討議や政策勉強が一緒にできるような委員会)や研修会(例えば自治法、予算など)を制度化すべき、
3.通年議会の討論である議員から「町民が決めたら我々議員は何の為にいるのかという主旨の発言があったが町民が決められる事項があったら聞きたい、国会の議員内閣制(間接民主主義)と地方の2元代表制がわかっていないのではないか?地方議員は住民の意思の代表者である。
4.通年議会と反問権について(「議員の縛りになる。」とか「我々がそこまで出来るか?」「通年議会にしたらどこにも行けない。議員の自由が無くなる。」と言う議員がいたが、)26日のタウンミィテ―ングもある事なのでそこで町民の意見も聞いてはどうか?
5・この委員会の論議に住民参加と情報公開の議論が少ない。(住民参加と情報公開こそが鍵である。)
6・議会改革は議員の仕事では無い。議員が仕事の質を高める為の制度をどうするかという視点も忘れず基本条例を考えて欲しい。 以上ですが 
 
あとで委員長から素案は町HPに載っていると言われました。私もうかつでしたが町民にわかるように載せて欲しいです。素案の町ホームページは http://www.town.ninomiya.kanagawa.jp/gyosei/gikai/gikai_h23/110824siryou.pdf
26日に山西防災コミセン13時30〜で「町民と議会のタウンミーティング」が開催されます。
町民の皆さんは是非、そこで素案の中味について聞いて意見を出して下さい。