60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2014/12/28 17:21:00|思うこと
退職の年も終わろうとする今(1)

あと 僅かですが 今年も

一年を 振り返ってみます


一番強く 実感することは

”明日、 会社に行かなくても良いんだ”

日曜日の夜

これが頭に浮かんだ瞬間が 最高です


24時間 自由

何時に寝ても 何時に起きても

何処へ行こうと

縛られるものが ない

反対に することが ないと言う

事態に なることも


59歳のときから

定年後 何をしようと 考えてきた

実現出来ているのも あるが

そうで無いものが 多々 多い


思いつくままに ちょびりちょびり書く

シニア勤務終了(63歳+α)で

株とかを 止める 予定だったが

今も 継続中

今年は 株高 円安で

助かっている

少ない年金の 埋め合わせ

目下 経済的に

困る 境遇ではない


ブログを 書くことは

正解でしたね

勧めてくれた 先輩に感謝

株もそうですが

文才が まったくない 私でも

それなりに 無い頭をひねる

写真を 掲載するのも

良いことで

どこかに 出掛けるとか

何かに 参加するとか

しないと 撮るものがない


歴史・地球を学習 英語の本を読むとか

ほぼ 玉砕の状態

どうにか 11冊

英語は 1冊のみ

しかも 超簡単なもの

赤ん坊も 読める


本は 図書館から

70冊 借りて 読んだ

本を読むことが 

如何に 難しいか

時間は 有り余っているのだが

それが 出来ない

自分自身の 気持ちの問題で

あることは 判っているが


写真
逗子のとんび(こう有りたいが)
逗子湾のヨット


今日
1065年 ウェストミンスター修道院が建設
1180年 南都焼き打ち
1682年 「八百屋お七」が自宅に放火
1908年 シチリア島で大地震 死者15万人
1986年 余部鉄橋から回送列車が転落

誕生日
1903年 フォン・ノイマン
1934年 石原裕次郎
1941年 渡哲也
1953年 リチャード・クレイダーマン















 







2014/12/27 19:03:00|IT三日坊主
それは突然に来たPCのバッテリー

安いラップトップPCは ダメなのか

水曜日 バッテリー充電アイコンが

おかしいのに 気付いた

”0%が使用可能です

電源に接続:充電していません”

何だこれは

買って まだ

8カ月 それは無いでしょう


勤めてた時 この会社のPCを

使っていたが こんなことはなかった

経営が中国系に変わって 品質が低下?


早速 ネットでサーチ

解決策は ”バッテリー交換” しか

残されてないようだ

"Energy Manager" で見ても

残量”0”だ


仕方ない サポートセンターに

電話する

状況を説明したら

「Energy Managerの ゲージリセットを

実行してください」 と

さっそく クリック

時間が 掛かりそうだ

「それでも直らなかったら

修理(交換)が必要です」

受付番号を 教わる

待つこと 40分(?)

結果は 残量ゼロのまま


翌日 修理委託会社に電話を

しようと したら

運よく Web修理依頼のページを発見

早速 依頼した

夕方 返事が来る

言われた通りに 必要事項を

記入して 再送


翌日 27日(土)に引き取りに来るとメール

ただ 時間が 9:00-18:00 と幅がある

今日は 一日自宅待機に

結局 来たのは 16:00

風呂に入ろうとした 直前

佐川急便だ


幸いなことに 梱包箱持参なので 助かる

見たら 専用の回収箱のようだ

本体 電源コード アダプター

「お預り票」 受け取る

帰ってくるのは 年明けだ


今度 寿命が来ても

修理はしない

2万円程度掛かかる

4万幾らで 2万円はないでしょう

安いので ユーザがバッテリ交換

不可能なのだ

そんなこんなで 日が暮れました


写真(昨日の真鶴岬)
貴船神社2枚
海の青さが際立つ
遊歩道


今日
1198年 源頼朝が落馬 翌年死亡
1958年 「国民健康保険法」公布
1966年 国会が黒い霧解散
1982年 加藤保男がエベレスト初の単独登頂に成功。帰路消息を絶つ


誕生日
1758年 松平定信
1780年 頼山陽
1822年 ルイ・パストゥール
1901年 マレーネ・ディートリヒ
1943年 加藤登紀子
1950年 奈美悦子












 







2014/12/26 15:52:00|ぶらぶら歩き
田舎のリズムをきざむ真鶴半島

森林浴に 真鶴半島へ

何度も 来たところだが

駅から歩いて 先端まで行くのは

初めて


10:30 真鶴駅に着いた

小田原から西は さびれた駅ばかり

昔ながらの駅を 後に

横断歩道を 渡る

当初の計画には 無かったが

大きな看板に誘われ

「荒井城址公園」へ 登る

説明の 看板もない

普通の公園だ

だが 管理事務所がある

なんとも 不思議


急坂を下る

10:43 大きな道に 合流し

先端を目指す

車は ときどき行き来

人は たまに会うだけ


11:09 昔 何度も宿泊した 保養所に

色はあせたが そのままだ

30数年 経つのが わかる


11:20 中川一政美術館

芸術センス ゼロのわたしには

お呼びでない

美術館の 脇の道を 行く

大きな木の 中に来た

この木は 原生林かと思っていたが

どうも 違うようだ

300年前に 植林されたものらしい

それでも 森林浴には十分

人はいないし

たまに 車が通る


左手に 「森林浴遊歩道」の標識が

入って行きたい ところだが

どこに出るのか 判らない


11:35 今度は 右手に 「番場浦遊歩道」

海側なので 入って行く

人もいなくて 良い

高い木 波の音 鳥の声

これだけだ

11:44 海岸に出た

ここも わたし一人と 思ったら

3人の男女が 降りて来た

静寂を 破られては かなわぬと

海岸沿いの 遊歩道を急ぐ  


11:52 半島の突端に着いた

三ツ石が 目の前に

歩いて行けそうだが


海水に浸かりながら

何かを取ってる おじさん二人

近づくが

足が 何度もすべる

靴も 海水に濡れた

石の 海藻のせいだ

あきらめた


家族連れ 年配の夫婦

写真を撮り合っている

若い人は 見かけない


階段を 登る

途中 見晴らし台カフェが

客がゼロ

おじさんが こちらを見てる

でも 入りません


12:08 上に出た

貝殻博物館

さっと 通り過ぎる

車道を 来た道と 反対側へ

真鶴港につながる道


12:33 磯料理の店が 何軒か

あくせくしてる 店はない

ゆったりだ

お客は どこにいるのだ

わたしを 除いて


歩きながら 今日の昼飯は

Coco壱番屋の カツカレーに

決めてある

がまん がまん


12:47 貴船神社

ここは 立ち寄らなければ

昔 息子の友達が

ここの 神主さんの子供でした

何度か 遊びに来てた

通ってた 塾の友達

そんなに 大きくないが

日本の三大舟祭りの ひとつ

貴船祭りが ここだ

13:35 駅に到着


岩海岸 ゆめ公園は 次回に

延ばします

既に 17,000歩

3時間 歩きっぱなしで

一度も 腰を下ろしてない

疲れました


同期入社の友達に

会うことも無く

会社の同僚だった人にも


写真
真鶴港
番場浦海岸
三ツ石
見晴らし台カフェ

今日
 939年 藤原純友の乱
1159年 平治の乱が終結
1898年 キュリー夫人がラジウム発見を公表
1965年 シンザンが有馬記念で優勝 5冠
1986年 落合が日本人野球選手初の1億円選手
1991年 ソビエト連邦の消滅を宣言


誕生日
1542年 徳川家康
1862年 岡倉天心
1888年 菊池寛



















 







2014/12/25 14:27:00|ぶらぶら歩き
驚きである!ここは日本か?

披露山公園住宅

みなさん 知ってました

披露山公園から 大崎公園に

行くのに

ここを通ります


なんで 驚いたか
 
一軒 一軒の敷地が 広い

300坪らしい

塀が まったくない

道路も 広すぎ


建物が 大きくて ユニーク

日本とは かけ離れた 景色

海外に 来たようだ


ガラス張りの室内に

男性数人が 話し込んでる

こちらを ちらっと見る

不審者なのだ わたしは


大崎公園に通じる

唯一の道なのだが

公園で 犬と散歩中の若い夫婦

どことなく おしゃれです


わたし 公園から 下りてくる

立ち止り 海岸に降りる道を 確認中

ボルボが こちらに向かって

目の前に 止まった

私と同年齢の 母親 その娘 その娘の子供

その娘さんが 上品で きれいです 

モデル 女優かなと 思いましたが

どうも 違うようです

この ボルボ

3台の 車が 止まってる

大きな家の前に 止まってました

ポルシェ ベンツ 国産車の3台


ここから 海岸線に降りる道を

探してたら 「大賀典雄」の表札が

どこかで聞いた 名前だ

思い出せない

工事の方にも 道を聞いた

「判らない」との 返事

皆さん 「多摩」「所沢」ナンバー

無理もありません

結局 降りる道はなかった

崖で 囲まれているから


ここから 脱出するには

悩んで 決めた

元に戻り

あそこの十字路を 右に行こう

正解でした 

公道につながった

その手前に 住宅管理事務所


帰宅後 披露山公園を調べてたら

この住宅地のことが 出てきました

ここ

日本屈指の高級住宅地

日本のビバリーヒルズ と呼ばれ

塀が 存在しないので 有名

住んでる人が 

松任谷由美

小田和正

三木谷浩史 (楽天の会長)

大賀典雄 (故元SONY会長)

みのもんた

反町隆史&松島奈々子

野際陽子

浜崎あゆみ

名前が出てない人は

昔からの お金持ちなのでしょう


中古住宅で

3億ぐらい(150坪)

多くは 300坪のようだが

大学卒の 生涯年収が

3億円程度 ・・・

ここは 一般の人は 入場禁止

そうです

一般人は 見てはいけません


会社の同僚だった 人も

逗子だったが

ここには 住んでないだろう

こんな世界が あるんですね

日本にも


写真
披露山公園住宅の風景


今日
1541年 ミケランジェロの「最後の審判」が公開
1809年 「大日本史」がほぼ完成
1897年 志賀潔が赤痢の病原体を発見
1926年 高柳健次郎が「イ」のブラウン管テレビ受像に成功
1943年 ビルマとタイを結ぶ泰緬鉄道が開通
1953年 奄美群島が7年10か月ぶりに返還
1975年 子門真人の「およげ!たいやきくん」発売


誕生日
1538年 前田利家
1642年 アイザック・ニュートン
1861年 ウェストン
1883年 ユトリロ
1899年 ハンフリー・ボガート
1921年 宮田輝
1926年 植木等
1975年 岡島秀樹(元レッドソックス)









 







2014/12/24 14:21:00|ぶらぶら歩き
読めますか 披露山公園

披露山 ひろやま と読む

逗子市にある 公園だ


名越切り通しが あまりに

あっけなかったので

ここに 上がる

標高 100mばかりの公園

脇道に入ったおかげで

道に迷うこと 2回


だが 眺望は 最高だ

逗子湾を眼下に

逗子マリーナ 葉山マリーナ

江の島 富士山と

海の広さを 実感

冬の太陽が

海面に 反射し まぶしく


家族連れ 熟年夫婦とか

それに とんび 

パンを 食べる

頭上 3mを とんびが 舞う

さっと 残りを 口に 放り込む

襲われては 大変だ


稲村ケ崎の 江の島・富士山より

海自体が 引き立つ


次は 大崎公園へ

披露山公園から 10分程度

ここも 同じで

逗子マリーナ が眼下に

向こうに 海 江の島 富士山

ほぼ同じ 眺望が


披露山公園の 入り口付近から

狭い道へ 入り

逗子海岸へ 下りる


それにしても すごい場所に

人は 住んでいる

崖の直下とか 急坂の上

買い物帰りの 主婦が

息を切らして 登ってる


海は ウインドサーフィン

カヤック

風が 無いので

浮かんでいるだけのような

サーフボード

海岸で遊ぶ 家族連れも多く

楽しそうである


ここから先は 葉山町

来年は 葉山に来ます

しゃれたパン屋が あるのだが

ローカル色 まるだしの私は

ちょと 引ける

パジャマでは まずいでしょうね


逗子駅に向かい 帰ることに

2万歩 12km


写真
披露山公園の展望台から
目の前の景色
大崎公園から
逗子海岸


今日
1777年 イギリスの探検家クックがクリスマス島に着く
1933年 日劇が完成

誕生日
1937年 平尾昌晃
1947年 柏木由紀子
1950年 生島ヒロシ


































 







<< 前の5件 [ 4281 - 4285 件 / 4654 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>