幻塾庵 てんでんこ
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2017/04/02 13:41:59|
雑記
田中和生さんの本 寸評
佐藤亨さんから、便りの続きが届いた。
田中さんのもの、読みました。震災を経験したことで目覚めた、日本人としての田中さんのヒューマニズムに貫かれた本で、日本というネーション/共同幻想を越えた、アジア人もしくは人間、というあらたな同朋意識を自覚させるものでした。
明治以来の脱亜入欧、あるいは、日本人に独特の加害者意識なき敗戦国(被害者)意識、そして戦後日本の、被爆国でありながら、今度は原子力を推進するという矛盾した経済優先の社会(それはまるで敵国アメリカを、戦後はあこがれ、それに追従し、西側にくみするという戦後日本のたどったコースと軌を一にします)の、猛進/盲信ぶり、そしてそれと共犯関係にあった「原子力」という神話/共同幻想が、震災によって一気に崩れ去り、震災を経て、戦後にはなかった、あらたな意識が(戦争に対するあらたな意識も)、やっと生まれつつある、と予言・示唆する本でした。
文学者の作品が小説を含め、数々引用されますが、一冊の文明論、日本(人)論として読みました。
「震災後の日本」という言葉が、今さらながら、印象的です。力作!
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2017/04/01 12:19:29|
雑記
田中和生さんの本
セルビアとスロヴェニア探訪の旅から帰国したばかりの佐藤亨さんから、田中和生さんの新刊についての便りがあった。
今朝、ふと、『震災後の日本で戦争を引きうける』を手に取り、読みはじめました。序章と一章しか読んでいませんが、この本、一読するや、惹きつけられます。
田中さん、以前読んだものでは、同時代の歌を取りあげたりと、軽快な面も持ち合わせていますが、そういうやわらかい感性がここでも素直に働いています。そして、文章は、直球のように、わかりやすい。前々から『共同幻想論』を授業(ゼミ)で読もうかと思っていましたが、田中さんの本が導きになりそうな予感です。
「てんでんこ」の皆さん、文字通り、てんでんこに活躍されてすばらしいですね。
《続信》
今日は予定を返上して(たいした予定でもないので)、田中さんのものを読みます。いままで、吉本は、ぼくはしっくりこなかったのですが、これは頭が悪かったというのもありますが、もうひとつ、タイミングが悪かったのだと思います。この年になって、さまざまなナショナリズム論に触れ、また、すこし柳田がわかったところで、『共同幻想論』に出会うのは、いい時期かな、と。そして田中さんの文章は、読むや引き込まれ、今日はこれを読み終わるまで、家を出るのをやめよう、と思いました。いまさら吉本ですが、遅れてきたぶん、なにか得るところはあるでしょう。
そういえば、ベオグラードで買ったセルビア語訳、大江健三郎の『飼育』のカバーは、飢饉のとき、大根を根元から丸かじりする我が岩手の少年たちでした(歴史の教科書に載っているあの有名な写真)。涙が出そうになり、思わず買ってきました。この写真を見て、岩手の現代少年は歴史を学ぶわけですから、コンプレックスは募るわけです(笑)。友だちが写真の少年に似ていたりして、また、以前、同じくらい貧しい友だちもいて、同時代意識を抱いたものでした。
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2017/03/30 12:17:31|
雑記
代表インタヴューという〈代参〉
〈三年寝太郎生活〉の更新期とやらに入った庵主のもとに、「現代詩手帖」の編集部から、やはり春風のギフトめいた申し越しがあった。
作家の多和田葉子さんのご指名で、四月に帰国の折、対談を、という話。
ギョーカイの「外れ」に棲む庵主は、老醜をさらすのはやめたなんていってたくせに、前言を春風のようにひるがえし、二つ返事で。
寝太郎生活に入る前から、老いの兆である認知症めいた忘却病がひどくなっていた庵主……申し越しがあってしばらくしてから、思い出したことが。
当庵の前身(?)文学塾てんでんこ時代に、一度だけ開催された公開講座。その二回目を多和田さんを特別講師に迎え、多和田さんの著書『言葉と歩く日記』(岩波新書)をテキストにして――という企画を、当ブログにも告知したにもかかわらず、種々の事情でオクライリ状態になっていたのだった。
もはや幽霊組織に近い幻塾庵なので、公開講座は無理だが、当庵の関係者にも多和田文学のファンは少なくないので、いわば代表インタヴューのつもりでのぞむということだ。
『言葉と歩く日記』の再読を開始したもよう……。
庵主にはよくある――遅れ遅れての〈形を変えた受取り直し〉。
当庵の幽霊会員(?)諸氏も、マボロシの読書会よろしく、『言葉と歩く日記』を手にとってほしい……と、寝ぼけ顔でつぶやく庵主であった。
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2017/03/28 11:44:16|
雑記
〈代参〉通信、再び
ワケあって〈三年寝太郎〉生活とやらに入ってしまった庵主のもとに、当庵ゆかりの佐藤亨さんより、〈代参〉先のベオグラードからの便りが届いた。
サラエボと違い、街並はヨーロッパ的。オスマントルコ支配から脱した時に、ことさらヨーロッパ的な街づくりをしたそうだ。
「ここはいまだ共産圏の匂いがします。そのせいなのか、人々は万事、急がないムード。
勝手な想像ですが、共産主義というのは、競争であくせくしないという長所ともいえる社会的遺産を残したのかもしれません。
一種、田舎臭いところが、自分にあっているような気がします。物価も安く、ありがたいです」(以下略)
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2017/03/24 12:21:00|
雑記
彼岸のギフト
なかなか帰れない郷里を想って白日夢をつむぐ庵主の目をさまさせる彼岸のギフトが届いた。
庵主の郷里とおぼしき春まだ浅き雪景色……
車窓からのものというが、さすがにアーティスト(高林昭太氏)の一枚、と庵主。
自分では行ってみることのできない人の想いも背負って伊勢参りや熊野詣でをする「代参」をアテにする庵主は、「行けない人のぶんまで、代りに……」のギフトが殊のほか気に入っているようだ。
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