緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
2011/04/15 22:40:00|湘南と二宮の自然
春を彩るチューリップ
 
 緑が丘も春の花が咲いています。
 
 目の覚めるような明るい色のチューリップ、
 左側2枚は間島さん宅、右2枚は緑が丘の緑地です。







2011/04/14 22:21:47|湘南と二宮の自然
吾妻山からのダイヤモンド富士
  3 月14日17時50分
 吾妻山からのダイヤモンド富士です
 
 30名くらいカメラマンが待ち構える中、太陽が富士山に沈んで行きました。皆さん、大満足のようです。写真は左から右へ、下は日没後です。







原発がどんなものか知ってほしい(4)
廃炉も解体も出来ない原発  
 
 一九六六年に、日本で初めてイ ギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造る ようになりま したが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。  
 
 具体的な廃炉・解体や廃棄物の ことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年 数は十年だと 言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃 炉・解体が全然 出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。  
 
 この時、私も加わってこの原子 炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、 解体しようと しても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子 炉のすぐ下の 方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。  
 
 机の上では、何でもできます が、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできな いのです。放 射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で 狂ってしまっ て使えないのです。  
 
 結局、福島の原発では、廃炉に することができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被 曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。  
 
 最初に耐用年数が十年といわれ ていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりませ ん。  
 
 また、神奈川県の川崎にある武 蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉 にするには六 〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしか ないのです。  
 
それが一〇〇万キロワットとい うような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。
 
 「閉鎖」して、監視・管理  
 
 なぜ、原発は廃炉や解体ができ ないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロに なって、穴が開 いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体 することもで きないものになってしまうのです。  
 
 先進各国で、閉鎖した原発は数 多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大 変です。  
 
 放射能まみれになってしまった 原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりします から、定 検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視 し、管理 をし続けなければならないのです。  
 
 今、運転中が五一、建設中が 三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の 研究用の原子 炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになりま す。  
 
 しかし、日本の電力会社が、電 気を作らない、金儲けにならない と 閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に 五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の 珠洲、青森の 大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇〜八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えま せん。  
 
 これから先、必ずやってくる原 発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味で す。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
 
どうしようもない放射性廃棄物  
 
 それから、原発を運転すると必 ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝を するようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。  
 
 日本が原発を始めてから一九六 九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海 原発にいた 時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。  
 
 しかし、私が原発はちょっとお かしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚 はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。  
 
 現在は原発のゴミは、青森の六 ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるの か、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。  
 
 もう一つの高レベル廃棄物、こ れは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいま す。去年(一 九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に 入れたもので す。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間く らい冷やし続 け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけは あっても、実 際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。  
 
 原発自体についても、国は止め てから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それで も一基で数万 トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中 が核のゴミだ らけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。  
 
 私が五年程前に、北海道で話を していた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を 五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか?
 
  そうじゃないでしょう。次の私た ちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいま すか。 それに、五〇年とか三百年とか いうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三 百年だということです。
 
住民の被曝と恐ろしい差別  
 
 日本の原発は今までは放射能を 一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。  
原発にある高い排気塔からは、 放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日 中、放射能をあびて被曝しているのです。
 
 ある女性から手紙が来ました。二 三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消 されてしまっ たのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間 育っている。原 発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたか らと。私が何 か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。  
 
 この話は原発現地の話ではな い、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分 の息子とかの 結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。
 
 こういう差別の話は、言えば差別 になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから 原発はいやな んだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。 私、子ども生んでも大丈夫です か。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。  
 
 最後に、私自身が大変ショック を受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしてい ます。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。
 
 その講演会は夜の集まりでした が、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではな い、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。  話が一通り終わったので、私が 質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。  
 
 「今夜この会場に集まっている 大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる 大人たちは農 薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住 んで、二四時 間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私 も女の子で す。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、 誰も答えてあ げられない。
 
 「原発がそんなに大変なものな ら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないの か。たとえ電 気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。  「何で、今になってこういう集 会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。  
「二基目が出来て、今までの倍 私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。  
 
 私が「そういう悩みをお母さん や先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志 ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。  担任の先生たちも、今の生徒た ちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。  これは決して、原子力防災の八 キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っ ていることを絶えず知っていてほしいのです。
 
 原発がある限り、安心できない  
 
みなさんには、ここまでのこと から、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。  チェルノブイリで原発の大事故 が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠 いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。  
 
 でも、それは国や電力会社が 「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要 なんですよ」 と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。  
 
 原発は確かに電気を作っていま す。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということ です。それ に、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差 別されて苦し んでいるんです。  
 
 みなさんは、原発が事故を起こ したら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被 曝して死んで いったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発があ る限り安心で きないのですから。  
 
 それから、今は電気を作ってい るように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになる ことは間違い ないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。  
 
 そんな原発が、どうして平和利 用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。  
 
 だから、私はお願いしたい。 朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのか どうか、事故 だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。  
 
 ですから、私はこれ以上原発を 増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思ってい あす。  原発がある限り、世界に本当の 平和はこないのですから







原発がどんなものか知ってほしい(3)
びっくりした美浜原発細管破断 事故!  
 
 皆さんが知らないのか、無関心 なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年 に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。  そして、一九九一年二月に、関 西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。  
 
 チェルノブイリの事故の時に は、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノ ブイリで起き たと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程 でした。  
 
 この事故はECCS(緊急炉心 冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当た ります。これ が効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのス ピードで走って いるのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。  
 
 原子炉の中の放射能を含んだ水 が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになると ころだった。 それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、 世界を巻き込 むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。  
 
 この事故は、二ミリくらいの細 い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施 工ミスです。 そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合 わなければ 引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。
 
 もんじゅの大事故  
 
 去年(一九九五年)の十二月八 日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初め てではなく、 それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たち がもんじゅの 担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきません から、放って は置けないので行くのです。  
 
 ある時、電話がかかって、「配 管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。 でも、合わな い。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三 菱、富士電機な どの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。  
 
 図面を引くときに、私が居た日 立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大 変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。  
 
 これではダメだということで、 みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。  
どうしてそういうことになるか というと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げる か、どちらかに 統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合 いもされてい なかったんではないでしょうか。  
 
どんなプラントの配管にも、あ のような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんで すね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
 
 動燃自体が電力会社からの出向 で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当 たり前なんです。
 
 しかし、こんな重大事故でも、 国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ば れて行きまし た。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあな た方のせいだ よ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、 どうしたらよ いか教えてほしい」と相談を受けたのです。  
 
それで、私がまず最初に言った ことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」 と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたの が、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向 こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。  普通の人にとって、「事故」と いうのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人 には原発の事故の危機感がほとんどないのです。
 
日本のプルトニウムがフランス の核兵器に?  
 
 もんじゅに使われているプルト ニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウ ムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。  
 
そのプルトニウムがもんじゅに は約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。そ れに、どんな に微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の 王という名前 からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。
 
 しかし、日本のプルトニウムが 去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場で は、プルトニ ウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違い ありません。
 
 日本がこの核実験に反対をきっ ちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つ まり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。  
 
 日本とフランスの貿易額で二番 目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないで しょうか。そ れに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。  
 
 世界中が諦めたのに、日本だけ はまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプル サーマルをやろ うとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計 がプルトニウ ムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。  いくら資源がない国だからと いっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増え ていくばかりです。
 
日本には途中でやめる勇気がない  
 
 世界では原発の時代は終わりで す。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統 領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。  
 
 もんじゅのようにプルトニウム を使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまい ました。世界 の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。で も、まだ止め ない。これからもやると言っています。  
 
 どうして日本が止めないかとい うと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそ んな例は山ほどご存じでしょう。  
 
 とにかく日本の原子力政策はい い加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやって きたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。  
 
 もう一つ、大変なことは、いま までは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学から なくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。  
 
 また、日立と東芝にある原子力 部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メー カーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。  
 
原子力局長をやっていた島村武 久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも 何でもない。 あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして 日本はそれら で核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということ になるので す」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。







原発がどんなものか知ってほしい(2)
いいかげんな原発の耐震設計  
 
阪神大震災後に、慌ただしく日 本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。 私が関わった 限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、と んでもないこ とです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故で した。なぜ大 変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わ かりやすく言 うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、 止まったから よかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性 もあるという ことなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
 こういう地震で異常な止まり方 をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に 恐ろしいことではないでしょうか。
 
 定期点検工事も素人が  
 
 原発は1年くらい運転すると、 必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけら れていて、配 管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってし まう所もある のです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。  
 
 原発は一回動かすと、中は放射 能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防 護服に着 替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服 の中の チョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではな いので す。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわ ゆる外部 被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。  
 
 また、安全靴といって、備付け の靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能 を吸わないよ うに全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶 対に出来ませ ん。普通の職場とはまったく違うのです。  
 
 そういう仕事をする人が95% 以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう 経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。  
 
 例えば、ボルトをネジで締める 作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって 最悪な所で す。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分 刻みです。
 
 現場に入る前にその日の作業と 時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ −ムメー ターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持っ て入る と、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。  
 
 そこでは、ボルトをネジで締め ながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラー ムメーターと いうのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でない と分かりませ ん。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言って も、言われた通 りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。
 
放射能垂れ流しの海  
 
冬に定検工事をすることが多い のですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べ られる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。
 
 海に放射能で汚れた水をたれ流 すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含ん だ温排水で、一分間に何十トンにもなります。
 
 原発の事故があっても、県など があわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしで す。
 
 防護服には放射性物質がいっぱ いついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をし ています。安 全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていない ものを選べな くなると思いますよ。  
 
 数年前の石川県の志賀原発の差 止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわ かめをお得意 さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のこと は何も分から ないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が 放射能で汚染 され続けています。
 
 内部被爆が一番怖い  
 
 原発の建屋の中は、全部の物が 放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからで す。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。  
 
 ホコリ、どこにでもあるチリと かホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内 部被曝になり ます。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なので す。体の中から 直接放射線を浴びるわけですから。  
 
 体の中に入った放射能は、通常 は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人 間が勝手に決 めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。  
 
 原発を見学した人なら分かると 思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり 前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。  
 
 私はその内部被曝を百回以上も して、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言ってい たのですが、 「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。
 
普通の職場環境とは全く違う  
 
 放射能というのは蓄積します。 いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越 えなければいいという姿勢です。  
 
 例えば、定検工事ですと三ケ月 くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあ ります。しか し、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方 法ですが、そ うやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのです が……。電力会社 はこういうことを一切教えません。  
 
 稼動中の原発で、機械に付いて いる大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意 しました。一 列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターが ビーッと鳴る。 中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百 六十人分、金 額で四百万円くらいかかりました。  
 
 なぜ、原発を止めて修理しない のかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能とい うのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。
 
「絶対安全」だと五時間の洗脳 教育
 
 原発など、放射能のある職場で 働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原 発で働いてい ます。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。  
 
 原発で初めて働く作業者に対 し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線 量で管理して いるので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカ ナ、オオウ ソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  
 
 こういう「原発安全」の洗脳 を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新 聞折り込みし たりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気 がなくなって 困る」と思い込むようになるのです。  
 
 私自身が二〇年近く、現場の責 任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現 場で働く人は 不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。 体の具合が悪 くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理す るかが責任者 の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。  
 
 私はこのような仕事を長くやっ ていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなって いました。一 体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろ になっていま した。
 
だれが助けるのか  
 
 また、東京電力の福島原発で現 場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急 車を呼んで運 び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする 除洗をしな かった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だか ら、その怪我人 を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが 外へ出て、ま た汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助け たいと思って 必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。  
 
 一人でもこんなに大変なんで す。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国 の人、みんなの問題です。