緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
海老名市災害救援ボランティアセンターに学ぶ事

 今回、被災地に入れたのは海老名市災害ボランティアセンターの皆さんのお陰です。
3・11の震災以来、何も出来ない自分に悶々としていて 流れる映像の悲惨さ惨状に何をしていても「自分はこんな事していていいのか?」との自問自答に意欲を無くしていました。
 ボランティアに行こうとしても(この前までは)現地の受け入れ体制が出来ていなく「個人では来ないでください。」との事でしたし、ネットで探しまくっても条件の合う企画が無かったのです。
 
 それがネットの検索に引っ掛かり海老名市の活動、災害ボランティアバスパックの募集を知ったのです。この企画は宿泊地とお風呂が確保されているうえ会費が3,000円と負担が少なく初めての人でも参加しやすくなっていてとても助かりました。
(議会基本条例の栗山町のように)海老名市社協はHPもしっかりしているし災害対応の先進自治体市として県内外から視察が殺到するようになるかも知れませんね。
 
 海老名市災害救援ボランティアセンターは災害時、自分の所の避難所や支援物資の受け入れ作業等の支援活動を想定し海老名市と市社会福祉協議会、海老名災害ボランティアネットワークが共同して運営していて10年前から取り組んで来たそうです。 http://www.ebina-shakyo.or.jp/kaisetutirashi.pdf
 
 写真は@現地、釜石の「災害救援ボランティアセンター」の受付です。色々な団体や個人が来ていて外国人の姿もありました。現在はどこの被災地でも個人の(団体で無くても)ボランティアを受け付けています。
Aボランティアセンターには殆どの資材が揃っています。釜石災害救援ボランティアセンターのHPはhttp://blog.canpan.info/kamaishi-vc/です。
そのブログには海老名災・ボラの活動(B11日〜12日の泥出し作業)もアップされています。
 
Cは宿泊所(遠野市自治会館)でのミーティングで終わってそこにそれぞれ寝袋を敷いて寝ました。女性は隣合わせの自治会館です。
参加者の中には被災地支援ボランティアに何回も行っていて中には今回で3回目、4回目の人もいてそれも1週間とか入っていた経験を聞くことが出来ました。
災害・ボラをライフワークとして取り組んでいるような熱心な専門的知識を持った人や地域も海老名市民だけではなく杉並区や横浜、川崎、寒川、小田原、中井等から来ていて私には災害ボランティアのあり様や社会福祉協議会について勉強させられたいい機会・経験となりました。
 
被災地支援災害ボランティアに行きたいと考えている方へ
 現在はどこの被災地の現地の災害ボランティアセンターでも一般の人、個人ボランティアを受け入れています。そして各自治体でバスパックの企画が出来て来ていますので参加しやすくなっています。
神奈川災害ボランティアネットワークでも岩手県、宮城県内の被災地を支援するボランティアバスを運行しています。私も今度また宮城第11便 6月21日(火) 〜 6月22日(水) を申し込んだところです。
 
6/21〜7/5 宮城・岩手被災地支援活動ボランティア募集http://ksvn.jp/news/volunteer_comeon5034.html
 







ガレキの撤去、泥出し、引っ越し・・東日本震災ボランティア

 私達、海老名の災害ボラがガレキの撤去、泥出しで鵜住居町の民家に着くと 先に入っていたJC(青年会議所)のメンバーはもう高圧洗浄の作業を始めていました。
 
 民家の庭や外は足の踏み場も無いほどのガレキで家の周りの土砂の中には生活用品や電気器具、本だけでなく流木、瓦や木片や便器に至るまで色々なものが埋まっています。
ガレキ撤去の作業は瓦等の不燃物と木片など燃えるゴミ、金属類を分別しながら土砂を取り除いて行きましたが(どんなものが混じっているのかわからないので)ヘルメット、マスク、ゴム手袋、長靴の完全防備での作業です。
 
11日は小雨で合羽(雨具)を着たので汗で下着、ズボンまでびっしょりになりました。特に土砂をスコップで掻き一輪車で運ぶ作業は重労働できつかったようです。
 
釘の踏み貫く事故が毎日、発生しているとの事で(散乱する屋根瓦や家屋が粉々になって出たと思われる木片、板には5〜7センチの釘がむき出しに出ている)
一輪車や分別したガレキを運ぶ通路を先に片づけながら作業をしました。
 
私達が入った民家は2階まで土砂に浸かったようで(周りの家はみな流され土台だけ残っていた)泥だらけになった家屋の中のものはタンスや畳、板塀まですべて廃棄していました。
 
 12日も同じ作業で JC(青年会議所)と交代で盛岡社協20人が入ってくれましたが私達は予定の午前中で現場を撤収し13時10分に遠野市を立ち(東北道はそんなにこんでいなくて)海老名市役所に23時20分に着きました。私が二宮の実家に着いたのは日付けが変わる24時頃でした。
 
写真はは@災害ボランティアに入った民家周辺 A外のガレキの撤去作業の様子
BJCメンバーの屋内の泥出し、高圧洗浄の作業・・終わりごろの撮影で実際はこんなにきれいではありません。C震災や復興のネットワークをいくつも立ち上げ活躍されている   何でもわかり行動力抜群の頼もしい存在のTさん運転で土砂を捨てに2度行きました。私は助手席で移動中に写真が撮れました。







震災から3か月立った今もガレキの山のままです
 釜石駅は電車が(遠野や盛岡への)通るようになっていました。
ですが被災地のほとんどは3か月立った今もガレキの山で 
いつになったら片付けられるのか(道路だけは片付けられ通れるようになっていますが)見通しも立っていません。
 
 釜石駅海側や川沿いの住宅地は跡かたもなくなっていて建物が残っている商店街も(海側)建物の中は濁流が運んだガレキや土砂で埋まったままでその惨状はただただ驚くばかりです。
長い長い支援が必要とされています。
 
  私たちが行った近くの映像がユーチューブに出ていましたので見て下さい。↓
 東日本大震災ー岩手県釜石市鵜住居町付近







被災地釜石にボランティアに行って来ました

 6月10日〜6月12日  
 海老名市災害救援ボランティアセンターの現地支援ボランティアバスパックで岩手県釜石市に行って来ました。
 
 釜石市は壊滅的な被害を受けた地域で死者・行方不明者は1296人(6月8日現在)で今もなお、多くの方が避難所生活を送っています。
 ボランティア先への移動の車窓から見る景色は延々とどこまでもどこまでもがれきの山が広がったままで釜石駅すぐ近くの海側の商店街は廃墟と化していました。
 
 我々は現地の指示で6人ほどが引越しの手伝いで釜石高校(避難先から避難先へ)に向かい残りの30人がそこから車で10分ほど入った 鵜住居町の民家のがれきの撤去、泥出しを行いました。
 現場に着いたら先にJC(青年会議所)が20名位(何回か来ているそうで)屋内のがれきの整理、撤去、泥出し、高圧洗浄の作業を始めていました。
 
 11日は東日本大震災の発生からちょうど3か月目で菅首相が釜石市の災害ボランティアセンターや避難所を訪問するとの情報が入り作業を早めに撤収しました(15時30分)            現地自衛隊の仮設風呂で汗を流し釜石駅近くの店で夕飯と翌日の朝飯をを買い込んで宿泊場所である遠野市の自治会館に移動しました。
 
写真は上から@海老名市長、社協会長、職員との出発式前に三々五々集まって来る参加者(10日22時頃) 
A車窓に広がる延々と続く瓦礫と化した街 B民家の瓦礫の撤去、泥だし作業
C釜石の現地災害ボランティアセンター前で帰りのバスに乗る前に記念撮影(12日13時頃)
 
我々が行った海老名災害ボラの作業の様子は釜石市災害支援ボランティアセンターのHPにも載っていますので見て下さい。 ↓







2011/06/10 20:17:01|緑が丘自治会・地域
緑が丘第11回「歌声喫茶」
  緑が丘第11回「歌声喫茶」が開かれました。
 
 M・Yさんの音楽・指導と夢クラブの皆さん、リピーターに支えられて
今回も60人と盛況でした。
 
これから海老名災害ボランティアセンターのバスで釜石市に行くので帰ってから詳しい記事は載せます。