緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
ボラバス運営責任スタッフ講習会
 3.11東日本大震から4か月が立ちましたが被災地はまだ瓦礫の山で水道やガスの復旧がまだの所もあり復旧、復興が進んでいません。
 
 神奈川災害ボランティアネットワークのボランティアバスは毎日出て毎日帰ってくるという体制(1日置きの岩手便に加え宮城便で)がようやく整いつつあります。しかしそれを支える運営スタッフ、後方支援スタッフが大幅に不足しています。
 
 今回、「ボラバス運営責任スタッフ向け講習会」が開かれたのでそれに参加して来ました。写真は講習会の様子です。http://ksvn.jp/
 
日時 7月10日 9:30〜15:30 
会場 横浜西口 かながわ県民センター 11階 講義室2
 
主旨 神奈川災害ボランティアネットワークで「被災地支援ボランティアバス」に関しての業務を行っていますがそのボラバスの運営責任スタッフとして活動する意思のある方への講習会です。
 
内容 
1.東日本大震災被災地支援ボランテイアバスの運営について    
2.被災地の現状とボランティア活動の内容について    
3.参加者の健康管理について    
4.参加者の安全管理について   
5.災害ボランティアセンターの運営の流れについて    
6.スタッフとして注意すべき事項について    
7.その他
 
実際の仕事内容    
・参加者募集、参加名簿管理、名札作成、集金管理、研修会の開催、など出発前の準備    ・ボランティアバスに同乗し、被災地でのボランティア活動の管理、添乗業務・神奈川でのボランティアバスバックアップ業務 ・ビブス、シャベル、一輪車など用具の管理、整備    ・その他ボランティアバス運行管理に関する全般    
※ボランティアバスに同乗する以外の、横浜で行う仕事もたくさんあるそうです。







災害救援ボランティアコーディネーター養成講座
 災害救援ボランティアコーディネーター養成講座(第1回)が開かれました。
 
これは大規模な災害が発生した時に、効果的なボランティア活動ができるようコーディネートする「災害救援ボランティアコーディネーター」として活動するための知識等を学ぶための講座です。
実施期間 が平成23年7月9日(土)〜8月27日(土)の 全6回(18コマ:神奈川県民センター )で今日がその1回目。
 
 午前中は 「神奈川県の地域防災計画と地域の特徴」 (講師:県温泉地学研究所次長兼管理課長杉原英和氏) の講演で
 
 午後は 「災害時の自主防、ボランティア、ボランティアコーディネーターの役割」 という話で講師は神奈川災害ボランティア ネットワーク 代表植山利昭 氏。
休憩を入れて7人ずつ5グループに分かれ
「地域の減災に向けた、町内会、自治会、自主防災会の取り組みと、ボランティア活動、災害救援ボランティアコーディネーターの役割を考える。」という事でワークショップを16時まで行いました。







2011/07/09 23:21:30|湘南と二宮の自然
久し振りに見えた富士山

 
  朝、6時頃リクと散歩していたら
 
久し振りに富士山が見えました。
  
 1か月ぶりでしょうか?
 
空は雲っているのにホント久し振りです。
もう、梅雨が明けたのでしょうか?
 
ヒマワリがぐんぐん伸びていました。







2011/07/08 23:20:38|中年低山・山紀行
ウスユキソウ咲く岩手の秀峰・早池峰山(2)
  6月のこの時期としては最高のお天気となった早池峰山。
 
登山道から薬師岳が見えます(写真左)、ガスが無ければ岩手山が見えるはずの山頂の傍で写真を撮って貰いました。







『福島』から『フクシマ』そして『FUKUSHIMA』へ
 小田原で開かれた東日本大震災救援・復興のつどいの報告記が西湘自治研Oさんから寄せられましたので転載します。
 
 6月11日(土)小田原市生涯学習センター「けやき」で、神奈川農業問題研究会と当研究会(西湘地域自治体問題研究会) は共催して、救援・復興のつどい「東日本大震災、原発事故と地域農業の再生を考える」を開催しました。(協賛:新婦人小田原支部、小田原革新懇)
 当日は悪天候の中を、70名の会議室に99名の参加者があり、机や椅子も足りなく学生や若者は床や通路に座ったものの、蒸し風呂状態の中で最後まで講演を聞き入っていました。
 
   『福島』から『フクシマ』そして『FUKUSHIMA』へ (要旨)
 「この会場の放射線量は、0.04マイクロシーベルト/hで正常値です」といって登壇したのは、福島から駆けつけてくださった、福島県農民連事務局長の 根本敬さんです。
 「本当につらいんです。3・11から3ヶ月過ぎましたが、被災地にはまだ入れません。避難所で暮らしている人、町外・県外に避難している人、多くの人の人生があの日から狂ってしまったのです」
 「日本の社会は他人のつらさを共有できるのでしょうか? 時の経過と共に忘れられてしまうのではないのでしょうか」 「家も、家族も、仕事も失った人に『ガンバレ』と言われても頑張れないんです」 「その人たちを支えてあげることしかできないんです」
「復興をビジネスチャンスとしか見えない人達には、そこに住んでいた人たち、住み続けたい人たちの気持ちなんか解ってもらえないんです」「人間の声を聞いてほしいのです」「震災の復興に大切なものは、まず人間が復興することなんです」 「それが、この震災でなくなった人たちに対する生き残った人間の使命・責任なんです」
 
  『現在の福島』
 3月11日の東日本大震災につづいて、福島原発の事故です。 「傷ついた福島」「生殺しの福島」ことばで表現できないですよ。今の福島は!
日本中が原発の安全神話に惑わされて、避難訓練もしたことがないのに、「逃げろ」「避難しろ」と急に言われても、住民はどこまで逃げてよいのか判らないですよ。
 「避難区域」「警戒区域」「緊急時避難準備区域」「計画的避難区域」「屋内退避区域」 ことばがわかりにくいですよ。
 
 東京電力は、役員の報酬と株主の配当はすごく良かったのです。
しかし、労働者、特に下請け労働者の労働環境は劣悪でした。人間を大切にしない企業は大事故を起こしています。なにせ、安全を管理するのは器械でなく人間だからです。
東電に15歳の少女が訴えました、「私が将来結婚したとき被曝して子どもが産めなくなったら補償してくれるんですか」と、東電は答えられませんでした。
 
 酪農家にとって、搾った牛乳を捨てるくらい残酷なことはないんです。乳を少なくするために、餌を少なくするんです。人が行くと餌が欲しいとねだるんです。あの大きな瞳で、もうたまらんですよ。 私たちは誓いました。「我々農民は、農地の安全が担保されるまでは米を作らない」と、農家が米を作れないくらい悔しいことはないんです。
現在の福島は、8万人の人が、これまで培ってきた人生の全てを失ってしまったのです。
 
   『ノーモア、フクシマ』
 ノーモア、ヒロシマ・ナガサキ、ノーモア、フクシマ 私たちは、原発事故による放射能被害者を二度と出さないことを誓いました。
 『原発は安全でクリーンなエネルギー』でないことを東電に思い知らせる必要があります。そのためにも損害賠償を東電に請求します。
皆さんは当然と思うでしょう、しかし、 日本では、過去に企業の原因による住民への被害額は、全額、全員に補償した事実はありません。水俣病しかり、イタイイタイ病しかり、などなど、だから我々は困っているのです。この日本では、個人の人権が保障されていないのです。
 
 私たちの要求は、 @ 福島県民の生活を3・11前に戻してください。
 A 全ての損害を東電が損害賠償してください。
 B 原発事故は止められる人がいないことを認識してください。
 C 廃棄物処理施設がないのに原発の運転再開をしないでください。
 D 農産物の被害は全て補償してください。 根も葉もないのが風評被害です。農産物の根や葉に放射能が着いたのは実害です。 私たちは、子や孫にきれいな土地を取り戻すまで東電と闘います。
 
  『世界に誇れるFUKUSHIMAへ』
 あのすさまじい原発事故の「福島」がクリーンエネルギーの先進地域として世界中から賞賛される「FUKUSHIMA」に復興を遂げることが夢です。
そのためには、原発に頼らない地域をつくることです。 豊かな自然を生かした産業、農林漁業、商工業を発展させます。首都圏との産直運動は貴重な財産です。  
 
再生可能なエネルギーへの転換を進めます。資源は、農村、漁村にたくさんあります。 原発事故から立ち直った「FUKUSHIMA」を世界にアピールしていきます。 被災者は、落ち込んでいたり、塞ぎこんでいてはだめです。人間は、つながっていれば生きていけます。井上ひさしさんの「あとにつづくものを信じて走れ」ということばを紹介して私の話を終わります。                          
 
 会場で呼びかけました「救援・復興へのカンパは48,250円が集まり、その場で大須代表から全額を根本さんへお渡ししました。