緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
ひょっこりひょうたん島の波板地区作業

 海老名発大槌便の二日目は、大槌町浪坂海岸近くの個人宅の草刈りでした。
 
 台風の影響で夕べは雨で体育館の屋根をたたく音がうるさかったのですがこの日は晴れて作業は暑かった。大槌ボラセン・スタッフは朝の案内だけで帰ってこの日は海老名の38名だけの作業でした。刈った草は土嚢袋に入れ山盛りになりました。
 
 『泣くのはいやだ、笑っちゃおう』とひょっこりひょうたん島の曲が12時の昼のチャイムに流れました。ここは「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる蓬莱(ほうらい)島が見える所なのです。
 
 昼食の休憩時間に和菓子屋さんのノボリの見える高台に、買い物と避難経路の確認も含めて上がって見ました。そこは山田線が走っていた所で駅(波板海岸:次がきりきり)があり和菓子屋さんと小さなお店がありました。
 
草だけを取っていてもそこの場所がどんな所だったのか皆目、見当も付きませんが高台からは草に覆われている所の殆どが住宅であった事が良くわかりました。
写真は上の2枚が作業前で下の2枚が作業後の写真です。







3・11大震災から6か月立っても声を失う光景(2)
 ボランテイアに向かう移動中のバスの車窓からは瓦礫の山を覆い隠すように茂っている草や壊れたまま放置されている建物、鉄筋の骨組みだけ残った建物等がまだ沢山残っています。
 津波の凄まじさと行政の支援、復興の遅れを感じさせられます。
すすで真っ黒になった建物(写真中、右)には追い打ちをかけるように発生した津波火災の恐ろしさも感じます。







3・11大震災から6か月立っても声を失う光景(1)
 震災から6か月経ても声を失う光景は変わりはありません。
 
 震災直後(写真左)の瓦礫の山は減りましたが家の土台を隠すように草が覆い茂り大きな建物は解体もされずまだいくつも放置されています。声を失う光景には変わりはありません。
 
ボランテイアが作業したあとには家の土台のコンクリートが悲しいほど整然と広がって見えます(写真右)
1日も早い、復興を祈るばかりです。







海老名ボラバスの被災地ボランテイア活動

 16日発(20時集合21時出発)〜19日6時帰着の海老名災害ボランテイァバスで大槌町に行って来ました。
以前、6月に海老名第1クール便(釜石便)に乗っているので知っている人もいて出発前から和気あいあいとした雰囲気で参加出来ました。
 
 海老名ボランテイアバスが海老名市役所を21時に出て最初の休憩地の佐野SAに着いたらこの日は神奈川ボラバス(KSVN)宮城36便が横浜から3台出ていて鉢合わせし まるで同窓会のようです。そこで今度の岩手35便に一緒にバススタッフとして乗車する高橋さんとも初対面出来ました。
 
海老名ボラバスは宿泊地になる遠野市(上宮守地区)の多目的集会所によってから現地の大槌町現地ボラセンで指示を仰ぎ安渡地区に向かいました。
 
 移動途中、1クール便で瓦礫撤去をやった釜石市鵜住居町の民家が見えました。無事に家の修復が済んで住んでいられるように見えて嬉しかったです。その時の様子は↓
 
 写真は上から@宿泊先の体育館での夜のミーテング&反省会です。ペットボトルの水を飲みながらマジに議論しています。12〜13人はここの体育館に寝袋を敷いてそのまま寝ました。他の人は男女別々の和室です。
 
AB集合写真は2日目の朝、浪坂海岸地区に出かける前で、この奥が昔、分校だった所の集会所です。C大槌町現地ボラセンの建物の中には「思い出捜し隊の写真展」が開催されていて沢山の写真、アルバム、トロフィー等が整理されていて時々、町民の人が見に来ていました。







ボランテイァ作業休憩時間
 海老名ボラバスメンバー38名は長野や函館の団体の方と総勢80名で作業しました。
 
現地ボラセンの一緒に仕事をした河野さん(和歌山県から来ていて「車で寝泊まりしながら3週間になる。今年中はこっちにいる。」との事)からポカリスェットの提供がありました。
 
 すぐ上の高台の住宅の自動販売機に飲み物を買いに行くと近くの方が「とってもありがたい。」と支援物資で届けられた水を役場から貰ってきて冷やしておいたそうで「水を飲んでくれ。」と勧めてくれました。
 
 住民の方々の「ありがとう。」の声掛けにはこちらの方が励まされます。写真は休憩時間の一コマで
 
この人は草むしりをしている場所の傍で腰をおろして休んでいますがみんなはこの人の左画面で休憩をしています。
ブルーシートに集まって揃って休憩。目の前の2階の建物の屋根の上には震災時の木材やゴミがそのまま残っています。
苑S景、作業現場の目の前の高台に神社があり昼食休憩時、参拝に行きました。階段途中の柱や鳥居が失われて鳥居は下に倒れたまま放置されていました。