緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
2011/10/10 22:04:07|中年低山・山紀行
冠雪と紅葉の岩手山
10月5日、29日から岩手に来ていて3日に母の手術が終わったので神奈川に帰る前に一度はと岩手山に登ってから見舞いに行く事にした。
 
焼走り口から登り3時間30分、下り3時間。
写真は駐車場からの岩手山、登山道の紅葉、下は登り口付近の登山道です。







2011/10/10 9:55:35|岩手の自然
岩手の秋
 
今年の岩手の秋は早い、朝の気温が3〜4度と日中でも12〜13度、
 
稲の刈り入れも終わって家の前の林檎園の林檎がまだ収穫されずにたわわに実っていました .
 







2011/10/09 23:39:47|湘南と二宮の自然
金木犀
 岩手に8日間も行っていたらいつのまのか金木犀(キンモクセイ)が咲いていた。リクと久し振りに散歩していたら甘い香りが漂って来てすぐ金木犀とわかった。
 
 台風15号のあとめっきり涼しくなって 葉の裏に隠れるように橙黄色の十字の花をいっぱいにつけ甘い香りのキンモクセイは緑が丘中に沢山咲いています。
 
キンモクセイの花言葉は「初恋・真実の愛・変わらぬ魅力」だそうです。







2011/10/08 16:27:59|その他
母の介護で岩手に行っていました

 9月29日から母の入院で岩手に行っていて昨日・7日の朝方3時30分頃、二宮に帰って来ました。 それで長い事、ブログも書けないでいました。
 
 29日の朝から「鼻からの出血が止まらない。どうしようか?」とワッファリンを飲んでいる母からの電話で「救急車を呼ぶように。」と言ったもののその後の処置が遅れていて13時になってもまだ病院に行っていなかった。88歳になる高齢の母は歩行が困難で耳も遠く色々な事への対応が出来ない。
 
 29日は県ボランテイアバス35便(車中1泊現地2泊、10月2日まで)の運営スタッフとして乗車予定でどうするか判断をすごく迷いました。被災地にボランテイアに行っていても「もし万が一、不測の事態になったら身動きが出来ない。」と県ボラバス事務局に相談しボラバススタッフを交代して貰い急遽、行き先を病院に変更し東北道を車を走らせました。
 
 私が岩手医大緊急治療センターに着いたのは30日の夜中の1時でしたが88歳になる両親はとても安心したようでした。 母は29日夜に県立二戸病院から岩手医大緊急治療センターに緊急搬送されその後10月3日に手術を受け(14時から1時間位と言われていましたが17時25分までかかった。)今は出血が収まり心配された血液の濃度も輸血するほどでは無かったので近々、退院出来る見通しとなりました。
この連休はいわき市に住む弟が交代で母を見てくれるので私は二宮に帰って来ました。
 
 ボラバス事務局や岩手35便のスタッフのTさん、私の代理を引き受けてくれたKさん、隠れスタッフの皆さんにはご迷惑と心配をかけましたが本当に助かりました。昨日、帰って来てPSメールを開けたら「35便の方は心配いらないです。お母さんの方を見て下さい。こちらは大丈夫ですよ。」と大勢の方からメールも頂いていました。運営スタッフの皆さんの頑張りと活躍の多さに比べまるで駆け出しの私ですが仲間になったようでそれも嬉しかったです。
 
 8日間、毎日 二戸の実家から盛岡の岩手医大まで高速を使って往復150キロを通いました。安比高原のある前森山付近は(二戸が晴れでも)いつも雨でトンネルを超えると曇り、盛岡は晴れというパターンで目まぐるしく変わる山の天気を実感しました。
2日には岩手山も初冠雪を抱き昨年より25日、平年より11日早い冬化粧が見られました
 
 昨日は夜行運転で眠いのとこちらを8日間も留守にしていたので少し浦島太郎になっていてボッーしながら留守の間の不履行の対応をしていました。
 
「(母の)出血は耳鼻科の異常では無く、体全体のバランスが崩れていて内科的な要因で出るので今回は脳とか肺など内臓で無かったから良かった。」との医師の弁でしたが母は88歳なのでこういう事を何回か繰り返しながらお迎えが来るのだと思いました。
写真上から@Aは岩手山SAからの岩手山、B岩手医大C岩手医大の隣、岩手県庁の庭にある石割桜(桜の時期に撮りたいですね)です。







「汚染の帯 250キロ超 セシウム群馬まで届く」と朝日記事

 9月28日付け朝日新聞朝刊に「汚染の帯 250キロ超 セシウム群馬まで届く」という題で以下の記事が載っています。
 
 文部科学省は27日、航空機を使って測定した放射性セシウムの蓄積量について、群馬県の汚染マップを公表した。東京電力福島第一原発事故によって飛散した汚染の帯が、250キロを超えて広がっていることが分かった。  
 
 8月23日〜9月8日、県の防災ヘリコプターで測定した。汚染度の高い地域の帯は、原発から北西60キロ付近まで延びた後、南西に方向を変えて栃木県を越え、群馬県まで続いていた。文科省によると、放射性物質を含んだ雲が山地に沿って風に運ばれ、樹木や雨によって地上に沈着したと推測できるという。  
 
 放射性物質の量が半分になる半減期が30年のセシウム137で最も蓄積が多かったのは県北部。原発から約180キロ離れたみどり市や桐生市などの山間部の一部で、1平方メートルあたり10万〜30万ベクレルにのぼった。250キロ離れた長野県境の一部でも3万ベクレルを超えた。チェルノブイリ原発事故では3万7千ベクレル以上が「汚染地域」とされた。以下略(このあとは新聞で読んでください。)
 
汚染図の写真@Aは朝日新聞でBは赤旗をコピーしました。