少年詩2021

少年詩の詩集や同人誌についての紹介と作品への批評などのブログです。
 
2024/04/17 12:52:52|その他
少年詩時評『ランドセル』
少年詩時評『ランドセル』
       佐藤重男

 □
購読している新聞に、こんな見出しの記事が載っていました。

 「ランドセル重い」児童91% 
 メーカー調査 軽い布製などの選択肢も 

              ――「東京新聞」4月11日付朝刊

調査対象は「小学1〜3年生と保護者1200組」「平均4.13`」(同新聞記事より)

 □
ランドセルの重いことが、子どもたちの負担になっていることは、本ブログでも、何度か触れたことがありました。(2022.7.3少年詩時評「ランドセルどんどん重く」など)
その時に引用したのが、次の記事ですが、今回の東京新聞の記事と比べると、その重さが若干減っているようですが、「重い」と感じている子どもたちの数は減っていません。

 小学1〜3年生1200人に調査したところ、中身も含めたランドセルの重
 さは平均3.97`グラムだった。また、90%の子どもが「ランドセルが
 重い」と感じていると回答。      
                ――朝日新聞2022年6月26日付朝刊

 *
さらに、当時驚かされたのが、同新聞の次の記事です。

 文部科学省によると、ランドセルの使用については、国として義務化も推奨
 もしていない。
                ――同記事

文科省の言ったことが、この記事の通りだとすると、子どもたちの「ランドセルが重い」という声が届いていないのか、あるいは聞こえないふりをしているとしか思えません。
言うまでもないことですが、なぜ、子どもたちは、「重いランドセル」を背負わなければならないのでしょうか。
そこには、親たちの善意(誤った)や、メーカーの商売主義があることは疑いないところでしょう。
「ランドセル 重い」は、子どもたちの叫び! であるならば、わたしたちが何をしなければならないかは明白でしょう。

 □
では、少年詩のなかでは、「ランドセル」はどんなふうに描かれているのでしょうか。
そこには、子どもたちの「重たいよう!」という「叫び」が充満しているのでしょうか。それとも、…。
まずは、少年詩に「ランドセル」が登場する作品はどれだけあるのか、それを見てみましょう。(わたしの作成したデータベースより)
まず、タイトルに「ランドセル」が出てくる作品の一覧です。(作品、作者、収録詩集、発行所・発行年月、の順)

 ランドセル  たかはしけいこ「とうちゃん」銀の鈴社 97.3
 ランドセル  わだようこ「紙の上にすわった時間」てらいんく 04.1
 ランドセル  いがらしれいこ「小さなしあわせ」らくだ出版 03.12
 ランドセルのうた 林佐和子「きょうという日」銀の鈴社 05.8

 *
続いて、作品のなかに「ランドセル」が出てくる作品です。(同)

 いちねんせい  大久保テイ子「ぼっこてぶくろ」岩崎書店 90.9
 いちねんせい  織江りょう「とりになった ひ」てらいんく 18.11
 一ねんせい   池田もと子「おんぷになって」銀の鈴社 98.10
 一年生   清野公彦「野いちごをさがしに」野いちごの会 04・11
 かげ    北村蔦子「あかちんらくがき」銀の鈴社 82.12
 きもち   岩佐敏子「現代少年詩集 02」
 五月の雨になりたい  坂本京子「やわらかなこころ」てらいんく 09.2
 三月の空  佐藤雅子「五月の風」銀の鈴社 86.5
 空からの手紙  尾崎美紀「ライオン日記」らくだ出版 03.6
 ゆめ    峰松晶子「きばなコスモスの道」銀の鈴社 09.10 

一年生とランドセルの組み合わせ…「あるある」ですね。

 □
では、タイトルに「ランドセル」が登場する作品を見てみましょう。


 ランドセル   いがらしれいこ

ランドセルは
一年生の背中で
はずんでいる

ランドセルは
一年生の背中に
かじりついている

ランドセルは
一年生の背中で
うふふ と笑っている
知りたいことを
いっぱい いれたくて 


              「小さなしあわせ」らくだ出版 03・12 


 □
いがらしれいこの「ランドセル」は、「知りたいことを/いっぱい いれたくて」…、だから、ランドセルは、重い、と言うのです。
でも、子どもたちは、やっぱり「重いよう」と悲鳴をあげるでしょうか。その答えを見つけるためにも、もう一つ作品を見てみましょう。



 ゆめ   峰松晶子

あたらしい
小学一ねんせい

ピンク
あか
くろ
あお

それぞれ じぶんの
すきな カラーの
ランドセル

ランドセルの中にも
あたらしい ゆめが
いっぱい いっぱい
はいっているのよね

       
            「きばなコスモスの道」銀の鈴社 09.10


こちらは、ランドセルのなかは、「あたらしい ゆめが/いっぱい いっぱい」、だ、と。
 *
さて、子どもたちは、この二つの詩を読んで、「なーんだ、だからランドセルは重いのか」と合点してくれるでしょうか…、だとうれしいのですが。

 □
最後に、「なるるほど、重いわけだ」と納得できる作品を一つ。



 一年生   清野公彦

きのう一年生に
なったばかりの女の子
黄色いランドセルしょったまま
わがままをいって
おむかえのお母さんに
おんぶしてもらっている
不思議なランドセルを
しょったお母さんも
大きな一年生。


           「野いちごをさがしに」野いちごの会 04・11 

 □
ランドセルのなかには、紙の教科書や副教材(=習字道具、絵の具などなど)、水筒やリコーダーなども入っているでしょう。何より、革製のランドセル自体が重いということもあります。
また、翌日の教科の準備をするのが面倒、ということから、毎日、すべての教科の教科書などを詰め込んで持ち運ぶ、という子どももいるようです。だとしても、「重いのは自分のせい」などと決めつけてはいけません。そうしなければならない事情を解決する方法を一緒に考える、ということではないでしょうか。
 *
「子どもが主人公」「多様化」などなどが喧伝される今日、子どもたちに「ランドセルが重い」と言わせないようにする、しかも早急に、それは、わたしたち大人たちに課せられた喫緊の責務にほかなりません。
現実的には、布製のディバッグやランドセル、「置き勉」(教科書や副教材を教室のロッカーに置いておく)などなど、すでに提案されている解決案もあります。DX推進を唱える岸田政権なら、紙の教科書に代えてデジタル教科書の使用や、紙ベースでの宿題の廃止など善処してくれるはずです。
もちろん、紙ならではの効能も置き去りにしてはいけないでしょう。知恵を絞りましょう。
 *
併せて、もし、ランドセルの中に、「知りたいこと」や「夢」などがたくさん詰まっている、としたらどうか、そんなことも、子どもたちと話し合ってみたいですね。

                  ― この項 完―

いつものことですが、作品の引用にあたっては、誤字・脱字等のないよう努めましたが、何かお気づきの点がありましたら、ぜひ、お知らせください。また、作品の引用について、作者や出版社から事前に許諾を得ていませんが、論考への引用であること、引用先を明示してあること、商業目的ではないことなどから、関係各位の格段のご高配をいただければ幸いです。

2024.4.17





     コメントする
タイトル*
コメント*
名前*
MailAddress:
URL:
削除キー:
コメントを削除する時に必要になります
※「*」は必須入力です。