くま
さて午後は
まずは、ひがし茶屋街へ
金沢駅から、バスで向かったのですが
Suikaが使えない!(ほかの全国系交通系ICカードもダメ)
JRバスですぜ! どうにかして欲しいねぇ
あと、標識(どっちに行くと何がある)が、
ムチャクチャ少ないんではないかいな?
ふつう、停留場の地面に書くよね
これが、ちょいと外れたところに書いてあるんですわ…
そんで、「ひがし茶屋街」は観光客多過ぎ
これ、休みの日はどうなっちゃうのかねぇ
団体さんがゾロゾロ
情緒もへったくりもなかったですわ
人多過ぎ!!
置屋さんの中を見せてくれるところもあったのですが
団体さんがゾロゾロ入っていくし…
おいちゃん、諦めましたわ
一通り一周して
結局、金沢佃煮を買いましたよ
酒の肴やねぇ
で、次に「主計町茶屋街」へ
こちらは、たまたまなのか、人が少ないですなぁ

ゆっくりと見て回りましたわ
片側が置屋さんで、片側が浅野川
良い感じですなぁ
桜の季節なら、さぞ良い感じかなぁと

で、そこで見つけたお札(でいいのか?)
いや〜、帰ってきてから
調べちゃいましたよ
まず、

トウモロコシは
「門守(かどもり)」と言われる金沢の風習のひとつだそうです。
昔からトウモロコシは「雷除け」とされていたようですが、
それが「魔よけ」となり、
豆(まめ=実)が多いほど「まめまめしく健康に働け」毛(もう)が多いほど「儲けが多い」とされて縁起物になった。
ってこってす。
粽(ちまき)みたいなのは
八坂神社(京都市東山区)の「祗園祭の粽(ちまき)」と称する護符みたいです
古来より八坂神社の御守となっている。この笹の葉に巻かれ、
さらに藁〔わら〕の柄がつけられた粽は長刀鉾(なぎなたぼこ:山車)から撒〔ま〕くため、
長刀鉾の粽とも呼ばれているが、ここに「蘇民将来之子孫也」のお札が添えられている。
この粽を門口に吊るして厄難消除を祈願するのであるとのこと。

蘇民将来符
松下社(三重県度会郡二見町)のものは、
のれん注連〔しめ〕の中央に付けられたもの。
松下社の創立年は詳細は不明ですが
一説によれば平安中期の阿倍清明が神様をお招きして
お祀りされた場所と伝えられています。
また、この地には厄除けの「蘇民将来の神話」が伝えられています。
神話によれば、貧しい身なりの須佐之男命がこの地方を旅し、
蘇民将来が快くもてなし、その蘇民将来の子孫の家は疫病から免れたとされています。そのため、この地方では「蘇民将来子孫家門」の木札のついたしめ縄を1年中玄関に飾る風習があります。
このお家の方は、きっと信心深い方なのでしょう
「門守」と「蘇民将来符」*2(別地域の)掛かっておりますもん
次はまた、バスに乗って「近江町市場」へ
まぁ、時間が時間でしたので(16時頃)
大方、店じまいをしておりました…
まっ、観光地の市場なので、観れればいっかーで
観て終わりです。
さて17時近くなってきたので
そこらへ、電話かけまくりをしよと
まずは一件目の「赤玉」へ電話
予約もなく(本当は、予約していこうと思ったのですが、遅くなってしまって予約はいっぱいとのことで…)
電話して「今、入れる?」って聞いたら「今なら大丈夫ですよ」ですって
即、タクシー乗り場へ
乗り込んで、ふと運転手さんを見るとすっげー“爺さん”なんですわ
内心『おいおい大丈夫なんかいな〜』と思っておりましたら
(「見た目だけ見た目だけ…」と祈りつつ)
信号赤に変わってるのにスゲーオーバーラン!
「怖ッ!」
その後は何事もなく目的地に到着しましたが…
見たまんまの年齢だと80代かなぁ
調べてみたら「平成14年2月以前に個人タクシーとして開業していれば、定年はありません。」だそうです…
17時ごろに「赤玉到着」
1階に「こんちわー、3人だけど入れる?」で「大丈夫ですよー」ってこって
夕飯は「赤玉」で金沢おでんを頂きました。
この時は、まだまだ席に余裕があるようでしたが、ちょいと時間がたったら満席ですわ
残念ながら「カニ面」は
カニが入荷できなかったとのことで食べられませんでしたが、
金沢おでん盛り合わせ3人前、牛筋煮込み3人前
その他いろいろ、堪能させて頂きました!(もちろんビールもね)
いや〜、うまかった!
最後に
見慣れない色にライトアップ

二日目へつづく