竹に関する本の少なさに気がついたのは「竹とんぼ」にはまり竹のことを知りたいと思ってからです。書店に寄る度に探しましたが新刊本は本当に少ないですね。 古本はどんな状況かと思い、東京に出る機会を利用し神田神保町を散策、書店という書店を虱潰しに訪ね、「竹」と名の付いている本を探し回りました。研究論文的な書類(和綴じ)は見かけるのですが、新刊発行は昭和40年ごろを境に激減し、その後の発行は二次的な書物になったようです。 おそらく、竹材に代わりプラスチックなどの材料が普及し始めると竹に関する期待が減少し、書籍の発行も少なくなったものと思います。 竹の手入れの仕方や加工の仕方、特に伐採する時季や脂抜きの方法、カビや虫の防ぎ方などを知りたく、「竹工芸・佐藤庄五郎・共立出版」を平塚市の図書館に見つけ何回も通いました。 竹とんぼ仲間と交流が進むにつれ、竹林を持ったお宅を訪問し竹の管理方法を教わり、加えて筍の収穫の付録を頂けることに繋がりました。 竹とんぼが縁で得た本もあります。大先輩に誘われ「神楽坂」のあるお店で竹とんぼ談義になり大いに盛上りました。後日、「季刊・銀花」(2000年夏第122号)というビジュアルな雑誌が届けられました。君に届くことを期待し女将は呉れたんだ、との大先輩のメモが添えられていました。「竹の未来」と題する特集号でした。 竹とんぼという縁がなければ神楽坂に行く機会に恵まれることも、その麗しい女将にお会いすることも、雑誌を頂くことも無かったと思います。 2000年の秋、大先輩が会長をされていた舶用機関学会の国際シンポジュームが開かれ、そのバンケットのお土産に竹とんぼを進呈したことが発端でした。 竹に関する本を集め始めると、仲間の皆さんからいろいろ紹介されます。中国で発刊された竹図鑑(GUAN SHANG ZHULEI 王慷林)も竹とんぼ先輩から紹介され購入し漢字を眺めています。孟宗竹の頁には、1737年日本に輸入され栽培された、と理解でき愛着を感じます。
写真1.2 書棚の竹に関する本 写真3 季刊「銀花」2000年 夏 第122号 写真4 ISME TOKYO 2000 乾杯の記念枡 |