チェチリア工房

ここは、工房という名の音楽室です。音楽は目に見えませんが、必ず何かを創造しています。天井が高く素晴らしい音響が自慢のスペースです。レッスンやコンサート その他、創作活動の発表にご利用ください。
 
2023/05/20 0:24:48|解説
最初の西洋音楽 その2 セミナリオの音楽教育
イエズス会宣教師ザビエルによる布教活動は日本の子供たちに礼拝に不可欠な音楽を教えた。
キリシタンの子供たちはヨーロッパのセミナリオと同等の教育を受け、ラテン語で歌い、西洋楽器(ヴィオラ・ダ・アルコ・・・ヴィオラ)を演奏した。
子供たちの歌った曲は・アヴェマリア、クレド、サルヴェ・レジナ。ミゼレレ・メイ・デウス、ラウダテ・ドミヌス等
キリスト教音楽(西洋音楽)を習得した子供たちはラテン語の聖歌を歌った。彼らの中から選ばれた4人の天正遣欧少年使節団の少年たちはポルトガル、イタリア、スペインの主要な教会を歴訪し、カトリック教会の多声聖歌を聴き、少年たちも演奏を披露した。8年半に及ぶ旅から帰国した少年たちは西洋の知識を学び身に付けていたが、既にキリスト教追放令が出されていて、大きな困難に逢っていた。

大分には「西洋音楽発祥の地」として宣教師たちがヴィオラを弾き、子供たちが歌っている記念碑が建てられている。

天正遣欧使節団の最後

伊東マンショは、中浦ジュリアンとともにマカオへ留学し司祭に叙されるが、弾圧が厳しさを増す中、布教活動を行いながら1612年に病死。原マルチノはマカオに追放され、1629年に亡くなった。中浦ジュリアンは国内で20年もの間宣教活動を行うが、ついに捕らえられ、1633年、長崎において殉教。そして、千々石ミゲルは、帰国から10年後に棄教。棄教の理由や晩年の様子など詳細はわかっていない。
 







2023/05/17 12:37:00|あれこれ
最初の西洋音楽
ヨーロッパの大航海時代、日本に西洋文明・キリスト教文明が伝来し、同時に西洋音楽が入って来た。
それまでの千有余年、日本には古来からの神道の文化があり、
朝鮮半島・中国との交流により仏教が伝来し、日本の文化と音楽が培われてきた。

ザビエルより教えられたカトリックの教えや信者はバテレンなどとも呼ばれていた。
九州・安土にキリスト教の布教が始まり、西洋音楽・キリスト教音楽が演奏され、ヴァリニャーノの計画による神学校設立と子供の教育によりキリシタン時代が始まった。

17世紀初めには信徒は20万人日本には200の新画工が設立され、音楽の教育効果は高く評価された。
しかし、ザビエル上陸(1549年)の28年後、秀吉によるバテレン追放令が発布され、家康も大追放令ほ発し、日本は完全にキリシタン禁制下に置かれた。

天正遣欧少年使節団を始め伝来した西洋音楽がもたらした音楽観や日本の音楽に及ぼした影響は1708年、キリシタン伝道とともに終止した。

キリシタン時代までにあった日本の音楽、声明、雅楽、脳、狂言、朝鮮半島や中国から輸入以前の原始民族音楽が、大陸音楽輸入の時代を経てゆく過程について、次の機会にまとめてみようと思います。

写真はキリシタン大名
大友宗麟(左)
洗礼名 ドン・シメオン 黒田官兵衛(右)





 







2023/05/15 0:49:05|うたのわ
うたのわ 5月29日に変更してます
本日 5月15日 うたのわ は
5月29日(月)2時半から に変更になっています

ご不便をおかけしますが
お間違いなさいませんように・・・

5月29日、お待ちしています。







2023/05/14 3:10:07|あれこれ
日本に入って来た最初のクラシック音楽・・・
チェチリア工房、だれでも参加できるコンサート
エスタビエン・2023・オーシャンステージにむけて
練習が始まっています

コロナ対策は新しいモードに変わり
社会でも様々な変化と共に
それぞれの方の人生観も刷新されたように感じます

音楽の世界に携わっていると
それだけで、音楽の恩恵を受けているという事を
ことある毎に実感しました
(このブログで先日まで扱った音楽療法と言わない音楽療法も
自分にとっても大きなテーマでした)

これからも、自分の経験も活かしながら
音楽と同じように、前に進んでゆこうと思います

このブログでは
チェチリア工房の情報やコンサートの紹介のほかに
私自身が短期的に設定したテーマで
音楽に関する様々な事象を載せさせて頂いています

次なるテーマとして
日本にクラシック音楽が入って来た当時のことを
調べてみたいと思います
きっかけは、
幼少期に、母の実家に泊ったとき
朝、聴こえてくる有線放送で流れていた曲で
未だに曲名が分からないけれども、
覚えている印象的な楽曲があるからです

はたして、どんなところにたどり着くか
自分自身楽しみにしています。
シリーズの題名も含め、近日からスタートしますので
また、お時間に余裕がありましたら
お付き合いくださいませ・・・


 







2023/05/13 0:29:41|音楽療法
音楽療法と言わない音楽療法 最終回
シリーズの最後に、音楽療法について、専門書や資格検定に関わる資料、実践現場からの報告書などを読んで学んだことをまとめたいと思います。

音楽療法と言わずとも、音楽から受ける影響は明らかにポジティブなものでしたあるという実感と、音楽を媒介としたコミュニケーションの可能性についての評価を確認した事を報告させて頂きたいと思います。

そして、音楽の力を、意識的に利用する、使用するということよりも、音楽そのものを追究する過程が最もその効果を極めるという立場を貫き、音楽jを追究しようと今は思っています。


そもそも
音が鵜療法の歴史は、古代エジプトにまでさかのぼる
サムエル記ではサウル王の心をダビデのハープ演奏が鎮めたという話があります
古代ギリシャ時代以前では病気は神に対する罪からおこるものとされ、病人に宿る悪魔を呪術師が追い払う為に音楽が使われていました。
音楽の治療的特性は古代から経験的に使用されてきました。
ルネサンス以降は自然科学の発達に伴い医学が発達した結果、
音楽は医学から分離され、芸術へと向かってゆきました。
現在、医学は更なる発達を遂げ、複雑化を増しているが、全人的な治療やケアを考えた時、音楽の治療的な特製を医学や看護に取り込むことが再び見直されてきています。
音楽を聴いたり、演奏したりした時の心と身体との関係が自律神経系、免疫系、ホルモン系への影響についての研究によって、解明されつつあるのです。