チェチリア工房

ここは、工房という名の音楽室です。音楽は目に見えませんが、必ず何かを創造しています。天井が高く素晴らしい音響が自慢のスペースです。レッスンやコンサート その他、創作活動の発表にご利用ください。
 
2021/03/31 2:00:12|楽曲解説
子供の音楽会で聴かれる作曲家 3 ローデ
エドアルド ローデ
1828〜1883ドイツのハレ アン・デア・ザーレで生まれた。
同世代の作曲家に、スメタナ・ブルックナー・ヨハン シュトラウス2世・ブラームスがあげられる。

生涯について、詳しいことは不明。
聖ゲオルゲン教会でコーラス・マスターを務め聖歌隊の指揮者であり、オルガニストであった。ベルリンのギルナジウム(学校)の声楽教師。王室音楽監督。
モテット、混声合唱曲、合唱とピアノの為の「夏の夕べ」「はなの復讐」カンタータ「シルトホルン」などの作品を残した。また、小学生用のピアノ教本をつくった。

4月18日の子供の発表会では、ローデ作曲の「あやつり人形」が演奏される。この曲は全12曲からなる「フリーゲンデ・ブレッター」OP36の5曲目に収められている。







2021/03/30 0:19:55|楽曲解説
子供の発表会に良く聴く作曲家 その2 ストリーボック
子供の曲を書いた作曲家について
今回は ストリーボック という作曲家についてです。

ストリーボック(1835〜1886)ベルギー
本名 Gobbaerts、Jean-Louis
   ジャン ルイ ゴバールツ
ストリーボックというのは、芸名で、本名のゴバールツを
逆さからよんだもの。Streabbog・・・を読むと・・・・

作品には以下のようなものがあります
・12の優しくてメロディアスな練習曲OP.63
・エチュード ハ長調
・小さなワルツ
・小さい妖精のワルツ
・たのしいワルツ
・すみれ
・おもちゃの行進
・小鳥のうた(小鳥のさえずり)
・金の星
・蜜蜂とクローバー
・山彦


4月18日の発表会では「すみれ」が演奏されます。

 







2021/03/29 0:11:06|コンサート
森朋子リサイタル ありがとうございました
森朋子 ソプラノ・リサイタル終了しました
(写真はリハーサル風景です。)

本日はありがとうございました。
改めて、サロン・コンサートの充実を感じた日でした。
素晴らしい演奏家の生の演奏を
身近で聴けることの幸せを
これからも
お届けしていきたいと思いました。







2021/03/28 0:31:00|コンサート
森朋子ソプラノリサイタル
森朋子 ソプラノ・リサイタル

2021年3月28日(日)第1部2:00開演
           第2部18:00開演

予定通り開催いたします

コロナ感染予防対策の為、入場者数を制限して実施いたします。

プログラムは両時間帯とも、3部構成で途中換気をさせていただきます。

私もこの日の実現を夢にみてきました
お天気が心配ですが
きっと、ご満足いただけるコンサートだと思います

第1部は満席ですが
第2部は当日チケットもございます





 







2021/03/27 1:40:24|楽曲解説
子供の発表会に良く聴く作曲家 その1 ツェルニー
4月18日は子供の発表会です

そこで、発表会に良く演奏される曲の作曲者について
発表会までの期間を利用して解説させて頂きます。

第1回 ツエルニー
カール・ツェルニー(1791〜1857)
オーストリアのピアノ教師・ピアニスト・作曲家


ベートーヴェン、クレメンティ、フンメルの弟子(この3人とも子供の発表会には良く弾かれる作曲家です。後日解説します)
リストの師でもあった。
多作家で、現代では、実用的なピアノ練習曲集を多く残した作曲家として知られている。

ツエルニーが最初にピアノを習ったのは、彼の父親からであった。やがて、父の友人からベートーヴェンの作品を知り、ベートーヴェンに弟子入りを志願。10才の時にベートーヴェンの家を訪れ、「悲愴ソナタ」を弾く機会を得、弟子入りを果たした。その後3年間、ベートーヴェンからピアノを習った。

ツエルニーは暗譜力に優れていて、ベートーヴェンの曲は全て演奏出来たそうだ。しかし、演奏家より、作曲家・音楽教師に天職を感じ、演奏活動からは身を引いてしまった。

1812年ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」のウイーン初演の時、ツエルニーはソリストに選ばれた。ツエルニーによる初演後、ベートーヴェンの生前に「皇帝」が演奏されることはなかった。ベートーヴェンはピアノの演奏法についての著作物を作ることを切望していたが、時間の余裕がない・・・と語っていた。師であるベートーヴェンの死後、ツエルニーの作曲のペースは速くなり、ベートーヴェンの夢であった、練習曲集や理論書の著作を、クレメンティやクラーマーとともに受け継いでいった。

ツエルニーは年下のショパンや、シューマン、メンデルスゾーン、シューベルトを高く評価していた。

ツエルニーは生涯のほとんどをウイーンですごした。生涯独身で親しい親族もいなかったようだ。痛風で体調をこわし、66才ウイーンで亡くなった。

ツエルニーは音楽学校で正規に学んだ人物ではなかったが、
常に専門家からの信頼を得ていた。

あまりに膨大な楽譜量の為か、かれの作品について20世紀にはほとんど研究がなされなかったが、21世紀に入り、アメリカではツエルニーの作品のみのピアノフェスティバルが行われるようになり、オランダでは彼の弦楽四重奏曲が初演されたりもした。

フランスの作曲家でありピアニストのヌーブルジェは、ツエルニー50番を音楽作品として正当に扱い、CD録音に成功した。

日本ではツエルニーの練習曲は指使いや楽曲の表現の為に必須と考えられてきた。シューマンは彼の練習曲を退屈でイマジネーションに欠けると評し、ルービンシュタインは子供への拷問とまで言った。ツエルニーの練習曲は日本やロシアで幅広く使われており、ヨーロッパや北アメリカではクレメンティやクラーマーの教材が優先される傾向がある。