4月18日は子供の発表会です
そこで、発表会に良く演奏される曲の作曲者について 発表会までの期間を利用して解説させて頂きます。
第1回 ツエルニー カール・ツェルニー(1791〜1857) オーストリアのピアノ教師・ピアニスト・作曲家
ベートーヴェン、クレメンティ、フンメルの弟子(この3人とも子供の発表会には良く弾かれる作曲家です。後日解説します) リストの師でもあった。 多作家で、現代では、実用的なピアノ練習曲集を多く残した作曲家として知られている。
ツエルニーが最初にピアノを習ったのは、彼の父親からであった。やがて、父の友人からベートーヴェンの作品を知り、ベートーヴェンに弟子入りを志願。10才の時にベートーヴェンの家を訪れ、「悲愴ソナタ」を弾く機会を得、弟子入りを果たした。その後3年間、ベートーヴェンからピアノを習った。
ツエルニーは暗譜力に優れていて、ベートーヴェンの曲は全て演奏出来たそうだ。しかし、演奏家より、作曲家・音楽教師に天職を感じ、演奏活動からは身を引いてしまった。
1812年ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」のウイーン初演の時、ツエルニーはソリストに選ばれた。ツエルニーによる初演後、ベートーヴェンの生前に「皇帝」が演奏されることはなかった。ベートーヴェンはピアノの演奏法についての著作物を作ることを切望していたが、時間の余裕がない・・・と語っていた。師であるベートーヴェンの死後、ツエルニーの作曲のペースは速くなり、ベートーヴェンの夢であった、練習曲集や理論書の著作を、クレメンティやクラーマーとともに受け継いでいった。
ツエルニーは年下のショパンや、シューマン、メンデルスゾーン、シューベルトを高く評価していた。
ツエルニーは生涯のほとんどをウイーンですごした。生涯独身で親しい親族もいなかったようだ。痛風で体調をこわし、66才ウイーンで亡くなった。
ツエルニーは音楽学校で正規に学んだ人物ではなかったが、 常に専門家からの信頼を得ていた。
あまりに膨大な楽譜量の為か、かれの作品について20世紀にはほとんど研究がなされなかったが、21世紀に入り、アメリカではツエルニーの作品のみのピアノフェスティバルが行われるようになり、オランダでは彼の弦楽四重奏曲が初演されたりもした。
フランスの作曲家でありピアニストのヌーブルジェは、ツエルニー50番を音楽作品として正当に扱い、CD録音に成功した。
日本ではツエルニーの練習曲は指使いや楽曲の表現の為に必須と考えられてきた。シューマンは彼の練習曲を退屈でイマジネーションに欠けると評し、ルービンシュタインは子供への拷問とまで言った。ツエルニーの練習曲は日本やロシアで幅広く使われており、ヨーロッパや北アメリカではクレメンティやクラーマーの教材が優先される傾向がある。
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