60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2014/12/13 18:02:00|低山を歩く
3時間歩きっぱなしは疲れる

3時間 12:20-15:25

一度も座らずに 歩き続けた

自宅>日向岡>妙覚寺>霧降の滝>

日之宮神社>鷹取山(219m)>寺坂>自宅

19,000歩


昼飯を食べ 12:20自宅を出る

車でうるさい道を 外れ 脇道へ

民家の間を 吉沢池に向かう

池のそばのベンチで

家族連れが ランチを楽しんでいる


やがて 山らしくなってきた

わたし以外 誰もいない

水の音 と 風の音

霧降の滝に出た

残念ながら 冬場はダメ

水量が少なく 滝にならない


ここから 鷹取山への道は

初めての道

広い道で 落ち葉がいっぱい

動物とか人の気配が まったくない

10分ほどで 見晴らしが良い場所に

前に 塔の岳 大山の丹沢だ

一本の木と山 相性が良い

写真を撮っていると

右手の方から ちょっと年上の方が

登って来た

カメラを2台 望遠レンズとか

本格的だ

わたしは コンパクトデジカメ

気が引けるが

挨拶を交わす

どの登山ルートで来たのだろう?


途中で 追い抜いた

私が早いのではなく

その人が ゆっくりなのだ

脇道に入り 日之宮神社へ

なんてことはない

小さい石の祠が あるだけ


さらに 鷹取山へ向かう

レイクウッドゴルフ場の横に出た

グリーンが真下に

左に折れて

車が通れるような 舗装道路を行く


向こうから ハイカーが来た

同年輩か

こんにちは と


高取山の頂上らしい 場所に

目印は無し

219mとはいえ 何かが欲しい

南側には 神社が

眺望も悪いので 休むことなく

下りることに

問題は どちらに降りるかだ

引き返すか 大磯に降りるか

地図を 広げる

距離的には 大磯が近そう

標識は 3km と言う

決定 大磯


しかし くだりが急だ

途中 平塚市街 湘南平が見えた

写真を撮る

冷たく強い風 

日が当たらない 林の中を歩く

ときどき 木の音がするだけ

夜は 絶対歩きたくないね

転んで けがをしないように

慎重に下る


20分で 小田原厚木道路をくぐる

民家の前で 子供が遊ぶ

家に着いたのは 15:25

ちょっと疲れが 出た

3時間 歩きっぱなし

一度も 座ってないのだから 当然だ


今日歩いた場所

戦争中 本土決戦に備え

陣地が掘られた場所だ

そんな気配は まったくしないが

本当だ


写真
塔の岳と大山
高取山頂上と神社
横浜のランドマーク
平塚市街・湘南平・相模湾


今日
1937年 日本軍が南京を占領
1959年 「兼高かおる世界の旅」が放送開始
1961年 「ウェストサイド物語」が公開

誕生日
1797年 ハイネ
1931年 城達也
1932年 仲代達矢
1944年 みなみらんぼう
1953年 樋口可南子
1967年 織田裕二
1980年 妻夫木聡
















































 







2014/12/12 20:02:00|日々の出来事
飲むですか食べるですか
本日 することも無く

某xxxx銀行へ行った

資料を 送って頂いていたので

その手続きに


窓口に座ってから

40分も 掛かかり

トイレも我慢である

それでも 終わったので

良しとする


クラウドファウンディング

の振り込みも 完了

指紋認証は OKだったが

暗証番号を 間違えた

うる覚えだったのだ


今回のプロジェクトは

「有機にんにく栽培」

「水耕ほうれん草とトマト」

後者は 八ヶ岳ビニール倒壊からの再建だ

前者は にんにく加工品の特典

後者は 有機野菜の特典がある

これで 合計6件に投資


2日前から オリーブオイルを食するように

エクストラバージンオリーブオイル

株主優待で もらったもの

家内に任せておくと

そのまま お蔵入りになるだけ

何度も言わないと ダメだ


オイルは 「飲む」と言うらしい

「食べる」ではないのだ

サラダにかける

納豆にまぜる

をトライしたが

味が 今ひとつ ピンとこない


悪玉コレステロールを減らし

便秘に良いとか (私は不要です)

ただし 飲みすぎには 注意が必要

暫く 続けてみるか


写真
平塚の街中でみたサンタ


今日
1901年 米英間の無線通信に成功
1980年 自動車生産台数で米国を抜く


誕生日
1558年 石川五右衛門
1834年 福沢諭吉
1863年 ムンク
1903年 小津安二郎
1915年 フランク・シナトラ
1941年 ディオンヌ・ワーウィック
1944年 舟木一夫
1955年 中村梅雀








 







2014/12/11 13:04:00|日々の出来事
年末の掃除で粗大ゴミ破砕場へ

ほぼ足腰の筋肉痛が 回復

箱根山から 3日掛かった


数日掛かって ばらした椅子

30cm以下に 切るのが

面倒くさくなったので

捨てに 粗大ゴミ破砕処理場へ

今年 二度目の訪問か

道に迷うことも 無く

手続きにも 少し 慣れた


ゴミを コンベヤに放り投げる

そう 放り投げるのだ

なぜか 焦ってしまう

他に 待っている人もなく

別に 焦る必要もないが

作業員の人が 居るだけなのだが

小心者なのだ


写真撮影は 禁止である

知らなかった

(秘)にすることも 無いと思うが


大物は これで片付いた

だが 格闘はまだ続く




写真
破砕処理場
車に積んだゴミ

今日
1335年 箱根竹ノ下の戦い(南北朝動乱)
1857年 日本初の精錬高炉を建設。後の釜石製鉄所
1915年 北里柴三郎が北里研究所設立
1941年 ドイツ・イタリアがアメリカに宣戦布告
1957年 百円硬貨発行
1959年 三池争議始まる
1967年 佐藤首相が非核三原則を発表
1997年 京都議定書を採択

誕生日
1898年 東海林太郎
1918年 ソルジェニーツィン
1931年 山本富士子
1943年 加賀まり子
1948年 谷村新司













 







2014/12/10 15:22:00|健康
あっさり終わりました

今朝も 太もも と ふくらはぎの

筋肉が 痛い

昨日よりも ひどい

階段から 転げ落ちそう



今日の予定は 整形外科で抜糸

縫ってから 1週間

朝の受付開始時間は 8:45

8:46分に 着いたが

言われました 

診察は 12:00頃です

3時間後だ

混んでるんですね


11:55 再度病院へ

待つこと 30分

「傷口は大丈夫ですね」

それより 痛いかどうかが心配だ

先生に尋ねる

「抜糸は痛いんですか」

「チクッとするだけですと」

覚悟して 待つ

「始めます」

パチッという音が 数度

糸を切っているのだろう

いよいよ 糸を抜くのだ

「終わりました」

えっ そんな

本当に抜いたのか?


消毒して 絆創膏を貼って

終わりでした

糸の痕は 穴が開いているので

今日は 濡らさないように

明日からは 普通の生活でOKです

明日が楽しみである

まだ 傷口を見たことがないので


午後は 図書館へ 本の返却

陣取ってましたね

年寄り軍団が

自宅は寒いし 外も寒い

館内は 最高だ

トイレで 洗顔して

服を着替えてる人が

ホームレスの人かも


平塚市の 人口

確実に減ってますね

2012年 -1,067人
2013年 -1,040人
2014年 -1,117人

人口のピークは 

2008年 260,854人

今は 257,003人

加速度的に 減少していくのか

東京へは 時間が掛かるし(遠い)

働く職場は 少ないし

大学は無く 若い人は集まらない

住みやすい 快適な環境とは・・・

立派な市役所はあるが

人を引き付けるものが 無いのだ

税金も減少するだろうし

今の生活レベルが 

何時まで維持できるか?


写真
仙石原から見上げる金時山
国道脇の入り口看板

写真
1520年 破門状焼却事件
1898年 パリ条約調印
1901年 第一回ノーベル賞授賞式
1949年 湯川秀樹がノーベル賞受賞
1952年 二十四の瞳が発行
1964年 サルトルがノーベル賞拒否
1968年 三億円事件

誕生日
1935年 寺山修司
1936年 村山実
1941年 坂本九
1948年 桂文珍
1960年 佐藤浩市



















































 







2014/12/09 14:13:00|低山を歩く
やっと登ったら、また下りだ

今朝 起きると

腰が曲がらない 足の筋肉痛

ひざの痛みは 取れた

ひさしぶりに

体の全てが 強張っている


昨日の詳細を

箱根 湖尻は 3℃程度か

寒い すぐ手袋を穿く

9:15 箱根湖畔GCの すぐ脇の登山口

竹林の中 道が続く

友達は 昨日痛めた首の影響か

すぐ 小休止

見晴らしは きかない

9:45 尾根道に出た 計画通り

近くに広場を見つけた

芦の湖スカイラインが すぐ横を走ってる

標高 1,005m

富士山は 雲で見えないが

遠くに 駿河湾

眼下は 東名 御殿場


まずは 長尾峠めざして

歩きやすい道が 続く

途中の広場から

これから歩く 丸岳 金時山が遠くに

途中のピークが 見える

これが 後で 体力を奪う

広場で7〜8人の年寄り男女グループ

うるさい 無視に限る


何時越えたのか

長尾峠 911m

予定10:45 実際11:05

右は 仙石原へのルート

左は 長尾峠PAへ

仙石原の眺望を 撮影

明神・明星 大涌谷 神山 芦の湖

ゴルフ場は 人もまばら


次は 丸岳(鉄塔)

245mの登り

これが 遠かった

長い登りが続く

やっと着いた 1156m

予定11:20 実際12:02

テーブルといすが 二つ

一つは すでに

70近い10人程度の男女が占有

うるさいが 仕方ない

服を着替え 昼食に

おにぎり パン バナナ チョコを

しっかり 食べる

山では 体力維持に

食べなければ

隣のグループは

どのルートで下山するかとか

どの場所に 車で迎えに来てもらうとか

私らは 知るか そんなこと

さっさと 立ち去る


次は 乙女峠

霜柱とか どろんこの道を

ひたすら 下る

すべらないよう 注意

峠に着いた 1005m

予定11:45 実際12:48

1時間の遅れ

ここは御殿場市

朽ちた家の ふじみ茶屋

(おばさんに教えてもらった)

富士展望台から 富士山を撮影

左は 御殿場乙女峠バス停

右は 仙石原方面

休憩テーブルと椅子が二つ

休む間もなく

登りに かかる

ひざが 痛くなってきた


次は 長尾山 1119m

目の前に

一人歩きの おじさんが

ベルを鳴らしながら ゆっくりと

登ってる

「富士山が良く見える」 と

声を掛けてもらったので パチリ

追い越して 先を急ぐ

道は相変わらず どろんこ道


会う人が 増えた

80歳ぐらいの 夫婦

驚きだ

同年代の 夫婦

おばさん3人組

Trail Run の人が 一人

駆け下りて 行った

いつのまにか

長尾山を 過ぎた


金時山の登りに 掛かる

はるか上に 茶屋だ

岩が露出した 道

鎖 ロープが張ってある場所が

急に増えた

先ほどの 80歳夫婦も

ここを 下りていったのだ

またもや すごいと感心

ひざの負担を 減らすように登る


どうにか 金時山の山頂

1212m 何十年振りだ

予定 13:05 実際 14:05

友達が タヌキを見たと

笹やぶで音がする 逃げ込んだのだ

富士山の 絶景があった

歩き始めた 湖尻は はるか向こう

ちょっと 休んで 矢倉沢峠に下る


登って来た 若い男性

挨拶は 元気そのもの

下りも 岩が連続

鎖 ロープが あちこちに

10人ぐらいの中年の男女

初心者なのか

避けて やり過ごす

次は 若い女性二人組

「どこまで行くんですか」と

「金時山まで」

正解だ

下りてくる頃は 暗くなるかも知れない

若いので 元気だ

友達が ひざが笑い始めたと

ゆっくり 下ることに

わたしは 相変わらず

ひざが痛いので 注意しながら


おばさん二人組に

追い越されたが

明神岳と仙石原の分岐に出た

860mぐらい

400m下った

岩場の道が 続く

漸く 民家が見えるように

別荘地が 広がる

足と腰に 急に疲れが出た

国道138号に出る

計画 14:05 実際 15:28


少し歩いて 仙石のバス停

振り返ると 金時山は

はるか上に

バス停で待つ 3人組

友達が

途中で会った人達だと

私は 全然気が付かなかった

向こうも 気が付いていない


写真
登山入口と丸岳・金時山
眼下の仙石原
丸岳目指し・昼食
尾根道と金時山登り

今日
1159年 平治の乱
1867年 王政復古の大号令
1974年 田中角栄内閣が総辞職

誕生日
1916年 カーク・ダグラス
1933年 ペギー葉山
1941年 高石友也
1950年 綾小路きみまろ
1953年 落合博光
1955年 朝潮太郎

















































































































 







<< 前の5件 [ 4296 - 4300 件 / 4654 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>