60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2015/01/12 12:11:00|食べ歩き
ごちそう様を言い忘れた Brooks
先輩のブログに 頻繁に出てくる

コーヒーが 無料の休憩所へ

立ち寄る予定では なかったのだが



昔は 第一生命大井本社

今は ブルックス大井事業所

丘陵一帯は 地域の人に 

どんぐり遊歩道” として 開放

一周 4km ほどですね

歩いてる人 犬を散歩させてる人など

皆さん 楽しんでます


ビルの前の 小さな建屋に

それは あった

華修園” ですか


”無料喫茶室” に入ります

年寄り 若者 子供達まで

20名ほどの方が コーヒー お茶を

楽しんでます

がやがやしてなくて 静かです

食べ物 持ち込み禁止 だったような


勝手が 判らないので

皆さんの 動きを見て まねることに

店の若い女性の方も おられるが

コーヒー袋を 棚から選んで

カップに 入れて

袋は ゴミの箱に 捨てて

ポットの お湯を注いで 

スプーンで混ぜて 完成



さて どこに座るか

階段下の窓際が 空いている

女性一人 男性2人+女性一人の

2グループだけです

PCか Padか

話し込んだり 勉強してる

あったかいし コーヒーは飲めるし

もってこいの 場所なんでしょう

わかります

じゃまをしないように

端っこに 座ります

女性に ジロッと 見られましたが


”かんたフェ ジャパネスク”

コーヒーと抹茶を ブレンドしたもの
 
これが 美味しかったですね

もう一杯 飲みたかったが

気が引けて ・・・


カップを 窓口に返します

ここで 言い忘れました

女性店員と 目が合ったときに

「ごちそう様でした」 と

悔やまれますね


(喫茶室の室内 直売店)

お礼と言う訳ではないですが

隣にある ”直売店”で 何か買おうと

コーヒー 紅茶 緑茶 が 販売

それ以外に ビスケット チーズなど

わたし 「おさつ事件」を 買いました

家内への みやげ用に


さつまいもを 薄く切り

油で 揚げたものです

さくさくして おいしいです

ポテトチップの さつまいも版です


広い駐車場も あるので

車で来て 歩いて コーヒーを味わい

何かを買って 帰れば良いのかなと

のんびり過ごすには 良いかと


(メインビル 遠くに富士山 昔男性寮)

昔の話を 思い出しました

知り合いの女性が ここに勤めてたもので

独身男性寮の はなし

30数年前なので 携帯電話も無い時代

外からの電話は 放送で 個人を呼び出します

ある夜 独身男性を呼ぶ 放送が

彼女からの電話ようだ

「生理が来ない。どうしよう」と

深刻な問題のようです

「・・・さん、」  

女性の名前が ばればれです

そうなんです

放送のマイクが ONのままなんです

寮内の 独身男性が

笑いながら バカだなと

耳を立てて 聞いてます

自分のことのように 

翌日 社内は この話で

盛り上がりです


今日の歴史
1714年 絵島が生島との宴会で大奥の門限に遅れる
1875年 北海道屯田兵を募集
1911年 レルヒ少佐が新潟県高田の陸軍歩兵聯隊でスキー指導
1914年 桜島で史上最大の大噴火 35名死亡
1952年 ルバング島で元日本兵4人が警官隊と交戦

誕生日
1939年 かまやつひろし
1949年 羽田健太郎
1952年 楠田枝里子








































 








 







2015/01/11 19:05:00|低山を歩く
小田原の曽我丘陵を15kmウォーキング
国府津松田断層が 走る 

曽我丘陵を 歩く

御殿場線 上大井駅〜国府津駅まで


以前は 車で頻繁に来ていた

上大井駅  懐かしいですね

駅の前の道を 横切り

山の方へ 向かう


ハイキングコースではないので

道標などは ない

地図だけが 頼りだが

農道ばかりだなので

地図の道が 正しいかどうかも不明



丘陵の尾根道を 目指し 登り始める

早速 狭い道になった

近辺の人も 頻繁に歩く道ではない

道は 濡れて ぐちゃぐちゃだ

ちょっと 薄暗い

当然 他に歩いている人は いない


やっと 農道らしくなってくる

みかん畑 ぶどう畑が

延々と 続く

時々 農作業の人がいるのみ

あとは 鳥が がさがさと


歩けど 歩けど 

どこを歩いているのか

目印が まったくない

がっ とにかく 上を目指す

あの 電波塔まで



やっと 尾根道に出たようだ

まっすぐに 南へ向かってる道が

数分で 電波塔に着いた

標高 317m 浅間山?

向こうから 70歳ぐらいの

おじいさんが 赤い服を着て

あいさつを 交わす

散歩してる感じ 手ぶらだ


ひたすら 道を歩く

桧の木が 道の両側に 高く

日差しが その間から 差し込む

おや おじさんが 休んでる

同年輩だ

無言はまずい こんにちは

会釈で 返答


またまた 歩く

今度は ピッケルを持った

山登り風の おじさんが

同年輩のようだ

こんにちは


道が狭くなった

やっと 一人が歩けるくらい

両側は雑草で かなり多い

しかも 日が当らなく うす暗い

標高 327.7m 不動山を迂回しながら進む


(箱根の山 江の島 横浜ランドマーク)

展望が 開けた場所にでる

丹沢の山 厚木 横浜 江の島 吾妻山 相模湾

左から右に 一気に 見渡せる

横浜ランドマークも かすんで 彼方に


途中 分岐の道が多く

迷いそうにもなるが

ひたすら 南を目指す


みかんとレモンを 100円/袋で 売っている

買おうかと思ったが やめた

デイバッグで ないので

手で持つのが 大変だ

でも こんなところで

お客は 来るのかな

わたしが 会った人は

たった 3人だけだ

みかん袋は 十数袋


山道から 農道に出た

みかん畑の 農道で 広い

車が 楽々通れる

散歩してる おばさん(ランニング姿)

子供連れた家族(ハイキング姿)

普通のおばさん

バイクでツーリングの若者

急に 人が増える


「六本松・・・」だ

国府津・曽我丘陵ウォーキングコースの案内板

道標が 一気に増える

これには 助かった

農道が多く どの道を行けば

国府津駅に 着けるのか

まったく 判らない

右だと 思ったら 左だ 

駅が 下に見えた

もう少しだ

おばさんと すれちがう

ここでも こんにちは

やっと 民家(お寺)の出た

踏切を くぐる


(みかん売り 小田原市 相模湾 踏切渡る)

ここからは 昔 通った道

駅に着きました

11:00 - 14:00

3時間 24,000歩 15km



今日の歴史
1184年 木曾義仲が征夷大将軍に
1610年 ガリレオが木星の衛星「ガニメデ」を発見
1965年 東京で初のスモッグ警報が発令
1983年 ストラップレス・ブラジャーを発売

誕生日
1745年 伊能忠敬
1907年 山岡荘八
1928年 楠トシエ 
1933年 岡田茉莉子
1937年 江利チエミ   
1939年 ちばてつや
1973年 深津絵里




























 







2015/01/10 14:07:00|日々の出来事
感動ものですハシゴ車の高さ50m 消防出初め式
平塚市の 消防出初め式へ

見たいものが 二つあった

・はしご乗り、木遣り

・一斉放水

だが 感動ものだったのは

・ハシゴ車



消防署車両閲覧のあとは

木遣り・はしご乗り

平塚古式消防保存会の皆さん

木遣りを 歌うながら入場

歌うのは 70歳ぐらいのおじいさん

女性が ひとり

何をするのか・・・


まずは 慎重に ハシゴを立てる

高さ 10mぐらいか

軽快に 男性が 

ハシゴを 駆けあがる

始まりです


演技にも 名前があるのだろうが

判りません

ハシゴは 斜めだし 揺れているし

不安なのではと・・・

次も 男性が 上がります

演技が ちょっと 違ってる

最後は 女性です

ちょっと 愛嬌で 手を振って

なかなかの 演技に見えましたね


救助演技です

ハシゴ車 3台の登場

高く 伸びる ハシゴ

これには 皆さん 感動

高さ 50m近くまで 届くと


最後は 一斉放水

色が付いた 水を放水

虹が 出てました

これにも 皆さんの声が


年配者の男女 若い男女も

皆さん 一眼レフカメラを お持ちで

コンパクトデジカメは 数人

何人かは 携帯で撮影ですが

おばさんの 一眼も 半端ない


今日
1863年 ロンドンで世界初の地下鉄が開業
1946年 第1回国際連合総会がロンドンで
1985年 グリコ森永事件で「キツネ目の男」の似顔絵公開

誕生日
1908年 伴淳三郎
1934年 長門裕之
1935年 浜村淳
1942年 小松政夫
1945年 ロッド・スチュワート
1945年 佐良直美
1948年 あおい輝彦
1949年 ジョージ・フォアマン




 







2015/01/09 13:01:00|日々の出来事
自分に合うメガネはどのタイプ 眼鏡市場で悩む

先月 鉄柱に頭をぶつけ

傷つけた メガネを やっと更新することに

5年ぶりに


遠近両用のメガネ

そろそろ更新しなくてはと 思ってはいた

老眼が 進んでいるのか

近眼が 進んでいるのか

読書 車の運転で 違和感があった


目の上の傷を 出来れば 隠したいとの

思いもあって

WEBで 検索してみた

そこで 傷とは関係ない 

メガネ選びの 法則を発見

・顔の幅と メガネ幅を一致させる

・メガン縦長は 眉から顎の長さの1/3以下

・面長の顔には ウェリントンorオーバルタイプ

・瞳がレンズの中心に

こんなことは 一度も考えたこともなく

40年以上 掛けている

この法則によると

今のメガネは 幅が広すぎるようだ

スクエアータイプだし


いつものように 「眼鏡市場」へ

家に 最も近いのが 選択理由

ただ 価格は安い

高いものは 見つからない


開店直後の店内へ

入ってすぐに 目が合った 女性店員が

いろいろと 聞いてくる

わたしにとって 今回は フレーム選びが

最優先事項なのだが

言われるままに まずは 検眼に


どうも 老眼は 進行してないが

乱視 と 近眼が 進行しているようだ

説明が いまいち 理解できないところも

しかし しつこく聞くと 悪いし

見え方は 良くなっているので

まっ 良いか

若い女性店員の 唇が荒れているのが

気になったが・・・


次は フレーム選びだが

そんなに 多くの選択肢はない

まずは 丸い形のフレームを選び

次は 顔幅に合った眼鏡をチョイス

最終的に 二つが候補に

最終決定は より丸みを帯びたものを選択


あとは レンズ選びだが

前回と同じものを 依頼

色は ブルー系から ブラウン系に変更

PC用メガネと 同じ色に

多少とも 傷隠しに

60歳を過ぎてから

こんなことにも 悩むことに


マックの 異物混入事件の会見

TVでも いろいろ論評(酷評)されてましたね

「最低の釈明会見」

「企業の体質が判った」 とか

会社の公表基準から 推測するに

”マックの食べ物は 安全ではなさそう”

子供が 気づかずに 呑み込んでしまったら

どうするのだろう イヤリングとか


外資系企業の 価値観が

日本人の価値観に 合ってないのだ

会社(自分達)を 守りたいだけ

わたしも 子供達が 小さい頃は

頻繁に 食べたものだが


写真は 
眼鏡市場
傷ついたメガネ

今日
1569年 織田信長が堺の町を攻撃
1905年 ロシアの血の日曜日
1960年 アスワンハイダムが起工
1972年 クイーン・エリザベス号が香港で改装中に火災・沈没

誕生日
1937年 森祇晶
1941年 ジョーン・バエズ
1941年 龍虎
1947年 岸部一徳
1953年 宗茂 宗猛
























 







2015/01/08 14:12:00|IT三日坊主
修理から戻ってきた Lenovo Flex10

12/27(土)に 出してから 12日目だが 正月休みを除くと

4日目なので それほど時間は 掛かってない

リペアーセンターは 千葉県習志野市に


修理に出したとき 梱包もせず 業者に渡したが

帰ってきた時は ビニール袋に入れられていた

中に 修理報告書 と 交換主要部品説明書が


修理結果として

バッテリー交換 と ロワーケース交換(ネジ部不具合)

ロワーケースは予想していなかったが

まあ 良かったか


早速 PCの状況を確認

OSも アンインストールされてない

アプリも そのままだ

最悪の場合を 覚悟していたが

大丈夫だった

当然 データは 外付けHDDに

退避していたので OK


初めての 修理経験だが

それなりに すんなりと行ったかなと

バッテr−交換という事態は

想定外で あったが


今日
1941年 東條英機陸相が玉砕を宣揚
1989年 平成[へいせい]に改元

誕生日
1646年 徳川綱吉
1935年 エルヴィス・プレスリー
1942年 スティーヴン・ホーキング
1942年 小泉純一郎
1942年 真屋順子
1947年 デビッド・ボウイ











 







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