60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2015/02/26 20:25:02|健康
5カ月ぶりの筋トレ
総合体育館のGymへ 午後行くことに

実に 5カ月ぶりだ

雨の中 ひと月ぶりに

車を運転して


特に おもしろそうな

出来事も ないが

中年の男女 さらに年配の男女

若い人も 若干

空いていました ラッキー

それと マシーンが

新しく なっていましたね


軽めの筋トレとは

NETでは 20回連続して

行える負荷が 軽いのだと

持久力筋力を 鍛える

そんな気持ちで 少ない負荷に

頑張りすぎないように


下半身の筋力は 山登りのせいか

低下してないがようだが

上半身は 大きく低下

それに Bikeが きつかった

途中で Down


それでも 体重は 64.0kg までしか

下がらず

山登り後の 63.4kg と比べ

消費カロリーが 少ないのだ


写真は 青山(神宮外苑?)の

オラクル 伊藤忠本社ビル

何の脈絡も ありませんが

サンノゼ ダウンタウンのオラクルは

本社なんですかね










 







2015/02/26 11:29:00|健康
深谷のねぎぬたを食べる

投資していた 深谷ネギファンドから

深谷ネギが 送られてきた

結構な量だ

家内も ビックリで

どうやって 食べるかが課題だ


深谷ネギは 秋冬ネギが 旬らしい

送られてきたのが それのようだ


まずは ねぎぬた で食べた

おいしかったです

ネギもみそも 好きなので

ただ 塩分控えめなので

薄い味ですが



毎日 独特の匂いを嗅ぎながら

納豆ご飯と共に 食べてます

オリーブオイルをかけて


ネギは もともと好きで

小ねぎを よく食べた

深谷ネギは 太いが

まー ネギに変わりはない


だが この調子では

減っていかない

料理方法は 多々あるが

家内が作らない

それが 唯一の問題だ







 







2015/02/25 14:07:00|歴史
鍋島家 黒田家の墓処は壮観につきる

庶民的な 青山霊園だが

徳川幕府時代の 藩主の墓所はすごい


この霊園は 明治5年に 墓地に指定

その後に亡くなった 元藩主であっても

格差は そんなに大きくないと思うが


佐賀藩11代藩主 鍋島直大

福岡藩11代藩主 黒田長溥

隣合わせだが

両家の墓所は 広く 荘厳だ

30m四方はあるかと

また 木々に囲まれ 神秘感の

ヒヤットした 空気に包まれ

歩くのも おそるおそるだ

明治の元勲より

はるかに広く ゆったりだ

いや 比べるべくもないのだ


鍋島直大(なおひろ) 1846.10.17-1921.6.19

この人の父 10代藩主 鍋島直正が

すごかった

科学技術 人材を育て

有名な話では 蒸気機関車 蒸気船を作ろうとした

種痘を直大に行い 天然痘を無くした

人材は 大隈重信 江藤新平 副島 種臣など

直大は 明治維新7年前に 藩主になったが

倒幕に参加したのは 戊辰戦争からで

最初から 倒幕には参加してない

イタリア大使 貴族院議員など


黒田長溥(ながひろ) 1811.4.23-1887.3.7

薩摩藩藩主の子に生まれたが

福岡藩に婿養子に入る

この人も 藩の近代化を進める

精錬所 反射炉を作ったり

蒸気機関車の製作なども

開国派で 西郷隆盛を助けたり

明治維新に 一役買っている



青山墓地へは 渋谷駅から歩いた

2kmほどで 大した距離ではない

青山通りは 歩道が広く

とても歩きやすい


息子の嫁さんが 通ってた高校の側を通る

家から 歩いて通える距離だね

しかし この車の騒音にはまいるね

渋谷生まれの 渋谷育ちなので

違和感はないのだろうが


しかし 田舎生まれの わたしには

渋谷駅の 複雑さには まいる

何十年ぶりなのだが

変化がありすぎ

出口12に 出たのだが

今 居る場所を 理解するのに

信号を1回待って 頭と目を使う

たぶん この道で合っているのだろう

で 歩きだす


写真は
鍋島直大家の墓所
黒田長溥家の墓所






















 





 







2015/02/24 20:35:00|歴史
墓マイラーは青山霊園 なんと言っても大久保利通

青山霊園で 興味があったのは

大久保利通 後藤象二郎

ともに 徳川幕府を倒した功労者


明治維新を 実現してなければ

今の日本 アジアはもっと遅れていた

いや 西欧の植民地かも?


大久保利通は 維新の三傑のひとり

薩摩の下級武士出身だが

藩主に 認められ 薩摩藩を代表して

西郷らと 倒幕計画を立てる

明治維新後は 政府の中心となり

富国強兵をスローガンに 産業を興す

皆さん ご存知ですよね

明治11年 紀尾井坂で暗殺

47歳

金銭に潔白で 私財を貯めず


孫に大久保利春(丸紅ロッキード事件)

玄孫に 麻生太郎(元総理大臣)


お墓は広いです

亀の上にお墓があり

正面には 妻のお墓

その横には 大久保家の人達のお墓

こちらは 小さなお墓です


後藤象二郎は 土佐の人

徳川慶喜に 体制奉還をさせた

これがすごいですよね!

明治維新後は 大臣を歴任

明治30年 59歳で没

坂本龍馬 福沢諭吉と懇意

長女が 岩崎弥之助(三菱財閥二代目)と結婚

孫に 岩崎小弥太(三菱財閥の4代目)

旭硝子の創業者


ただ お墓は手入れが

行き届いていません

後藤一族のお墓のようですが



写真は
青山霊園の中央通り(車が行き交う)
大久保利通のお墓
大久保利通の顕彰碑
後藤象二郎のお墓







 







2015/02/23 14:08:00|ぶらぶら歩き
鶴見川にバスが 鶴見線の弁天橋・鶴見小野・国道

鶴見川の記事が 今日の朝日新聞に

2〜3日前に 渡った川だ


バスが 船にえい航されて

鶴見川を 上ってました

見た瞬間は おどろきの一言で

今に 沈むのではと

しばらく 見ていましたが

沈まないんです

バスって 水に浮くんですね


自転車に乗った おばさんに 尋ねると

「あのバス この辺りに 係留されていた」

「しばらく 見かけなかったが 戻ってきたんだ」 

この辺りでは 有名なバスのようです



前回 弁天橋まで歩いたので

今日は 弁天橋駅から 鶴見小野駅 

国道駅 鶴見駅まで ウォーキング


弁天橋で 下車した

海芝浦にいた 鉄道ファンの外人さんも

一緒に降りた

なにかあるのか?

トイレに寄っている間に

その人は いなくなった

JFE 旭硝子の関係者でも

なさそうだが


鶴見小野駅は 何度も降りた

30年近い 昔の話だが

下請けの プレス会社があった

今は その名前も 場所も

思い出せない


駅前では おじいさんが

座り込んで

通る人を 眺めてる

のんびりとした 下町だ


国道駅は 二度目

東海道を歩いたとき以来

何も 変わってない

昭和の 匂い 

電灯が 寂しく 照らしてる

商店は すべて閉まってる

ほこりなのか すすなのか

景色は 灰色だ


それでも 若い男性が

改札をくぐる

生きているのだ この駅も



山登りの後は 休養が必要

2日は絶対必要

やっと 足の痛みが消えた


写真は

鶴見川に浮かぶバス
鶴見小野駅
国道駅
国道駅の建物内














































 







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