最近 読んだ本にもあった
どうやら 本当のようだ
堅い話ですが
読売新聞 「検証 戦争責任」
半藤一利 「昭和史」
ふたつの出来事だ
戦後 幣原内閣のとき
東京裁判の前に
日本人独自で 戦犯裁判をやることに
国を誤まらせ 300万人の日本人死者
これに対する裁判だ
内閣で決議し
天皇陛下の許可を もらうことに
しかし 天皇は承諾せず
一緒に 戦争を始めた人たちを
裁くことが 出来なかった
だから 未だに
戦争の総括が 出来てない
今も中国・韓国から攻められる
東京裁判は 米国 中国 英国などへの
戦争犯罪を 裁いたもの
日本人に対する罪は 含まれてない
もうひとつ
サンフランシスコ講和条約の直前
今後 どうやって国を防衛すべきかの課題が
そのとき 天皇陛下がGHQにメッセージ
「米軍が沖縄を占領して 駐留し
日本の国を守ってもらいたい」 1947.9.19
本土に米軍基地があるのはまずい
との考えから 出たとある
これが 今も残る 沖縄の悲劇の始まり
戦争で 20万人の人が死んだ 沖縄
さらなる 追い打ちだ
昭和天皇は 沖縄を
一度も 訪問することはなかった
出来なかったのかも?
わたし的に これは 衝撃的でした
そんなことが あったのかと
藤沢に行く予定だったが
ギラギラの太陽に 負けて
オリンピックを 観戦
バド 松友選手 頑張りましたね
母親の 実家がある町の出身
写真 涼しさ感じる山の風景
本日の行動記 夕方図書へ
|