幻塾庵 てんでんこ

大磯の山陰にひっそり佇むてんでんこじむしょ。 てんでんこじむしょのささやかな文学活動を、幻塾庵てんでんこが担っています。
 
2023/04/05 5:00:00|文芸誌てんでんこ
アリギリスの歌 「てんでんこ」第15号用


田舎者の私にはじめて読むことの奥深さを教えてくれたのは、高校の国語教師であった。十五歳の春に生家を離れて下宿生活に転じたばかりの田舎者のアタマでは、すぐには理解できないにもかかわらず、「何か重要なことが言われている」という感触のトリコになった。S先生は、国語の時間の初っ端に、職業人としての物書きへの不信感をのべた後、「それにもかかわらず」読むことと生きることとの不可分の関係について味わい深い口吻で語り、強い印象を与えた。この「それにもかかわらず」という実存的な接続辞は、六十代になった現在も、ヨミカキの宿業の中核にからみついた〈肉の刺〉でありつづけているようだ。

S先生の口から洩れた「重要な」言葉のカケラとして今も覚えているのが、〈耳が語り、口が聴く〉とか、〈好みは千の嫌悪から成る〉とか〈書いたものに完成はなく、発表は事故の結果〉というようなものだ。もちろん、他にもたくさんあったけれど、今この三つをあげたのは、最近読み直したP・ヴァレリーのアフォリズム(?)の中に再び見出されたからである。

S先生は、誰が言ったのかはさして重要でない口ぶりで、これらの箴言を、耳が語るように話し、私も口が聴くようなムードで受取った。当時の私のカルチャーショックじみた新鮮なオドロキをヴァレリーふうに表現すればそうなるだろうか。

本コラムにすでに複数回、「青春の夢」の仕事に言及した折、わたしは〈ノート作家〉志願者だと書き、たとえその足元にも及ばぬと当初からわかっていても、真似事だけでもと願った先達として、キルケゴールや他のビッグな著作家の名をあげたのであるが、ヴァレリーは含まれていない。〈ノート作家〉の大物といっていいヴァレリーを、若い時から終始気にかけ、断続的に読みつづけた「にもかかわらず」、なぜ、当方の矮小な実存の理想の先達リストの中からは外されているのか、明瞭な説明はできにくいけれど、死ぬまでぬけない田舎者の習性で、五十代にしてアカデミー・フランセーズ会員に推挙され、世界ペンクラブ議長をつとめ、国立地中海中央研究所長となったあげく逝去時には国葬で儀式がおこなわれたといった「名士中の名士」ぶりに気圧された事実を、どうでもいいこととはみなせない気がする。

ヴァレリーの書いた「内容」に田舎者は今でも、深く同意せずにはおれない。にもかかわらず、その実存のあり方を、キルケゴール、カフカ、ベンヤミンなどのそれと並べると、たちまち後者が「一つの好み」を形成する。ヴァレリーを「嫌悪」したことはないにもかかわらず、敬して遠ざける自分がいるのである。







2023/03/30 5:00:00|文芸誌てんでんこ
アリギリスの歌 「てんでんこ」第14号用
 


ニモカカワラズという関わり方が、道に迷う実存的な技術と不可分であることが、凡愚ノート作家にも遅れ遅れてわかってきた。単独的である他ない営みに沈潜する道を選んだにもかかわらず、公的とも私的ともつかぬアリギリスふう擬態雑誌をたちあげて、すでに十年近い年月が経とうとしている。

〈秋ちかき心の寄や四畳半〉

「元禄七年六月二十一日、大津木節庵にて」の前書があるこの句の作者(木節)は大津の医師で、わが幻塾庵の宗祖ともいうべき芭蕉の最期をみとった人物だそうだ。


蓑笠庵という異名もあるわが庵は、四畳半の茶室とはオモムキが違うけれど、「心の寄」なる表現におのづからひきつけられる。気心の合う人々が集まっている情景を詠んだこの句から数か月後の十月、〈旅に病んで夢は枯野をかけめぐる〉の句をのこして逝った――その芭蕉が追慕した西行の歌〈心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ〉を思い浮かべる。昔、学校で習ったところでは「心なき身」は、出家してものの情趣を味わうということとは無縁となった身とする説があるそうだが、ここなる庵主がいつも口遊む芭蕉の歌〈捨てはてて身はなきものと思へども、雪のふる日は寒くこそあれ、花のふる日は浮かれこそすれ〉の「捨てはてた身」と明らかに呼応しているに違いない。

海の向うの天才たちから学んだ道に迷う実存のありようが歌われたものと勝手に解釈している庵主は、つまり、実存の道を〈非僧非俗〉と翻訳して現在に至っている。

世俗的なものから身をもぎはなす習練を死ぬまで怠らないと決意したにもかかわらず、花見に興じる人々同様に「浮かれ」てしまう自分を否定できない。

しかし蕉翁が人々と同じ心で花に浮かれたようにも思えない。芭蕉型俳文の系譜をうけ継いだ横井也有は『鶉衣』のなかで、「正しくして俗中に雅を失」わぬ蕉翁の文は、「たとへば、やんごとなき人の編笠・羽織にやつして、花のもとの床几によりたれど、田楽・団子に手をふれず、茶ばかり飲みてやすらひたるが如し」と評している。

わが庵で編まれる雑誌を支えつづけてくれた〈方人〉たちは、テンデンバラバラのてんでんこ党員にふさわしく各人各様の仕方で、俗中の「片隅」を愛する、とこれまた勝手に当方は想像している。読まれてナンボの市場原理がさし出す「田楽・団子に手をふれず、茶ばかり飲んでやすら」う心の寄りを共有する、と。しかし実際に庵で一同共に茶をすすったことすらないのである。いつモトノ野原にもどるかわからぬ「片隅」で、蕉翁をもどく一句をしたためる
――〈書をよけて月さし入れよ蓑笠庵〉







2023/03/29 6:10:20|文芸誌てんでんこ
アリギリスの歌 「てんでんこ」第13号用
2023年3月22日 05:50



「てんでんこ」第1号から第12号まで、各号の最終頁に置かれていた「アリギリスの歌」――幻塾庵ブログにふさわしい幻の第13号用
 

若年の日の希望通り、ノート作家に曲りなりにもなり了せた実感を抱く当方は、あらためてノートの定義をベンヤミンから乞食のようにモライ受け、ノートする。

といっても、ノートの正式の定義をベンヤミンがやっている文をさがし出したわけではなく、かれが「愛した作家」ヴァルザーやクラウスについての論の中から勝手に取り出した文をつないだものにすぎない。しかも当方のヴァルザーやクラウスの作品に対する知識は無きにひとしいばかりか、これらの作家がノート精神の体現者と直接の関わりがあるわけでもない。

「洗練された」「高尚な」形式を求める読者が、ヴァルザーにまずもって見出すのは、「ある常軌を逸した、何とも言いようのないだらしなさ」であり、「この無内容さが重量であり、とりとめのなさが根気であるということ、ヴァルザーの営みについての考察は、最後にこのことに思い至る」と、ベンヤミンは論の冒頭部で言う。

「それは簡単な考察ではない。というのも普通われわれは、多かれ少なかれ練り上げられた、意図された芸術作品のなかから、文体の謎というものがわれわれに立ちはだかってくるのを見るのに慣れているのに対し、ここではわれわれは、少なくとも外見上はまったく意図のない、にもかかわらず人を引きつけとりこにする、言語の野生化の前に立たされているからである。加えてここには優雅から辛辣まで、あらゆる形式を見せてくれる気ままさがある」(ちくま学芸文庫)

ベンヤミンが用いた「にもかかわらず」という実存的接続辞は、極めつきのノート作家カフカが愛用し、独自の考察を加えたものでもある。「言語の野生化」の前に立ち「気ままさ」を味わうための形式であるノートの精神に肉薄するわれわれもこの接続辞をアリギリス的なものと愛惜する。「無内容さが重量であり、とりとめのなさが根気であるという」ノートの根源を説明するのに逆説を強調する以外、方途がないと感じられてしまう。

ヴァルザー論にある「文体の謎」を理解するためにひらいたクラウス論にはこう書かれる――文体とは、通俗性におちこむことなしに言語思考の延長と拡がりを楽しむ力だ、と。

とてつもなく難解で、何度読んでも拒絶されてしまう印象の諸論考をはじめ、長大な学問的外観を呈する大著を含むベンヤミンの全著作を、アウラノート星座群として眺めつづけてきた。それらは、通俗性に決しておちこむことがないにもかかわらず、「言語思考の延長と拡がりを楽しむ力」の何たるかをめぐって「優雅から辛辣まで、あらゆる形式を見せてくれる」根源的ノートである。







2023/03/19 6:42:19|雑記
アリギリスの歌――今生の編集後記
2023.3.15 06:05



小さな文芸誌「てんでんこ」の創刊第1号から終刊第12号まで、てんでんこらむ〈アリギリスの歌〉を最終頁に置いたのは、隅っこでひっそり、というくらいの意図ではじめたことでしたが、置かれてみると、どこか編集後記のようにも思われてきました。
興に乗ると次号用を書きすすめたりもしていて、第12号を最終号にしようと決めた2019年6月の時点で、そうしたストックが6本作られていました。

そもそも2016年の第8号で終えるはずのところを、思わぬなりゆきで再開が決まり、2018年に第9号を出してからも、毎号これで終わりにしようと言い続けていたのに、一方では第17号(2022年)まで続ければ「エセ物語」36までを載せきることができるとも考えた形跡があり、続行気分が盛り上がったときに〈アリギリスの歌〉を第17号用まで書いたのでしょう。さらには、最終号用? とメモされた1本までもが残っていました。

これら未収録の〈アリギリスの歌〉を入力しておこうか、などと眺めていて、『わらしべ集』(2016年)に第8号までの〈アリギリスの歌〉を入れていたことを思い出しました。
『わらしべ集』を開いてみると、乾坤2巻のうち、坤の巻の最後にアリギリスの歌はありましたが、収録されていたのは8本ではなく、予想外の12本なのでした。
最終号となるはずだった第8号に〈アリギリスの歌〉が見開きで2本あったのは頁調整のためだったかもしれず、あとの3本はストックとして持っていたのか、『わらしべ集』用にまとまりをつけるために書き加えたのだったか、今となっては確認のしようもなく、「てんでんこ」未収録の3本を加えた12本が、『わらしべ集』の最後に置かれているという事実があるばかりです。

第9号から〈アリギリスの歌〉も再開され、第12号までの4本、そして残された6本で、〈アリギリスの歌〉として22本が書かれたことになります。

「てんでんこ」の編集後記のようにもなった〈アリギリスの歌〉9本は、『わらしべ集』の編集後記にも見える12本となり、最終的に22本の〈アリギリスの歌〉が今生の編集後記として残された気もします。

未発表の6本をぽつぽつ入力する、つもりでいます。



 







2023/01/16 6:12:09|雑記
祝! 対抗言論 3号



号を追うごとに充実の一途をたどる「対抗言論」
ずっしり重く深いのだが、さわやかな愉しさがみなぎっている。


川口好美さんの解説に続く頁は、思いがけない『エセ物語』刊行の告知と、川根本町「てんでんこ」の紹介。

〈日本列島語と世界文学を架け橋する、呆れ返った革命的試みの記録〉
〈ジョイス×柳田民俗学=『エセ物語』?〉
〈すべての言霊たちの出会いと別れ ちっぽけなエラーから驚異の超差別=協働へ!〉
〈遺された未完の大作、奇跡の出版?〉

とあっては、当人も呆れ返り、呵呵大笑したに違いない。


パラパラと頁を繰って印象に残る一節に目がとまった。

〈あるとき山城さんが講義でパウル・ツェランの話をしていました。細かい経緯は忘れましたが、投壜通信ですね、川辺に詩人がうずくまっている。壜を川に投げ入れる。その壜には暗号のような文字が刻まれた紙片が詰め込まれています。黒板にそんな絵を描いて、この詩人は室井さんを想像すればいいよと学生に言ったんです。室井さんはほんものの詩人だから、としみじみ言ったんですよね〉
(〖勉強会〗山城むつみを読む より)