幻塾庵 てんでんこ

大磯の山陰にひっそり佇むてんでんこじむしょ。 てんでんこじむしょのささやかな文学活動を、幻塾庵てんでんこが担っています。
 
2020/07/23 6:28:21|事務長雑記
『多和田葉子ノート』書評
 



「三田文学」2020年夏号に掲載された
 
「多和田葉子のための愛苦しさ”あふれるノート」(川口好美)



 本書は姉妹篇『詩記列伝序説』とともに刊行された室井光広氏の遺著である。氏の文業については、本誌の追悼特集(2020年冬号)に詳しいので繰り返さない。ここでは、3・11の震災を直接の契機として氏が比叡山を下りる”みたいに文芸ジャーナリズム、アカデミズムから距離を取った後、本格的に論じた唯一の現代作家が多和田葉子であったこと、そしてこの本が個人的な手仕事として書かれた「ノート」を中心に編まれており、同時に多和田に宛てた手紙でもあるということを確認しておきたい。奥付の発行日は「2020年3月23日」=多和田の還暦の誕生日で、裏表紙にはtoward Tawada”(多和田葉子の方へ/の近くで/のために)という言葉が刻まれている。また本書には「対話篇」として二人が公的な場で交わした二つの対話(一度目は1997年にハンブルグで、二度目は2017年に東京国立市で)が収められているのだが、本書の記述によると二度目の対話がきっかけになって『雪の練習生』(2011年)の書評を執筆して以来停滞気味だった愛読熱がよみがえり、氏は多和田の作品を「ノート」を取りながら順番に読み返したそうだ。その意味でこの本は対話相手への返礼文であり、二十年以上の長きにわたって結ばれた友情を文字どおり在り難い”ものとしてことほぎ感謝する、けして声高ではないが感動的なトーンにあふれている。

 ところで氏はわたしにとって師にあたるのだが、わたしが多和田作品にふれたのは、刊行されたばかりの『雪の練習生』を「チャーミングな本だからよかったら読んでみて」というようなメッセージと一緒に氏から贈られたのがたしか最初だったと思う。「チャーミング」という言い方で伝えたかったのが多和田文学の随所にこもる愛苦しさ”であったことを、本書所収の書評「愛苦しさ”あふれる物語」――『雪の練習生』」を読んで遅ればせながら理解した。著書のどこかで読んだのか、講義で聴いたのか、これまた記憶が曖昧なのだが、〈愛しい〉と書いてカナシイとも読めること、つまりイトシイとカナシイは根源において分かちがたく結び合っているということをはじめて教えてくれたのも氏だったはずだ。なにかがイトシクてたまらないという心が、そのなにかのことがカナシクてたまらないという心と不可分に重なり合っているという本源的に両義的な関係性――それを一言で言い止めたのが愛苦しい”という言葉だ。

 二度目の対話が「ノート」作りのきっかけになったと書いたが、具体的には、対話のなかで相手のニホンに寄せる「心境の変化」が仄見えたことが氏には重要だったようだ。多和田はこんなふうに語っている。「最近はダメな日本がオドラデクに見えてしまって、いとしくて心配で、日本という幻想を信じてはいないのに(……)」。箒にまたがる魔女のように世界中を移動しつづけるディヒター(=詩人)多和田葉子にこのニホンが愛苦しく見えてきたとは! 氏はこの一事に素直におどろいたのだ。ディヒターの近作『地球にちりばめられて』への言及が中心の第一「ノート」――タイトルはずばり「ディヒターの心配」――には、「かかとを失くした”状態で列島を出たディヒターがHirukoやSusanooのような――カタカナ表記ではなくアルファベットで記される――独自のニホン人キャラクターを造型するために、かほどの歳月を必要とした事実にわれわれは胸うたれる」とある。最後の長篇評論『柳田国男の話』からも明らかだが、氏自身がゆっくり丁寧に同質の視線を育んできたからこその、それは共振現象であったに違いない。国家としての日本のダメさの底が完全に抜けてしまっていると思える現在、文学はどのようなかたちで小さきニホンへの愛苦しい”心情を回復、持続すればよいのか――この問い一つだけにしぼっても、本書は再読三読に値するだろう。

 その上でさらに、多和田文学に注ぐ視線の奥に潜む、〈性〉をめぐる氏の奥ゆかしいマナザシに寄り添う事ができれば、本書の多義的な魅力はぐっと増すはずだ。ある箇所では氏は自らを「女流」にたいする「男末流」と定義した上で、多和田(と、その話者)を自分が愛読してきたベンヤミンらと同じ性質の「メランコリカー」とみなそうとしても、多和田の「作品群に寄り添う経験自体がそれを否むだろう」と厳しく言い切り、また文芸従事者の一種の理想のようにみなされてきた「隠棲志向」とは、主流としての「男流」が踏みつづけてきた「女性性のポエジーへの一種の罪ホロボシ」なのではないかとまで述べている。

 氏が真の意味での「隠棲」を宿願としてきた事実を考えれば、この自己批判はきわめて重いのだが、ただし大事なのは、それが男性性の否定および女性性の称揚という図式に収まるものではないことだ。そこで氏は、異〈性〉への距離の感覚をあくまでも保持しながら、しかし同時に「女性性のポエジー」と雑じり合うことで「雑種」として自分を産み直し、自己の〈性〉を受け取り直し、愛し直そうともしている。こうした試みは愛苦しい”アウラを帯びた貴重なものとしてわたしたちの眼に映るはずだ。思えば氏はこれまで、カフカ、プルースト、キルケゴール、アンデルセンといった世界文学史に名を刻む作家たちのなかに〈性〉の根源的トランス志向とでも呼ぶべきものを見出し追尋してきたが、多和田葉子という異〈性〉の現代作家を主題としたからこそ、本書では自分の身にかぎりなく引き寄せた上でそれについて語ろうと思えたのではないか。

 遺著になったことは残念だが、それ以上に爽やかな感動に包まれた。小さく異なる愛苦しい”なにかを見失わないかぎり希望は残りつづけるということを、本書は教えてくれる。







2020/07/12 14:51:00|事務長雑記
『多和田葉子ノート』書評
 

「図書新聞」7月18日号に『多和田葉子ノート』の書評
 
愉楽に満ちた旅の道のりを開示(谷口幸代)が掲載されました



「詩の人類学者」――日独バイリンガル作家の多和田葉子は、『エクソフォニー』(二〇〇三年、岩波書店)で室井光広をこう呼んだ。このエッセイ集で、多和田は多様な言語事情をもつ世界の各都市を訪れて、言葉と世界との関係について刺激的な思索をめぐらせたが、その中で唯一日本国内の訪問地となったのが室井の郷里、奥会津であった。多和田はその地で言葉の魅力を発掘し続ける室井の創造的営為を、「詩の人類学者」のフィールドワークと表現したのだった。

 その後、室井が昨年九月に急逝し、遺著の一冊として刊行されたのが『多和田葉子ノート』である。単行本化の過程で病に伏し、遺著になるかもしれないとの思いが著者の脳裏をかすめたことが後書きで明かされている。奥付に記された発行日は「二〇二〇年三月二十三日」。これは特別に選ばれた日付だろう。多和田葉子、六十歳の誕生日に当たるからだ。遺著と誕生日、死と生が交錯する本書には、多和田から「詩の人類学者」と呼ばれた室井光広が多和田葉子その人の文学をどのように読んだのか、その豊穣な軌跡が刻まれている。

 本書の構成は、ノート篇、序説篇、ブック・レヴュー篇、さらに対談二本を完全収録した対話篇の四部から成る。約二十年前の対談から書下ろしの文章までを収める充実した内容・構成だが、中でも全体の三分の一以上の分量を占める「ノート」三篇が本書の根幹を成す。それらの「ノート」で、室井はハンナ・アレントのブロッホ論などの先例に倣って、多和田をドイツ語で詩人・作家を意味する「ディヒター」と呼び、多和田の作品と様々な世界文学とを結ぶ回路を開きながら、広く確かな見識で多和田文学の魅力を深く掘り起こしていく。「ノート」と題されているものの、単なる断片的な覚書というべきものではない。「詩の人類学者」によるフィールドワークの発見を記したフィールドノートである。

 たとえば「ノートT ディヒターの心配」では、長編小説『地球にちりばめられて』(二〇一八年、講談社)が主に取り上げられる。この小説は、デンマーク在住の移民、Hirukoが母語を探す旅を描く。Hirukoは「手作りの言語」の「パンスカ」を話し、それはスカンジナビア諸国で通じるが、「異質さ」を保ちながら、「どんな母語とも直接はつながっていない」言語で、「パンスカ」を話している限り、「どこまでも自由で、自分勝手」でいられて、かつ「孤独」にならないとされている。

 このような「パンスカ」について、室井は「見果てぬ夢の言語」で「オドラデク」のようなものであるとして「オドラデク語」の類と規定する。「オドラデク」とは、カフカの短編小説Die Sorge des Hausvaters”に登場する、生物とも物体とも判別しがたい不思議な存在であり、室井と多和田両者の創作に関わる。室井は「オドラデク」をモチーフの一つとして芥川賞受賞作『おどるでく』(一九九四年、講談社)を執筆し、多和田はDie Sorge des Hausvaters”の新訳「お父さんは心配なんだよ」を発表している(多和田葉子編『カフカ』収録、二〇一五年、集英社)。

 さらに室井は、Die Sorge des Hausvaters”が発表された年に、カフカが日記の中でノルウェーの作家クヌート・ハムスンの作品の登場人物に言及していたことを想起し、Hirukoの旅の同行者の名がクヌートであるという一致に目を向ける。室井は、このようにカフカとの間に橋をかけながら『地球にちりばめられて』を読み、読みながら絶え間なく鋭敏な思考を働かせていく。

 本書は、カフカの他にも、シェイクスピア、ゲーテ、アンデルセン、セルバンテス、ボルヘスらを繰り返し引き合いに出し、多和田作品と重ね合わせることを通して、多和田の文学世界の核心に迫る。これが、ボルヘスを教祖とする「読者教」の信者を自称する室井が多和田のテクストを読む基本的な姿勢である。

 文学テクストへの室井の対し方に関して、井口時男は追悼文の中で、彼は対象を裁断して高みから論じるのではなく、「語ること自体の愉楽を味わうようにテクストを自由に「遍歴」」し続けたと深くあたたかな言葉を贈った(「「田舎者」の世界文学」、『群像』二〇一九年一二月号)。本書にも多和田文学をめぐる遍歴の愉楽が満ちており、多和田のテクストを読む室井の思考の回路がそのまま多和田文学をめぐる旅の道筋のように思えてくる。

 室井は、Hirukoの旅の同行者となる資格を、「グローカルな言語へのリビドー」や「言語にエロスを感じる体質」に求めた上で、自らもHiruko達の旅の道連れに加わりたいとの願望を吐露している。そこにも表れているように、彼こそ、「グローカルな言語へのリビドー」や「言語にエロスを感じる体質」の持ち主にほかならない。とするならば、言語をめぐる知的でユーモラスな実験性に富む創作活動を展開する者としての共感をもとに、多様な文学や思想を縦横に参照・引証しながら多和田のテクストを読む、愉楽に満ちた旅の道のりを開示したのが本書と言えるのではないだろうか。

 本書刊行から約二カ月を経て、多和田の新刊『星に仄めかされて』が刊行された。『地球にちりばめられて』に続く連作の第二部である。Hirukoたちの言語をめぐる旅はさらに続き、まもなく第三部が始まる。新たな展開を迎える多和田文学を、室井ならどう読むだろうか。そう思わずにいられない。







2020/07/12 13:51:02|事務長雑記
「群像」BOOK REVIEW
 

「群像」8月号に『多和田葉子ノート』書評
 
響きあう言霊(松永美穂)が掲載されました


 
昨年急逝した室井光広氏による、入魂の多和田葉子論。日独で数十冊の本を出し、世界各地で研究論文のテーマになっている多和田について、すでに英・独・仏語圏では研究書が出版されているが、なぜか日本では多和田論は――少なくとも単行本では――まだ珍しい。本書のようにタイトルに多和田の名を冠し、一冊丸々多和田論にあてた単行本は、ほとんど初めてではないだろうか。

 この本は四つのパートから成り立っている。室井の「ノート」。間口の広いエッセイ風の「序説」。室井がこれまでに書いた、多和田作品の書評。そして、一九九七年と二〇一七年に行われた、室井と多和田の対談。
「ノートT」には、「本稿をしたためている二〇一九年」という記述がある。二〇一一年の震災後、「ビジネスとしての読み書き業にプンクトをうちたい思いが急速に強まった」室井は、それまで勤めていた大学を辞め、文芸雑誌を発行していた。しかし、二〇一七年に多和田に指名されて「現代詩手帖」で対談を行ったことがきっかけで、多和田の文学について論じたいという気持ちを膨らませていったらしい。

 二十年来の交流のある多和田に、室井はさまざまな渾名をつけている。「国際的歩き巫女」(「世界文学回遊魚」という言葉も出てくる)。ドイツ語のDichter(詩人・作家)に由来する「ディヒター」。さらに、「何やら魔女的なふたくちおんな”」(これが多和田の作品のタイトル「ふたくちおとこ」のもじりであることは言うまでもない)。ある時期からの多和田文学を「妖怪変化万葉集」として読んできた、と室井は打ち明ける(この「妖怪変化万葉集」という言葉自体は、多和田がゲーテの『ファウスト』第二部を評して書いたものでもある)。当意即妙な名づけからも、文学における多和田の跳躍力、次々にメタモルフォーゼを導き出す想像力の豊かさを、室井が愛してやまなかったことがわかる。

 ユーモア溢れる言葉遊びには、室井の人柄も表れている。そもそも室井の芥川賞受賞作が『おどるでく』。これは「踊る木偶」と漢字変換することが可能かもしれないが、カフカの短編にでてくる「オドラデク」という謎の生物が念頭におかれていることは明らかで(本書では多和田が翻訳したこの短編についての議論にも熱が入っている)、こうした深みのある文学的ギャグのセンスは室井の自家薬籠中のものであると同時に、実は多和田の得意分野でもあるのだった(「球形時間」「献灯使」「穴あきエフの初恋祭り」など、言葉遊びを駆使した多和田の作品タイトルが浮かんでくる)。本書では、室井と多和田、それぞれの発する言霊が生き生きと応酬しあっている。それは室井の、多和田作品を読んで刺激とパワーを与えられ、「セイア! セイア!」と歓喜の声をあげる(「セイア」という言葉は、彼が自分をたとえる「井蛙」に通ずる叫び声でもあるが)姿からも伝わってくる。

 室井は自らが渉猟してきた本の世界の、きらめく星たちの星座に多和田を並置しようとする。柳田国男、カフカ、ボルヘス、ベンヤミン。カフカに関しては多和田の翻訳があるし、『日本の作家が語る ボルヘスとわたし』のなかには多和田の講演も収録されている(そのきっかけを作ったのは室井であったと、編者の野谷文昭が記している)。多和田と室井はともに「群像」新人賞でデビューし、芥川賞を受賞した共通点を持つ。室井は当初、多和田の文学の世界での「妹」のように思っていたが、国際的に活躍の場を広げていく彼女に柳田の本のタイトルでもある「妹の力」を感じるようになったという。「『ゴットハルト鉄道』に収められた三篇を味読するために有用なキーワードとして、日本語文芸の「数先年の根柢」をなす妹の力を有する物狂いの少女”の原像に思いを馳せておくのは決して的外れではないと私は信じている」というように、長い文学的伝統のなかに多和田を置き、大きなスケールで論じているのが印象的だ。

「群像」で連載されていた多和田の『星に仄めかされて』がつい最近単行本になったばかりだが、たとえばこの本と前作に共通する主要人物の一人であるHirukoについて、「姓が無い」ことを室井が指摘し、「この省略もしくは欠損・欠落に二十一世紀の神話作家の「巧み」がはりついているのはたしかである」と断言していることも、示唆に富む(そもそも多和田がこの連作において神話世界から借用したHirukoとSusahooの名が、作品ではずっとローマ字で記される点は興味深い)。室井は多和田の作品が持つ「グローカル」な魅力を論じ、Hirukoが開発した「パンスカ」という汎スカンジナビア言語にも強い関心を示す。方言の問題、名づけ、文学的遺産の継承、ジェンダー、越境……多和田文学の豊かな土壌を、室井は独特の勘で深く掘り下げていく。それは室井からの一方的なラブコールにはとどまらず、最後におかれた対談からは、室井に対する多和田の高い評価と信頼もうかがえる。
 二度の対談では、いずれも「詩的」な言語が話題になる。時流に乗ろうとするのではなく、「遅れて」いくことの大切さ。「田舎者」として、中央に対し距離をとることの必要性。文字を手書きすること。日本語と外国語を対置させるだけでなく、日本語もひとつではないと意識すること……。多和田自身が、室井を通して教えられたこと、二人が共通して大切にしていることが、対談のなかで確認されていく。

 これは、二人の作家の魂の交流を記録した、貴重な本だ。昨年九月に亡くなった室井は、もっと書き足すことを予定していたのかもしれない。ただ、「あとがき」だけはしっかり用意されていて、「二〇二〇年三月のために」と結ばれていた。本書の発行日は二〇二〇年三月二十三日。その日付を見ると、胸に迫るものがある。多和田の還暦の誕生日。この本は文学上の「兄」、そして盟友からの、パワフルな「妹」への誕生日プレゼントでもあったのだ。







2020/07/06 5:51:28|事務長雑記
『詩記列伝序説』論
 

「現代詩手帖」7月号の〈詩書月評〉「詩の生起する場」(福田拓也)

の冒頭に置かれた、『詩記列伝序説』論です。


 
室井光広『詩記列伝序説』(双子のライオン堂)は、『ドン・キホーテ』と全く同じテクストを二十世紀に書くことによってそれが二十世に書かれたことで全く違う作品になるというボルヘスの「ピエール・メナール」から出発し、違う時代に書かれた複数のテクストが作者と時代の枠を超えて響き合う編年体的歴史を壊乱するような空間を「世界劇場」として夢見ている。この空間にあっては、複数の文学的テクストが未来の作品に影響を与えるのみならず過去の作品をも修正しつつまるで同一の作者によって書かれたかのように、あるいはあるテクストをそれを書いた作者とは別の作者に誤配的に接続させるという手続きを経て、呼応し合い、接近し合う。室井はまたこのような諸テクストの相互接近と分離からなる空間を、異質な要素が共通の場なしに共存するフーコーの「混在郷(エテロトピー)」に引き付けると同時に、3・11の記憶をも介入させつつ「ガレキの山」と規定する。このようにして、ボルヘス、キルケゴール、ベンヤミン、カフカ、メルヴィル、柳田国男、粕谷栄市などがテクストの断片の細部を、しばしば一つの語、例えば「アマーガー平原」など一つの固有名詞を仲立ちとして意想外の接近を果たす。テクスト断片の絶えざる反復、引用、転移によって、各々のテクストをある時代と一人の作者に帰属させつつ位置付け分類する線的歴史秩序を壊乱し新たな配置を創出しつつも絶えずそれを書き換え更新するという果てのない享楽を肯定するエクリチュールが室井の批評である。また、複数のテクストが接近し合っては離れるこのような絶えざる配置転換の磁場を展開してやむことのない室井のエクリチュールは詩について語り詩を夢見ているのみならず、それ自体がすぐれて詩的な行為となっており、まさに「途絶えざる詩」、果てることのない詩となっている。







2020/05/27 7:53:32|事務長雑記
週刊読書人 書評
 

5月22日発行の週刊読書人に

『詩記列伝序説』『多和田葉子ノート』の書評が掲載されました



 室井光広氏を紹介するのにどんな言葉がふさわしいかと思い悩み、〈類稀な‶思想詩エッセイ”の書き手〉などとノートに書きつけてみたものの、想像の中で氏に「その〈書き手〉というのがぞっとしないね……」とたしなめられる。氏は愛惜するボルヘスの詩の一節を、あらためてわたしに読んで聴かせる。「認めたページの自慢は余人に任せよう/読んできた書物こそわたしは誇りたい」。氏はたしかに、読者として生き、読者として死んだ。それが若年時からの望みであり、望みは見事に果たされたのだ。わたしは〈書き手〉として称揚することを諦め、氏自身による紹介の言葉――『詩記列伝序説』序章の題に用いられている――を書き写して満足する。曰く、「〈読者教〉信者」。

 氏は癌治療による入院中も病室で本書の原稿を磨きつづけていたが、昨年九月末、完成を待たずに亡くなってしまった。二冊は遺著となった。奥付の発行日(2020年3月23日=多和田葉子さんの還暦の誕生日)とじっさいの発行日にズレがあるが、著者の当初からの意志を尊重しそのままになっている。編集・装丁の実務を担った高林昭太さんは、著者の郷里である南会津の小さな集落や晩年すみかとした大磯の浜辺を何度も丹念に歩きまわって、本のデザインを決められたそうだ。版元は書肆「双子のライオン堂」。氏の教え子でもある社主竹田信弥さんは先が見通せない困難な状況の中刊行までこぎつけ、氏(師)との約束を果たされた。本書は、読むことに憑かれた「信者」の最後の信仰告白の書にふさわしく、文字どおり有難い”出来事の積み重なりの結果成ったものである。

 山を下り〈野〉に出でよ。そこに浮び上がる「読みの世界劇場」で正しく「不安」を学べ――。『詩記列伝序説』をモットーふうに要約してみればこうなる。

 下山とは、直接的には、あの3・11を機に氏が大学の教員を辞し、あらゆる商業ジャーナリズムと縁を切った事実を指す。だが『多和田葉子ノート』に収められた対談中の「山を下りて終わりにしたい、チャラにしたいという見果てぬ夢があって」という語り口が如実に示すように、それはたんに隠棲すればすむような話ではありえなかった。氏にとって下りる”ことは「闇自体を自分で手作りし」、おのれの全実存を「闇」と一致させることを意味していたからだ。このとびきり困難な、しかし希望に満ちた手仕事としての闇落ち(?)への理解を助けてくれそうな一節を『序説』の掉尾を飾るエッセイから前後の文脈にはふれずに書き写してたい。「何のために? 正しい不安という「最高のもの」を学ぶために、である。〈根底に向って没落する〉実存の落ちきり”プロジェクトともいうべきこの「冒険の旅」をやめると、自分が「だめになってしまう」ことを絶望的な「困難(ノート)」に対処する「必要(ノート)に迫られた〈ノート作家〉は本能的に知りぬいていた」。

 デビュー以来ボルヘスをはじめとする海外作家の反復読みを実践してきた氏はある日、柳田国男とアプト式列車に乗って下山することを決意する。何度も峠を越え、ついに〈野〉に出た……。氏の『柳田国男の話』から教えられたことだが、開けた平坦な土地という現在的イメージとは異なり、もともと〈野〉は山の裾野、緩傾斜の地帯を意味する日本語だったそうだ。人間を拒絶する厳しい山の自然と、安寧な暮らしを許す平野。両者の中間領域としての〈野〉は『遠野物語』に顕著なように、国家的神話とは一線を画す民衆的メルヘンの母胎だった。これを詩的に拡大解釈し、あいだ”としての〈野〉は「闇」が息づくことの可能な稀有な場所でありつづけてきた、と言い換えてもよいだろう。

〈野〉にからだを横たえると、夜空にはベンヤミン、カフカ、キルケゴールという〈ノート作家〉=「非商業系著作家」たちが形作る「〈冬の大三角〉座」がしるく浮き立っている。非在の「読みの世界劇場」の観客になり遂せた氏は、濃密さをます闇の中、分析も解釈もせず、繰り返し読んだテクストをあらためて受け取り直す。何のために?「正しい不安という「最高のもの」を学ぶために」。なぜ「不安」を捨てたり解消したりするのではなく、学ばなければならないのか。学ぶとは、正しい愛し方を知ることだ。配達不能郵便(デッドレター)のように生に積み重なり、わたしを疲弊させる無数の小さな「不安」たち。それらの愛し方さえわかれば、それらが神話的に巨大な「不安」の物語として暴力的に統合されてしまう前に、あいかわらず小さく無意味だがしかし希望を孕んだ無数の手紙としててんでに煌めき出し、いつのまにかまったくあたらしい物語=歴史に反転しだれかに届く可能性もゼロではない。氏にとって読むことは、そのわずかな可能性に賭けることだった。氏が『序説』の最後に引用しているベンヤミンの言葉はこうだ――「希望なき人々のためにのみ、われわれには希望が与えられている」。

 本書に収められたエッセイの大部分を雑誌掲載時に読んでいたが、今次刊行された本で通読すると、一つ一つの言葉がいいがたい純度を帯びて、一層心身に沁み渡るように感じられた。今、わたし(たち)が晦い「不安」のなかに在ることと関係しているのかもしれない。本稿で多く言及したエッセイ「〈冬の大三角〉座で正しく不安を学ぶ」は震災への遅ればせながらの応答として書かれたものだ。氏のテクストは「不安」とともに生きざるをえないわたし(たち)にとって、これからも希望の書、抵抗の書でありつづけるだろう。キルケゴールについてのカフカの言葉をもどいた氏の言葉をさらにもどいて、わたしはつぶやく。本稿の読者がカフカらと同じ星座に属する非商業的著作家の手になる二冊の本を読んでくれるなら無常にうれしい……と。(かわぐち・よしみ=文芸評論家)


 







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