幻塾庵 てんでんこ

大磯の山陰にひっそり佇むてんでんこじむしょ。 てんでんこじむしょのささやかな文学活動を、幻塾庵てんでんこが担っています。
 
2018/12/21 14:28:09|文芸誌てんでんこ
大波小波の年の瀬



東京新聞12月17日の匿名コラム「大波小波」で
「てんでんこ」第10号に掲載された川口好美さんの評論

〈内部の人間〉の革命――中野重治再考

が取り上げられた。
金魚さんという新たな謎が……

この評論は「てんでんこ」第11号で完結の予定。
コラム中の「同人誌」→「雑誌」?







2018/11/29 12:49:00|文芸誌てんでんこ
てんでんこ 第10号 「誕生日」完全版


誕生日
                  
平田詩織

何かを残したいと
こわばるあなたの顔に
何を彫ればいいのだろう
もっともしたしいあなたの紙片に
見知らぬひとの背骨を描かなければならない日に

生きていたことの
痕跡のような祈り
花の落ちる速度で
明日へ残りたいと
風を止める手
そびえる身体
言葉を閉ざすべきなのだろうか
何かでありたいのなら

あなたは
南に向いた梢に
こえをかける
声を駆ける
仰のいて舌をねだる
死をねだる
合歓の木の午後
轍のらせんがくるくると
降る、降りてくる
荷の底を抱きかかえ
花の種を噛みながら
足のない風に吹かれる
足のない旅人の手をひいて
草原に埋もれてゆくのは
あれはわたしだ

感情の束が水を吸い上げて
夜毎深い場所でひらかれる
ことばのかたちを、なくしたまま
にじむ青を深くする言葉の
その先を歩く人影に
いまは手を伸ばす

身体の尾根をつたい
おくぶかい光路をさがしてたどる
道なき道のゆきかたを
耳打ちしたその名を

彼は人差し指を伸ばして
わたしの唇の前に立てる
みちしるべのように
愛は示され
そしてためされている

木炭まみれの
黒い指先のひと
ここでひとりのときでも
いつもあなたを思う
光のように

光のように、すべて奪ってくれ
目の高さでゆれる
鈴生りの海
ふるえながら
はじめて咲く花のそば
まだかたちを成さない
やわらかな生きものの背が
やさしい速度で折れ曲がってゆく

こむらがえりをしようか
あなたのために
汗をかいて目をさます
とめどない官能が殴りかかってくるとき
毀壊する炎天から
絶ち消える南国の蝶の気配
赤と青の脈の美しさを鮮明にして
飛ぶように落ちてゆけ
最後の天使のように


 

手違いと行き違いが重なって、「てんでんこ」第10号掲載の
「誕生日」後半部分が欠落してしまいました。
ここに完全版を掲載し、平田詩織さんと「てんでんこ」第10号を手に取ってくださったみなさまにお詫び申し上げます。

「誕生日」完全版は、『現代詩手帖12月号』の「現代詩年鑑2019」
にも採録されています。







2018/10/23 13:53:00|文芸誌てんでんこ
てんでんこ 第10号


老若男女の作品がてんでんこに集う《小さな文芸誌》の第10号が完成しました。

「てんでんこ」第10号の内容は……

亡霊········································································· 粕谷 栄市  2
<帽子病>の四十年――粕谷栄市ノート···························· 室井 光広  6
句帖から 2018年春から夏 付・無用の注釈······················· 井口 時男  14
ヘマを踏む(3)························································ 綱島 啓介  20
北の映像圏へ······························································ 吉田 文憲  28
ドン・キホーテの憑依者たち テリー・ギリアム試論············· 藤田 直哉  34
夜の重力································································· 千葉 みずほ  48
譜代屋敷始末······························································ 角田 悦哉  52
iomante································································· 田中 さとみ  70
自死とユーモア――西部邁の死について··························· 井口 時男  76
郷士歌集(3)··························································· 田中 和生  84
納戸物語···································································· 村松 真理  88
誕生日······································································ 平田 詩織 100
<内部の人間>の革命――中野重治再考···························· 川口 好美 104
T・S・エリオット『詩篇 1920年』(2)························· 佐藤 亨訳 118
エセ物語···························································· エセ物語編纂人 130
 
てんでんこらむ アリギリスの歌/一冊の写真集 (松川好孝)/火星に似合   
        う花(森禮子)/ カフカの遺書/キャバレーニューキャッ
        スル (寺田幹太)/狂女死ぬを待たれ滅多矢鱈の(井口時
        男)/極私的なカブトムシの神話(田中和生)/ 思考する
        自我(山本秀史)/ソウセキの思い出(田中さとみ)/
        TORU写真館 (佐藤亨)/ 虎が石/文は孤ならず(夜鷹市
        蔵)/僕の文学のふるさと(川口好美)


小さな文芸誌「てんでんこ」は七月堂のオンラインショップで入手できます。
バックナンバーも扱っています。
 







2018/08/02 11:54:40|事務長雑記
涼風


食事時間以外は、ひたすら睡眠業務に明け暮れる昨今、
散歩に出て写真を撮ったと、送ってくれた人がいるって!
 
指二本でつかまえて「記念撮影」して放したそうな。
このときに生れた句は、「てんでんこ」第10号に掲載されるらしい。







2018/05/07 14:42:31|事務長雑記
祝! 『をどり字』


『天來の獨樂』に続く、井口時男さんの第二句集


 第一に、俳句〈俳諧〉は「俗」に徹することで、「雅」という惰性化した支配美学に対する批評を敢行したのだった。滑稽や諧謔もその批評性の実践である。
 第二に、私にとってはこちらの方が重要なのだが、五七五を単立させた「もの云えぬ詩形」としての近代俳句は、作品化に際して、つねに意志的な切断を要する。この切断が批評である。俳句は、その詩形そのものにおいて、空疎な饒舌の時代に対する反時代的な批評なのだ、と思う。
 むろん、批評性の尖端には自己批評がなければならない。だが、俳句ではその自己批評が一番難しい。どれほど緻密な自己点検につとめても、詩形が短すぎて、読者への効果を測りがたいのだ。
 しかし、幸いなことに、俳句の批評は批評で終わるのではない。「創造といふものが、常に批評の尖頂に据つている」(
小林秀雄「ランボオT」)。創造は跳躍であり賭けである。本書に収めた二四四句、私の自己批評の尖頂で、いま読者に向けて跳躍する。うまく受け止めてもらえれば幸いである。
我が俳句ーーあとがきを兼ねて より