人生まだまだこれからさあ!

老いた駿馬は馬小屋に伏すも志は千里にあり。烈士は暮年なるも壮心止まず。人生まだまだこれからさあ!
 
2012/09/15 21:34:57|俳句中心
ウサインのクサインポーズ美術展




テレビのスイッチをつけたら、

ダルビッシュと岩隅の投手戦

レンジャーズ対マリナーズ

見ていた時は2対1でダルビッシュが

勝っていたな〜

こんな試合を のぼさん(正岡子規)に

見せてやったら、

ビックリ仰天、涙流して

喜ぶんだろ〜な〜



釣瓶落しのぼさんの影球を追う


ウサインのクサインポーズ美術展


秋の虹東照宮の絵空事


眼鏡を洗い南山を見る稲雀





しかし、まだまだ暑いですな〜

そろそろ 東南の風が

吹くころだがな〜


赤壁の戦いは今頃の時期

世の中熱い場所がたくさんありますな〜

赤い旗をたくさんたてて

2000隻の船も水上で燃える。

レッドクリフをみていて、

いろいろなこと妄想するのである。

魚釣島に2000隻の船が

押し寄せてきてしばらくしたら、

東南の強風が吹きだしてきて〜

海の藻屑と消えうせる〜


まだレッドクリフはおわらないのだ〜














2012/09/13 22:18:42|俳句中心
敗荷にかすかに残る水の珠




不忍池の池畔には面白い碑がたくさん

設置されている。

面白いとは言っても、設置した者達に

とっては、すこぶる真剣に真面目に、

考えているのである。


眼鏡の碑がありました。が、ただの眼鏡

では無い、石の眼鏡である。

かの徳川家康の所蔵品なのである。

眼鏡は文化の発達につれて、需要が増え、

文化 政治 経済 に大きく貢献した。

今の政権に携わっている昼行燈の如き、

自分の足元さえも見えなくて、

なんでもありの近隣諸国の国々から足元を

見られっぱなし言われっぱなしで〜

時には焦点の合ったハイテクの

眼鏡をかけなさい。こんなことなら

座頭市にまかせほうが

ず〜っといいではないか〜

見えるように脳に眼鏡をかけたまえ〜

ここは慈眼大師(天海)のゆかりの地

眼を大切にしましょう〜


っとこの石碑には書いてあるのです。

吾輩も眼鏡を掛けている。

眼力の衰えの為か、眼鏡が邪魔に

なる時が増えてきている。

それでも眼鏡は大切な必需品

眼鏡のせいではないのであるが、

よく眼鏡を洗って、満足している

のである。



眼鏡を洗い南山を見る濁り酒





秋とはいえど不忍池の蓮の葉は

まだまだ緑にして、しっかりと、

さらには花もきれいにね〜

しかし、

すこしは破れかかったものも有り

無理して秋の俳句を創るのである。

なんせ吟行だからね〜



敗荷にかすかに残る水の珠





敗荷〜やれはす と読みます。

秋の季語になっています。

まだまだ破れそうもないな〜

菊酒もまだまださきの話ですな〜


















2012/09/13 8:38:55|俳句中心
おけら鳴く顔面だけの大仏さん





井戸ばたの桜あぶなし酒の酔



上野公園の桜の花は結構有名である!

特に花見のシーズンはそうとうなもん。

新入社員の場所取りね〜

ここから社会的な生存競争が始まる

のである〜

そんなこと言ったって桜にだって

桜の都合がある のだ〜

桜の種類は多いんだってね〜

「秋色桜(しゅうしきざくら)」は

固有種、これのいわれのステンレス製の

看板が建っておりました。

桜咲く季節 是非来てみよう!

秋色桜は どれだ どれだ と探して

みよう!

見つからなかったら、あの親切な

ばいてんのお姉さんに聞いてみよう!



呑み過ぎの秋色桜井戸の側



この秋色桜の色は何色かに異常に

興味を示すのである。

来春の楽しみとしよう!




西郷さんの銅像が建っていました。

上野では 1,2、を争う有名人

ですよね〜

この西郷さんが見下ろすビルの上に

スカイツリーが見えております。

時代は、少しづつ 少しづつ でも

進んでいるのでありますな〜

西郷さん あの塔が

スカイツリー という

今最もトレンデイーな

電波塔なんですよ〜



西郷どんスカイツリーと秋の空







昔、ここに上野大仏が建っていた。

1632年造立 

ずいぶん古いんですね〜

その後 紆余曲折があり、関東大震災

により、仏頭が落ち、

仏体は第二次世界大戦に献納された。

その後、尊顔を旧地に建てた、 

昭和四十七年とあり。

とても いい顔していますよ〜

まさに ご尊顔ですね〜



おけら鳴く顔面だけの大仏さん


御尊顔を拝す上野大仏雁渡し


















2012/09/10 19:40:11|俳句中心
ましら酒東照宮の絵空事




東照宮は日光が有名ですが、

いろんな処にあるんですね〜

ここ上野の森にもありました。

しかし、本殿は工事中のようです。


あの本殿は絵みたいだね〜

え〜?

あの囲いは  へ〜?


前に来たことのあるメンバ〜が

言っておりました〜

そんな会話があったようでございます。


今回もやっぱり絵だったですな〜

空がとてもきれいで、

まさに 絵空事 でございました!



ましら酒東照宮の絵空事



しかしよくカモフラージュしましたな〜



ここの東照宮には燈籠が多い。

石灯籠や、銅燈籠、大燈籠、、、、

燈籠は奈良時代には

寺院で使われていたが、

平安時代以降には、住宅や、神社でも

使われたらしい。

ここは神社だよね〜鳥居があるからな〜



柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺


花の雲鐘は上野か浅草か



五重塔の先端が残暑の空に伸びて

おりました。


吟行はまだまだ続くのでございます。



東照宮どっちが東秋暑し




















2012/09/10 13:23:41|俳句中心
天高し野球で遊ぶ子規の声






上野公園内に野球場がありました。

正岡子規記念球場と書いてありました。

そのそばに句碑がありました。句碑には


“春風やまりを投げたき草の原”

が彫られ、

子規の野球姿の写真も

浮かんでおりました。


正岡子規は高松から出てきてこの辺に

下宿していたようである。

大学予備門時代、仲間たちと当時伝わった

ばかりのベースボールに興していたという。

日本初の野球狂、野球用語を多数翻訳して

野球の普及発展に貢献したとのことで

野球殿堂にはいっています。


そうなんだ〜松山から出てきたころ

十六歳の頃 この辺の原っぱで草野球を

して遊んでいたんだな〜


ベースボールが何故野球になったかと

いうと、子規の幼名が“升(のぼる)”

だったので、雅号を野球(のぼ〜る)と

漢字をあてていたからだそうな、

しかし、子規の三年後輩の

中馬庚(ちゅうまかのえ)が正式に

ベースボールを野球としたらしい。


子規の翻訳した野球用語は、

打者、走者、死球、飛球、直球、

棒(バットのこと)、等々きりがない。



天高し野球で遊ぶ子規の声




吟行はまだまだ続く

遠く飛行船が浮かんでおりました。