人生まだまだこれからさあ!

老いた駿馬は馬小屋に伏すも志は千里にあり。烈士は暮年なるも壮心止まず。人生まだまだこれからさあ!
 
2009/06/11 17:30:07|紀行
毛の国漫遊記ー6



尾瀬は行くもの体験するもの

鳩待峠〜山の鼻

片道約1Hのコースは

川上川のせせらぎの音と

鶯の種種の鳴き声

路辺の珍しい可憐な花達

ときおり垣間見られる残雪の至仏山

等を楽しむ爽快無比な走行でした!

尾瀬の写真報道は本ブログにて既出

この日の宿はやはり同級生の

兄さんの経営する

片品高原の旅館 山楽荘に投宿

サービス満天でしたよ〜

夜宿の主人も交えカラオケ大会

たくさん歌い過ぎたもので

喉がガラガラ

その痛めた喉に新型ならぬ

毛の国の古代型の菌が入り込み

帰ってから新型インフルエンザ

では?と疑われたのですが

熱も出なかったことから

やはり毛の国の古代型だった

ようでございます。

ご心配おかけしました!















2009/06/11 16:09:34|紀行
毛の国満遊記ー5



いよいよ今日は“道場破り”の日

武者震いをしながら会場へ向かう

道場となる会場は「境総合文化センター」

先ずはこの建物の威容に

圧倒されましたな〜

近代建築技術の粋を極めた高層建築

贅をきわめたがいしゅうには

芸術的な噴水が30分毎に吹き上がる

建物の仕掛けだけではなく

境囲碁研究会のメンバー

いづれ劣らぬ面構えの猛者達

ハンデイ戦だからいいものの

4〜5段以上が7〜8人はいると

みた!総員26人

主宰はわが同級生 そう毛の国の友人

なのである。

いやああすごいものである。

このメンバーが「境囲碁研究会」として

月に2回も活動しているとは!

彼を見直すことしきりであった!

チーム戦ということで我輩と

神奈川の同級生それに神奈川の人が

二人加わり「よそものチーム」として

参戦した。

結果はなんと主宰のハンデイづけ

の塩梅があるとはいえ破竹の勢い

我が神奈川の同級生の全勝を含め

チーム優勝となったのでした!

そうして念願の道場破りは

達成されたのでした!

めでたしめでたし!


この夜は嬉しさのあまり

福ちゃんで長い長い鉄道旅行

新橋から鎌倉経由で京都まで

いつたどりつくともわからない

旅に入ってしまったのでした!






(後記)

お〜う あの看板かの〜

しっかりと大切に保管しておくぞ〜い!

安心してその痛風とやらを

早く治すことだな〜

病人に勝ったなんて言われたのじゃあ〜

我が下の毛のご先祖様に申し訳なくて

顔を向けられないでの〜

養生して早く治して

又 対決出来る日を首をなが〜くして

待っているぞ〜い!
















2009/06/11 10:13:46|紀行
毛の国満遊記ー4


ついに来られました!念願の場所!

幻の“焼き鳥福ちゃん”

ありましたね〜

噺にはちょくちょく聞いており

平塚では結構有名なのですが〜

まだ誰も行ったことがない。

幻なのである〜さらにさらに

この焼き鳥屋焼き鳥を焼かないらしい

“焼き鳥を焼かない焼き鳥屋なんて

芋を焼かない焼き芋屋と同じじゃ〜”

幻は深まる一方でありました。


この店には毛の国の英雄豪傑達が

夜な夜な集まり

天下国家を論じ 謀議をこらして

いるという。しか〜し外部には

“けけけっつ けけッ けけけっ”

というような異様な笑い声きり

洩れてこないという。

時には なが〜いなが〜い歌声も

あるというが〜

英雄豪傑達のたまり場として

まさにかの水滸伝に於ける

梁山泊そっくりのところでありました。

今回の旅はこだわりのない

満遊なのではありますが

秘かに二つだけ野望が

ありました。

一つは焼き鳥を焼かない

“焼き鳥福ちゃん”の看板を

いただくこと。

もう一つは明日行われる“囲碁大会”で

道場破りを敢行すること

ところが何と!?

目の前で焼き鳥を焼いているではないか〜

早くも挫折が訪れたのでありました

しか〜し あの焼き鳥うまかったな〜

焼いたことの無い味とは

とうていおもえなかったが?!



300円の店と看板にあるが

この謎だけは

ど〜してもわからなかった?





(追記)

300円の謎 回答もらいました。

開店時にビール以外は全て300円

の大出血サービスにした!

と言うことでした。

しか〜し値ごろ感は

出てくる品ぐりと雰囲気による

からの〜

だが今も繁盛しているようだから〜

何かがいいんだよな〜 きっと!














2009/06/11 9:11:04|紀行
毛の国満遊記ー3


ところで毛の国の意味は?

一つは毛深い民族が住んでいた

地域 ゴリラがたくさん生息して

いたのかも〜

もう一つの説は野毛(のげ、のぎ)

という米や麦の穂の先のトゲトゲを

いう、所謂 穀物類をいう。

緑豊かな穀物の産地であったから

毛の国といわれたそうな〜

毛の国は広かったので奈良時代に

律令制度作成にあたり二つに分けた

奈良に近いほうを上の毛(上野毛、上野、)

遠い方を下の毛(下野毛、下野、)

を国名としたらしい!

判りにくいから〜本紀行では

単に 毛の国ということにしておこう!



さて毛の国次は太田呑龍さんに

いきました龍のような立派な松ノ木が

迎えてくれました。写真1枚目

庭でサツキ祭りをやっていました

サツキにも面白い容の花があるの

ですね〜  写真2枚目

次に金山城跡に行きました。

金山(きんざん)というもんだから

金を掘りに行こうかなと思ったのですが

金山(かなやま)だったそうで!

城が出来る前に製鉄をしていたらしい

それで鉄(カネ)山と呼んだそうな〜

写真3枚目

しかし一点だけどうしても判らなかった

ことは金山城跡にどうして我が先祖の

像があるのか?これだけはわからない?

ちくへいと言うのだが、けっして

わくへいではありませんぞ〜

写真4枚目







(後記)

そこまで チクッチャ〜

かわいそうだ〜

まだ雨が降って来ないとみえる!


















2009/06/10 22:48:01|紀行
毛の国漫遊記ー2



そもそも毛の国の歴史を辿れば

清和天皇に始まり

源氏 新田氏 足利氏 徳川氏と

続くのである。

なかでも新田義貞が上の毛の代表

とすれば足利尊氏は下の毛の代表

となる。

すごいですな〜

毛の国が日本を動かして

いたのですな〜

写真は上から

家系図

世良田東照宮

新田義貞の像

蓮の花




(後記)

そうでしたか、あの有名な満徳寺の

地名は徳川と言うんだ!

とにかくあの満徳寺ではウンチクが

かなり増えましたな〜

これで我輩もウンチク仲間かな〜

ウンチクの友な〜んちゃって!












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