幻塾庵 てんでんこ

大磯の山陰にひっそり佇むてんでんこじむしょ。 てんでんこじむしょのささやかな文学活動を、幻塾庵てんでんこが担っています。
 
2018/02/07 15:07:53|雑記
川口好美さんのエッセイ

「てんでんこ」第9号に「中野重治」とてんでんこらむ「マニウケル」を執筆された川口好美さんのエッセイ。昨年末の北海道新聞夕刊に掲載されたものを、転載します。



雪かきの話

 朝、雪かきの音が聞こえてくると、自分にもそれが強制されているように感じて厭な気分になる。〈自宅前をいくら綺麗に雪かきしたところで隣の家(僕のことだ!)があんなざまではなあ〉と隣人は思っているのではないか。そう勘ぐってしまう。道内出身の記者の方にこのことを話すと、いやそれはいかにも本州的な考え方で、北海道の人はご近所云々ではなくただ好きで雪をかいているんですよ、と返された。そのとおりだろう。ただ、後日思ったことがある。僕のひねくれた考え方の根っこには、不徹底な性格についてのコンプレックスがあるのだろう、と。
 どうにも不徹底なのだ、僕は。子どものころからずっとかわらない。正月休みに書き初めの宿題があった。苦労して清書した作品を提出用の台紙に貼り付けようとスティック糊を走らせると、力が入り過ぎていたのか、半紙が破けてしまった。ふたたび清書し、なんとか台紙に貼り付けたが、こんどは半紙が不格好に傾いている。さいごのさいごでまっすぐ丁寧に貼れなかったのだ。労を惜しんだというよりは〈まっすぐ〉という観念がその瞬間だけ自分のなかからふっと消えていたという感じだろうか。びっくりした。あんなに苦労して書き直したにもかかわらず、どうして、いざ貼りつけるという段になって〈まっすぐ〉貼ろうとしなかったのだろうか、と。万事このようであった。
 わかっちゃいるけどどのように身をよじっても切り離すことができないのが、性格というものなのだろう。どたん場での詰めの甘さ、不徹底さが一向に改善されないまま、僕は大人になった。そして、ひょんな巡り合わせで本州から雪かきが必要な北海道は斜里町に移り住み、道南出身の女性と結婚し、男児を授かり、マイナーな分野でモノを書いている。
 雪かきには僕の不徹底なところが如実にあらわれる。だから雪かきが嫌いなのだ。綺麗に雪かきされた地面を見て、僕はいつも不思議に思う。どうすればこんなふうになるんだ、雪をかいたときに左右に痕跡として線条が残るはずではないか、それはいったいどこに消えたんだ……。妻にそのことを訊ねてみた。すると彼女は、それもかいたのよ、と答えた。僕は、それをかいたとしてもまた左右に筋が残るはずじゃないかと問い返した。最終的にそれをなくすのが雪かきというものなの、と言った。結局よくわからなかった。が、はっきりしたのは、少なくとも僕には出来そうもないということだった。
 もともとモノカキを志していたわけではない。大学卒業後は、名だたる哲学者たちの難解な著作を理解できないままに濫読し、立派なことが書いてある(と思われた)箇所を汚い字でひたすら抜き書きしていた。4、5年のあいだにA4サイズのぶ厚い大学ノートが何冊も消費され、視力が落ち、腱鞘炎になった。まったく喜びがなかったと言えば嘘だが、徒労感のほうが圧倒的に大きかった。なにかの役に立てようという意図はまったくなかった。ただ現在から回顧すれば、目的のない苦行をひたすら反復することで、僕は自身の不徹底さからなんとか抜けだそうとしていたのかもしれない。いわばそれは不器用な祓いの儀式だったのかもしれない。他人が書いたものを写すだけではなく、白紙の原稿用紙に自分の言葉で書くようになった今も、それはかわらない。かわってはいけないと思っている。僕は、自分の不徹底さ、詰めの甘さ、意志の弱さを、なんとか克服したいと念じながら日々机に向かうのだが、容易には叶わない。
 ひょっとすると、それが叶ってはじめて、僕は心底望んで雪をかくのかもしれない。徹底的に。しかしいつのことになるやら。窓外では今もしんしんと雪が降っている。おじいさんが雪かきをしている。僕はその様子を、相手に気づかれぬようこっそり覗き見ている。



 







2018/01/26 14:49:48|猫牀六尺
雪の会津鶴ヶ城


庵主が高校の3年間を過ごした会津の鶴ヶ城

東京近辺でさえ凍り付いていて

外出をためらわれる日々だというのに

今のこの時期にことさらに足を運ぶ人もいるというので
 
驚愕 驚嘆 感嘆

じむしょで元気なのは今月末に9歳になる事務長ばかり


 







2017/12/26 14:20:14|文芸誌てんでんこ
「てんでんこ」第9号
 

「てんでんこ」第8号の刊行から2年、
第9号ができました

第9号からは、発行元(七月堂)のオンラインショップ
入手していただけることになりました。
バックナンバーも取り扱っています。

 







2017/12/26 14:18:32|雑記
「てんでんこ」第9号⁉

 
   「てんでんこ」は第8号で終ったものとばかり思っていたら、
    第9号が届いた。

   これまでバラストのように頁を占めていた「エセ物語」を入れる余地が
   なくなるくらい《内発的な》原稿が集ったそうで、
   「エセ物語」は従来の半分だけ掲載のつもりが、さらにその半分になり、
   それでもちょっと苦しいかも……という見通しになった。
   いいよ、入れなくても、といじけ気味のところ、なんとか8頁を確保。

   〈写真左は、冬至前日の相模湾の日の出〉







2017/12/26 14:00:51|文芸誌てんでんこ
「てんでんこ」第9号目次