日経の記事です。
栗本鉄工所はものを触った際の感覚を疑似的に表現する「ハプティクス(触覚技術)」向け新素材を開発した。鉄の微粒子を混ぜた液体の“粘り気”を磁場の強さの変化で自在にあやつり、疑似触感を実現する。遠く離れたロボットの操縦に使えば、まるで自分がその場にいるような感覚で操作できる。 このほど実用化第1号として、無線操縦飛行機の操縦装置に採用が決まった。国内大手の日本遠隔制御(大阪府東大阪市)が年内にも新素材を使った操縦装置の新製品を発売する予定だ。価格は従来品より1割程度高くなる見通しという。
無線飛行機はエンジンやかじを2本のスティックで操る。これまでは操縦装置内の部品を物理的にいじって、操作感を調整していた。新型装置ではタッチパネルで設定を切り替えるだけで、指でスティックを押した感触を滑らかにしたり、重くしたり、「カリカリ」と細かく刻むような感じにしたりと、自由に選ぶことができる。
日本遠隔制御の設計担当、山口明彦氏は「操縦装置では数十年ぶりの技術革新になる」と語る。
■管加工の技応用 栗本鉄工所が開発した新素材「ナノ磁気粘性(MR)流体」は、直径100ナノ(ナノは10億分の1)メートルほどの鉄微粒子を油性の溶媒に混合させた。鉄を含むため、液体状ながら磁力に吸い寄せられる性質を持つ。
磁力線に沿って鉄微粒子が整列して固まることを利用、磁場の強さに応じて粘度を調整できる。操作スティックに使えば、動かす際に微妙な抵抗を持たせることで、疑似的な触感を表現する。
マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルサイズの鉄微粒子を使ったMR流体はすでに米国企業などが実用化している。固さを自由にあやつることができる特徴を利用して、自動車の衝撃吸収材などに使われている。ただし、粒子が大きく沈殿したり、ざらついたりするため、疑似触感への利用は難しかった。
栗本鉄工所は水道管などの鉄製パイプを主力製品とする。新素材では、パイプ加工などで培った切削加工で生じる粉末を制御する技術を応用して、高熱で鉄をガス化してナノレベルにまで微細化。さらに2~5ナノメートルの酸化膜で覆うことで化学的に安定させた。
技術自体は2009年に確立していた。産業機械のクラッチやブレーキへの応用を見込んだが、装置開発の技術やノウハウがなく、実用化には至らなかった。
たまたま技術に目をつけたのが日本遠隔制御だ。同社は愛好家向けに、1台数十万円もするような操縦装置などを製造している。12年に栗本鉄工所に技術提供を求め、装置の開発が始まった。狙ったのはより直感的な操作感覚の実現だ。
開発にあたっての課題は、ナノMR流体を充填した装置の小型化だった。装置に組み込むには五百円玉程度の大きさが限度だが、当初の試作品は数十センチ。栗本鉄工所と試行錯誤を繰り返し、ようやく厚さ数ミリ、直径数センチの装置を実現した。 ■数ミリ秒で反応 スティックの回りに傾きを検知するセンサーを配置、スティックの傾きに応じて、電磁石の電流を細かくオン・オフすることで、刻むような操作感を再現した。
ナノMR流体の磁力の変化への反応速度はわずか数ミリ秒にすぎない。素早い操作にも十分に対応でき、既存の装置と変わらぬ感触を表現できた。
今後は、飛行速度をリアルタイムで操縦装置に反映して、加速などに応じてスティックの操作感が重くなるような感覚も表現したい考えだ。
次世代のインターフェースとして注目を集めるハプティクスをめぐっては各社が技術開発を競っている。すでにタッチパネルに表示したボタンを押したような感覚を表現するのに使われている。
近い将来、さらに複雑な表現も可能となりそうだ。アルプス電気が開発した手で握るようにして使う端末はセンサーで指の動きを検出し、モーターの力で指を押し戻して固さや柔らかさを表現する。まずはゲームのコントローラーで2~3年以内の実用化を目指す。日本電産は水平の振動を起こす装置を使い、指先にボタンを押した感覚やざらつきなどを錯覚させる技術を開発した。
ナノMR流体の実用化に当たった栗本鉄工所の赤岩修一課長代理は「まずは嗜好性の強い製品から展開していくが、応用範囲は広い」と話す。
抵抗感や固さといった「力覚」を自在に調整できる利点を生かし、インターネット通販で製品の形や固さを再現するボール型デバイス、遠隔手術や災害現場の探索ロボットの操縦装置などへの採用を働きかけていく考えだ。
ハプティクス(Haptics) 「触覚技術」とも呼ばれる。ものを触った際の感覚を力や振動などで疑似的に表現して錯覚させる技術。仮想現実(VR)に現実感を与えるインターフェース技術として普及しつつある。
ゲーム機のコントローラーではバイブレーターの振動でアクションの激しさなどを表現、スマートフォン(スマホ)などでは画面上のボタンを押したような感覚を演出するために使われている。
疑似触感を機械の入出力装置に使えば、人が近づけない危険な場所でのロボットの操作や、マニピュレーターを使った微細加工などに役立つものと期待されている。
(鈴木卓郎) |