写真は大槌湾箱崎漁港でボランテイアバスは箱崎小学校前敷地に停車させています。クリックすると大きくなります。
3月12日〜16日の神大87便でバスリダーとして釜石市箱崎地区、大槌町赤浜地区に被災地支援ボランティアに行って来ました。私は今回が12回目、今年だけでも3回目(宮城仮設便を入れると4回目)のバラバス乗車です。
神大便とは神奈川大学の「KU“東北”ボランティア駅伝」とKSVNとの共同運行便で、現地で2班に分かれA班13名は遠野市役所内での献本、文書再生作業、B班16名が金太郎泊・まごころネットの瓦礫撤去や「思い出捜したい」の活動でした。
今回の参加者は一般の人が4〜5人だけで殆どが大学生(29名のうち神大生が20名、3〜4人が他大学、1年生が多かった。)という超若い集団でした。 私はB班で13日と14日が釜石市箱崎地区、15日は大槌町赤浜地区の瓦礫撤去に行きました。
神奈川は「まごころのネット」のトップリーダーや現地隊長の認知度や信頼がとても高く、箱崎地区での作業では他のグループが集めた瓦礫の最終的な分別、トラックでの運搬、積み下ろし作業を担当しました。赤浜地区では瓦礫撤去後の宅地の仕上げ等と現場作業ではいつも大事な所を任されました。(16日は60人規模で入った大槌の現場にスタッフが1人だった事もあるのですが最終チェックまで任されKSVNの一員であった事を嬉しく誇りに思いました。今まで活動を継続し実績を積み上げてきたKSVN皆さんのおかげです。)
そしてコンテナに集積した瓦礫の運搬、積み下ろし作業や花壇作り(赤浜地区)での大きな切り株の根っこの掘り出し作業と大変ハードな作業で若い神大生が目の覚めるような働きをしました。
箱崎地区の作業は(今年1月に岩手53便で来た時は岬の箱崎神社の下側とその対岸の漁港清掃でしたが)今回は防波堤の内側の瓦礫撤去でした。赤浜地区では津波には鉄筋作りだった家が持ち堪えたもののその後の火災で類焼し炭化した植木の切り株跡が残る宅地の瓦礫撤去でした。箱崎地区や赤浜地区は震災直後、窃盗団が入り外部の人に警戒感が強く外の人が入れなかった所ですが継続した被災地支援ボランテイア活動が認められて今は毎回、地元住民の方が汁ものやご飯の炊き出しをしてくれるほどいい関係になっています。私達も3日間とも汁もの、豚汁等ご馳走になりました。
神大87便B班・金太郎組は瓦礫隊(11名)の他に思い出捜したい(4人)、見守り活動(1名)と別れたので13日にみんな揃ってから振り返りミィテ―ングをしました。(献本作業、自治会館泊組も毎日、やっています。)
14日はみんなで地元の銭湯「カメの湯」に行き5日には希望者だけで(12名)A班からも6人もかけつけてくれ外食で交流の場を持ちました。殆どが学生なので「のんき」のマスターには事前にお願いし超格安で美味しい料理を提供して貰いました。
最終日の自由時間は(遠野が初めての人がほとんどだったので)米内川の白鳥見学、お豆腐屋さん、南部神社とお城跡散策、遠野博物館見学、観光会館語り部(30分)と案内しました。この遠野散策ツアーは豆腐代くらいしかお金もかからずそれでいてとても充実した時間になったようで大変、好評でした。
バスの振り返りでも「また、来たい。」という声が圧倒的で「リダーが(私のこと)乗る時はみんな集まるから連絡して下さい。」とつい嬉しくなるような声も沢山、頂きました。
私にとっても日常の生活ではありえない、自分の娘や息子達の世代よりさらに一回りも若い世代との交流やデスカッション、これもまた貴重な勉強、体験となりました。また中長期でボランテイアをやっている人達とも交流の場が持て個人的にもとても有意義でした。ボランティア活動は被災地とのかかわりだけでなく色々な体験と視野を広げてくれます。
神奈川大学の、「KU“東北”ボランティア駅伝」のHPは→