宇野努の子どもたちへの走り書き

宇野努のちょっとした日常を、ゆる〜く紹介☆
 
2026/03/21 9:38:27|ここラボ
≪固定投稿≫『まちの保健室/オンライン保健室』開催情報


◆ここラボ宇野努のホームページ
教育を学びのエンターテイメントにする!をモットーに、社会教育・生涯学習専門教育家、宇野努のホームページです。研修・講演会など宇野努の活動をご覧ください。




☆あなたの悩みの宿題、お持ちください!

『まちの保健室』(参加費500円)
場所:ひらつか活動センター
2026.4.23(木)10:00-12:00

『オンラインまちの保健室』(参加費500円)
2026.3.27(金)11:00-12:00
※ウエブオンラインアプリzoomでの開催

詳細はこころをつなぐ平塚のHPでご確認ください!







2026/04/12 10:00:00|ここラボ
ちゃんとしなくても、ちゃんと咲く
今年も庭にいつの間にか花が咲いていました。
タンポポも、ピンクの小さな花も、紫の花たちも、「普通はこの時期に咲くよね」なんて確認を取ることもなく、ただ当たり前のようにそこにいます。

ただただ自分のタイミングで咲いているだけですクローバー

「普通は」「ちゃんと」「もっと」
誰かと比べて、足りないところばかり見て、まだまだだと焦る人、結構いるんですよね。

私の庭の花は、隣の花と比べて落ち込んだりしません。
早く咲いた花も、ゆっくり咲く花も、春の一部になっています。

それって、なんだか人間にも通じる気がします。
少し遅れてもいいし、形が違ってもいい。
誰かの「普通」に合わせなくても、自分のペースでやっていれば、それでちゃんと咲いているのかもしれません。

むしろ、「ちゃんとしよう」と力みすぎるほど、苦しくなってしまうこともある。
だからこそ、ときには力を抜いてみる。
ちゃんとしていない自分も、そのまま許してみる。

庭の花たちは教えてくれます。
ちゃんとしなくても、ちゃんと咲く。

そんなふうに思えた春のひとときでした。







2026/04/05 10:00:00|ここラボ
お花見と不合理
「なぜ人はこんなにもお花見に惹かれるのか」と考えてみた。
場所取りをして、混雑を承知で集まり、時には寒さに震えながらも、私たちは毎年同じ行動を繰り返す。
合理的に考えれば、もっと空いていて快適な楽しみ方はいくらでもあるはずだ。

ここで思い出すのが、ダン・アリエリーの『予想通りに不合理』だ。
人は「社会的価値」と「市場価値」を無意識に行き来する。
お花見はまさに社会的価値の世界だ。
場所取りの労力も、混雑の不便さも、「みんなで春を感じる」という共有体験が上書きしてしまう。
だから私たちは、不便さを“コスト”としてではなく、“思い出”として受け入れてしまう。

さらに「ピーク・エンドの法則」も当てはまる。
満開の瞬間と、帰り際の余韻。
この二つが体験の評価を決めるため、多少の寒さや混雑は記憶から薄れていく。
結果、「やっぱり来てよかった」と感じ、翌年も同じ行動を選ぶのだ。

桜は数日で散る。だからこそ価値があると感じる「希少性の錯覚」も働く。
実際には毎年来る春なのに、私たちは“今しかない”と感じてしまう。

こう考えると、お花見は単なる季節行事ではなく、人間の不合理さを美しく映し出すイベントだ。
満開の桜の下で、少しだけ自分の心のクセに気づく。
そんな視点で眺めると、今年の花見はもう一段深く味わえるかもしれない桜







2026/03/29 10:00:00|ここラボ
渋谷西武と、あの頃の自分へ
2026年3月25日、渋谷西武が9月末で閉店するというニュースを知りました。
私にとって渋谷西武は、社会人としての第一歩を踏み出した特別な場所です。

学生時代から渋谷でアルバイトをしていた私は、就職の際にも「勤務地は渋谷で」と半ば強引に希望を通しました。
今思えば、どこか学生気分を引きずっていたのかもしれません。
それでも、あの街で過ごした時間はかけがえのないものでした。

渋谷西武では、多くのメーカーの方々や西武の社員の皆様と出会い、人として大切なことを数多く学ばせていただきました。
吉祥寺伊勢丹への異動の際には盛大な送別会まで開いていただき、その時の寄せ書きは今も大切に保管しています。

20代前半の自分が詰まった場所がなくなることに、寂しさを超えた喪失感を覚えます。
まるで、あの頃の自分の一部が静かに消えてしまうような感覚です。

昨年11月、何気なく撮った一枚の写真。
あの時はただの思い出の記録でしたが、今では少し切ない意味を持つ一枚になりました。

それでも、ふと気づきます。
年度末は、もともと別れの季節。終わりがあるからこそ、新しい何かが始まるのだと。
そう思うと、この出来事もまた、自分の歩みの一部として受け止められそうです。

思い出は消えるのではなく、自分の中で形を変えて残り続ける。
そう信じて、少しだけ前を向こうと思います。







2026/03/22 10:00:00|ここラボ
満腹よりも満たされたもの
両親の住んでいる地域のお寿司屋さん「黒潮」で、宇野家のランチ会。
両親と弟、妹と囲む食卓は、それだけで少し特別だ。
まずはランチスペシャルセットを軽く…のはずが、気づけばあっという間に完食。
「まだいけるよね?」と、次はランチ満腹セットを追加。
さらにあら汁は飲み放題、生ビールも2杯。
しっかり満腹になった。

でも、その日いちばん満たされたのは、胃袋ではなかった。
最近は、両親の物忘れや体の変化を感じる場面も増えてきた。
それでもこうして一緒に笑い、「おいしいね」と同じ時間を過ごせることが、何よりありがたいと感じる。

自分はまだまだ“スネかじり側”だけれど、こうした時間は当たり前ではなく、これまで家族が積み重ねてきたものの上にあるのだと思う。
弟や妹と顔を合わせ、同じ空間で笑えることも、きっと同じ。

満腹を超えた先にあったのは、家族への感謝と、ささやかな幸せ。
そんな一日だった。







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