「離婚時の厚生年金分割制度」ができて6年半が経過しました。
いつかは取り上げなければならないテーマと思っていましたので、今回じっくりと記述させて頂きます。
ところで「離婚時の厚生年金分割制度」とは、簡単に申し上げれば、離婚に際して互いの財産を分け合うように、年金財産もできるだけ平等に分けていこうとするものです。
ところが、年金は将来発生するものですから、すぐには分けられないという難点があります。
そこでこの法律では「年金額を決定する要素」を分割することにより、目的を達成させるという手法をとりました。
まず序章で、「年金額を決定する要素」について先に記述しておきます。これを理解することにより、本編も容易にご理解頂けることと思います。
尚、法的には『離婚等をした場合における特例(厚生年金保険法第三章の二 → 第七十八条の二〜十二)』『被扶養配偶者である期間についての特例(厚生年金保険法第三章の三 → 第七十八条の十三〜二十一)』といいますが、ここでは「離婚時の厚生年金分割制度」又は略して「離婚分割」と表現して参ります。〔序章〕
年金額は保険料納付実績によって決まるあたりまえのことですが、保険料をたくさん納めた人は年金額も多くなります。
厚生年金の保険料額と年金額はどのように決められているのでしょうか。
<保険料額の決定>
保険料は、報酬(毎月の給与や賞与)に一定の保険料率(平成25年9月現在17.120%、事業者と個人が折半)を乗じて算出し、給与や賞与から天引き納付されています。
従って上限はあるものの、報酬の多い人は保険料をたくさん納めることになります。
実務上、毎月の給与(報酬月額)は厚生年金保険料額表
(別表1)に基づいて30等級に分類された
標準報酬月額に当てはめて報酬額を決定し、賞与については千円未満を切り捨てた額(1回について150万円が上限)としています。(これを
標準賞与額といいます)
例えば月給23万円の人の標準報酬月額は24万円(別表1から)となり、賞与200万円をもらった人は、150万円が上限ですので標準賞与額は150万円になります。
標準報酬月額と標準賞与額の記録は、
『年金定期便』(35歳・45歳・59歳の節目の年齢に郵送される)のC−5厚の頁をご覧頂きますと「標準報酬月額と保険料納付額の月別状況」という欄がありますので、そこで確認することができます。
(月別状況・見本)また、年金定期便がお手元にない方は、最寄の年金事務所でご相談下さい。
<年金額の決定>
老齢厚生年金(報酬比例部分)の額は、被保険者期間中の各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額(
標準報酬総額といいます<注1>)をその被保険者期間月数で除した額(
平均標準報酬額といいます)に給付乗率(生年月日に応じて定められた定数)と被保険者期間の月数を乗じて算出します。
老齢厚生年金の額=平均標準報酬額×給付乗率
<注2>×被保険者期間の月数
<注1>
厳密には、標準報酬総額は各月の標準報酬月額と標準賞与額に賃金補正のための「再評価率」を乗じて得た額の総額となります。
また、「再評価率」は年金額算出に際しては、平成12年の法改正に伴い、新旧再評価率を用いるなど複雑ですが、年金分割に際しては離婚時点における再評価率で評価します。
見本として24年度再評価率表を掲載しておきます。
<注2>
給付乗率は生年月日によって異なると共に、賞与にも保険料が掛かるようになった平成15年4月1日以後(5.481/1000)と前(7.125/1000)とでは異なり、更に平成12年の法改正で給付乗率が変更になったのですが従前保障という考え方のもと、新旧双方で計算して有利な方を適用するという複雑な計算があります。参考までに給付乗率表を掲載しておきます。ここでは、年金の額は基本的には保険料を納付するときに用いる「標準報酬月額」と「標準賞与額」、それに「被保険者期間」(保険料納付済期間等)で決まるということを理解しておいてください。
これから記述する「離婚分割」は、この年金額算出の基礎となる「標準報酬総額」のうち、婚姻期間中のものを分割していこうとするものです。
上記の
「標準報酬月額」「標準賞与額」「標準報酬総額」「平均標準報酬額」という言葉をしっかり押さえておいて下さい。
1.『離婚時の厚生年金分割制度』とは
本制度の趣旨は、婚姻期間中に夫婦で築き上げた年金財産を離婚により一方に偏ることを防止すること、また、被扶養配偶者を有する被保険者が負担した保険料は、当該被扶養配偶者が共同して負担したものであるという基本認識のもと、年金額決定の重要な要素である標準報酬総額(上記ご参照)を多いほうから少ないほうに分割しようとするもので、下記2つの方式があります。
尚、本制度は厚生年金の定額部分(基礎年金部分)には当てはまらず、報酬比例部分のみに適用されますのでご注意下さい。
A.按分割合指定方式
平成19年4月1日以後に離婚等(婚姻の取消など)をした当事者に適用されるもので、離婚等をした当事者間の合意や家庭裁判所によって決められた割合(按分割合といいます)に基づき、 婚姻期間中の「標準報酬総額」を多いほうから少ない方に分割していく方式です。
尚、この方式を選択しても、下記折半方式に該当する期間がある人は折半方式と併用されます。B.折半方式
平成20年4月1日以後に離婚等をした当事者に適用されるもので、被扶養配偶者(主に妻)が国民年金の第3号被保険者であった期間のうち平成20年4月1日以後の期間について、請求することにより各月ごとの「標準報酬月額・標準賞与額」を自動的に被保険者と折半していく方式です。
相手方の合意は不要です。それでは、順を追って説明してまいります。
(1)按分割合指定方式
これは、夫婦それぞれの婚姻期間中各月の標準報酬月額・標準賞与額に離婚時点の再評価率を乗じて算出した「標準報酬総額」を、決められた按分割合に従って分割するものです。
@按分割合とは…
按分割合とは、婚姻期間中の夫婦それぞれの標準報酬総額の合計に対する、標準報酬総額の少ない人の割合をいいます。(標準報酬総額の多いほうを第1号改定者、少ないほうを第2号改定者といいます)
例えば、夫(第1号改定者)の標準報酬総額が7,000万円、妻(第2号改定者)の標準報酬総額が3,000万円だった場合の離婚分割前の按分割合は…
3,000万円÷(7,000万円+3,000万円)×100= 30% となります。
A按分割合の決定
按分割合の上限は50%です。下限は第2号改定者の分割前の割合(ここでは30%)を超えるものとなります。
また、按分割合は事前に話し合い又は家庭裁判所の審判等で決定しておかなければなりません。
上記事例において、話し合いで按分割合を45%と決定したとしますと、
(7,000万円+3,000万円)×0.45=4,500万円が妻の分割後の標準報酬総額になります。
夫の分割後の標準報酬総額は(7,000万円+3,000万円)×(1−0.45)=5,500万円となります。
B按分割合に基づき改定した各人の標準報酬総額を、対象期間各月の「標準報酬月額」「標準賞与額」に割り戻す<注3>
按分割合に従って改定した標準報酬総額は、これを対象期間各月の「標準報酬月額」「標準賞与額」に割り戻す必要があります。なぜならば、年金額算出に際しては毎月の標準報酬月額・標準賞与額に再評価率を乗じなければならないためです。そして、再評価率表をご覧頂くと判りますが、再評価率は毎年度変わりますので標準報酬総額のままでは年金額が算出できないからです。
<注3>
この月別割り戻しについては、大変複雑な算式を用いますのでここでは説明を省略させていただき、按分割合に基づいて分割された標準報酬総額をそれぞれの「標準報酬月額」「標準賞与額」に割り戻しすることにより、年金額算出の要素が改定されるため結果的に年金額増減に繋がるということをご理解下さい。
尚、月別割り戻しの計算について気になる方は、後記《参考》をご覧下さい。
C離婚分割(標準報酬改定)の請求手続き
a) 請求できる人
・ 平成19年4月1日以降に離婚又は婚姻の取消をした当事者。
・事実上婚姻関係と同様の事情にあった基礎年金(国民年金)の第3号被保険者が
その資格を喪失し、事実婚が解消したと認められる当事者(同一人と婚姻して事実
婚が解消する場合を除く)。
b) 請求するための要件
・当事者の合意又は家庭裁判所により按分割合が定まっていること。
c)請求期限
・離婚等をした日の翌日から起算して原則2年。
d)離婚分割の対象期間
・婚姻が成立した日の属する月から離婚が成立した日の属する月の前月まで(平
成19年4月1日前も含む。年金額は分割請求のあった月の翌月から改定する)
・事実婚の場合は第3号被保険者であった期間。
e)請求事務
・「標準報酬改定請求書」に「按分割合が当事者双方で合意等した内容記載の
書類、またはそれを明らかにする公正証書」を添付して住所を管轄する年金事
務所に請求。
D効果
・当事者が再婚しても相手が死亡しても、改定した標準報酬は生涯適用される。
Eその他
・当事者は、年金を受給する年齢に達したとき、自分自身の老齢年金の受給資格
期間(国民年金の保険料納付済期間、免除期間など合わせて25年以上)を満
たしていなければ受給できない。(折半方式も同じ)
・離婚分割の効力は、請求のあった日から将来に向かってのみ有するため、既に
受給している年金額が遡って改定になるわけではない。(折半方式も同じ)
・離婚前に、離婚を想定しての対象期間の標準報酬総額、按分割合の範囲などの
情報を、当事者の一方または双方は厚生労働大臣(年金事務所)に請求するこ
とができる。
・不謹慎ながら、第1号改定者となるべく配偶者の死期が迫っている場合、離婚
せずに我慢することにより、遺族厚生年金(通常、故人が本来貰うべき老齢厚
生年金の3/4)を貰う方が得になるケースがある。
(2)折半方式
これは平成20年4月1日以後に離婚した人に適用されるもので、被扶養配偶者(主に妻)の請求により、平成20年4月1日以後の婚姻期間中で国民年金第3号被保険者であった期間(特定期間といいます)の各月の「標準報酬月額」と「標準賞与額」を、被保険者(特定被保険者といいます)と被扶養配偶者とで単純に折半するものです。
@請求手続き
a) 請求できる人
・平成20年4月1日以降に離婚又は婚姻の取消をした、国民年金第3号被険者であ
った期間を有する被扶養配偶者。
・事実上婚姻関係と同様の事情にあった国民年金の第3号被保険者がその資格を喪失
し、事実婚が解消したと認められる被扶養配偶者。(同一人と婚姻して事実婚が解
消する場合を除く)
b)請求期限
・離婚等をした日の翌日から起算して原則2年。
c)離婚分割の対象期間
・平成20年4月1日以降の婚姻期間中の第3号被保険者であった期間(平成20年
3月31日以前は含まない)。
d)請求事務
・「標準報酬改定請求書」を住所を管轄する年金事務所に提出。
Aその他
・被保険者(主に夫)と按分割合の交渉や、事前の話し合いをする必要がない。
・按分割合指定方式で請求した際、対象期間の中に特定期間(折半方式の対象
期間)がある場合、折半方式の請求があったものとみなし、折半方式で標
準報酬の改定又は決定を行った後に、按分割合指定方式での標準報酬総額の
算出を行う。
・特定被保険者が障害厚生年金の受給権者の場合、折半方式が行われない場合
もある。
2.離婚等に直面している人の対応離婚して2年以内でまだ離婚分割請求をしていない人、又は離婚を考えている人
@按分割合指定方式で請求したほうがよい人
・婚姻期間が平成20年4月1日より前にある人。
・婚姻期間が平成20年4月1日以後だが、国民年金第2号被保険者期間がある、配
偶者より収入の少ない人。
A折半方式で請求したほうがよい人
・平成20年4月1日以後に結婚して、国民年金第3号被保険者のみ(専業主婦・パ
ートなど)を有する人。
以上ですが、お解かりいただけましたでしょうか。
以下にはご参考までに、按分割合に応じた標準報酬月額・標準賞与額への割戻し計算を記述しておきます。
これも一部省略してありますが、考え方はご理解頂けることと思います。《参考》
前記事例において、夫から妻へ移動する標準報酬総額は1,500万円であり、夫からみたその減額割合は
1,500万円 ÷ 7,000万円 = 0.2142857
となります。この値は、夫と妻の報酬総額を按分割合に基づいて分け合う率で
『改定割合』といいます。
この『改定割合』を用いて逆算すると、
7,000万円×(1−0.2142857)=5,500万円
が改正後の夫の標準報酬総額になります。
妻側から見ますと…
3000万円 + (7,000万円 × 0.2142857)=4,500万円
となり、改正後の妻の標準報酬総額になります。
この改定割合を使って、上記算式と同じように双方の改定前の対象期間各月の「標準報酬月額」「標準賞与額」に割り戻せば、改定後の「標準報酬月額」「標準賞与額」が算出できます。
つまり、夫においては7000万円の部分を夫の改定前の各月の「標準報酬月額」又は「標準賞与額」に変えれば、改定後の夫の対象期間各月の「標準報酬月額」「標準賞与額」を算出することができます。
妻においては、3000万円の部分を妻の改定前の各月の「標準報酬月額」又は「標準賞与額」に変え、7000万円の部分を妻と同時期の、夫の改定前の標準報酬月額又は標準賞与額に変えれば、改定後の妻の対象期間各月の「標準報酬月額」「標準賞与額」を算出することができます。
従ってここで一番大切なのは、『改定割合』の算出ということになります。
上記を整理して『改定割合』の算出式を示しますと、
改定割合={夫7000万円−(夫7000万円+妻3000万円)×(1−按分割合)}÷夫7000万円
以下、「夫」「妻」表示はいずれも各人の対象期間標準報酬総額の略とします。
↓
改定割合=
{夫−(夫+妻)×(1−按分割合)} 夫
↓
改定割合=1−{(1+
妻 )×(1−按分割合)}
夫
↓
改定割合=1−{(1−按分割合)+
妻 ×(1−按分割合)}
夫
↓
改定割合=1−1+按分割合−
妻 ×(1−按分割合)
夫
↓
改定割合=按分割合ー妻÷夫×(1−按分割合)
となり、正確に表現すると
改定割合=按分割合ー(第2号改定者の対象期間標準報酬総額÷第1号改定者の対象期間標準報酬総額)×(1−按分割合)
となります。
さて、この『改定割合』ですが実はもう少し複雑になります。それは、再評価率が生年月日によって異なるためです。
これ以上の説明は画面の関係でできませんので、最終的な算式だけ記述しておきます。
改定割合={按分割合 −(第2号改定者の対象期間標準報酬総額 ÷ 第1号改定者の対象期間標準報酬総額)× (1 − 按分割合)}÷(按分割合ー按分割合×変換率+変換率)
変換率=第2号改定者の再評価率で再評価した第1号改定者の対象期間標準報酬総額÷第1号改定者の対象期間標準報酬総額
となります。
具体的な数値をご希望の方は、年金事務所にご相談下さい。秘密は厳守してくれます。
《参考文献》
TAC 新・標準テキスト 厚年法