有り余る時間を楽しく過す極意を知った友人らとの交流の場。 環境にやさしい趣味の世界へどうぞ。 趣味は現役の時から持つと人生が倍に楽しめます。
 
2013/01/30 20:39:56|船の思い出
船の思い出・・・バンクーバー・・・トラブル続出

船の思い出・・・バンクーバー・・・トラブル続出
 
バンクーバに着く朝、機関長から早速トラブルの報告、廃油焼却装置のファイアブリック(耐熱煉瓦)が落ちたとのことでした。
前船の保証技師からの報告でも同様なトラブルがあり、予想はしていたものの案の定でした。
バンクーバーでは、ジルコンとサルファーを積み込みます。デッキクレーンは使用せず港湾施設を使用し積荷。積荷作業に邪魔になるためクレーンを海側に振り作動テストをしました。
4番ホールドのクレーンの動きが異常であることを発見。ホイスティングとグラッビング操作が上手くいかない。最後にはモーターブレーキが効かずロープを反対巻きにしてしまう始末。
コントロール回路の異常です。
 
写真ー1
処女航海で入港した船には、港に停泊している船から航海の無事を祝う祝笛が鳴らされます。
それらの船の乗組みを招いて、パーティーが始まります。
そのパーティーで機関長との記念撮影。口早にしゃべる硬い感じの機関長でした。夜の10時頃でも空は明るく驚きました。
 
写真ー2
荷役中の上甲板。積荷の粉が甲板上に積もっています。乗組みはどんな時でも陽気です。
 
写真ー3
太平洋上でのクレーンのロープの交換作業。
キンクしたロープを取り替えます。予備品のロープを積んでいましたから人海戦術で作業を進めました。
ボースンが陣頭指揮を執り、若手がクレーンポストによじ登ります。
Φ30mm程のロープが無残にもクレーンの後ろに垂れ下がっています。
 
写真ー4
作業完了後、デッキ上でお祝いの撮影です。
一波乱あるたびに親密になっていきます。







2013/01/29 23:11:34|船の思い出
船の思い出・・・洋上の時間調整・温度管理

船の思い出・・・洋上の時間調整
 
日付変更線を越えてから北米大陸に着くまで、毎日一寸ずつの時間調整を行ないます。船内放送で「何分進めろ!遅くしろ!」だったか覚えていませんが、はじめての経験でした。日付変更線を3回跨ぐ度に要領を覚えた次第です。日本〜北米大陸〜アジア大陸〜北米大陸への行ったり来たりでした。
地球は大きい。某組織の中での出世競争なんて先ずこの経験で凌駕できました。
 
写真ー1
ハワイ沖の夕日だったと思います。
救命ボートの脇から眺めたように記憶してます。梅干と醤油が本当に欲しかったです。出港してから1週間頃、日本の朝飯を食べたくなりました。
 
写真ー2
北米側を見た日の出です。
 
写真ー3
バンクーバーへ近づくほど寒くなり、日が沈みません。
空調機の様子がおかしい、俺のキャビンは寒くて寝られない!!ボースンからのお叱り。さてさて、保証技師の務めのはじまり。
ダクトのダンパーの微妙な調整では何の役にも立たない。設計と現実は別物を思い知らされた一瞬。
冷蔵・冷凍の回路図(エキスションバルブの作動)が役に立ちました。
 







2013/01/28 21:00:00|船の思い出
船の思い出・・・黒潮を越えるころ

船の思い出・・・黒潮を越えるころ
 
いよいよ大海原に出ました。
本船は当時のLR−UMS(エンジンルーム無人化船)で、ブリッジコントロールが出来る操縦設備でした。
早速ブリッジからの操縦に切り替え太平洋を横断します。ブリッジからの質問に答えるため2ndエンジニアと待機します。
 
写真ー1
エンジンルームを一巡し異常の無いことを確認。2ndとのツーショットです。
船内での小生は、ロッキード事件の頃で「コーチャン」と呼ぶことにしました。
 
写真ー2
ブリッジのからの質問に対応中。景色の話でもしているのでしょうか。
 
写真ー3
ブリッジの様子。右側にエンジンテレグラフ兼操縦ハンドルが見えます。正面上部壁面には、クリノメータ、方位計、エンジン回転計などが見えます。
 
写真ー4
ブリッジの後方では海図を引き出し、バンクーバーまでの航海距離と入港時刻から船速を算出し、操縦者にテレグラフ設定を支持します。通常はナビゲーションフルにエンジン回転を設定しますが、軽荷喫水ですからどのように設定したのでしょう。
航海に関しては保証技師の範疇外です。
上部の棚には各種の旗が格納されています。
手前の盤には、スエズ運河通過時の航海灯など本船の信号灯のコントロールパネルが設置されています。







2013/01/27 20:49:00|船の思い出
船の思い出・・・休む間もなく

船の思い出・・・休む間もなく
 
岸壁から離れ、駿河湾を航行中、軽荷喫水までのバラスト調整を行ないます。
機関室に下りて行きその様子をワッチします。乗組みとのコミニュケーションは数ヶ月かけて構築してきましたから心配ありません。実務での付き合いが始まります。
 
写真ー1
エンジンルームのコントロールルームです。
エンジンコントロールスタンドには各種の温度、圧力計、警報機器が配置されています。背面には配電盤、グループスターターが所狭しと並べられています。
 
写真ー2
順調な出港にホッとしているようです。
配電盤には同期投入のハンドルが見えます。
この当時は喫煙していました。
 
写真ー3
2ndエンジニアです。
出港の様子をブリッジに聞いているようです。
 
写真ー4
電気技師のトニーとオイラーです。
 
出港直後には、船内では全員が集合して紹介しあうことはありませんでした。当直が決まっているため時間帯が合えば自己紹介し、船内の雰囲気になじんでいきます。
日本人は自分一人だけですから英語が通じようが通じまいがヘイチャラとなります。
少なくとも乗組みの質問には答え、会社の代表として恥ずかしくない行動をとろうと意気込んでいました。







2013/01/27 10:24:00|今日の出来事
佐渡島からの贈り物

佐渡島からの贈り物
 
佐渡の竹とんぼ仲間から竹材料が届きました。
竹とんぼ仲間では知らない人はいない有名な「レオナルド・ダ・小木」さんの息子さんからお送りいただきました。
 
佐渡島は暖流と寒流に挟まれ、大佐渡と小佐渡(北側と南側)では気候がまるで違うそうです。孟宗の茂る地域と笹しか繁茂しない地域とその埴生はまるで異なるそうです。
何年か前旅行に行き全島を周回して、確かに違うなという感じを抱いたことがあります。
 
写真ー1
梱包状態の荷物。孟宗竹、黒竹に加え埃にまみれた煤竹が梱包されていました。
宅急便では寸法オーバーとのことでしたが、頼み込んで送っていただいたそうです。
 
写真ー2
内容物です。二つ割にしてありますが、太さ14cm、肉厚14,5mmの孟宗竹はずっしり重いです。
乾燥した黒竹、煤竹が見えます。
 
写真ー3
煤竹は埃を被り、長い年月の経過がわかります。
埃をつけたままお送りいただいた意味が判りますね。
 
写真ー4
埃を取除いた煤竹の輝きです。長い年月、煙に晒された味わいのある色です。ぼろきれでこすりましたが、煤がヤニのように密着しています。柔らかな竹へらでこすりながら綺麗にします。
外径40〜45mm、肉厚5〜6mm、長さ97cmあります。煤竹の茶杓や耳かきを作っている仲間には垂涎の的と思います。
 
新橋倶楽部に持って行こうかしら。皆さん欲しがるでしょうね。