チェチリア工房

ここは、工房という名の音楽室です。音楽は目に見えませんが、必ず何かを創造しています。天井が高く素晴らしい音響が自慢のスペースです。レッスンやコンサート その他、創作活動の発表にご利用ください。
 
2020/01/04 0:29:00|楽曲解説
オペラ 蝶々夫人
プッチーニ(写真)のオペラ「蝶々夫人」はわかり易いストーリー展開で美しい旋律、上演時間も長すぎず、初心者にもわかり易い。
特にプッチーニは旋律そのものが美しく、オーケストレーションも効果的なので、一つの音楽として味わい、楽しめる。ストーリーとしては、特に女性の立場としては、複雑な想いが付きまとうが、作品を把握することは、私の立場では大切なことだ。

原作はジョン・ルーサー・ロングの小説「蝶々夫人」で、その芝居はロンドンで大ヒットした。それをみた、ニューヨークの戯曲家で劇場主ベラスコがこれを戯曲化した。プッチーニは渡英中にこの芝居を見て感激し、日本に行ったことはないが、オペラにすることを思い立った。作曲にあたり、イタリア公使夫人の協力を得たり、日本の民謡や音楽を取材し、その旋律をモチーフにしたりした。パリ万博で川上貞奴に会ったという説もあるそうだ。

オペラの中で蝶々夫人は15才。没落士族の娘で家計の為、長崎で芸者になっていた。ピンカートンは一時の気まぐれで結婚式をあげ、一児をもうけた。蝶々夫人は一生を賭けた恋と一途に思いを寄せた。舞台はかわり、数年後、蝶々さんは帰国したピンカートンを待ちわびる日々。そこで「ある晴れた日に」がうたわれる。

その後のストーリーではピンカートンが帰ってくることを確信している蝶々夫人が悲しい現実を知り、子供をピンカートン夫妻に渡す決断をし、自らは自害する。

音楽は何の疑いもなく信じている自分の思いを強く確信している場面を描く。それから、それが現実ではなかった事を受け入れ。最愛の子供を手放す決意、名誉に死ぬ決断をする場面へと
展開して行く。その表現の手法には本当にひき込まれる。

今回は声楽ではなく、オカリーナでその「ある晴れた日」を演奏する伴奏を弾く機会に恵まれた。歌詞なく表現する器楽でのこのアリアだ。しかも、演奏するのは男性。

プッチーニは幼少期に父親と死別しており、叔父の厚情を受けて育った。父親亡き後の母親が、プッチーニがオペラの題材に選ぶ悲劇的な女性と被るような気もするが・・・・私の想像で。根拠は無い。プッチーニにとって、マダム・バタフライは単純に題材にすぎなかったのか、自分の人生に登場する女性の影響がなるのか、ないのか・・・きょうみ深い。

私が目指す演奏としては、ピアノ演奏をプッチーニの書いたオーケストレーションに近づける事と確信を持ちながらも作品としては、不安を感じさせる要素が否めない事を巧く音色で表し、歌い手ならぬ、オカリーナ演奏者波多野杜邦さんの描く表現を100パーセントサポートできるように・・・・。したい







2020/01/02 23:52:00|あれこれ
新春のチャレンジ 
2020 最初のチャレンジはピアノ伴奏
曲はプッチーニのオペラ{蝶々夫人」から
アリア「ある晴れた日に」

今年の目標は基本を把握する事
作曲家が題材にしたテーマを表現する為の
基本事項について、考えようと思う。

このオペラのテーマ、、作品がつくられた周辺の経緯
「蝶々夫人」が何を象徴とするものなのか・・・・
考えて、理解を深めたうえで演奏できるように
準備をしたい。実際、このアリアを自分が歌ったことはなく、
自分に歌える曲ではないのだが・・・こういう角度で
ソプラノのアリアを紐解くことも面白いと思う。

新年早々に悲劇的な作品を探索するのもちょっと気がひけるが、おおくのオペラ作品で取り上げている、悲劇の主人公の女性像、そして、プッチーニの視線からミミ、マノン・レスコー、トスカ、聖アンジェリカ、蝶々夫人を人物像として、見てみよう。(大学の卒論でこのようなテーマを題材に研究していた友人を思い出した)







2020/01/01 23:31:00|あれこれ
年賀状と夕陽の中の犬
新年の交歓は年賀状
私の音楽修行をワインになぞらえて
こんな年賀状になった(写真)

夫は毎年、初日の出の写真を撮るのを楽しみに
海に行く。
今年は雲に隠れて日の出が見れなかった・・・とか

「陽は出たんでしょ?
今年の日の出は雲の向こうからってことじゃないの?」



夕方の空
夕陽の雲が犬に見えた!
夕陽にシッポを振っている犬・・・・(写真)
(*夕陽の写真、左の方の雲が、長いシッポの犬に見える)
まるで、日の出を隠した今日の雲からの贈り物のようだ

一日を振り返り、頭を上げ、
その日の頂きに立って
沈む夕陽に向かい、前向きでいられる日々が続くことを
願う


 







2020/01/01 1:54:32|あれこれ
気が付くと気が付いている・・・・
新年への準備が終わらないうちに、
新しい年になってしまいそうだ

コンサートの準備と似てる
本番の時が来たら、それまでの力で乗り切るまでだ

ベートーベンの第9を聴いた。
一年の締めくくりに聴く習慣がある。
今日は計らずも聴けた
何回も聴いた曲だが、又新たな発見をした
知っているはずの曲の中に
知らなかった何かをみつけられ、ワクワクできた

音楽は時に、聴くともなく聞こえてきて多くを語る

ショパンのコンチェルト1番のピアノも聴いた
あるピアニストのリハーサルを計らずも聴けた

オーケストラ抜きで全曲聴く経験は初めてだ
だが、今日聴いた演奏では、確かにオケの存在を感じた
見えないけれど在る・・・・どころではない
聴こえないけれども在る・・・
心の中の存在を感じさせる、説得力ある表現力だった。

一方、演奏に完成という概念はあるのだろうか?
延々、止むこともなく続くリハーサル
次々に現れる、新たな課題と取り組んでいるのだろう

今年の年末の街の様子から
2019年から2020年になるになることは
今までの大晦日とは違う
何かを感じる
地球そのものが、変わりつつあるのだ!

しっかり見つめていきたい

時間の流れは把握するのが難しい

音楽は目に見えず、流れていく
その流れに何かが存在する事を感じさせながら 流れる

新年を迎える準備をもっと完璧にしたいのに
時間が足らなかった
演奏会の前の準備のようだ・・・と思った

料理は最高だ!と思った
食べる時にはその料理はできあがっている
作り終わってから食べる
それは、本当に幸せで達成感のあることだ
・・・・なんて事に今日気がついた

*写真はスタート当時のチェチリア工房外観


 







2019/12/31 0:49:04|あれこれ
聖セシリア(チェチリア)
聖セシリア(聖チェチリア)生没年不詳 2世紀頃
キリスト教の聖人 特にカトリック教会では有名な聖人で
音楽と盲人の守護聖人とされている

英語ではシシーリア
スペインではセシーリア
イタリア語・ラテン語ではチェチーリア
ドイツ語ではツェツィーリア
フランス語ではセシル、セシール

伝説ではセシリアは斬首刀の3打を耐え、死刑が中止になり、3日を生き延びたと伝えられている。

ローマのトラステヴェレ地区にはセシリアをたたえ、5世紀にサンタ・チェチーリア教会が建造された。
ルネサンスの彫刻家ステファノ・マデルノによる彫刻「聖セシリアの殉教」には首に斬られた痕がある。

セシリアは伝説によると神を賛美する時に楽器を使いながら歌ったとされている。
セシリアを称えるミサ曲はパーセル、スカルラッティ、ヘンデル、リスト、グノー、パリーなどが作曲している。
ローマのサンタ・チェチーリア音楽院も聖セシリアに因んでいる(ウィキペディアから)







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