ヨーロッパの大航海時代、日本に西洋文明・キリスト教文明が伝来し、同時に西洋音楽が入って来た。 それまでの千有余年、日本には古来からの神道の文化があり、 朝鮮半島・中国との交流により仏教が伝来し、日本の文化と音楽が培われてきた。
ザビエルより教えられたカトリックの教えや信者はバテレンなどとも呼ばれていた。 九州・安土にキリスト教の布教が始まり、西洋音楽・キリスト教音楽が演奏され、ヴァリニャーノの計画による神学校設立と子供の教育によりキリシタン時代が始まった。
17世紀初めには信徒は20万人日本には200の新画工が設立され、音楽の教育効果は高く評価された。 しかし、ザビエル上陸(1549年)の28年後、秀吉によるバテレン追放令が発布され、家康も大追放令ほ発し、日本は完全にキリシタン禁制下に置かれた。
天正遣欧少年使節団を始め伝来した西洋音楽がもたらした音楽観や日本の音楽に及ぼした影響は1708年、キリシタン伝道とともに終止した。
キリシタン時代までにあった日本の音楽、声明、雅楽、脳、狂言、朝鮮半島や中国から輸入以前の原始民族音楽が、大陸音楽輸入の時代を経てゆく過程について、次の機会にまとめてみようと思います。
写真はキリシタン大名 大友宗麟(左) 洗礼名 ドン・シメオン 黒田官兵衛(右)
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