ブログ07

皇紀2665年度。
 
2012/07/20 2:22:00|YS超神霊の摂理
(((中三二一障、4.7GBと25GB)))
 (((中三二一障、4.7GBと25GB)))

 (((中三二一障、

 今、私の地位に於いては、日本と外国の地位のDVDが無い。だから、2台のDVDレコーダーが使えない。DVDは、4.7GB。おそらく、欧羅巴の地位の夫婦の方々が、私の地位の外国のDVDの地位をやっていると。妻・長崎原爆被災の地位の場合は、隻眼の支払いと。川島なお美氏の夫と。夫・広島原爆被災の地位の場合は、ダウン症と。石田純一氏と。

 神の証と致しては、平成11年度13組、平成12年度26組、平成13年度36組に、妻の証の生徒がいる。平成7年度12組と18組に、夫の証の生徒がいる。もしかしたら、18組の生徒は、いしだ壱成と。あと、王様のブランチの司会と致しての谷原章介&優香との縁も繋がったと。あと、MMアナとの縁も繋がったと。

 欧羅巴の地位の方々は、もしかしたら、妻・長崎原爆被災の地位、隻眼の支払い、そして、夫・広島原爆被災の地位、ダウン症まで、やってしまうのでしょう。私の地位に於ける隻眼とは、隈本確氏と、麻原彰晃死刑囚と。私の地位に於けるダウン症とは、平成3年度のK県立Hろう学校高等部臨時英語科教諭と致して、1年間、奉職致した3人の重複障害児(ろうとダウン症、男児1人と女児2人)と。高校生なので、男子と女子なのではと思われた方々へ、教諭を背負えないので、男子と女子ではない。子だから、男児と女児と。

 ちなみに、麻原彰晃を、普通小学校へ、教育長が入れなかったのは、麻原彰晃が、子ではなかった、男児ではなかったからなのかと今、ふと、思いました。子でない方々は、普通小学校へ入れる事は不可能だから。小学校教諭は、親の代理なので、親が背負えていない方々を、普通小学校は受け入れる事は不可能と。成る程、身体障害者の場合、子ではない、親よりも上の地位が有り得ると。確かに、普通小学校は、市町村立ですが、特学は、県立と。

 これが人間界と。盲学校に於いての小学校から高校までの期間に於いて、麻原彰晃死刑囚に、人間界の情を持たせる事が出来なかったと。情を持たせる事が出来ていれば、傷害事件、殺害事件を起こさないから。これ、普通の人間の情だから。

 (特学の教諭には、英欧米・国連の統治の現実に対しての研修を施した方がいいのかもしれません。この空気が必要な特学の生徒がいると分かったので。説得力と。)

 話を戻します。DVDの4.7GBの地位が、4年(教務主任、教頭、校長)と。

 BDの25GBの地位が、3年・民間・物の地位と。50GBの地位は、芸能人と。物の仕事ではなくて、人の仕事をしていると。

 ここまで書いて、母親から呼ばれて、夕食を食べに行きました。それで、母親に、レシートを保管するように言いました。悪霊の頽廃的な言葉を頭の中に注入されたので。悪霊のヤロウの理屈は、母親が物代金を払っていない、即ち、家計簿をつけていない、レシートすら保管していないという事だと、即、認識したので。

 それで、私の頭の中に、頽廃的な言葉を注入しようとしたと。それで、私の母親は、レシートを保管する事に同意したと。(私が、母親の購入した物の代金、管理通貨・信用貨幣のクレジットを払ったという事です。)

たいはい【頽廃】
―する
質実剛健の気風が失われて、柔弱・不健全になること。デカダン。
用例・作例
道義の―
―的
表記
「退廃」は、代用字。
Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

デカダン
―な
―に
〔フ d○cadent〕 十九世紀末期に起こった、フランス象徴派の芸術家に見られる、唯美的・反社会的な傾向。〔広義では、さほど積極的な芸術活動をするわけでもないが、生活傾向だけは 頽廃的である人をも指す〕 頽廃派(の芸術家)。
Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

デカダンス
〔フ d○cadence〕 虚無的 ・ 頽廃(タイハイ)的な風潮や生活態度。
Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

たいはい【退廃】
《形式》 decadence
句例
道義の退廃 decadence; 《形式》 moral decay
退廃的な decadent.
New College Japanese-English Dictionary, 4th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1933,1995,1998

 ※美というのは、神から来るものです。地獄魔界から来るものではないと。おどろおどろしいのは地獄の美と。クチビルオバケの美。澄み切っていない。澄み渡っていない。心の美を感じない。清々しくない。妖艶。

 あと、私は、2003年・平成15年6月20日(金)までしか、授業をしていないと。以後、統合失調症・精神障害者一級の療養生活をしていると。2003年度・平成15年度、2004年度・平成16年度、2005年度・平成17年度、2006年度・平成18年度、2007年度・平成19年度、2008年度・平成20年度、2009年度・平成21年度、2010年度・平成22年度、2011年度・平成23年度、2012年度・平成24年度と。10年の年月が過ぎていると。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 取り敢えず、ここまでの文書をUP致して、悪霊への文書の地位の防禦壁を創ると。

ぼうぎょ(バウギョ)【防禦】
―する
敵から仕掛けられた攻撃を、自分の現在守っている陣地で食い止めること。
用例・作例
最大の―は攻撃なり
身をもって―する
―体制
⇔攻撃
表記
「防御」は、代用字。
【防御率】
〔野球で〕投手が一試合平均何点で抑えたかを示す自責点の数。
Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

ぼうぎょ【防御,防禦】
《米》 defense; protection
句例
国の防御 national defense
防御する defend (against, from); protect (against, from); guard (against)
文例
攻撃は最大の防御なり. A good offense is the best defense.
防御戦 a defensive war
防御線
句例
敵の防御線を突破する breach the enemy’s defenses
防御態勢
句例
防御態勢をとる stand [be] on the defense
防御物 a protector; a shield
防御用兵器 a defensive weapon
防御率 〔野球〕 (a pitcher’s) earned run average 《略: ERA》.
New College Japanese-English Dictionary, 4th edition (C) Kenkyusha Ltd. 1933,1995,1998)))







2012/07/19 2:04:57|YS超神霊の摂理
(((中三二一障、大人の世界)))
 (((中三二一障、大人の世界)))

 (((中三二一障、

 久し振りに、縦分けをする。くだらねえ地球人類だったので、私は、もう、縦分けをする必要が無かった。腐敗し尽くしていたから。物代金だけを払っていたと。しかし、久し振りに、まともな、あたりまえの報告を得たので、部下をする。(童貞&障害年金生活の私は、非童貞&お給料をいただいている方々の部下しか出来ない。私は、こういう立場で、働かさせられているのだ。神に。神はこれ程、厳しい御方なのだ。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。)

 世の中は勿論、デタラメな世界ではない。管理通貨・信用貨幣のクレジットの世界なのです。このあたりまえの世界が崩壊していたので、私は、地球人類を捨て去っていた。もう、アウトだったから。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 私は、以前、地球人類の半数以上は、地球卒業と書いた。デタラメの地球人類の神だったので。もう、半数以上、地球人類が出来なく成ったから。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 しかし、神は、どんでん返しを用意していた。この報告を得た事によって、婚姻届の担任が消滅しなかった。婚姻届の管理通貨・信用貨幣のクレジットすら、あと、13日で、消滅しそうだった。こんなデタラメな天皇&野田佳彦は、勿論、処刑される未来に成っていた。8月に天皇&野田佳彦暗殺報道がされる未来に成っていた。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 あたりまえの事だが、婚前セックスをした非童貞の方々は、雄をする事が出来ない。雄をしたら、即死だから。

−−−

 スギちゃん

 スギちゃんは破局宣言をさせられた直後に、インタビュワーの女子アナに、交際を申し込んだ。そして、少し経って、「ごめんなさい。」と断られて、おそらく、初体験の雌の方の下の地位に成ったと。これが普通です。雄は、自分の雌の上の地位をやる事が出来ないから。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。即死と。

−−−

 雄をやったら、即、人類始祖アダムの未来の妻を寝取って、自分の永遠の妻にしたルシファーを処刑した。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。ついに、極悪の地球人類の神を処刑した。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。この現実に成って、極悪の地球人類の神の摂理は、終わった。二度と、地球人類は、極悪の地球人類の神に苦しめられないと。二度と。神が極悪党だったのだから。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。当然の事だが。

金星
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
人類と金星
歴史と神話
 欧米ではローマ神話よりウェヌス(ヴィーナス)と呼ばれている。メソポタミアでその美しさ(明るさ)故に美の女神イシュタルの名を得て以来、ギリシャではアフロディーテなど、世界各国で金星の名前には女性名が当てられていることが多い。

 日本でも古くから知られており、日本書紀に出てくる天津甕星(あまつみかぼし)、別名香香背男(かがせお)と言う星神は、金星を神格化した神とされている。時代が下って、平安時代には宵の明星を「夕星(ゆうづつ/ゆうつづ)」と呼んでいた。清少納言の随筆「枕草子」第254段「星はすばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし。」にあるように、夜を彩る美しい星の1つとしての名が残されている。

 ヨーロッパでは、明けの明星の何にも勝る輝きを美と愛の女神アプロディーテーにたとえ、そのローマ名ウェヌス(ヴィーナス)が明けの明星すなわち金星を指す名となった。

 キリスト教においては、ラテン語で「光をもたらす者」ひいては明けの明星(金星)を意味する言葉「ルシフェル」(Lucifer) は、他を圧倒する光と気高さから、唯一神に仕える最も高位の天使(そして後に地獄の闇に堕とされる堕天使の総帥)の名として与えられた。

 仏教伝承では、釈迦は明けの明星が輝くのを見て真理を見つけたという。また弘法大師空海も明けの明星が口中に飛び込み悟りを開いたとされる。

 アステカ神話では、ケツァルコアトルがテスカトリポカに敗れ、金星に姿を変えたとされている。

 ※私は、この極悪党ルシファーへの監視者、死刑執行人の役割を神に持たされている。コイツが、極悪党と決定した瞬間に、極悪党の地球人類の神は処刑致された。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。極悪党の地球人類の神は、地球人類に対して、それだけの責任を取らなければならない事をやっているだろ!!?。地球人類が置かれている現状を見ても、納得出来ないか?。私に叛旗を翻すのか?。「地球人類は苦しんでいない。ルシファー・蛇は悪くない。」と。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 婚前セックスをした雄の方々は、このルシファー・蛇の現実責任を取らされないようにしなければ、ルシファー・蛇は全匹即殺されるのだ。何匹いるかまでは分からないが。地獄の総帥ルシファー・蛇を倒せた瞬間に、手下のルシファー・蛇も全匹、死刑と。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 これが、人類の現実です。人の担任が復活したので、戻ったと。世の中は、物だけではなかったと。何らかの神の摂理が有ったようであると。仏教の欲六界・カルマの法則下のカーストの世界だけでは無かったようであると。今日、私は、欲六界の現実に成っていた。神の摂理など無くなっていた。即ち、人が消滅していた。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 人とは何か?。簡単な事だ。日本人の子孫という事だ。日本人は子しか出来ない。ラストマン&ラストウーマンに結実する子しか出来ない。この現実が消滅していたのだ。だから、人の担任が無くなったと。仏教の欲六界に成ったと。息子を犯してはならないから、仏陀釈尊は出家した。これが、人の掟なのだ。人界の掟なのだ。これ程、人には価値が有る、或いは、責任が有るのだ。これが、人間界です。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

http://www.sanspo.com/geino/news/20120718/pol12071821180001-n1.html
2012.7.18 22:50
「大変な状況」橋下氏、女性問題認める(1/2ページ)

 週刊誌で女性問題が報じられることについて、報道陣の質問に答える大阪市の橋下徹市長=18日午後、大阪市役所【拡大】

 橋下徹大阪市長は18日、2008年の大阪府知事選前の女性問題が19日発売の週刊文春で報じられることについて「正直、大変な状況だ。親のポカで、子供には本当に申し訳ない。思いっきり迷惑をかけてしまった」と述べ、おおむね事実関係を認める考えを示した。

 市役所で記者団の質問に答えた。市長は汗をかき、おどけながら対応。「まずは妻に説明しなければならない。これから家でものすごいペナルティーが待っている」と苦笑いを浮かべた。

 ※「ふーーーん。普通の家庭なんだ。権力者の家庭なら、プロの女は浮気とは言わない。権力者には、異常なストレスが有るから。異常なストレスをオマエに背負わさない。これがオマエの夫で有る私の意思だ。これ以上、言わせるな。」で終わると。それでも、「私は貴男の妻です。」と言われたら、初めて、普通の夫婦に成れると。法律家は、弁護士も、勿論、権力者と。法律は権力だから。人の道ではないから。

 事実関係については「全部間違っているわけじゃないが、だからといって全部が事実でもない。これは週刊誌報道の範囲だ」と説明した。

 ※私なら、私のプライバシーを侵した方々を全匹、処刑した。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。プライバシーを記事にした、金にしたのだから、当然の事ですが。「処刑される覚悟でやったのだろ、ルシファー・蛇よ。」。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 同時に「知事になる前までは、聖人君子のような生き方をしていたわけではない」と弁明。「公人になる前でも、僕自身の人間性を判断する要素として報じられてしまうのは仕方がない」と開き直った。

 ※この言葉は法律家として変であると感じました。知事も市長も、公人の部分と私人の部分と、両方有る筈です。知事&市長の立候補資格に、プロの女と関係を持ってはいけないという規定が有ったとは私は記憶していませんが。私の人間性という言葉は、妻子を養う誠意と。それだけで夫と親の務めは必要十分なのではないのか?。人間性を判断すると言ったオマエは何者なのだ!!?。オマエは人類の神か?。オマエも人間なら、人間性を判断出来るわけ無いのだ。あたりまえの事だが。事実だけ。人間性無関係。死ね。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 ※橋下徹氏へ。父を誇りにしろ。父を誇りに思え。あの父だから、貴方は、ここまでの人間に成れたのだから。当然の事ですが。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

【続きを読む】

.http://www.sanspo.com/geino/news/20120718/pol12071821180001-n2.html
2012.7.18 22:50
「大変な状況」橋下氏、女性問題認める(2/2ページ)

 週刊誌で女性問題が報じられることについて、報道陣の質問に答える大阪市の橋下徹市長=18日午後、大阪市役所【拡大】

 報道に何らかの政治的思惑を感じるか問われると「(自分から)それに絡めるのはひきょうだ」と述べるにとどめた。

 ※私は、一般女性を不幸にしたというのなら、投票権を持っている一般女性にマイナスの心証を持たれてしまいますが、妻子をきちんと養っているのであれば、プロの女と関係を持っていたとしても、政治家の資質に問題は無いと思います。政治家は、聖人君子で有っては絶対にならない。選挙民を裁く聖人君子で有っては絶対にならない。選挙民の生活の為にひたすら働くのが政治家の仕事と私は思っています。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。

 週刊誌読者に向けては「知事になる前の茶髪の姿と重ねてもらって記事を判断してもらいたい」と呼び掛けた。

 出版社側への法的措置については「僕の立場なら、報じられることもあるだろう」と述べ、現段階では検討していないことを明らかにした。

 週刊文春は、橋下氏が06年から、大阪・北新地の高級クラブで働いていた女性と親密な交際をしたことを、インタビューを交えて報じている。(共同)

. ※私は、橋下徹氏の仕事の担任が減ったので、プライベートな事柄を、中傷記事として書かれて、金儲けをされてしまったと考えます。イエローカードと。注意と。入れ墨の市、大阪市の市長は、聖人君子では務まらないのではないのか!!?。言う事を聞かない市職員と肉的交流、スポーツとか、握手とか等もして、大きな器の人間に成っていっていただきたいと。以上、全存在界の全存在方へ、報告致しました。以上、謹んで、核之超神霊様に、御報告致しました。)))







2012/07/18 20:58:15|YS超神霊の摂理
(((中三二一障、アルファベット)))
 (((中三二一障、アルファベット)))

 (((中三二一障、

アルファベット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
計算機科学の概念については「アルファベット (計算機科学)」をご覧ください。
言語学 > 文字 > 表音文字 > 音素文字 > アルファベット
 アルファベット(英: alphabet)とは、ひとつひとつの文字が原則としてひとつの子音または母音という音素をあらわす表音文字の一種であり、また、それを伝統的な配列で並べたものをいう。「アルファベット」という語は、ギリシア文字の最初の2文字 α, β の読み方である「アルファ」(ἄλφα)、「ベータ」(βήτα) に由来する。

目次
1 概要
2 歴史
3 例
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク

概要
 文字体系の類型としては、アルファベットはアブギダやアブジャドとともに音素文字に属する[1]。ただし欧米では、これら3つをまとめて「アルファベット」と呼ぶことがある。また日本では「アルファベット」という言葉は、世界でもっとも広く通用している代表的なアルファベットであるラテン文字のことを指すことがある。

 アルファベットでは、原則として、音声言語の音素のうち子音と母音の両方をそれぞれ別の字母で表記する。対してアブジャドでは、子音だけを表記し、母音は大抵表記しない。アブギダでは、子音の字母を書くと特定の母音が伴った音節を表し、それ以外の母音が伴った音節を表す場合などは補助的な記号を付加することで表記する。

 アルファベットのほとんどは、セム諸語のための文字として中東で誕生したアブジャドから発展してきたと考えられている。一方、アブギダはかつて音節文字とアルファベットの中間段階と考えられたこともあったが、今日では、アルファベットとは別個にアブジャドから発展してきたものだと考えられている(原シナイ文字から派生した文字体系も参照)。

歴史
 フェニキアのアブジャドの末裔である4種の代表的な音素文字の比較。左からラテン文字、ギリシア文字、元になったフェニキア文字、ヘブライ文字、アラビア文字。知られている最初のアルファベットは、紀元前1700年〜紀元前1500年頃に地中海東部の沿岸地域で発達したと一般に考えられている。このアルファベットは北セム文字と呼ばれ、楔形文字とヒエログリフを組み合わせてできたものであるが、クレタ文字やヒッタイト文字のような類縁関係にあるアルファベットから採られたものもあるようだ。北セム文字には子音をあらわす文字しかなく、単語の中の母音は補って読まなければならなかった。紀元前1000年頃に北セム文字が、南セム文字、カナン文字、アラム文字、ギリシア文字の4つの系統に分かれたと考える学者は多い。ただし、南セム文字だけは北セム文字とは独立に発達したか、両者が共通の祖先から発達したのだという説もある。南セム文字は、アラビア半島でかつて用いられていた諸言語や、現代のエチオピアの諸言語のアルファベットの起源である。

 ギリシャ人はセム文字系統のフェニキア文字を採用し、もともと子音字22文字だったものを、24文字(方言によってはこれより多いものもある)に増やし、母音を表す文字と子音を表す文字を区別するようにした。紀元前500年頃からは、ギリシャ文字は左から右に書かれる規則が成立した。ギリシャ文字は、地中海地域全体に広まり、エトルリア文字、オスク文字、ウンブリア文字、ラテン文字などのもととなった。中でもラテン文字は、ローマ帝国の言語であるラテン語を記すための文字だったため、西ヨーロッパで話されているすべての言語のアルファベットの基礎となった。

 どんなアルファベットでも、異なる言語を話す民族によって使われていれば、それぞれ改変が加えられるものである。アルファベットの数や文字の形も異なり、文字の上下に記号をつけて、その文字が本来あらわす音とは違った音を表すこともある。例えば、"c"の下に小さな"s"をつけた「セディーユ」という文字は、フランス語、ポルトガル語、トルコ語などではごく一般的に使われるが、英語では外来語を除いてほとんど使用されない。また、セディーユは、フランス語とポルトガル語では"s"の音をあらわすが、トルコ語では"t"の音を表し、古いスペイン語では"ts"の音を表していた。

 アルファベットは、1つの文字が1つの音をあらわすようにしようとして発展してきたものではあるが、アルファベットを用いるほとんどの言語では、このような原則が守られていることはあまりない。その大きな理由は、話し言葉が変化するのに対して、つづり字は変化しないからである。例えば、英語で「騎士」を意味する単語のつづりが"knight"であるにもかかわらず発音が"nait"なのは、古い英語では"k"も"gh"も発音されていたが、現代の英語ではそれが発音されなくなったからである。英語のようにつづり字と発音の間の違いの大きな言語では、つづり字改革運動が起きている。


この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
 アルファベットの例を挙げる。

ギリシア文字
キリル文字
ラテン文字 - 一般的に言われるラテン文字の一覧はラテン文字一覧を参照。
スペイン語アルファベット
ドイツ語アルファベット
ポーランド語アルファベット
ルーン文字
アルメニア文字
グルジア文字
コプト文字

脚注
^ アブギダとアブジャドという用語は、en:Peter T. Danielsが提唱したものである。Daniels, Peter T. (ed.) and Bright, William (ed.) (February 1996). The World’s Writing Systems. Oxford University Press. pp. pp.4-5. ISBN 9780195079937. 参照。

関連項目
アブギダ
アブジャド
音節文字
表語文字
ローマ字

外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、アルファベットに関連するメディアおよびカテゴリがあります。
様々なアルファベットのリスト
Alphabets - Omniglot 実用になっているさまざまなアルファベットの紹介。

カテゴリ:文字、表音文字、アルファベット

隠しカテゴリ:書きかけの節のある項目

最終更新 2012年7月3日 (火) 13:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 「ありがとうございます。」。)))







2012/07/18 9:01:26|YS超神霊の摂理
(((中三二一障、漢字)))
 (((中三二一障、漢字)))

 (((中三二一障、

漢字
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
漢字
ISO 15924 コード: Hani
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号(IPA)を含む場合があります。
漢字
書体
篆刻・毛筆
甲骨文 金文 篆書
古文 隷書 楷書
行書
草書
木版・活版
宋朝体 明朝体 楷書体
字体
構成要素
筆画 筆順 偏旁 六書 部首
標準字体
字様書 石経
康熙字典体(旧字体)
新字体 新字形
国字標準字体 常用字字形表
国字問題
当用・常用漢字
同音の漢字による書きかえ
正体字・繁体字 - 簡体字
漢字文化圏
日本 韓国 ベトナム
派生文字
国字 方言字 則天文字
仮名 古壮字 字喃 女書
契丹文字 女真文字 西夏文字
→字音
■繁体字, ■簡体字, ■日本の新字体, ■漢字を廃止した地域漢字(かんじ)は、古代中国に発祥を持つ文字。特に中国語を表記するための文字である。古代において中国から日本、朝鮮、ベトナムなど周辺諸国にも伝わり、その形態・機能を利用して日本語など各地の言語の表記にも使われている(ただし、現在は漢字表記を廃している言語もある。日本の漢字については日本における漢字を参照)。

 人類史上、最も文字数が多い文字体系であり、その数は10万文字をはるかに超え他の文字体系を圧倒している。近代以降、異体字を整理したり使用頻度の少ない漢字の利用を制限しようとする動きは何度もあったが、現在でもその数は増え続けている[要出典]。

目次
1 概要
1.1 漢字の特徴
1.2 漢字を輸入した国と、現在の使用状況
1.3 漢字の数
2 字形
2.1 書体
2.2 字体
2.2.1 構成要素
2.2.2 造字構造
2.2.3 異体字
2.3 字書
3 字音
3.1 構成
3.2 字音研究史
4 字義
4.1 字義の特徴
4.2 字義研究史
5 文字の体系
5.1 国字・派生文字
5.2 直接的に漢字に由来しない周辺地域の文字
6 漢字文化圏
7 関連項目
8 脚注
9 外部リンク

概要
漢字の特徴
 ラテン文字に代表されるアルファベットが一つの音価を表記する音素文字であるのに対し、漢字は基本的に、一つの意味(形態素)と一つの音節を表す。

 本来、一字が一義を表すことだけを重視して表意文字としてきたのであるが、これは古代中国語の一音節が一つの意味を表す孤立語的な言語構造に由来するのであって、正確には音と意味両者を表記する表語文字である。つまり、1字が1語を表しているのである。このような漢字の特徴から伝統的な文字学では漢字を形・音・義の三要素によって分析してきた。

 しかし、一つの音の持つ語が派生義を産んで、1字が複数の(まったく正反対の、あるいは無関係で一方の字義からは想像することはできないような)字義をもっていたり、読みが変わって、複数の字音をもっていたりする場合もある。また、外来語を表記する場合など、単純に音を表すために作られた漢字もあり、字義を持たない場合もある。字義の有無を問わず、1音節を表す文字という点において音節文字である日本語の仮名とは近い関係にある。

漢字を輸入した国と、現在の使用状況
 中国に朝貢をしていた朝鮮、琉球王国、ベトナム、日本では、古代中国から漢字を輸入して使用した。また、シンガポール、マレーシアのように、中国から移住した人たちが多く住み、漢字を使用している地域がある。これらの漢字を使用する周辺諸国を包括して漢字文化圏と呼ぶ。

 現在、漢字は、中国・台湾・日本・韓国・シンガポールなどで、文字表記のための手段として用いられている。しかし近年の各国政府の政策で、漢字を簡略化したり使用の制限などを行なったりしたため、現在では、これらの国で完全に文字体系を共有しているわけではない。日本では仮名、韓国ではハングルなど漢字以外の文字との併用も見られる。ただし韓国では、現在は漢字はほとんど用いられなくなっている(韓国における漢字を参照)。

 また、北朝鮮やベトナムのように、漢字使用を公式に止めた国もある。しかし、漢字は使わなくなっても漢字とともに流入した語彙が各言語の語種として大きな割合を占めている。また漢字音は地域・時代によって変化し、地域により発音が違う。しかしながら、淵源となる中古音から各地域の音韻変化に従って規則的に変化しているため、類推可能な共通性をもっている。また地域により発音が違う場合でも同じ字で表すことができるため、国境を越えて漢字を使った筆談でコミュニケーションをとることもある。字形の複雑さから、手書きする場合には、書き間違いや省略などによって字体は場所と時代によって少なからず変化してきた。そうして変化した字体のうち、ある程度の範囲に定着した俗字が各国において正字に選ばれ、字形に微妙な差異が見られる場合がある。また地域音や地域特有の字義を表すための国字・方言字や異体字も多く作られてきた。日本の「国字」(和製漢字)もその一種である。

漢字の数
 中国語の音節の数は、現代普通話の場合、声調の組み合わせを考えても、1600種未満であり、音節文字であれば、これだけの文字種があれば足りる計算になる。しかし、同音異義の語を、部首を付けるなどの手法を用いて区別する漢字は、5000種前後が同時代的に使用されてきた。これに、時代の変遷による字体の変化、同じ字音、字義を表す異体字、地域変種などを加えて整理すると、簡単に1万を越す漢字が集まることになり、歴代の字書は、時代が下るにつれて、多くの漢字を集め、1994年の『中華字海』に至っては、85,568字を収録している。

 また、コンピュータで処理するための文字集合では、Unicodeが7万字を収録、『今昔文字鏡』が15万字を収録するなど、さらに多くの漢字を集めているものもある。

字形
書体
 文字は書く道具、書かれる媒体、書く速度、書き方などにより字形の様式を変えることがある。この様式の違いが文字体系全体に及ぶ場合、これを書体と呼ぶ。現在、使われている漢字の書体には篆書・隷書・草書・行書・楷書の五体があり、楷書の印刷書体として広く使われているものに明朝体がある。その歴史的な展開は以下のようである。

 伝承によると、中国における文字の発祥は、黄帝の代に倉頡が砂浜を歩いた鳥の足跡を参考に作った文字とされる。また『易経』には聖人が漢字を作ったと記されている。考古学的に現存する最古の漢字は、殷に於いて卜の結果を書き込むための使用された文字である。これを現在甲骨文字(亀甲獣骨文)と呼ぶ。甲骨文以前にも文字らしきものは存在していたが、これは漢字と系統を同じくするものがあるか定かではない。当時の卜は亀の甲羅や牛の肩胛骨などの裏側に小さな窪みを穿ち、火にあぶって熱した金属棒(青銅製といわれる)を差し込む。しばらく差し込んだままにすると熱せられた表側に[卜]型の亀裂を生じる。この亀裂の形で吉凶を見るのであるが、その卜をした甲骨に、卜の内容・結果を彫りこんだのである。

 現在存在する中での最古の物が紀元前1500年ごろの物であるが、これらは既に現在の漢字の書体に似通っている部分が見受けられ、非常に発展したものであり、おそらくはこれ以前から発展の経路をたどってきたものと見られる。最古の漢字には左右や上下が反転したものや、絵や記号に近い部品が付けられているものなど、現在の常識では考えられない(当然ながら現在では使用されていない)漢字が存在する[1]。

 その後、青銅器に鋳込まれた金文という文字が登場し、次代の周に引き継がれ、更に周の混乱により各地で独自の発展をすることになる。

 その後意味・字形ともに抽象化が進み、春秋戦国時代になると地方ごとに通用する字体が違うという事態が発生した。そして天下を覇した秦の始皇帝が字体統一に着手、そして生まれたのが小篆である。秦は西周の故地を本拠地にしたのであり、その文字は周王朝から受け継がれたものだったため、その系統性が保持されたといえる。

 小篆は次第に崩れて隷書を生み、隷書が更に崩れて草書、楷書、行書を生んだ。

 宋の時代には木版技術の発展により、楷書に印刷書体が生まれ、宋朝体と呼ばれる書体が誕生した。明代から清代にかけて、康熙字典に代表される明朝体が確立した。

 現在、書籍やコンピューター文書などの印刷に使用されている漢字の書体は明の時代に確立された明朝体が中心である。この起源を遡ると、後漢末期に確立された楷書に行き着く。

甲骨文 金文 大篆書 小篆書 隷書 楷書

字体
 漢字は点や横棒、縦棒などの筆画を組み合わせて造られている。ある漢字が他の漢字から区別される筆画の組み合わせを字体と呼ぶ。

構成要素
 漢字は、筆画、筆順、偏旁、偏旁の配置構造という構成要素をもつ。この構成方法の違いによって一つの字体を形成する。漢字は点や線で表される筆画の組み合わせで作られるが、必ずしも一字一字が形態として独特であるわけではなく、複数の漢字に共通の部分が存在する。これを偏旁といい、偏・旁・冠・脚・構・垂・繞などの呼び名が、字の構成上の位置などに基づいて、これらの共通部分に与えられる。 非常に単純な構成の漢字を除けば、多くの漢字はこれらの共通部分を少なくとも1つ、含んでいる。また、共通部分は、場合によってはそれ自体が独立した文字としても存在している場合もある。 これらの内、一部の共通部分は部首と呼ばれ、漢字の分類、検索の手がかりとして重要な役割を果たす。

造字構造
 漢字は造字および運用の原理を表す六書(指事・象形・形声・会意・転注・仮借)にもとづき、象形文字・指事文字・会意文字・形声文字に分類される。漢字の85%近くが形声文字と言われている。

 日本の国字は、それぞれの部首が本来持つ意味を解釈して新たに組み合わせて、会意に倣って作られたものが多いといわれる。

異体字
 漢字には同じ語を表すのに異なる字体を用いる場合がある。例えば、「からだ」を意味する「タイ」という音をもつ漢語には「體」「体」「軆」「躰」という何通りかが当てられるが、これらは同じ漢字の異なる字体とされる。

 互いに同じ意味と音を表しても字体を異にする字を異体と呼ぶ。異体字のあいだで、正式に用いられる字体を正字または本字と呼ぶ。本字の認定は時代や国によって異なっている。一方、民間で広く使われているが、正字とは認められない異体字を俗字と呼ぶ。また正字を簡略化しでできた異体字を略字と呼ぶことがある。

 左が繁体字、右が簡体字戦後、中国でも日本でも漢字改革が行われ、異体字間でも簡単な字体を正字としたり、新しく簡略化した字体を造ったりした。中国では字形の複雑さを基準にもとの正字を繁体字、簡化された字体のものを簡体字と呼んでいる。簡体字は1956年の「漢字簡化方案」公布以降、正式に用いる字体として選ばれている。一方、日本では1946年の「当用漢字表」と1949年の「当用漢字字体表」で簡略化された字体を定め、以後、使用してきた。このため「当用漢字表」以後に用いられた字体を新字体、それ以前に用いられた字体を旧字体と呼んでいる。繁体字・旧字体と、簡体字・新字体とは「體」と「体」、「萬」と「万」のように全く字形の異なる俗字を採用したものもあるが、「聲」と「声」、「醫」と「医」のように一部を使ったものや、「學」と「学」のように一部の字形が変形されたものが多い。

字書
 詳細は「字書」を参照

 字形の分析は許慎の『説文解字』に始まる。ただし、そこで求められていたものは字の本義と解字を探ることであり、古典解釈学のためであって、親字には、主に小篆が用いられている。しかし、その部首法や六書、古字・異体字の分別など後世に大きな影響を与えている。このような字形によって分類された辞典を字書という。『説文解字』は540部首で小篆9,353字及び重文1,163字を扱っている。『説文解字』を発展させたものに梁の顧野王の『玉篇』がある。『玉篇』は、字義を分類して示すとともに、反切による字音情報が付けられ、親字は隷書体に改められている。542部首で12,824字を扱っている。『玉篇』は日本での字書の成立に影響を及ぼしている。

 こういった解字を重視した部首法をとる字書に対して、検字という実用的な目的から部首法を発展させた字書が現れるようになった。その濫觴は遼の僧侶行均の『龍龕手鑑』であり、『説文解字』が篆書に従って部首を立てたのに対して、楷書体の字形によって部首を立てなおし、字形を字源から切り離して記号として扱い、さらに部首字を声調によって4巻に分けることがなされている。『龍龕手鑑』は240部首で26,430余字を扱っている。その後、金の韓孝彦・韓道昭によって『五音篇海』が作られた。その特徴は部首字を五音三十六字母と声調によって配列したことであり、また部分的にではあるが部首以外の部分の筆画数順に字が並べられている。444部首で54,595字を扱った。明の万暦43年(1615年)梅膺祚(ばいようそ)によって作られた『字彙』はその後の字書の規範となる画期的な字書であった。部首の統合整理を行って214部首で33,179字を扱い、部首字及び各部首に属する親字を筆画数順に配列したのである。その方法は214部首49,000余字を収録した清の『康熙字典』に継承された。

字音
音韻学
字音構造
声母 + 韻母 / 声調
韻母 (介音+韻腹+韻尾)
韻 (韻腹+韻尾/声調)
韻摂 (韻腹+韻尾)
声母: 五音 清濁 三十六字母
介音: 等呼 四呼
韻腹: 内外転 十六摂
韻尾: 陰声韻・陽声韻・入声韻
声調: 四声八調 平仄 舒促
上古音
- 詩経音系 -
中古音
- 切韻音系 -
広韻 平水韻 韻鏡
日本漢字音: 呉音 漢音
朝鮮漢字音
近古音
- 中原音韻音系 -
日本漢字音: 唐音
表音法
直音 反切 韻書 韻図
注音符号 ピンイン

構成
 漢字1字は中国語の1音節を表す。中国語の音節構造は「(子音)+母音+(子音)」である。現代の中国語では英語のように多重子音はない。また母音は三重母音まである。

 中国の伝統的な音声言語学である音韻学の分類では、語頭子音・ゼロ子音を声母 、母音または母音+語尾子音を韻母という。さらに、中国語は1音節の音の高低で意味を区別するトーン言語であり、この音の高低の違いを声調という。つまり、漢字音は「声母」「韻母」「声調」(略して声・韻・調)の三つの要素によって構成されると考えられた。

字音研究史
 古代の漢字音の情報は、詩など韻文にある押韻や漢字を韻母別に分類した「韻書」によって得られる。

 最古の韻書は3世紀の『声類』とされているが、散逸しており、詳細は不明である。広く一般に通用した最初の韻書は7世紀の韻書『切韻』である。それ以前の漢字音は『詩経』の押韻などを元に復元が試みられており、上古音と呼ばれる。中国の字音は、この、上古音、『切韻』に代表される中古音、14世紀の韻書『中原音韻』に代表される近世音、及び現行の現代音に分類されている。

 古代漢字音復元の基準とされているのは中古音であり、日本の漢和辞典にも反切や詩韻で中古音が示されている場合が多い。反切とは韻書や古典の注釈書で使用されている漢字音表記法で、前の漢字の声母と後ろの漢字の韻母と声調を組あせて表記する。たとえば「漢」は「暁翰」、「字」は「従志」であり、「漢」は「暁」の声母と「翰」の韻母と声調を、「字」は「従」の声母と「志」の韻母と声調を組み合わせた音であったと推測される。

 反切の声母の代表として使う漢字を字母と呼ぶ。字母は五音にもとづき唐では三十字母、宋では三十六字母が整理された。韻母に関しては『切韻』を宋代に増補改訂した『広韻』では二百六韻が韻目に立てられたが、時代や地域を無視してたくさん作られていると言われている。その後、金の王文郁の『平水新刊韻略』が立てた平水韻106韻がその後の漢詩の押韻にとっては規範とされた。

 また漢字のほとんどが形声文字であり、それは通常、左側の偏や上側の冠を意符、右側や下側の旁を音符とするが、宋代以降、旁にあらわされている字音こそが基本義を表しているのだとする「右文説」が唱えられた。20世紀に入り、スウェーデンの言語学者ベルンハルド・カールグレンや日本の藤堂明保が上古音の声母の分類による単語家族の語源分析を行っている。

字義
字義の特徴
 漢字1字は大体において1つの形態素を表す。これは古代中国語の1音節が1形態素を表すためである。ただし、古代中国語のなかでも外来語やオノマトペには2音節1形態素の構造をもつものがあり、これを連綿語という。連綿語は意味は一つであるが、音節数に従って漢字二字が当てられる。たとえば葡萄・琵琶・彷彿・恍惚などがある。この場合の一つの漢字はもう一つの漢字と区別されるような一つの意味をもたず、表音文字的な要素が強い。逆に1音節2形態素を表す語もある。これはもともと二つの音節であったものが縮約されて1音節になったものである。これを縮約語といい、漢字1字が当てられる。たとえば之於(シオ)→諸(ショ)、不可(フカ)→叵(ハ)、而已(ジイ)→耳(ジ)などである。この場合、一つの漢字に二つの意味があることになる。

 単語がその意味を歴史的・地理的に変化させるのと同様、語を表している漢字はその字義を歴史的・地理的に変化させている。

字義研究史
 字義は本義・引申義・仮借義などに分けられて分析されてきた。字義を研究する中国伝統の学問は訓詁学である。

 本義とはその字がもつ基本的な意味である。歴史的に考察すれば語源ということになる。本格的な本義研究は後漢の許慎『説文解字』に始まる。その方法は字形から本義を探るというものである。これを形訓とも呼ぶ。六書という造字法が本義分析に大きな役割をはたした。それは20世紀甲骨文字の研究に際しても大きな役割を果たしている。また後漢末、劉煕の『釈名』は、本義を音声に求めた。これを声訓という。たとえば「日(ジツ)は実(ジツ)である。光輝いて充実しているからである」「月(ゲツ)は欠(ケツ)である。満ちて欠けるからである」といったものである。声訓の方法論は宋代以降の「右文説」や20世紀カールグレンや藤堂明保の音声による語源分析に発展していった。

 引申義とは、本義から引き伸ばされて、つまり派生してできた意味である。たとえば「長」の本義は長短の意味で距離的に「ながい」ことを表すが、引申されて長久の意味、時間的にながいことも意味するようになる。さらにそれは植物の生長の意味に引申され、さらに人間の成長を意味するようになり、長幼の区別を生じ、長老、首長へと引申されていったと考えられる。引申義の研究は、現代の語彙研究に相当する。それは古典の注釈で使われて訓詁学から発展し、前漢には同義語を分類した『爾雅』という書物にまとめられ、これにより古語や俗語などが系統的に整理された。また前漢の揚雄は『方言』を著し、同時代の地域言語を列挙して共通語でまとめている。

 仮借義(かしゃぎ)とは、ある語を表すのに同音または音が近い字を借用することを仮借というが、字義のなかで仮借によってできたものをいう。たとえば「求」の本義は「かわごろも」であるが、「もとめる」の意味をもつ同音語に仮借された。やがて「もとめる」の方が基本義となってくると本義は「裘」という別に漢字を作られるようになった。仮借は『説文解字』の六書で用字法の一つにあげられたものである。これにより字義に本義と全く関係のないものがあることを説明できる。

文字の体系
漢字
類型: 表語文字
言語: 中国語、日本語(仮名との併用)、朝鮮語(ハングルとの併用)、ベトナム語(近代以前)
時期: 紀元前15世紀以前-現在
親の文字体系: 不明
漢字

子の文字体系: 平仮名
片仮名
チュノム
西夏文字
契丹文字
女真文字
古壮字
注音符号
Unicode範囲: U+2E80-U+2EFF(CJK部首補助)
U+2F00-U+2FDF(康熙部首)
U+3400-U+4DBF(CJK統合漢字拡張A)
U+4E00-U+9FBf(CJK統合漢字)
U+F900-U+FAFF(CJK互換漢字)
U+20000-U+2A6DF(CJK統合漢字拡張B)
U+2F800-U+2FA1F(CJK互換漢字追加)
ISO 15924 コード: Hani
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号(IPA)を含む場合があります。
漢字とは由来を異にする、漢字に似せた文字を「擬似漢字」(契丹文字、女真文字、西夏文字など)、漢字に由来する文字を「派生漢字」(仮名など)と呼ぶことがある。

国字・派生文字
中国白話字、方言字
日本国字(日本生まれの漢字)、当用漢字、常用漢字
韓国国字(韓国生まれの漢字)
ベトナムのチュノム(字喃)(現在は使われていないベトナム国字)
チワン族の古壮字(方塊壮字)(現在は使われていない)
水族の水字(現在は使われていない)
ペー族の方塊ペー字(現在は使われていない)
プイ族の方塊プイ字
ヤオ族の女性の女書
契丹文字(漢字とウイグル文字より)
女真文字(漢字と契丹文字より)
西夏文字(日本人研究家により解読された)
日本の仮名(ひらがな、カタカナ、変体仮名、住基仮名)
注音符号(注音字母)(中国語の音標文字)
蘇州号碼(中国の算用数字)

直接的に漢字に由来しない周辺地域の文字
朝鮮のハングル
クオック・グー(ベトナムのアルファベット)
イ族のロロ文字
ナシ族のトンパ文字

漢字文化圏
 「漢字文化圏」も参照

日本
 音読み、訓読みと日本にだけ二種類の読み方がある。
ベトナム
 中国文化の影響をうけたベトナムにも漢字が伝わって、用いられるようになったが、近代に入りフランスの植民地になって以後、中国文化圏から切り離されて漢字ではなく「クオック・グー(国語)」と呼ばれるローマ字が使用されるようになった。現在では漢字はほとんど用いられていないが、ベトナム語の単語には漢語の影響が多く残る。国文学を専攻した者であれば、漢字を解する可能性がある他、漢字廃止以前に出生した高齢者の中にも漢字を解する人がいる。ベトナム語における漢字の呼び名の1つであるチュニョ(字儒)も参照のこと。
韓国
北朝鮮
 漢字を廃止して、朝鮮語用の文字であるハングルだけが用いられている。但し、漢文教育は、厳格に実施している。

関連項目
 ウィキメディア・コモンズには、漢字に関連するメディアがあります。
 ウィクショナリーに漢字の項目があります。
中国
簡体字
繁体字
難読漢字
現代漢語常用字表(中国)
漢字廃止論
漢字復活
筆談
第二次漢字簡化方案
姓名判断
蒼頡 - 漢字の発明者と言われる伝説上の人物
理義字
字統
康熙字典
大字
日本
漢字検定
日本における漢字
大漢和辞典
国字
おもしろ漢字ミニ字典
韓国
韓国における漢字
朝鮮漢字音
教育用基礎漢字(韓国)

脚注
^ 漢字のシーラカンスより抜粋。

外部リンク
漢字家族 (漢字家族ブログ)
漢字袋
大修館書店:漢字文化資料館
漢字辞典ネット
漢字の写真字典
島根県立大学 e漢字 - コード(番号)検索、部首・画数検索、漢音・ピンイン検索、総画数検索。
漢字辞書
漢字原子論
和製漢字の辞典

カテゴリ:表語文字、漢字、日本語、中国語、アジアの文字

隠しカテゴリ:出典を必要とする記述のある記事/2011年10月

最終更新 2012年6月10日 (日) 13:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 「ありがとうございます。」。)))







2012/07/16 22:38:58|YS超神霊の摂理
(((中三二一障、仮名 (文字))))
 (((中三二一障、仮名 (文字))))

 (((中三二一障、

仮名 (文字)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
仮名
類型: 音節文字
言語: 日本語、琉球語、アイヌ語
時期: 平安時代-現在
親の文字体系: 漢字
仮名
Unicode範囲: U+3041-U+309F - 平仮名
U+30A1-U+30FF - 片仮名
U+31F0-U+31FF - 片仮名表音拡張
U+1B000-U+1B0FF - 仮名文字補助
ISO 15924 コード: Hrkt
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号(IPA)を含む場合があります。

 仮名(かな)とは、漢字をもとにして日本で作られた文字のこと。現在一般には平仮名と片仮名のことを指す。表音文字の一種であり、基本的に1字が1音節をあらわす音節文字に分類される。漢字に対して和字(わじ)とも言う。ただし和字は和製漢字を意味する事もある。

「日本語の表記体系」も参照

目次
1 解説
1.1 仮名の生れる以前
1.2 仮名の登場
2 仮名における清音と濁音
3 仮名を習得するための和歌
4 仮名の発音と表記
5 他言語の表記に用いられる仮名
6 脚注
7 参考文献
8 関連項目
9 外部リンク

解説
仮名の生れる以前
 日本は本来固有の文字を持たず、中国大陸より文章を記す文字として漢字が伝わった。しかし漢字で記される中国の古典文、すなわち「漢文」は当然ながら中国語に基づいて記されており、音韻も構文も異なる言語である日本語を文章として表記するものではなかった。この漢文を日本語として理解するために生れたのが「訓読文」(読み下し文)である。

 しかし地名や人名などの日本語の固有名詞は、漢字をそのまま使ってもその音を書き記すことはできない。そこで使われたのが「借字」(しゃくじ)であった。これはたとえば「阿」という漢字が持つ本来の意味を無視して、この漢字から「ア」という音だけを抽出し、日本語の音に当てるという方法で、これにより借字で表記した語を交えた「漢文」が日本において作られるようになった。この借字を俗に「万葉仮名」とも呼ぶ。このような表記法は、仮借(かしゃ)の手法に基づき日本以外の漢字文化圏の地域でも古くから行なわれているもので、中国でも漢字を持たない異民族に由来する文物に関しては、音によって漢字を割り当てていた。かの邪馬台国の「卑弥呼」という表記もこれに基づく。

 漢字を借字として日本語の表記に用いるのならば、理屈の上からはどんな内容でも、どれほど長い文章でも日本語で綴ることは可能であった。しかしそのようにして書かれた文章は見た目には漢字の羅列であり、はじめてそれを読む側にとっては文のどこに意味の区切りがあるのかわからず、非常に読みにくい。したがって借字でもって日本語の文をつづることは、韻文である和歌でもっぱら用いられた。和歌なら五七五七七というように五音や七音に句が分かれており、それがたいてい文や単語の区切りとなっているので、和歌であることを前もって知っておけばなんとか読むことができたからである。

仮名の登場
『土佐日記』 藤原定家が紀貫之自筆本より臨書したものの部分。[1]
地獄草紙(部分) 平安時代末に成立したとみられる絵巻物。その詞書は現代と余り変わらない字体の、漢字と仮名で書かれている。やがて奈良時代の末ごろより仏教の経典を講読する僧侶の間で、経典の行間に漢字の意味や音をある種の表音文字でもって書き加える例が見られるようになる。この文字は漢字の一部や画数の少ない漢字などから作られ、要するに借字である漢字の形を変えたものであるが、これが現在の片仮名の源流である。また一方では都が平城京から平安京に遷されたのち、借字から現在の平仮名の源流となるものが現れる。これは借字としての漢字を草書よりもさらに崩した書体でもって記したものである。その平仮名を数字分の続け字すなわち連綿にすることによって意味の区切りを作り出し、長い文章でも綴ることが可能となった。これによって『土佐日記』などをはじめとする平仮名による文学作品が平安時代以降、発達するようになる。

 借字が「かな」と呼ばれるようになったのは、漢字を真名(まな)といったのに対照してのものである。古くは「かりな」と読み、撥音便形「かんな」を経て「かな」の形に定着した。また片仮名の「かた」とは不完全なことを意味し、漢字に対して省略した字形ということである。[2]

 ただし平安時代の平仮名の文は全て平仮名だけで記されていたわけではなく、「源氏」だとか朝廷の官職名などの漢語はたいてい漢字のままで記されていた。これはそれら漢語を平仮名で表記する慣習が当時なかったことによる。現代の「コミュニティ」や「アップロード」といった外来語由来のいわゆるカタカナ語が、「こみゅにてぃ」「あっぷろーど」などと平仮名では通常表記されないのと同じ事情である。また文章の読み取りを容易とするために、漢語ではない日本語も必要に応じて漢字で表記された。漢字は平仮名の文を補完するものであった。片仮名においても、漢文訓読から助詞などを借字で漢字の語句のあいだに小さく書き添える形式が古くに生まれていたが、それら借字で記した助詞が片仮名となり、『今昔物語集』に見られるような漢字片仮名まじりの文として発展していった。

 平仮名は漢字から作られたものであるが、なかには現在の平仮名そのままの文字のほかに、それとは違う漢字を崩して作られたさまざまな異体字がある。現在この異体字の平仮名を変体仮名と称するが、片仮名にも古くは現在とは違った字体のものがあった。平仮名による文は変体仮名も交えて美しく書くことが求められ、それらは高野切などをはじめとする古筆切として残されている。こうした異体字をふくむ平仮名と片仮名は明治時代になると政府によって字体の整理が行われ、その結果学校教育をはじめとする一般社会において平仮名・片仮名と呼ばれるものとなった。このふたつは現代の日本語においてもそれぞれ重要な役割を担っている。

仮名における清音と濁音
 日本語の音節には清音と濁音の別があり、現在濁音をあらわす平仮名・片仮名には濁点が付くのが約束となっている。しかし仮名には、古くは濁点が付かなかった。

 仮名が生れる以前の借字の段階では、清音に当てる借字のほかに濁音に当てる借字を区別して使っていた。上で述べたように借字を使った日本語の文は見た目には漢字の羅列であり、それをなるべく間違いの無いように読み取らせるためには、借字の音の清濁についても使い分けをする必要があったことによる。しかし平安時代以降の仮名には清濁の別が無くなった。それは連綿によって仮名の文字列に意味の区切りを作り出し、文の読み取りを容易にした結果、仮名の清濁を使い分ける必要がなくなったからである。言い方をかえれば濁音を示す表記を用いなくても、不都合を感じない文を綴れるようになったということである。『古今和歌集』の伝本のひとつである高野切には紀貫之の詠んだ和歌が、

高野切  『古今和歌集』巻第一春歌上の巻頭で、現在この部分だけ切り取られ掛軸となっている。五島美術館蔵。「そでひちて」の和歌は画像左側の部分であるが、それ以外にも濁点を付した所はない。そてひちて むすひしみつの こほれるを はるかたけふの かせやとくらむ[3]
と表記され濁点は付されていない。もしこれに濁点を付けるのならば、

そでひちて むすびしみづの こほれるを はるかたけふの かぜやとくらむ
となる。「そて」を「そで」、「かせ」を「かぜ」と読むのは、この和歌の文脈では「そで」「かぜ」としか読めないからであり、ほかの部分の仮名についても同様である。つまり「て」という仮名で書かれていても文脈によっては「で」と読むというように、ひとつの仮名で清音と濁音を兼ねるようにしていた。これは片仮名についても同様で、経典に漢字の読みかたを示した片仮名が書き添えられていた場合、その漢字の置かれている文脈をもって判断すれば、清濁について迷うことはなかったのである。

 もちろん単語だけを取り出してしまえば、混乱が生じる事になる。前田利益が「大ふへん者」と大書した旗を背負い、それを「大武辺者」と読んだ同僚から僭越を責められた際に、「これは『大不便者』と読むのだ」と返した逸話がある。

 ちなみに濁点の起りについては漢字のアクセントを示す声点からきており、本来仮名には必要無かったはずの濁点は、辞書の類や『古今和歌集』などの古典の本文解釈において、言葉の意味を確定させるために使われるようになった。その使われ方や形式は様々な変遷をへて、現在用いられる形に至っている。

仮名を習得するための和歌
 『古今和歌集』の仮名序には、つぎのような記述がある。

 「…なにはづのうたは、みかどのおほむはじめなり。あさか山のことばは、うねめのたはぶれよりよみて、このふたうたは、うたのちゝはゝのやうにてぞ、てならふ人の、はじめにもしける」[4]
「なにはづのうた」というのは仁徳天皇に渡来人の王仁が、

 なにはづに さくやこのはな ふゆごもり いまははるべと さくやこのはな
という歌を奉ったという古事による。また「あさか山のことば」というのは、葛城王すなわち橘諸兄が東国の視察に行った折、その土地にいた采女だった女が、

 あさかやま かげさへみゆる やまのゐの あさきこころを わがおもはなくに
という歌を作り諸兄に献上したという話である。「てならふ」とは毛筆で文字を書く練習をする事で、いまでも「手習い」という言葉に残っているが、上にあげた和歌2首が、当時仮名(平仮名)の書き方を練習するのに最初の手本とされていたということである。

 和歌は文の長さが三十一字と限られており、子供が仮名の手ほどきを受ける教材としては手ごろなものであった。その数ある和歌の中から「なにはづ」と「あさかやま」の歌が「てならふ人の、はじめにもしける」といわれたのは、実際この2首が古い由緒を持った歌らしいこと、[5]また一方では同じ句や同じ仮名が繰り返し出てくることがあげられる。「なにはづ」の歌は「さくやこのはな」という句が二度もあり、「あさかやま」も「やま」や「あさ」という仮名が二度出てくる。同じ言葉や仮名を繰り返すほうが子供にとっては内容を覚えやすく、また同じ文字を繰り返し書き記すことにもなる。

 しかし当時の仮名はただ書ければよいというものではない。『源氏物語』の「若紫」の巻には、まだ幼女の紫の上を光源氏が引き取りたいと紫の上の祖母である尼君に申し入れると、「まだ難波津(なにはづ)をだにはかばかしうつゞけ侍らざめれば、かひなくなむ」[6]という返事をされるくだりがある。まだ「なにはづ」の歌もまともに書けないような幼い娘なので、源氏の君のお相手にはならないでしょうと断られたのであるが、「はかばかしうつゞけ侍らざめれば」とは仮名を連綿としてうまく書きこなせないということである。仮名は文字として覚えるだけではなく、その仮名を連綿で以って綴れるようにするのが当時の仮名文字の習得であった。これは単なる美観上のことだけではなく、上で触れたように自分の書いたものを人に読み取らせるためには、仮名の連綿は書式の上でも必要なことだったのである。

仮名の発音と表記
 以下は仮名遣いにも関わることなので詳細は他項に譲るが、仮名における発音と表記の関係について簡略に述べる。

 平安時代になると日本語の音韻に変化が起こり、たとえば「こひ」(恋)という仮名に対応する発音は[ko-ɸi]であったが、のちに[ko-wi]と変化している(ハ行転呼の項参照)。[wi]の音をあらわす仮名はワ行の「ゐ」であり、そうなると「こひ」は「こゐ」と記されるようになるかと思われそうだが、文献上「こひ」(恋)を「こゐ」などと書いた例はまず見られない。仮名文字を習得した当時の人々にとっては、恋は「こひ」という仮名で記すというのがそれまでの約束となっており、その発音が変わったからといって「こゐ」と書いたのでは、他者に恋という意味で読み取らせることが出来ないからである。[7]つまり音韻に関わりなくその表記は一定しており、これはほかにも「おもふ」など使用頻度の高い言葉ほどその傾向が見られる。ただし頻度の高い言葉でも、何かのきっかけで変わってしまいそれが定着したものもある。たとえば「ゆゑ」(故)は「ゆへ」、「なほ」(猶)は「なを」と変化し記されていた。とにかく誰かが率先して人々に指導するということがなくても、仮名の表記のありかたすなわち仮名遣いは仮名を使う上で、不都合の無い程度に固定していたということである。[8]

 その不都合のなかったはずの仮名遣いとは別に現れたのが、藤原定家の定めた仮名遣い、いわゆる定家仮名遣であった。しかし定家が仮名遣いを定めた目的は、それを多くの人に広めて仮名遣いを改めようとしたなどということではない。

 定家は当時すでに古典とされた『古今和歌集』をはじめとする歌集、また『源氏物語』や『伊勢物語』などの物語を頻繁に書写していたが、それは単に書き写すだけではなく、内容を理解し、また自分が写した本を自分の子孫も読んで理解できるようにと心がけた。その手立てのひとつとして仮名遣いを定めたのである。つまりそれまでは多かれ少なかれ表記の揺れがあった仮名遣いを、自分が写した本においてはこの意味ではこう書くのだと規範を定め、それ以外の意味に読まれないようにしたのであった。たとえば当時いずれも[wo]の音となっていた「を」と「お」の仮名はアクセントの違いによって書き分けるよう定めており、これによって「置く」は「をく」、「奥」は「おく」と書いている。その結果定家の定めた仮名遣いは、音韻の変化する以前のものとは異なるものがあったが、定家は自分が写した本の内容が人から見て読みやすい事に腐心したのであって、仮名遣いはその一助として定められたに過ぎない。要するに定家の個人的な事情により、定家仮名遣と呼ばれるものは始まったのである(定家仮名遣の項参照)。

 定家の定めた仮名遣いはその後、南北朝時代に行阿によって増補された。それが歌人定家の権威もあって、定家仮名遣と称して教養層のあいだで広く使われたが、明治になると今度は政府によって歴史的仮名遣が定められ、これが広く一般社会において用いられた。そして第二次大戦後は現行の現代仮名遣いが一般には用いられている。しかし現代仮名遣いはおおむね1字1音の原則によって定められているとされるが、以下のような例が存在する。

 ひとつの音に対して複数の仮名があるケース
/e/, /o/, /wa/ は通常「え」「お」「わ」だが、格助詞の場合は「へ」「を」「は」と書く。
/zi/, /zu/ は通常「じ」「ず」だが、一部のケースでは「ぢ」「づ」と書く。
ひとつの仮名が複数の音をもつケース
「は」「へ」は通常 /ha/, /he/ だが、助詞の場合は「わ」「え」と同様に /wa/, /e/ と発音される。
「う」は /u/ の音標であるとともに、ウ段・オ段に添える長音符でもある。たとえば、かなで書けばいずれも「よう」であるが、「酔う」が /you/ (「よ」+「う」)であるのに対し、「用」は /yor/ (「よ」の長音)である。[9]
以上を見れば現代仮名遣いにもその以前からあった仮名遣いと同様に、発音には拠らずに書きあらわす例が定められているのがわかる。「続く」は「つづく」と書くが、「つずく」と書くように定められてはいない。蝶々は「ちょうちょう」と書くが「ちょおちょお」や「ちょーちょー」は不可とされる。現代仮名遣いとは実際には、歴史的仮名遣を実際の発音に近づけるよう改め、「続く」や「蝶々」のような例を歴史的仮名遣と比べて少なくしただけのものである。

 歴史的仮名遣や定家仮名遣に基づかない現在の仮名のありようは、一見古い時代とは関わりがないように見える。しかし仮名は日本語の音韻に変化が起こった結果、それが定家以前に見られた一般的な慣習によるものにせよ、また個人や国家が定めるにせよ、仮名遣いを発音とは違うところに求めなければならなくなった。そういった性質は現在の仮名も、やはり受け継いでいるといえる。

他言語の表記に用いられる仮名
琉球語に用いられた仮名
 琉球王国時代からの仮名使用の伝統があり、仮名表記の琉球文学が生み出された。 → 沖縄方言の表記体系および琉球語#文字を参照。

アイヌ語仮名
 2000年1月20日に制定されたJIS X0213:2000「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化拡張漢字集合」ではアイヌ語表記用の文字が追加された。Unicodeには3.2から採用されている。

台湾語仮名
 日本が台湾を日本の一部として統治していた時代、仮名を用いて、台湾語、客家語、高砂族の言語を表記する方法が考案され、使用された。台湾原住民の言語の仮名文字表記については、1980年代にローマ字表記が普及するまで存続した。

脚注
^ 文暦2年(1235年)、京都蓮華王院の宝蔵には紀貫之自筆の『土左日記』(その表紙には「土左日記」と記されていたという)が所蔵されていたが、定家はそれを閲覧する機会を得たので、その本文を書き写し写本を作った。画像はその巻末に、写本の本文とは別に書き写した部分である。この臨書の最後には、「為令知手跡之躰、如形写留之。謀詐之輩、以他手跡多称其筆。可謂奇怪」(貫之の手跡がこういうものだと知らしめるために、その通りにここに写しておく。いんちきなことをする連中が、他人の手跡を多く持ち出して貫之のものだと称しているからである。奇っ怪というべき事である)と記されており、当時貫之筆と称するものが多く出まわっていたようである。この臨書がどこまで貫之本人の筆跡を伝えるものなのかは明らかではないが、「乎」(を)や「散」(さ)などの変体仮名は別として、おおむね現在のものに近い字体の仮名が連綿で記されているのが見て取れる。『原典をめざして―古典文学のための書誌―』橋本不美男著(1983年、笠間書院)第二章「古典作品の原典復原」参照。
^ なお「仮名」を「かな」と読むのは常用漢字表付表で認められた熟字訓である。「か」は「かり」の転訛であり、漢字音ではないので、重箱読みには該当しない。
^ 現在一般に読まれる『古今和歌集』の本文では、この和歌の第四句は「はるたつけふの」となっている。また見ての通り、本文は変体仮名をまじえて記されている。
^ 『古今和歌集』(『日本古典文学大系』8 1962年、岩波書店)より。ただし「古注」と呼ばれる部分は略した。
^ 藤原宮や平城宮をはじめとする平安時代以前の各地の遺跡より「なにはづ」や「あさかやま」の歌を記した木簡が出土している。また法隆寺五重塔の部材からも「なにはづ」の歌の墨書が見つかっているが、これらは当然ながらいずれも借字で記されている。『紫香楽宮出土の歌木簡について』(『奈良女子大学21世紀COEプログラム 古代日本形成の特質解明の研究教育拠点』、2008年)参照。
^ 『源氏物語 一』(『新日本古典文学大系』19、1993年岩波書店)より。
^ ただし「こひ」(恋)については、以下の例外が存在する。
関白前左大臣家に人々、経年恋(年を経る恋)といふ心をよみ侍りける 左大臣(藤原師実)
われが身は とがへるたかと なりにけり としはふれども こゐはわすれず(『後拾遺和歌集』巻第十一・恋一)
『後拾遺和歌集』(『新日本古典文学大系』8、1994年岩波書店)より。「こゐ」というのは、鷹を飼うのに止まらせる止まり木のことをいう(「木居」という漢字がふつう当てられている)。飼われている鷹が飼い主のところから逃げ出して年を経ても、その羽を休めた止まり木は忘れることができず、最後には戻ってきてしまう。それと同じように、自分も以前共に暮らしたが別れた人を忘れられず、結局また恋しく思っている…という趣意である。このなかで「こゐ」(木居)を「こひ」(恋)の掛詞としているが、恋を「こゐ」とすることは当時慣習的に行われていた仮名遣いとも相違する。しかしこの和歌は恋の部に入れられており、詞書にも「経年恋」とあることから、「こゐ」が恋であるとする引き当てが可能であった。「こひ」という表記が圧倒的に優勢な当時の状況で、その文脈から取り出してなんの断りもなしに「こゐ」とだけ書かれたのでは、恋という意味には理解されなかったのであり、「こゐ」を恋とするのはごく特殊な例だったとみてよい。
^ 以上のことは平仮名における事情であって、当時の片仮名の場合には平仮名と比べて仮名遣いにかなりの変則が見られる。しかしこれは片仮名がその当初より、漢籍や仏典に記された漢字の意味を示すために生れ、使われていたことによる。たとえば「恋」という漢字の読みが「コイ」などと書かれていたとしても、その読みがどういう意味を示すのかは明らかである。漢字の訓を示すためという目的から、その仮名遣いのありかたは平仮名と比べてゆるやかであった。
^ なお、同一の音素ではあってもその環境によってさまざまな異音を生じるのは当然のことであるが、文字論の範疇を外れるのでここではふれない。各行の項目(あ行、か行、さ行、た行、な行、は行、ま行、や行、ら行、わ行)などを随意参照されたい。

参考文献
『日本語の音韻』(『日本語の世界』7)-小松英雄(1981年、中央公論社)
『日本古典文学大辞典』(第1巻)-秋山虔ほか編(1988年、岩波書店)※「仮名」の項
『日本語書記史原論』-小松英雄(1998年、笠間書院)

関連項目
日本語の表記体系
万葉仮名 - 平仮名 - 変体仮名 - 片仮名
歴史的仮名遣 - 定家仮名遣 - 現代仮名遣い
仮名交じり文
言語学 - 文字 - 表音文字 - 音節文字

外部リンク
仮名練習帳 (PDF)

日本関連の主要項目
国旗 - 国歌 - 国章 - 国鳥 - 国石 - 国蝶 - 国犬
歴史 各時代 - 年表 - 元号 - 政治史 - 軍事史 - 経済史 - その他のテーマ史 - 倭国 - 大日本帝国
地理 日本列島(北海道 - 本州 - 四国 - 九州 - 南西諸島) - 北方領土(問題) - 竹島 - 尖閣諸島(問題) - 地方行政区画(都道府県 - 一覧) - 令制国 - 環境 - 観光 - 山一覧 - 川一覧 - 端一覧 - 世界遺産
政治 法(憲法) - 天皇(一覧) - 政府 - 内閣総理大臣(一覧) - 内閣 - 閣僚 - 行政機関 - 国会(衆議院 - 参議院) - 政党 - 選挙 - 裁判所 - 警察 - 軍事 - 自衛隊(陸上 - 海上 - 航空)
経済 日本銀行 - 日本円 - 国債 - 農業 - 工業 - 鉱業 - 捕鯨 - 新聞 - 交通(日本車 - 道路 - バス - 鉄道 - 空港 - 自転車) - 携帯電話 - インターネット
文化 伝統芸能 - 古武道(剣道 - 弓道 - 相撲 - 空手 - 柔道 - 合気道 - 空道 - 日本拳法 - 少林寺拳法 - 銃剣道 - なぎなた - 日本馬術 - 日本泳法)- 文学 - 美術 - 音曲(邦楽 - 演歌 - J-POP - J-ROCK)- 映画 - 演芸(落語 - お笑い) - 建築(神社 - 城 - 住宅 - 便所) - 食文化(料理 - 郷土料理 - 珍味 - 食事作法)- 将棋 - 囲碁 - ゲーム - 漫画 - アニメ
社会 日本人(日本国籍)- 言語(日本語 - 日本語の方言)- 表記体系(漢字 - かな)- 人口統計 - 教育 - 国際関係 - 民族問題 - 事故 - 犯罪と治安 - 宗教(神道) - スポーツ(日本代表 - サッカー - バレーボール) - ポルノ - 日本一 

ウィキポータル - カテゴリ

カテゴリ:音節文字、仮名、アジアの文字、日本語の表記

最終更新 2012年6月9日 (土) 15:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。

 「ありがとうございます。」。)))







<< 前の5件 [ 1886 - 1890 件 / 3402 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>