どうも 無理みたいですね 東日本大震災から 10年の節目 (911からは20年の節目)
第一原発事故から 未だ 帰還困難地域は 広いまま 特に 双葉町がひどいですね 帰還者 人口の8% 今でも 放射能汚染が 酷いのは 第一原発の 南側と北西方向 最近 原発事故の本を 読んだ 当時 原発の最前線で 戦っていた 人達は (吉田所長ではなく、制御室にいた方たち) 今 どうしてるのだろうか? 会社から どう扱われてる? 彼らの 尽力のおかげで 多くの人達の 生活が 保たれた
(会社の責任は別にして)
1号炉の ベントを行うのに 放射線量が 高いエリアへ行き バルブを 開けた(決死隊だ) 受けた放射線 95mSvだと (原発従事者の許容限界 100mSv) 自衛隊の化学防護班でも 避難レベルの 場所で 東電の現場の人達が 冷却水注入に 従事してる
当時 菅(かん)総理は 原子炉が 爆発したら 東京を含む 5000万人の避難 最悪の事態(日本沈没)を 考えてたと言う
それが現実に 起こったら・・・
コロナもそうだけど 頑張っているのは 最前線の現場 その人たちの おかげで 生活が 維持されていると 思いますよ
添付したのは
昨年時点の 帰還困難地域
原発から 北西方向に広く長い
真ん中は
今日時点の 放射線線量
赤い(線量大きい)点が 北西方面に
点在してる
X印は 第一原発
右は コロナの全国重症者
まだまだ 多いね
100人程度に 減らなくては
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