朝の散歩 川沿いの道に出たら 臭いにおいがした
水が流れない どぶ川のような
川を見たら 水量が減っていて 流れは細い
多分 上流で農業用に川を 堰き止めたのではと推測
周辺の家は この匂いはいやだろうね
外濠歩きは 数寄屋橋御門へ向かう
御門は 数寄屋橋交差点から 高速道路を越えた辺り
高速道路は外濠があった場所 に作られてる
特に 石垣とか 何の痕跡も残ってない
御門は 1629年に完成
JR線路の南側沿いに 歩いていく
次のガード下の場所に 山下御門があった
江戸時代の門は ちょっとしょぼいけど
1636年に 完成した
(続)
吾輩の時代小説での ちょとした思い付きなんだが
今は 江戸末期に似てると思う 改革前夜
武士の時代は にっちもさっちも行かない時期が幕末
外国の脅威に まったく対処できなかった武家
バカな嫡男でも お家を継いできた時代
それで どうにもならなくなったのが 徳川の末期
優秀な若者を登用する 仕掛けがなかった
それは 今でいえば 自民党そのもの
戦後80年と 自民党支配は限界なのかも
能力が無くても 政治家になる 二世政治家
何代にも引き継がれる 自民党の政治家
徳川の武士 そのものに見えてくる
高市総理に それを改革できるといいけど?
写真 数寄屋橋御門 山下御門の切絵図 数寄屋橋御門の写真 現代ならここにあった 数寄屋橋交差点 ここにあった御門 家茂が数寄屋橋御門を出て京都へ 山下御門の写真 今ならここにあった御門 ガード下が御門の場所
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