60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2014/11/19 14:02:00|思うこと
ヤル気を無くさせる700億円の無駄使い

以前働いていた会社で

米国のCEOが言った

「これぐらい出費が増えても問題ありません」と

ビジネスクラスを 解禁にしたのだ

***億円の出費増か 忘れた

会社は 赤字続きだったのだが

そんなことは どうでもよく

自分たちの待遇が よければ良いと


同じことが 日本でも起きた

選挙費用に700億円の 税金

そんなことは どうでも良い

自分たちの 政権が長く続けば

政府は 赤字続きだが


「外資系の流儀」の 残り半分をまとめた

●生存するための戦術
(会社に残るためには)

・ブラックベリーは部下の忠誠度を測る機械
 日本法人の幹部は持たされてましたね

・品格のあるメール
 これが難しい 私はダメでした
 米国人のメールを真似たりしましたが

・会社の悪口は言わない
 外資系の社員同士の飲み会で本音はダメ
 上司や同僚をちやほやする会と割り切る
 米国人は上司が辞めるまで悪口は言わない
 私:当たる部分もありです
 
●トップダウン
・大前提はトップダウン
 日本企業以上に厳しい上下関係
 上司に逆らったら、即除隊

・日本法人は植民地
 会社名に「日本」を含むのは現地化が進んでる
 (ちょっとした自治権がある)
 会社名に「ジャパン」は本社中央集権の会社
 (ただの窓口会社
 私:当時の会社は「日・・」から「ジャパン」に変更

・カネと技術と権利(権限)は本社が握る
 日本法人の大事なところは外国人
 私:まったくその通り

・上司を上手にほめる
 成功者には「ほめ上手」が多い
 著者:こび・へつらいは必須と
 私:当たっていると思います

・パワハラ上司が首にならない
 成果を上げ、会社に利益をもたらしてるから

・本社CEOは全員でもてなす
 日本法人で働く者の悲しき宿命
 私:これはなかった
   米国のCEOは 夜行便で朝日本に着いて
   その日の夜便で 東南アジアに行った
   Hard Worker ですよ

●エグゼクティブへの第一歩
・外資系を味わう
 海外出張はビジネスクラスでシャンパンを
 (いましたね。ワインですが)

・空港ラウンジで忙しがってみる
 ビジネスコーナで真剣に仕事をしてる人は少ない
 私:居ますね。新聞・雑誌を読む私です

・海外赴任
 日本(支社)採用者には本社勤務は難しい
 私:サンノゼ本社に転勤した方も何人か

・成果主義を楽しむ
 すべての仕事がお金儲け
 成果はボーナスに直結

●成長なき者は辞めよ
・アップ・オア・アウト・オア・ステイ
 2、3年で昇進(成長)しなければ辞めてください
 サポートオフィスはステイ出来る

・跡を濁さずに辞める
 「席を移動」するなど、自分で辞めるようい追い込む
 気持ちを切り替え、さっさと辞める
 私:誰が 何時辞めたなど知らされない

・産休・育休からの復職先は自分で捜す
 人事はなにもしない。自分で職場を見つける。
 私:その通りです
   海外勤務から戻るときも同じです。
   職場が見つからないと、退職です

●成功のカギは「心技体」
・グローバル企業のトップ
 恐ろしく弁が立つ
 社内政治にたけている
 弱みを見せず プレッシャーに強い
 異常に長時間働く
 十分にお金持ちでも戦い続ける

・外資系に合う人、合わない人
 心:アグレッシブ(攻撃的)な心
 技:専門スキル、英語、プレゼン力
 体:一番重要 少ない睡眠時間で働き続けること
 
 心が繊細な人はダメ 図太さが必要
 羞恥心、デリケートはかなぐり捨てる
 体力が弱い人は、弱肉強食の外資系に不要
 体を壊したら、自主退職に追い込まれる

・外資系の矜持
 外資系企業で働いて良かったと多くに人

判らない方は 本を読んでください。

写真
吉野家の1号店
本まぐろ焼き
Tokyo View From the Top のバス

今日
1493年 コロンブスがプエルトルコを発見
1620年 メイフラワー号がマサッチーセッツに到着
1863年 リンカーンがゲティスバーグで演説
1959年 緑のおばさんが登場
1965年 佐藤内閣が初の赤字国債発行を決定

誕生日
1893年 毛沢東
1909年 ドラッガー
1961年 メグ・ライアン
1962年 ジョディ・フォスター














 







2014/11/18 16:00:00|ぶらぶら歩き
築地場外市場を歩く

そんな 大げさな話ではなく

ブランチに 何かを食べようと

築地場外市場を ブラブラ歩く

行動経済学曰く

「選択肢が多すぎると

人は決められない」

その通り


事前に NETで調べた候補

・ルパン: たまごパン

・築地木村屋: あんぱん

・肉の秋畜: 牛串

吉澤: メンチカツ

・松露: たまご焼き

大定: ほか玉

・丸武: 玉子焼き (テリー伊藤の実家)

築地さのきや: 本まぐろ焼き

丸豊: しゃち天(おにぎり)

・さかえや: ステーキ丼

・黒川: 野菜てんぷら

・つきじ人: おむすび


太字のものを 買って食べた

期待外れは しゃち天

中身に エビ天が2本

普通の おにぎりにすれば 良かった

その他のものは

みんな 美味しかったです

丸武の ほか玉を買いたかったが

すでに1個食べていたので

「ほか玉」は たまご焼き です

たまごパンのルパンは

店が閉まってました

海鮮料理は 店が多すぎ


ここで 働く人

愛想が良く すぐ話しかけてくる人と

無愛想な感じの おばちゃんと

二種類だ

吉澤の前で 立ち止まっていたら

若いおにいちゃんが

近寄ってきて 私の地図を

覗きこむ

私:何のお店ですか?

店員:吉澤です 地図に印が付いてます

わたし 目を落とす

たしかに メンチカツだ

買わなくては・・・


もう一度 行きたいが

何を食べる 何を買う とか

決めていかないと

疲れるだけです

場内市場も しかり


当然 ここも

中国人か 台湾人が多く

三十年か前に 晴海通りを

ブラブラしたが

築地場外市場とは 全く

知りませんでした

興味も なかったか


写真
場外市場の築地東通り
丸武
ほか玉
本マグロ焼き


今日
1832年 エトナ火山が噴火 死者数千人
1902年 ティディベア発売
1952年 新丸ビルが完成
1981年 ロス保険金殺人疑惑
2001年 スイカの使用開始

誕生日
1786年 ウェーバー
1904年 古賀政男
1947年 森進一

















 







2014/11/17 13:47:00|食べ歩き
ついに来た築地

何年も前から 訪れたかった場所

築地市場

何を食べるか 早朝に行く

これが ネックだった


5:40 家を出た
6:10 平塚駅発
7:14 新橋駅着

駅の外は 人もまばら

会社へ 向かって歩く人も

ぶらぶら感で 築地に向かう

朝日新聞東京本社

国立ガンセンター

その角の 向こうに

築地市場の正面ゲート

人臭さが 一気に増す

雑然とした 雰囲気

観光客も 地下鉄から出てくる

ゲートでガードの人から

地図をゲットし 場内へ

水産物仲卸業者売り場は

9:00から見学可能

いわゆる マグロだね

”せり” は5時 6時 7時台だね

フォークリフトが行きかう横を

ぶつからないように 進む

緊張の連続だ


魚がし横丁(所謂 場内市場)

日本人もいるが

中国人(台湾人)が 半端ないね

集団だ 30人?

あちこちで 中国語

インド人 欧米の人も多く

うろきょろしたね

自転車 車 フォークリフト

行きかうのだ

すし屋(寿司大)の行列が 長い

築地は 海鮮ものだと 思うが

いまいち 気乗りがしない

食堂 包丁 野菜 海苔屋 とか

牛丼の吉野屋の 創業店(1号店)は

今も 営業中

どこを見ても 活気が100%

荷車を引いた おやじさんを発見

昭和だね


娘は この近辺に

仕事で来ることが あるらしく

地下鉄を出たら 魚臭くて 嫌だと

その娘 今朝 直接会社へ

週末は 帰宅してた

今日 月曜日に昇進試験があるとかで

その勉強のため 帰宅

私にも質問が 来る

無担保コール・・・は何?

会社法? 内部統制? メンタルヘルス?

財務諸表? 時事問題とか

会社時代のことを 少し思い出す

SOX法とか

先輩 お勧めの本を 片手に

2日間 夜遅くまで勉強

 
朝日新聞社 テロでもある?

警官が数人 ガードしてました


築地場外市場は また後日紹介


写真
築地市場正門
荷車のおっさん
魚がし横丁
すし屋の行列


今日
1185年 静御前が鎌倉幕府に捕縛
1869年 スエズ運河が開通
1922年 アインシュタインが来日
1965年 第一回ドラフト会議
1990年 雲仙普賢岳で水蒸気爆発


誕生日
1906年 本田宗一郎
1935年 トニー・ザイラー
1970年 城島茂












 







2014/11/16 13:29:00|ぶらぶら歩き
盛り上がりましたね音楽祭り

わたしは 音楽には縁遠いが

自衛隊音楽祭りは なぜか見たかった

11/14 金曜日の午後 武道館に行った

土曜夜 Live Streaming でも

中継されていたので 再度視聴

正面からの 映像で

Up映像もあり はっきり見えた


13:00から 開場なので

12:30 頃に 着いた

警備は すべて 自衛隊だ

MP(Military Police)とか 女性自衛官も
 
警察は お呼びでない

入場は始っているが

しかし 長蛇の列が延々と

荷物チェック 金属探知機チェックに

時間が 掛かってる

わたし 並びたくないのだが

ポツンと 立っていても 仕方ない

一番奥 #3の列の最後に 並ぶ

私の後ろは 自衛隊の家族らしく

広島で・・・艦の艦長だとか


案外 早く チェックを通過

一番 早い(短い)列でした

自衛隊Goodsを売っている店

弁当 食べ物などの売店

自衛隊ものを 皆さん買ってました


初めての武道館の場内へ

娘の大学入学式にも 来なかった

正面は すでに満杯

ちょっと横の 3F席(通路横)

7000人ぐらい 入っているか?

朝から並んでいる人もいるとか

「自衛隊協力会」のグループも

熱いファンが いるのでしょう

年寄りも多いです


14:00 きっかりに 始まった

オープニングは 国旗入場(儀仗隊)

国家斉唱

とうぜん 全員起立です

第一章: From Japan

第二章: to Asia

第三章: to the World

第四章: for Japan

エピローグ


音楽 きびきびした行進の

連続と ボーカルの歌声

海上自衛隊の歌姫 三宅 由佳莉さんは

第二章と第三章で 歌っていました

人気があるんですね


ゲストバンドは

米海兵隊の機動展開部隊音楽隊
(V Marine Expeditionary Force Band)

在日米陸軍軍楽隊
( United States Army Japan Band)

フィリピン海兵隊軍楽隊
(Philippine Marine Drum and Bugle Corps)

オーストラリア陸軍軍楽隊
(Australian Army Band)

米国の音楽隊は さすがです

フィリピンも 頑張ってました

オーストラリアは ちょっと地味かも

昨年は タイの軍楽隊が参加とか


行進曲 「軍艦」 「陸軍分列行進曲」とか

曲の最後まで 聞きたかったのだが


第四章は 自衛太鼓 ”陣”

これも 迫力抜群

100人が打つ 太鼓の音が

下から 響きます


最後は 全員での演奏

”祝典行進曲”

エピローグは

舞台に残った 二人の女性

ファゴットとフルートが

静かに 「家路」を 奏でます


帰りは 田安門を避け

(すごい混雑です)

北の丸公園を抜けて

竹橋方面へ

昔 何度も来た なつかしい道


皇居の堀 垣根を越える

若い男性と 目が合った

仕事中のようだ

「何をしてるんですか」

「石垣の草を取ってるんです」

垣根の向こうを 覗き込む

急峻で 深い石垣

「気を付けてください」

「ありがとうございます」

若い人が 頑張ってます


結局 そのまま

東京駅まで 歩いた


自衛隊音楽祭りの予約

なかなか当選しないようだ

10倍とか聞いていたが

私は すんなり当選

Live中継のチャットでも

 毎年 はずれてる・・・

 来年こそ当選したい

 来年こそ当てて 武道館に行くぞ

うらみ節が書かれてました



写真
音楽祭りのタイトル
多い観衆
フィリピン軍楽隊
海上自衛隊の三宅さん


今日
1984年 三軒茶屋で電話ケーブル火災
1997年 日本のWorld Cup初出場決定
2001年 Windows XP発売

誕生日
1934年 いのうえひさし
1948年 増位山
1951年 オール巨人
1975年 内田有紀





































































 







2014/11/15 15:13:00|ぶらぶら歩き
ゼロ戦が目の前にあった

私の家族 祖父 父親も

靖国神社とは 関係しない

生きて帰ってきたからだ

祖父は 日清 日露戦争

父は 第二次世界大戦(中国)

に従軍したのだ


話題に登る 神社なので

一度は 見学しておこうと


大鳥居は 威圧感ある大きさ

中国 台湾の 出かいもの好きと同じ

大きさで 権威・威厳を示す

皆さん 第二鳥居を くぐられる時

退出する時に

頭を下げて おられます

ちょっと 他の神社とは違うような

雰囲気を 醸し出します


わたし お参りすることもなく

拝殿を 写真撮影

ガードの人が 睨んでいるような

うさんくさいやつ とでも思われたのか


遊就館の前を 奥に歩く

「到着殿」が あった

首相とかが 車で乗り付ける

場所ですね

さらに

庭園 靖泉停(茶室)

大きな鯉が 何匹も泳ぐ

中国人の家族連れが

庭園内を 散策中

子供が 楽しそう


中途半端な時間だ

音楽祭には 早いような

遊就館を見学するには 短いし

でも1Fは 見学出来るようだ

中に入る

おっ ゼロ戦があるではないか

初めてだ

触れられないのが 残念だ

ちょっと 感激

飛行機好きにはね

中学時代に 戦闘機が好きなやつ

が居ましたね 

ゼロ戦 写真を撮る角度が 難しい


蒸気機関車も

泰緬(たいめん)鉄道で 使われたC56

戦後も 使われていたのだと

建設の苦闘と 戦争の悲惨さを

伝えるために展示

鉄道建設 多くの 欧米人 豪州人 

地元の人が 亡くなってます

以前 カンチャナブリで 墓地を見学してたら 

現地の人に 睨まれました

今でも 反感の対象なんですかね

日本人は


それにしても 女性が多い

子供連れの 若い女性とかも


日本社会を 形作っている

又は 支配している

一つのものかも 知れないですね

この靖国神社は

精神的なものなのか?

怖さも 若干ありです


ここに来る途中 新宿の甲州街道

わたしの歩いている 脇を親子が

通り過ぎようと その時

ベビーカーに載せられた子供と

目が合ったしまった

なぜか わたしを 見上げてる

睨んではいないと思うが

困ったね

愛想が悪いのも 良くないし

”無愛想じじい?” 

軽く 手を振った

笑っているようだ

母親が 笑いながら

軽く会釈して 通って行った


写真
靖国神社
ゼロ戦
蒸気機関車
庭園の鯉

今日
1777年 United States of Americaと命名
1867年 坂本龍馬・中岡慎太郎が京都で暗殺
1971年 インテルがマイクロプロセッサーを発売
1975年 第一回サミットがフランスで開催
1986年 若王子支店長がマニラで誘拐

誕生日
1835年 坂本龍馬
1930年 笹沢左保
1934年 内田康夫






















 







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