60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2015/08/05 14:30:00|ぶらぶら歩き
地図と言えば伊能忠敬でしょう 佐原

街歩きを 思いたったのは

この 佐原の街が最初

ただ 今回は時間が少ない

1時間ほどだ


まずは 教科書で習った

伊能忠敬 その記念館へ


記念館の裏側に

忠敬の像  象限儀など

当然のように

一等水準点が設置 


子供連れが多いですね

500円を払い 中へ

写真撮影が 禁止

残念だが 仕方ない


忠敬は 1745年

九十九里で生まれた

徳川吉宗 平賀源内

杉田玄白 田沼意次の時代

長谷川平蔵とは 同じ生まれ


17歳で 佐原の伊能家に 婿入り

伊能家は 米売買 酒造りなどで

大きな商家だった

商売を それなりに 発展させ

49歳で隠居し

江戸に出て 天文暦学の勉強

55歳から 全国を測量に歩く

江戸八丁堀で 73歳で亡くなる

地図は その三年後に完成


地図は かなり正確で

若干 北海道が東よりかな

この時代の 器具を考えると

よくこれだけの 地図が完成したと

本州 四国とかを 1周したときに

最後に 線と線が合ったのですかね

ここが 聞きたいところですね


よくやる手は

前後を 少しずつ調整して

合わせるという 手ですが

忠敬は やらないでしょうね

粉飾地図に なってしまう


掛け足で 見たので

いまひとつ 印象が乏しい

また 来ますかね


記念館の前を 小野川が流れ

そこに 桶橋がかかる

その向こう岸に

伊能忠敬の旧宅がある


写真
記念館の表と裏
忠敬像と象限儀
桶橋と小野川


本日の行動記
家に引きこもり






































 







2015/08/04 14:00:00|ぶらぶら歩き
ここで有名な剣豪が誕生 鹿島市

鹿島は あの塚原卜伝誕生の地

お墓も 鹿島神宮駅の北の方にある

剣豪というか 剣聖というか

ここに来るまで 知りませんでした


生涯一度も 負けたことがない

戦国時代 全国修行に三度出て

各地で 剣を教える

武田信玄 山本勘助 足利義輝など


1489年〜1571年の生涯なので

宮本武蔵とは 戦ったことがない

武蔵 1584年〜1645年

駅から 鹿島神宮へ向かう道の右側に

塚原卜伝の像が 北を向いて立っている


剣道は柔道と 比べられないほどの

古武道なんですね


帰り道 途中で左折し 小道へ

向こうで 若い人達が 集まっている

なんだろう

祭りの山車を 組み立てているのだ

9人ほどで 女性が二人

手を動かしているのは 二人だけ


どこのおじさんだと 思われているのは

目の表情から 読み取れる


仲町通りに出た

参道のひとつ横の 大通り

庶民の生活用品を 売っている 


ソフトクリームを売っているではないか

やったね

お参りをした 成果だ

店内は ふたりのおばあちゃんが 働いている

大判焼きも 売っているのだ

”ばななチョコ” を頼む

おいしそう

さっそく 一口

たまらんね!

写真よりも 食べるのが優先


この通り 閉まっている店が多い

人も ほとんど歩いてない

暑いからなのか?

それとも 茨城だから??


写真
塚原卜伝の像
鹿島神宮の祈祷殿
仲町通り
ソフトクリームの甘太郎


本日の行動記
家でぐったり

















 







2015/08/03 14:50:00|ぶらぶら歩き
武士の神を守る森は静かです 鹿島神宮

鹿島神宮の創建は 神武天皇の代に遡る

紀元前660年

日本神話の時代だ


藤原氏 源頼朝 徳川家康などの 崇拝を受けた

武神(武士の神)として

歴史には 出てこないが

神社の格式は 相当高い

鶴岡八幡宮とは 比較にならない


場所的に 交通が不便なのだが

昔は 水運で便利だったのかも

鹿島神宮駅から 歩いて10分の距離

坂を登ると 参道に出る

参道を歩いている人は

わたしを除いて ゼロです

暑いからですかね


参道では 駐車場を利用してもらおうと

呼び込みの人が 3人ほど

おばさんも 頑張ってます

だが 誰も入りません

大鳥居横の 駐車場へ

(神社には数か所の駐車場完備)


店も 開いていますが

お客さんはゼロ

参道を歩いて 参拝するなど

昔の話なんでしょうね

てっとり早く お参りをする時代


大鳥居の前へ

この鳥居 2011年の大震災で 倒壊し

2014年に 再建

従来は 御影石だったが

境内に自生の 500〜600年の

杉の巨木で 建てられたと

大きいです


両側は 杉の大木が 連なる

楼門が見えた

国の重要文化財

1634年 徳川頼房(光圀の父)が奉納

額は 東郷平八郎の直筆


左にある 手水舎で

手を清め 境内へ

子供も 頭を下げています

鹿島神宮の特徴は

正面でなく 右側に

拝殿 本殿が 存在

本殿は 1619年 徳川秀忠が奉納

色彩が 鮮やかです

修理をしているのだと 思いますが

両方とも 国に重要文化財


境内を 真っ直ぐに伸びているのが

”奥参道” で 流鏑馬が行われる

300m歩くと ”奥宮” 

徳川家康が 1605年 本殿として奉納したが

秀忠が 本殿を奉納したので

ここに移され 奥宮に

国の重要文化財です


私みたいに ただ手を合わせるだけでなく

作法に則り お祈りを捧げている方もいて

いや すごいですね

その気迫が


この 大木が連なる 森

ずっと歩くと 1時間以上は要する

涼しく 静かで

散策には もってこいの道だ

鹿島灘へは 3km

サッカー場へは 2.7km

行きたいが 時間がない


女子高校生が 3人 左の方から

自転車に乗り 話しながら来た

こんにちは と声を掛けてくれた

あわてて 頭を下げて こんにちは と言う

なんだか うれしくなりますね


写真
参道と大鳥居
楼門と境内
拝殿と本殿
奥宮と奥参道


本日の行動記
休養



























 







2015/08/02 19:42:00|ぶらぶら歩き
からだが暑い 冷やせ

茨城の 南部方面へ行った

前から行きたかった

鹿島サッカースタジアム??

No! No!

鹿島神宮です

それに 佐原 成田も

朝 5:20 家を出て

夕 17:50 帰宅


それにしても 暑かった

千葉で 34℃

水を飲んでも 汗は出るばかりで

体温は 下がらない

1時間ほどの ぶらぶらで

ぐったり

電車内の冷房が 神様のように


体力が 落ちたのか

ただの 夏バテなのか

何とも言えません

ま〜 熱中症にもならず

無事に帰ってきたので

”吉”とする

お賽銭もあげずに

ただ 手を合わせ

お願いだけしたのだが

効果が 有ったのか


写真
鹿島神宮駅
鹿島臨海鉄道(ディーゼル車)
大きな川 2枚
(川の名前が判りません)


本日の行動記
茨城〜千葉をぶらぶら


















 







2015/08/01 14:51:00|ぶらぶら歩き
根津の真ん中に根津神社 谷根千をぶらぶら

由緒正しい 神社のひとつ

1900年前に造られたのだと

本当かなという 思いはあるが

根津神社は

ここ下町の気持ちを表す 中心的存在


大きな森に 囲まれているわけもなく

下町の道を歩いていると 急に飛びだすのが

根津神社の鳥居

ここなのか・・・


神社の北方向には

多くの作家の住居跡が

夏目漱石 川端康成 林芙美子など

谷中と違い

お寺も 少ない


江戸中期に造られた 多くの建物が現存

戦争で焼けなかったのだ

楼門 唐門 拝殿は 国の重要文化財


境内は そんなに広くない

散歩で歩きまわるのは無理

ベンチに座って のんびりとは

これも無理

ベンチが少ない


隣にあるのが 乙女稲荷神社

外国の方が喜びそうな

朱色の鳥居が 連なっている



写真
根津神社の鳥居
楼門
唐門と拝殿
乙女稲荷神社


本日の行動記
自宅で避暑












 







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