60代 なるようになるさ!なんとかなるさ!なんとかするさ!

70代になったけど タイトルはそのままで
 
2016/03/25 14:57:00|ぶらぶら歩き
いよいよ宇津ノ谷峠にかかる 東海道53次

宇津ノ谷(うつのや)集落の 入り口

前に 若いカップルが 地図を見ながら

ゆっくり歩いている

ふたりとも 服装がカラフルです

何を 確認されているのでしょうか


わたし 追い抜きます

ちょっと軟弱な 男性だ

少し歩いて 後ろを振り返ったが

いなくなりました

どうしたのでしょう?


集落の案内板があった

そこを 左手に進む

ここが 宇津ノ谷集落


平安時代からあった集落だ

今は 40軒ほどが住む

町並みは きれいですね

道路はレンガつくりだし

家が旧いのでしょうか

木曽の馬籠のような雰囲気


わたし いつも思うのだが

なぜ この土地に住むのか?

明治・大正時代も

人々はこの集落を通過していった

東西の交通の要所だったのだ

だが 今は国道1号線からも外れ

ひっそりとした集落に

取り残されているのかも?


数分で 集落を過ぎる

階段を上がり

右手に行くと 峠への道に出る


ちょっと 左に行くと

集落を見下ろす 場所がある

山間の部落という 雰囲気が

ずっしりと・・・


おお 先ほどのカップルが

集落の中を 歩いています

元気がなさそう


さあ 峠に向かいます

本日のハイライトだ

ゆっくりとした のぼりです

地蔵堂跡を 過ぎると

あっさりと 峠に着いた

疲労感 ゼロ

ちょっと ガックリ


今 12:26

登り口から 8分だ

普通に歩くと 5分ほどでしょうか

本当に 峠???

たしかに 標識にそうある

幅は 1mほどかな

腰を下ろす場所もない

昼飯の計画だったが

みごとに 外れた


この峠 明治天皇も

馬で越えられたとある

すると

今 立っている場所に

何十万という人々が 

立ち そして歩いているのだ

そして ホットしたのでしょうね


下り道も 緩やかで

12:29 舗装道路に出た

12:36 下り終えました

ここは 藤枝市です


宇津ノ谷峠には 時代ごとに

トンネルが掘られた

1876 年(明治9年) 明治トンネルが完成

地元の有志が作った

1930年(昭和5年) 昭和第一トンネル

自動車の普及に合わせて

大正トンネルとも呼ばれる (開始が大正15年のため)

現在も 道路標識には 大正トンネルとある

さらに 
 
1959年 昭和第二トンネルが完成

さらに

1998年(平成10年) 平成宇津ノ谷トンネルが完成

今は

昭和第二トンネル(上り) 平成トンネル(下り)として

使われているだ

国道1号線は 通行量が多く

皆さん 飛ばしてますね



あの乙武さんが 不倫ですか! 

教育関係の仕事をしてた方が

”不徳のいたすところ” か?

なんとも言いようがない

これで 終わりましたね

講演の仕事は 来ないでしょうね

悔やまれます

わたしが 悔やんでも仕方ない



写真
宇津ノ谷集落
峠への道
宇津ノ谷峠


本日の行動記
休養と読書
(9時間も寝た、疲れが溜まっているようだ)











































 







2016/03/24 14:07:00|ぶらぶら歩き
京へはこの道しかない 東海道53次

静岡市から 藤枝方面に 歩いて抜けるには

この丸子宿から 岡部宿への 道しかない


南側の山は 東名高速の日本坂トンネル

       東海道線の 新日本坂トンネル

北側の山は 新東名高速の岡部トンネル

と トンネルばかり

海岸線は どうなのか

山が断崖絶壁になっていて 

海に落ち込んでいる

”親知らず” のような道も作れない


丸子川に沿って 山の間を抜け

宇津ノ谷峠を 越えて

岡部川に沿って 大井川平野に抜ける

これしかないのだ



丸子宿の 京方見附を過ぎて

山と山の間が 狭くなってくる

真ん中は 丸子川だ

その横を 国道1号線が走り

空いた所に 民家が並ぶ


二軒家の交差点で 国道をくぐり

山の方へ しばらく行くと

”誓願寺” がある

お寺は 1190年に創建だ


目的は お墓です

あの ”片桐且元” です

その夫婦の墓がある


ご存知のように

方広寺の鐘銘事件

「国家安康」の文字ですね

その弁明に 駿府城に向かったとき

宿泊したのが この誓願寺だ


豊臣家に仕えていて

最後は 徳川方になったのだが

淀君が この人の言うことに 従っていれば

歴史は 変わっていたかも・・・


国道に戻り

平成宇津ノ谷トンネルが 前方に

その前に 大きな歩道橋が

ここが 宇津ノ谷集落への入り口

国道を 車で走れば

まったく 気が付かないですね

この奥に 集落があるとは



2日前に ANAのシステム障害が起きた

こんなとき 大手の会社の社長さん

まず 第一声は

「どこの会社が作ったものだ?」

自社でなければ ホッ です

NETには

どこの会社が開発したものか

情報が出ています



写真
誓願寺
片桐のお墓
道の駅
宇津ノ谷集落入り口


本日の行動記
休養と読書











































 







2016/03/23 13:46:00|ぶらぶら歩き
ついにポツリポツリと雨が来た 東海道53次

安倍川橋を 渡る

川幅は広いが 水量は少ない

ここに 川渡し場はあったのかな?


橋を 過ぎたころから

ポツリ ポツリだ

ついに来たか

最悪の雨を 想定はしていたが

出来るなら 降らないで

小さい傘しか 持ってない

そのときは そのときだ


やがて 手越原の交差点

ここで 国道1号に合流

すばらく歩き 佐渡(さわたり)交差点

ここで 左手の道に進む

”佐渡の子授地蔵尊”

昔からの お地蔵さん


しばらく 歩くと 丸子宿(まりこしゅく)

右に山 左に山と

谷間の街道を 辿る


10:45 江戸方見附跡

丸子宿は 安倍川の川越(かわごし)の

権利を持っていたようです

認可が必要だったんですね

昔も 今も 同じですね


人口 795人 211軒の民家

旅籠 24軒 本陣1軒

小さな 宿場町ですが

鎌倉時代の前から 存在してた

1189年と旧い


きれいな 新らしい家が

なんだろう?? 観光施設?

表札に ”佐・・・”

な〜んだ 普通のお宅です

玄関の戸を 開けそうでした

でも 家の前には

宿場の説明が 1枚の木に

きちんと 書かれてます



本陣跡 脇本陣跡 を過ぎる

前方に 橋 それと 人だかりが

なんだろうね?


わかりましたよ

丁子屋(ちょうじや) と そのお客さん

その数 30人から40人ほど

こりゃ すごい

この田舎に よく来たものだ


元祖 丁子屋は

それだけ 有名なのだ

(元祖なのだ)

慶長元年(1596年) 創業

時は 安土桃山時代ですね


このお店は とろろ汁が有名で

安藤広重の 版画にも 書かれている

この お店の ホームページ

日本語 英語 中国語 韓国語と

Global ですよ

400年を超え 生き残るには

新しい風を 取り込まなくてはだね


10:57 なので

ちょうど 開店直前のようだ


お店の脇に

”十返舎一九” の碑がある

”けんくハする夫婦ハ 口をとがらして

鳶(とんび)とろろに すべりこそすれ”

東海道中膝栗毛の 一説ですかね

わたし 原文を読んだことがないので


だが このお店が

夫婦げんかの 舞台だったことは

間違いない

弥次さん 喜多さんは

しっかり 見てた



橋を渡って 二軒屋に向かう

誓願寺だ


道は いよいよ 谷間へ

山が迫ってくる

雨は 止んだ



写真
安倍川の橋、子授地蔵尊
丸子宿の跡
民家と一九の碑
丁子屋


本日の行動記
Gym
図書へ予約本を受取り























 







2016/03/22 12:04:00|ぶらぶら歩き
安倍川は餅でしょう 東海道53次

9:00ころ 静岡駅に着いた

休日だし 朝も早いのか

人は 少ないですね


2015.12.9 の終点 江川町交差点に向かう

9:16 ここから 歩き始めます

まず 呉服町交差点へ

そこを 右折し

ISETANの角を 左折

七間町交差点を直進し

二つ目の 角を右折


この角に あるのが

”Soccer Shop GOAL”

珍しいものが

サッカー試合が 看板になっている

メキシコ ワールドカップの

ブラジルvsイタリア

右端に 伝説の ペレ

イタリアは ファケッティ?

いかにも イタリアの守備陣て感じ

ブラジルが 4:1で勝って 優勝

1970年だから 46年前


こんどは 左手に

意味ありげな 女性の写真

なんだろうね??


こんどは 工事現場を 左折

目印がありませんので

唯一 工事が目印かな(笑)


真っ直ぐな道が 続きます

やがて 国道に合流する

この手前に 川越町があり

昔は 遊郭があったらしい


川の手前に あるのが

「石部屋(せきべや)」

安倍川まで 数十メートル


1804年 創業のお店

創業 212年ですか・・・

この年は ナポレオンが 皇帝になった年

伊納忠敬が 日本全国を測量中

大塩平八郎の乱(1837年)

黒船来航(1853年) より前


9:50 に着いたのだが

すでに Openしてました

10:00 開店なので

ラッキーって感じ


店内は 少し暗くて

由緒ある 旧い店内の雰囲気

お客さんは 親子連れと

男性2人のグループのみ


何を食べようかと

店内を 見回すが

書かれたものが ない

ん〜


奥から おばさんが出てきて

こちらの ケースにと

たしかに ありました

これが 安倍川餅かと


持ち帰りも 出来るようだ

でも 家内が食べるかな??

わたし 「すぐ出来ますか」

おばさん 「話してる間に出来ますよ」

店内で食べるのと 持ち帰り用では

作り方が違うようだ


安倍川餅一人前 600¥

床机に ザックを 下ろして

写真を 撮っている間に

出来上がりです


こし餡で包んだものと

きな粉と砂糖をまぶしたものが

5個ずつ 計10個

きな粉の上には 砂糖が


やわらかくて 箸でつまむと

くずれそうだ

もちの食感 きなこも良いです

餡は さっぱりして 食べやすい


また お茶がおいしい

さすが 静岡ですね


8分ぐらい 居ましたね

9:59 安倍川の橋です



写真
静岡駅・江川町交差点
Soccer Shop
石部屋
安倍川餅


本日の行動記
留守番(家内・義母は墓参)























































 







2016/03/21 21:03:00|ぶらぶら歩き
ポツリポツリの雨で峠越え 東海道53次

府中(静岡)より 西に向って歩く

計画では 島田宿まで

34kmほどの距離


だが 結果は残念に

藤枝宿と 島田宿の中間で

25kmほどに


朝の天気予報を 見ると

朝方は 雨が降っていた

午後も 曇りで

時々 雨が降るかもの予報

通常だと 中止決定ですね

だが 本日は 決行

レインウェアではなく 傘を持参

町歩きですからね


9:07 静岡駅

9:57 安倍川を渡る

11:16 誓願寺

12:05 宇津ノ谷集落

12:26 宇津ノ谷峠越え

13:04 岡部宿

14:28 藤枝宿

15:52 藤枝駅



写真
安倍川の橋
宇津ノ谷集落











 







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