幻塾庵 てんでんこ

大磯の山陰にひっそり佇むてんでんこじむしょ。 てんでんこじむしょのささやかな文学活動を、幻塾庵てんでんこが担っています。
 
2018/11/29 12:49:00|文芸誌てんでんこ
てんでんこ 第10号 「誕生日」完全版


誕生日
                  
平田詩織

何かを残したいと
こわばるあなたの顔に
何を彫ればいいのだろう
もっともしたしいあなたの紙片に
見知らぬひとの背骨を描かなければならない日に

生きていたことの
痕跡のような祈り
花の落ちる速度で
明日へ残りたいと
風を止める手
そびえる身体
言葉を閉ざすべきなのだろうか
何かでありたいのなら

あなたは
南に向いた梢に
こえをかける
声を駆ける
仰のいて舌をねだる
死をねだる
合歓の木の午後
轍のらせんがくるくると
降る、降りてくる
荷の底を抱きかかえ
花の種を噛みながら
足のない風に吹かれる
足のない旅人の手をひいて
草原に埋もれてゆくのは
あれはわたしだ

感情の束が水を吸い上げて
夜毎深い場所でひらかれる
ことばのかたちを、なくしたまま
にじむ青を深くする言葉の
その先を歩く人影に
いまは手を伸ばす

身体の尾根をつたい
おくぶかい光路をさがしてたどる
道なき道のゆきかたを
耳打ちしたその名を

彼は人差し指を伸ばして
わたしの唇の前に立てる
みちしるべのように
愛は示され
そしてためされている

木炭まみれの
黒い指先のひと
ここでひとりのときでも
いつもあなたを思う
光のように

光のように、すべて奪ってくれ
目の高さでゆれる
鈴生りの海
ふるえながら
はじめて咲く花のそば
まだかたちを成さない
やわらかな生きものの背が
やさしい速度で折れ曲がってゆく

こむらがえりをしようか
あなたのために
汗をかいて目をさます
とめどない官能が殴りかかってくるとき
毀壊する炎天から
絶ち消える南国の蝶の気配
赤と青の脈の美しさを鮮明にして
飛ぶように落ちてゆけ
最後の天使のように


 

手違いと行き違いが重なって、「てんでんこ」第10号掲載の
「誕生日」後半部分が欠落してしまいました。
ここに完全版を掲載し、平田詩織さんと「てんでんこ」第10号を手に取ってくださったみなさまにお詫び申し上げます。

「誕生日」完全版は、『現代詩手帖12月号』の「現代詩年鑑2019」
にも採録されています。







2018/10/24 14:33:00|文芸誌てんでんこ
「てんでんこ」第1号〜第10号総目次
「てんでんこ」第10号までに集った、20代から80代の40名余の作品


阿部晃士 第4号てんでんこらむ〈わからない〉

井口時男 第2号〜第4号 新旧の句帖から 冬/春&夏/夏&秋&冬
     句帖から 第5号 第6号(2014年) 第7号(2015年)
     第8号(2015年夏から秋) 
               第9号(2017年 付・連作「タバコのある風景」)
     第10号(2018年春から夏 付・無用の注釈)
    
     第3号 テキスト・クリティーク「せめて二十歳のその日まで」
     第4号 石原吉郎私記――「位置その他」
     第5号 人間の「条件」――石原吉郎私記(2)
     第7号 光部美千代さんを悼む
     第10号 自死とユーモア――西部邁の死について
     
     てんでんこらむ 第2号〈東北白い花盛り〉第3号〈季節に認識ありやなしや〉
     第4号〈貫く棒の如きもの〉第5号〈卵食ふ時口開く〉
     第7号〈草二本だけ生えてゐる〉第8号〈鼓膜の秋となりにけり〉
     第9号〈長子家去る由もなし〉
     第10号〈狂女死ぬを待たれ滅多矢鱈の〉

いまきりゑこ 第9号てんでんこらむ〈沖縄ことはじめ〉

上野火山 第8号 舞台「空にはきらきら金の星―落雀の候―」を終えて

エセ物語編纂人 第1号〜第10号 エセ物語《丙子》〜《辛卯》

大庭葉蔵 第8号 随想  第9号 斗南一人――会津人柴五郎の遺書をめぐって
     第8号てんでんこらむ〈アイダに立つ〉

粕谷栄市 第10号 亡霊 
 
川口好美 第9号 中野重治
     第10号〈内部の人間〉の革命――中野重治再考
     てんでんこらむ 第9号〈マニウケル〉 第10号〈僕の文学のふるさと〉

金栄寛 第3号 屏風
    てんでんこらむ 第2号〈アリアドネの糸〉  第4号〈テキスト動物園〉

許鎬 第8号てんでんこらむ〈日本語と私〉

齋藤由美子 第5号てんでんこらむ〈こどもの歌〉

佐藤亨 T・S・エリオット訳詩 第1号 荒地  第2号〜第4 四つの四重奏
    第5号 灰の水曜日  第6号から第7号 岩の合唱
    第8号 プルーフロックの恋唄  第9号 詩篇1920年
    第10号 詩篇1920年(2)
    てんでんこらむ 第2号〈タバコをやめた話〉 第5号〜第10号〈TORU写真館〉
    第9号〈原子力という共同幻想〉

関典子 第3号てんでんこらむ〈体内季節〉

高島易子 第9号 タワダヨウコ語のささやき
     第8号てんでんこらむ〈春子と修羅〉

舘野七帆 第8号てんでんこらむ〈消えたドジョウ〉

田中和生 第1号〜第7号 戦後文学と世界文学のあいだ――戦後文学の構造分析1〜7
     第8号〜第10号 郷士歌集1〜3
     てんでんこらむ 第1号、第3号〜第5号、第9号、第10号
     〈極私的なカブトムシの神話〉

田中さとみ 第5号 仙人現れる! 第6号 痰 第7号 ムカシトカゲ
      第8号 森に入ってめかくしをしたらクダアと鳴いた
      第10号 iomante
      てんでんこらむ 第5号〈東京のおばけ〉 第6号〈カメムシと豆まき〉
      第7号〈ニョロニョロ観察記〉 第8号〈野辺山にて〉
      第10号〈ソウセキの思い出〉

多和田葉子 第9号 魔の山の麓にて

知念明子 第6号〜第8号てんでんこらむ〈七月堂って何屋さん? 1〜3〉

千葉みずほ 第10号 夜の重力

綱島啓介 第1号〜第4号 ムーサン・カサイエの歌1〜4
     第5号 あぶく話  第6号 ありのままの話
     第7号〜第8号 ヘマを踏む1〜2  第9号 そら 
     第10号 ヘマを踏む3
     てんでんこらむ 第1号〜第9号〈ヨミカキコリカ〉

角田伊一 第8号てんでんこらむ〈たかが虫けら〉
     第9号 イザベラ・バードの軌跡――見逃されたもう一つの会津

角田悦哉 第10号 譜代屋敷始末

寺田幹太 てんでんこらむ 第3号〈天幕〉 第4号〈仏法僧鳥〉
     第5号〈アウエルバッハの魔術師〉 第6号〈南極の犬〉 第7号〈浅草のおなみ〉
     第8号〈津軽海峡〉 第9号〈天幕再訪〉第10号〈キャバレーニューキャッスル〉
 
鳥越覚生 第3号てんでんこらむ〈コシカケル人〉

中嶋美紀 第8号てんでんこらむ〈柳田國男が見た地球〉

長谷川萌 第4号 家路

平田詩織 第1号 隻影/愛  第2号 春黙し  第3号 花火  第4号 歌う人
     第5号 貝のために  第6号 光の家  第7号 春子  第9号 覚醒 
     第10号 誕生日
     てんでんこらむ 第1号〜第8号〈またたく〉

福田拓也 第2号 空洞行き着かない過程の中で伸びる鳥の
     第3号 全く別の言語に語と語のそのいくつかの波頭が
     第4号 海處行けば骨片の浜辺を磯傳ひ……

藤田直哉 第9号 《野》の人――室井光広論
     第10号 ドン・キホーテの憑依者たち テリー・ギリアム試論

松川好孝 てんでんこらむ 第6号〈懐かしい場所〉 第7号〈夕空晴れて〉
     第8号〈夜の八王子〉 第9号〈バカ尾根を登る〉第10号〈一冊の写真集〉

村松真理 第1号 ジャム  第2号 影の灯  第3号 甜瓜行  第4号 よあけのさんぽ
     第5号 誕生日の子供  第7号 夏の子供  第9号 庭の画帳
             第9号〜第10号 納戸物語
     てんでんこらむ 第2号〈箱の中より〉 第4号〈キツオンポルカ〉
     第5号〈さとがえりの記〉 第6号〈ジャンル?〉 第8号〈饗宴(ステイル・ライフ)〉
     第9号〈食べられるアイドル〉

室井廣一 第5号てんでんこらむ〈護身術としてのお掃除〉

室井光広 第8号 ワラシベ長者考 
     第10号〈帽子病〉の四十年――粕谷栄市ノート

本山洋介 第5号 曲走

森禮子 てんでんこらむ 第2号〈カンムリカイツブリ〉 第3号〈救済記〉
    第4号〈顔〉 第5号〈最初で最後のカラオケ 〉第6号〈クロの選択〉
    第7号〈小径〉 第8号〈素に立つ〉 第9号〈ともしび〉
    第10号〈火星に似合う花〉

山岸聡美/あき津/加豆美 第8号 桃の家一家オーガニックの旅

山本秀史 てんでんこらむ 第8号〈ある一冊の本を読んで〉
     第10号〈思考する自我〉

夜鷹市蔵 第8号 孤島句のゆくえ――齋藤愼爾論序説
     てんでんこらむ 第8号〈破局と月並〉第9号〈ひ・と・ご・ろ・し〉
     第10号〈文は孤ならず〉

吉田文憲 第1号 水辺にはいろとりどりの火が訪れている/この文字はだれの息をたど
     っているのだろうか/…………
     第2号 消点/生誕/さまよう息/その人は/倒れたところが/…………/
     レクイエム/弱い光 第3号 隕石が 第9号 dumbの影
     第10号 北の映像圏へ
     第4号てんでんこらむ〈記述の魔〉〈微妙な立ち位置〉

渡部純夫 第7号てんでんこらむ〈分校の頃〉

無署名 第1号 願文――「てんでんこ」創刊覚書に代えて
    てんでんこらむ 第1号〜第10号〈アリギリスの歌〉 第2号〈訪い〉
    第2号〜第3号〈昭和の短篇小説〉 第4号〈読書人心得?〉
    第6号〈快不快〉第10号〈カフカの遺書〉〈虎が石〉


「てんでんこ」第1号〜第10号は、七月堂オンラインショップで入手できます







2018/10/23 13:53:00|文芸誌てんでんこ
てんでんこ 第10号


老若男女の作品がてんでんこに集う《小さな文芸誌》の第10号が完成しました。

「てんでんこ」第10号の内容は……

亡霊········································································· 粕谷 栄市  2
<帽子病>の四十年――粕谷栄市ノート···························· 室井 光広  6
句帖から 2018年春から夏 付・無用の注釈······················· 井口 時男  14
ヘマを踏む(3)························································ 綱島 啓介  20
北の映像圏へ······························································ 吉田 文憲  28
ドン・キホーテの憑依者たち テリー・ギリアム試論············· 藤田 直哉  34
夜の重力································································· 千葉 みずほ  48
譜代屋敷始末······························································ 角田 悦哉  52
iomante································································· 田中 さとみ  70
自死とユーモア――西部邁の死について··························· 井口 時男  76
郷士歌集(3)··························································· 田中 和生  84
納戸物語···································································· 村松 真理  88
誕生日······································································ 平田 詩織 100
<内部の人間>の革命――中野重治再考···························· 川口 好美 104
T・S・エリオット『詩篇 1920年』(2)························· 佐藤 亨訳 118
エセ物語···························································· エセ物語編纂人 130
 
てんでんこらむ アリギリスの歌/一冊の写真集 (松川好孝)/火星に似合   
        う花(森禮子)/ カフカの遺書/キャバレーニューキャッ
        スル (寺田幹太)/狂女死ぬを待たれ滅多矢鱈の(井口時
        男)/極私的なカブトムシの神話(田中和生)/ 思考する
        自我(山本秀史)/ソウセキの思い出(田中さとみ)/
        TORU写真館 (佐藤亨)/ 虎が石/文は孤ならず(夜鷹市
        蔵)/僕の文学のふるさと(川口好美)


小さな文芸誌「てんでんこ」は七月堂のオンラインショップで入手できます。
バックナンバーも扱っています。
 







2018/08/02 11:54:40|事務長雑記
涼風


食事時間以外は、ひたすら睡眠業務に明け暮れる昨今、
散歩に出て写真を撮ったと、送ってくれた人がいるって!
 
指二本でつかまえて「記念撮影」して放したそうな。
このときに生れた句は、「てんでんこ」第10号に掲載されるらしい。







2018/05/07 14:42:31|事務長雑記
祝! 『をどり字』


『天來の獨樂』に続く、井口時男さんの第二句集


 第一に、俳句〈俳諧〉は「俗」に徹することで、「雅」という惰性化した支配美学に対する批評を敢行したのだった。滑稽や諧謔もその批評性の実践である。
 第二に、私にとってはこちらの方が重要なのだが、五七五を単立させた「もの云えぬ詩形」としての近代俳句は、作品化に際して、つねに意志的な切断を要する。この切断が批評である。俳句は、その詩形そのものにおいて、空疎な饒舌の時代に対する反時代的な批評なのだ、と思う。
 むろん、批評性の尖端には自己批評がなければならない。だが、俳句ではその自己批評が一番難しい。どれほど緻密な自己点検につとめても、詩形が短すぎて、読者への効果を測りがたいのだ。
 しかし、幸いなことに、俳句の批評は批評で終わるのではない。「創造といふものが、常に批評の尖頂に据つている」(
小林秀雄「ランボオT」)。創造は跳躍であり賭けである。本書に収めた二四四句、私の自己批評の尖頂で、いま読者に向けて跳躍する。うまく受け止めてもらえれば幸いである。
我が俳句ーーあとがきを兼ねて より 







[ 1 - 5 件 / 204 件中 ] 次の5件 >>