緑が丘通信「新しい二宮の風」

「二宮と湘南」の自然と 「オープンな二宮町議会をめざす会」を「美しい街・緑が丘」から新しい風にのせて発信します
 
2014/08/11 15:07:41|中年低山・山紀行
雲海の富士山、北岳の夜明け

肩の小屋は22時消灯、電気が4時につき5時に朝食。山波と雲海をオレンジ色に染めて日の出は4時55分、朝食を取ってから北岳山頂にピストンした。

肩の小屋から見えていた富士山にだんだん雲がかかって北岳山頂では見えなくなった。下山を始めた6時30分頃には霧に覆われてタイミングのいい登頂になりました。







2014/08/11 14:36:39|中年低山・山紀行
北岳に咲く花
お天気が曇りだったので花が蕾のが多かったのですが
色々な花が咲いていました。70〜80枚撮ったのですがほんの一例です。

北岳そうの他に黄色のホトトギス、白いナデシコが珍しく岩場に咲く山リンドウがきれいでした。







2014/08/11 11:40:08|中年低山・山紀行
ボラ仲間有志で北岳に行って来ました
 ボラ仲間有志で7日〜9日で(7日は現地入りするだけ)北岳に行って来ました。
白峰三山の縦走の10日を中止にし1日予定を切り上げ9日に下山しましたが
台風が近づく中、危惧しながら雨に降られる事も無く素晴らしい景色が見られました。
 
8日、広河原から大樺沢右俣コースで北岳肩の小屋泊、
北岳肩の小屋の手前で雨に降られ まだ午後1時30分でしたが小屋の中で
他の登山客グループと山談義や懇親会しながら雨、霧があがった時に写真を撮りました。
 
9日はガスる前に空身で北岳山頂にピストン、帰りは沢沿いの大樺沢コースを避け
暴風雨になってもいいように御池小屋コースで下山しました。
添付写真は北岳、8日の夕方と9日の朝の肩の小屋からの景色です。
以下、山行時間記録です。
 
8/8   広河原6:55→ 御池小屋分岐7:25→ 9:50大樺沢二俣10:15→(右俣コース)→ ?
小太郎尾根分岐?→ 13:30北岳肩の小屋(泊)
8/9   小屋5:40 →6:21北岳 ? →7:10小屋7:20 → 7:50小太郎分岐 →9:18御池小屋
9:35 → 11:50御池小屋分岐→12:10広河原山荘
 







原発で震災当時そのままの富岡駅、福島
  7月26日早朝出発で二宮から福島方面に被災地研修と棉農家支援(体験?)のボランティアバスを出しました。参加者31名で二宮町生涯学習センター(ラディアン)を5時25分に出発、富岡駅に10時過ぎに着きました。
 
「午前中は他団体が来るので二宮は午後に、、。」との事でいわき市でオーガニックコットン事業をやっているザ・ピプールの綿花の畑の草取り作業は午後からにして午前中は被災地研修にあてました。

富岡駅周辺は津波で突き抜けた家屋、地震で崩れた家、市街地近くの畑や田んぼにも津波に流された車の残骸がころがったままです。原発で非難した時に放置されたままの車、誰もいない無人の街、野積みにされた大量の除染の土嚢袋(フレコンバッグ;除染廃棄物容器)と震災から止まったままの厳しい福島の現実が広がっています。

富岡駅は2013年3月24日までは警戒区域だったため立ち入り自体が禁止されていましたが2013年3月25日、富岡町の「警戒区域」を「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」、「帰還困難区域」に再編、富岡駅周辺は避難指示解除準備区域となり(宿泊は禁止)立ち入りが可能になった。富岡駅は海がそばなので線量が低くなっていますがそれでもモニタリングポストで時間当たり0.364μSvありました。自分たちで地面を計測するとその倍近くあります。

写真は左からJR富岡駅構内にある慰霊碑、崩れ落ちたままの駅舎、駅前の津波で流されひっくり返ったままの車、民家に突っ込んだままのトラック。
岩手県や宮城県でどんどん消えて行く震災遺構が原発周辺はそのまま残っています。


 







福島に向かう二宮発着ボランティアバス

 福島に向かう二宮発着ボランティアバス、夏休みの始まった土曜日は首都高速は下り車線が渋滞していて我々の方も少しのろのろしたか所もあったがわりと順調にJR富岡駅に着いた。

3・11の震災から3年4か月立ってもそのままの富岡駅周辺を見てから浜風復興商店街に行った。お弁当を食べて急ぎ私は(弁当は全員分を「はたや」さんに事前予約)短い時間を久野浜海岸に行ってみた。津波で土台石だけになった敷地が草で覆われその向こうの海辺には嵩上げの堤防の工事が始まっていた。

バスは塩屋埼がある薄磯地区を通って
薄磯地区は当時266世帯761人の集落で、120人余の遺体が見つかり、10人前後が行方不明となっている。市全体の犠牲者296人の3分の1以上を占める。
いわき市沿岸は過去に大きな津波の経験が無く押し寄せた9メートルの津波に薄磯海岸は全滅した。
 
そして原発事故で双葉8市町村から24,000人がいわき市に避難した。いわき市は道路渋滞、病院やレストランが混雑、飲み屋、パチンコ店が大繁盛だそうです。広野町は町内に学校を開設し避難先のいわき市から往復2時間をかけてバスで子供達を学校に通わせているそうでなんともやりきれない。

写真はザ・ピプールの綿花畑で草取りをする二宮災害ボランティアネッワークの作業風景です。
帰りはSAでの食事休憩を取らず車内に買い込みし早く帰るように行程は以下になりました。

二宮町ラディアン出発5:25 ⇒海老名SA(5;50着・6:03発)⇒守谷SA(7;30着・7:49発)⇒四倉PA(9;35着・9:45発) 常磐道広野I.C.から楢葉町経由で原発20km圏内へ⇒
JR富岡駅(10;16着・10:48発 富岡駅舎周辺見学30分)⇒
浜風商店街(11;20着・12:20発 昼食お弁当・久之浜地区沿岸部津波被災エリア・検索いわき市久之浜町字糠塚15 久之浜第一小学校跡地・甘南さんと待ち合わせ同乗)⇒
塩屋埼灯台(12;49着・13:02発 美空ひばり歌碑など見学15分)⇒ ザ・ビプール (13:20着  〜15:33発 農業支援は休憩入れて約1時間半位の草取り、着替え)
⇒いわき・ら・ら・ミュウ(15:40着〜16:40発)お土産等で買い物支援と夕食の購入・いわき勿来ICから常磐道へ入る。⇒友部SA(15:40着〜16:40発)⇒(18:05着〜18:43発)⇒八潮PA(19:30着〜19:45発)⇒二宮町ラディアン着21時30分