★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2020/08/06|その他
☆ そよ風の妖精 ☆ [男と女の風景 55]
              2020年8月6日(木) 00:00時 更新 

  ≪皆さん、また、お詫び致します≫

 今回も、新作が書けませんでした。
 実は、何作か書き出したのですが、このコロナ禍で6ヶ月も自宅待機をしたため、今、電車や街の風景も、飲み屋の雰囲気も、空想で書けば嘘になりそうなのです。
 そのため、筆が先に進まないのです。
 しかし、なんとしても新作をと、頑張りますので、宜しく・・。
 また、今回もかなり古いバックナンバーですが、ご容赦の程・・。
                        橘川 嘉輝 拝

               
  我が家のベランダ・ガーデン


 今回は、もう何年も前に、他の鉢に飛び込んだ3品を、紹介します。
 これらは、買ったり譲られた鉢に、本命以外に紛れ込んでいたもので、名前は知りません。
 知っていましたら、教えて下さい。
 
写真・左・・不明 
 この草は50cmほどにも伸びていて、気がついたら、こんな丸いものをつけていました。
  これは花か実か不明ですが、多分、中は空洞でしょう。
 
  写真・中・・不明
 この草も、40cmほどに伸びて、こんな立派な花を咲かせています。
 確か、昨年にはなくて、今年初めて見たような気がします。
 
  写真・右・・不明
 これは、多年草の果肉植物で、高さは10cmほどで、秋には黄色い地味な花を先端につけます。
 ただ、ここまで密生させるには、5、6年はかかっています。



                                              [男と女の風景 55]
    そよ風の妖精

 由紀子は、七里ガ浜の海が見えるカフェで、独りコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
 土曜日の午後に、自宅に近い由比ガ浜から江ノ電に乗ってここまで、気分転換でやって来た。
 こんな晴れた日は、自宅で篭っているより、どこかで開放的な気分に浸りたかった。
  コンクリートの階段を二階に上がると、七里ガ浜の渚から江ノ島を見渡せるテラスに出る。そこは、床も囲いの塀も、荒削りな木材で作られていて、いかにもウッディな感じである。
 各テーブルの真ん中に、大きなビーチパラソルが立てられていて、その日陰で椅子に座っていた。

 早春の陽光と、そよ吹く海風に、贅沢な時間が流れていた。
 離れた席にカップルがいて、盛り上がっていたが、由紀子は興味なさ気に軽く見ただけだった。
――ああ、このそよ風って、いいな。
  髪が揺れて、頬をかすめていく、この感触よ。

  そう、そよ風に、なぜか懐かしさを感じるのよね。
  これって、子供の頃からだよ。なぜかな。
 ふと、顔を上げて海を見ると、逆光で波間がキラキラと輝いて眩しかった。
――ああ、あんなふうに、笹波が太陽の光を反射するのか・・。
  江ノ島が、光の彼方にドーンと座ってるよ。
 由紀子はそんなことを思いながら、また読書に入りこんだ。

「早坂先輩」
 突然、そう呼ばれて、由紀子はふっと見上げた。
 お店のボーイなのか、赤い前掛けをして、赤い小さなハンカチを頭巾にかぶった男がいた。見るからに二十歳ぐらいの若い男の子だった。
 だが見たこともないし、初対面の男である。
「なんで、私の名前を知ってるの・・」
「はい。先輩が三年前、母校の鎌校に来られて、文化祭で読み語りをしましたよね。あれを聞いて、僕は衝撃を受けたんです」
「あら、そんなことあったかしら」
「僕は覚えてますよ。もう暗記もしています」
「なにを」

すると、若者は直立不動の姿勢を取った。
≪神はどこへ行った。
 この世の不条理を放ったらかして・・。
 あなたを信ずる者に、苦難を残したまま・・。
 ああ、裏切ったのは、あなたです。
 自分の試練、自分の修行だからと、頑張ろうとしたのに、
 あなたは、私のハートから消えた。
 でも、感謝します。
 私は、私の孤独に目覚めましたから・・≫
「アア・・、それって、あったね。でも、なんで、そうまで覚えてるの・・」
「はい、その文章を書いたノートに、先輩がサインをしてくれて、そのページを引き千切ったのを、僕はもらったんです」
「ああ、あの時の男の子かぁ」
「ええ。あれからずっと、先輩に憧れてました」
「ありがとう。嬉しいな」
 だが由紀子は、好意を持たれていることより、あの内容に共鳴した若者の心情が気にかかった。
――この子には、なにかがあったのよ。
  だって、神との決別だよ。
「あっ、僕、用事がありますので、後で時間を下さい」
「ええ、いいわ。では休憩は」
「三時から、一時間」
 ボーイは足早に去っていった。

――孤独、か。
  そんなのを、強烈に意識した時もあったね。
  『あなたは、これからは独りぼっちよ』って、自分に言い聞かせたんだ。
  そう、両親が離婚した時よ。
  あの時は、 悲しかったなぁ。
  どうしようもなく哀れだった。
  パパが、通信社の特派員で、世界中を駆け巡っていたから。
  帰ってくるのは、年に数回で、しかも数日だけ・・。
  だから、ママは不倫をしたんだ。
  でも、なぜ、バレたのかな。
  大喧嘩の末に、ママは出て行ったのよ。
  『あなたも来る』って聞かれたけど、ここに残るって言ったんだ。
  だって、あの時は、まだ中二よ。
  私、ママが不潔に思えて、許せなかったの・・。
  それから何日も、寝る時にベッドで泣き腫らしていたのよ。
  でも、ある日、泣くことの空しさを知ったの・・。
  人に頼らずに淡々と生きていこうと、決めたんだ。
  それ以来、お婆ちゃん子で育ったの・・。

 由紀子は三時前に精算を終わると、134号線を渡って、海岸へ降りて行った。
 砂浜に座って、海を渡ってくるそよ風を感じながら、ぼんやりと打ち寄せる波を見ていた。
 眩しい陽の光を浴びた浜の砂地は暖まっていて、由紀子も心地のいい気だるさに浸っていた。
 海は小さな波だったから、いつものサーファーはいなかった。
「お待たせしました」
 背後から駆け寄ってきた若者は、声をかけると隣に座った。
「遅れて、すみません。今、急いで賄いを食べてきたんですけど・・」
 見ると、男は丸坊主だった。
「おお、そのスキンヘッド、いいですね。なに、修行中なの・・」
「それほどではないんですけど、時々、報国寺で座禅を組むんです」
「あなたの名前、お住まいは」
「ええ、名前は三田光一、住まいは佐助。駅まで七分です」
「そうか。私は、由比ガ浜の鎌倉文学館の手前」
「でも、会えて良かったです。本当に偶然ですよね」
 由紀子は海を見詰めたまま、応えなかった。

「ところで、三田君、あの朗読に衝撃を受けたって、なぜ・・」
「あの時は、母を交通事故で亡くしてから、半年後でした。神は全能だから、暴走した車を止めることが出来たはずです。それなのに、母を見殺しにした。それって、不条理でしょ」
「そうか。そうだよね」
「ドラッグをやっていたドライバーが悪いけど、でも、だからこそ、神は母を救うべきだった。全能の神は、試練という偽善で、僕を悲嘆の底に突き落としたんです」
 由紀子は、悲しい気持になって、溜息を漏らすしかなかった。
――余計な慰めは、言いたくないな。
  言ったとしても、なんの意味もないよ。
  今は、ただ寄り添って、聞いていてあげるだけ・・。
「僕は小学生の頃、雪ノ下教会で洗礼を受けました。日曜のミサには、母と毎週、礼拝に行ってました。なのに、最愛の母を見殺しにされたんです」
「・・・」
「だから、神を信じなくなった反逆者には、孤独しかないんです」
――そうだよ。自分の孤独を抱いて生きていくしかないのよ。
  誰かに知ってもらおうなんて、思ったらダメよ。
  いいの。自分が納得できるまで、頑張り通すの・・。
  ああ、だから君は、今、座禅で自分と向き合ってるのか。
  自分から逃げない、その姿勢は美しいよ。
  そっとハグしてあげたいけど、本人は喜ばないだろうな。
 由紀子がさりげなく見ると、三田は寂しげに遠く江ノ島を見ていた。
――ああ、これが孤独の風貌だよ。
  それにしても、透き通ったいい顔をしてるね。
  そう、私もそうだけど、自分を見つけようね。
  さあ海風さん、あなたに吹かれるままに、ゆったりと流れていくよ。
  どこか、未知の世界に連れてって・・。

「三田君、好きな女の子はいないの」
「ええ、いません」
「あら、素敵なイケメンなのに」
「僕は、いっぱい声をかけられました。でも、ミーハーはダメなんです」
「どうして」
「アイドルの追っ駆けって、自分にないものを他者に求めてるでしょ。でも、人間は本来、自分になにかを追い求めて、自己実現をすべきなんです」
「なるほど、いいこと言いますねぇ」
「だから、そんな自己矛盾は許せない」
「そうか。三田君は自分に厳格なんだね」
――そうよ。自分の頭が混沌としている時って、
  自分に合わないものを、先ずは拒絶するの。
  そうやって、余計な邪念を削ぎ落としていくのよ。
  そうしたら、自分の中になにが残るのか。
  孤独を求める者は、それがなにかを見たいのよ。
  でもね、実は、なにも残らないの・・。
  そう、なにも・・。それが虚無よ。
  私の青春も、そんなだったな。

 それから、由紀子は江ノ電で由比ガ浜に戻ると、一旦、自宅に帰った。
 そして、自転車に乗って、市役所の前にあるスーパーに買い出しに出かけた。
 肉や野菜や果物、さらにインスタント食品とか調味料など、一週間分の食材を買い込んだ。
 荷台のカゴに大きなビニール袋を入れて、重たそうに坂道をゆっくりと上がってきた。
 玄関を開けると、ドサッと投げ出して、フーと大きな溜息をついた。
 独り暮らしだから、誰に声をかけるでもなかった。
 由紀子は、ただ淡々と、自分の生活を続けていた。なんの驚きも、なんの喜びもない、そんな平穏な日々を過ごしていた。
 土曜日は午前中に洗濯を済ませておき、夕方にかけて料理をする。しかも、一週間分の朝食、昼食のおかず類である。
 出来上がると、タッパーに小分けにして、冷凍する。
 冷凍庫にはジャンル別に整然と並べて置くから、数え切れないほどの在庫がある。

 一段落したところで、由紀子は恒例の土曜日ひとり晩餐会の準備に入った。
 今日のお摘みは、チーズの盛り合わせで、カマンベールやブルーチーズなど、お好みと気まぐれでお皿に盛りつけた。
 次に、フライパンで野菜炒めを作りながら、太いフランクフルトを一本、放り込んだ。
 それから、赤ワインをグラスに注ぐと、独り乾杯をした。
 由紀子は、「ああ、今週も頑張ったね」と、自分をねぎらった。
――そうだ。今日は前夜祭なのよ。
  そう、明日、28歳の誕生日なんだ。
  でも、アナタ、もうこんな歳よ。この先、どうすんの・・。
  今のままで、風に流されるしかないよね。
 由紀子はフォークをフランクフルトに突き刺すと、思いっ切りガブリと喰い千切った。
 
 早坂由紀子は、新橋にある広告代理店の製作部門で働いていた。
 企業や飲食店のPR用の月刊誌で、その編集を担当していた。
 現場の各担当者から上がってくる写真やコピーを、見栄えよく紙面にレイアウトする仕事である。
 だから、締切りに間に合わすために、遅くまでかかるし、徹夜になることもあって、勤務時間は不規則になってしまうのだ。
 しかも、毎月、営業でクライアントに出向いては、≪お客様訪問≫の2ページ記事を任されていたから、多面的で活躍していた。

――でも、今の仕事は面白いし、没頭できるからいいのよね。
  そう、自分の性に合ってるのよ。
  まぁ、今となっては、これしかないけどね。
  でも私、骨太で生きていくよ。
 由紀子は、お皿に盛り付けた野菜炒めに、箸をつけるとほうばった。そして、味付けに満足すると、独りニコッとした。
――私、結婚する気はないからさぁ。
  でも、プロポーズされたらどうしよう。
  多分、断るかもね。
  いや、きっと、その前に、近づく男を無視するよ。
  そうだね。私、男を絶対に近寄せないよ。
 あれこれ考えているうちに、赤ワインのボトルは、もう半分以下に減っていた。

 ふと思い出したように、由紀子はバスルームに行くと、手荒くシャツを脱ぎ、ジーパンを脱いだ。
 そして脱ぎ捨てたシャツや下着を洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びた。
 いきなり頭から温水を浴びると、シャンプーで髪をゴシゴシと洗いだして、その泡を全身にぬめらせた。
 手で乳房を入念に洗い、全身を擦って、全身をシャワーで洗い流した。
 バスルームから上がって、タオルで拭くと、下着を着けずにワンピースの部屋着だけを着た。
 それから髪をドライヤーで乾かすと、スキンケアだけをして、スッピンのままキッチンに戻った。
 それを惰性だとは思わないが、こんな、なんともない日常の、なんともない行動を無意識にしていた。

 そして、ボトルとグラスを持って居間に移ると、またワインを飲みだした。
――この、ほろ酔い加減のシャワーも、いいのよね。
  なんか、俗世間の垢を流してくれるみたいでさ。
  そう、自然のままの自分に戻れるの・・。
  こんな感覚、それが気持をリフレッシュするのよね。
 掘り炬燵のテーブルの前で、座椅子に座って、のんびりとだらけていた。
 独り暮らしの部屋は、殺風景なほどに整理されていた。
 壁には牡丹の日本画が架けられていたが、あとは茶碗棚と古ぼけたテレビがあるだけだった。
 由紀子は、ほとんどテレビを見なかったし、新聞も取っていなかった。
 元々、政治や経済には興味がなかったし、事件など社会の出来事も知らなかった。

――ああ、流れ星が堕ちていくよ。
  そう、自分の全てを燃やし尽くしてさ。
  最後は、宇宙の塵になってしまうのに・・。
  あっ、違うな。
  全てが蒸発して、気体になるのよ。
  そう、姿、形をなくしてね。
 由紀子は座椅子に寄りかかって、まどろみながら、そんな取り留めのないことを考えていた。
 ワインでいい気持に酔ってきて、目がトロンとしてくると、妄想する言葉が浮かんでくるのだ。
――人間だって、そうだよ。
  偉そうに自己主張をしていても、最後は気体よ。
  生きていた痕跡なんて、なにも残らないの。
  どんなノーベル賞をもらっても、地球が破滅したら、名誉も残らない。
  それが、どうにも出来ない究極の限界よ。
  そう、昆虫と同じなのよ。
 ふと気がついて見ると、グラスは空だった。
 おぼつかない動作で、テーブルのボトルを掴むと、グラスに注いだ。
 そしてまた、独りグラスを煽った。

――お婆ちゃんが亡くなってから、何年経つかなぁ。
  大学四年生だったから、もう六年か。
  あれから、ずっと独りだよ。
  精神的にも、日常生活もね。
  でも、いいの。それが私を取り巻く日々よ。
  飄々と、そう、そよ風のように・・。
 由紀子は、ふと無意識に吐息をついていた。
――そうそう、あの時は、人生最大のパニックだったね。
  友達と東北に旅行して、夜の遅い時間に帰ってきたの・・。
  だから、お婆ちゃんに声もかけずに、お風呂に入って寝てしまったのよ。
  ところが、翌朝、九時ごろ起きた時、お婆ちゃんは起きていなかった。
  こんなこと珍しいなと、部屋を覗いたら、穏やかな顔で眠っていたの・・。
  でも、静か過ぎたから、そっと傍に寄っていったのよ。
  そう、あの時は、もう息をしていなかったんだ。
  体を激しく揺すっても、そう、何度やっても、反応しなかった。
  あぁぁ、お婆ちゃん、死んじゃったぁ、って、呆然としていたんだ。
  そう、それからどうしようと思った時、
  気持はパニックなのに、頭は空っぽだった。
  かなり経ってからだよ。ふと、思いついたんだ。
  そう、父の同級生の山田さんを・・。
  それで、電話をしたんだ。
  そう、時々、家に来ては、父とお酒を飲んでいたから・・。
  直ぐに来てくれて、あとは全部やってくれたんだ。
  警察署や葬儀屋への手配やら、海外にいた父への連絡も。
  でもあの時、父はアフリカにいたのよね。
  だから、結局は、お葬式には間に合わなかったの。
 もうかなり酔い始めていた由紀子は、また大きく溜息をついた。

――そうだよ。あれは、旅行に行く一週間前だったね。
  お婆ちゃんが、小物を入れる木の箱を、食器棚から取り出したんだ。
  『家が火事になったり、私になにかあったら、さ。
  重要な物はここにあるからね』
  そう言って、引き出しを開けると、中は二重になっていた。
  その開け方も、秘密のカラクリが隠されていたの・・。
  そして、貯金通帳や土地の登記簿や、印鑑もあった。
  あれって、死ぬのを知っていたのかなぁ。
  だって、秘密の重要書類だったから・・。
  でも、優しい人だったな。
  余計なことも言わずに、ただ黙って見守ってくれたの・・。
  ヘマをしようと、ワルサをしようと、いつも微笑んでた。
 すると、ケータイにメールのコールがあって、見ると、父親からだった。
  由紀子、元気してるか。来週末に、帰国する。 健史 
――ああ、3ヶ月ぶりだね。
  パパ、会いたいよ。
  でも、無事そうだから、それがなによりだね。

 次の週の月曜日、由紀子は、仕事に余裕が出来た三時頃に、船田のデスクに出向いた。
 同じ職場の船田は読書マニアで、本を週に3冊は読む。だから、由紀子は、船田の読み終わった本を借りに出向くのだ。
 船田も、もう慣れたもので、その週に読み終わった本をデスクに積んで置いてくれる。少々のコメントを聞いてから、1―2冊を借りてくるのだ。
 ところが、船田は突然、かつてないことを言い出した。
「由紀ちゃん、今晩はお酒を飲みたいんだけど、付き合ってよ」
 読書しか興味がないと思っていたから、由紀子は内心、驚いた。
 
 そして、その晩、船田が連れて行った焼き鳥屋は、なんと、職場の皆がよく行く、いつものお店だった。
――この店は、安心ではあるけど・・。
  船田さん、もしかして、ここしか知らないのかも・・。
  やっぱり、読書マニアなんだよ。
 ビールをジョッキで乾杯して、さぁこれからなにが始まるのかと、由紀子は身構えた。
 だが、ノッペリとした顔の船田は、その表情も変えずにジョッキを煽っては、時折、由紀子を見るだけだった。
「船田さん、今日は、なにがあったんですか」
「ウーン、もう忘れたから、いいよ」
 船田は、そう言うと黙りこんで、ただビールを飲むだけだった。
「それより、いつも気にかかってるんですが、船田さんは、なぜ結婚しないんですか」
 由紀子は、あえて話題を変えた。
 突然の質問に、船田は由紀子をジッと見詰めたまま、考え込んでしまった。

「僕はね、実のことを言うと、好きな女性には、ストーカーになっちゃうんだ」
「えっ、船田さんが」
「そう、独占欲が強いのかも・・。だから、相手が今どうしているかって、気になって、追いかけてしまうんだ」
 由紀子は、話題を逸らすつもりだったが、思わぬ答えが返ってきた。
「僕は高校時代、初恋の人を自宅まで、つけたけたことがあるのよ。それで後日、『メル友になってくれませんか』って、お願いしたら、『あの日、私の家までつけて来たでしょ』って。それでお仕舞い」
「よっぽど、その人が好きだったんですね」
「そう。でも、片想いだった。でもね、僕はまた、大学でも同じことをやってしまったんだ。しかも、この会社に入ってからも、やりそうになった」
「エエッ、船田さんのイメージに合いませんよね」
「いや、実はストーカー病なんだよ。だから、読書に埋もれることにしたんだ」
 由紀子はどう応えたらいいか、絶句していた。
――そうか。それで読書マニアなのか。
  でも、自覚しているだけ、いいよ。

 それから、お代わりのビールが来て、改めて乾杯すると、船田はまたあらぬことを言い出した。
「由紀ちゃんね、僕はね、実は君が好きなんだ」
「エエッ、本当ですか」
 由紀子には、まさかと思った。
 船田を先輩として、仕事では高く評価していたし、穏やかな人柄にも好感を持っていた。
 だが、ストーカーだと言われたら、なんとも言えない精神的な異常さを感じてしまった。
「そう、僕は、本当に好きなんだ」
――やっぱり、まさかだよ。
  そんなことって、あり得ないでしょ。
「でも、もし仮に結婚して、仮に専業主婦で家にいたとしたらね。僕は君が気になって仕事が出来ないだろう、って、思ったんだ」
「そんなに病的なんですか」
「そう。だから僕は、プロポーズはしない。こんな自分を、自分で癒していくしかないから」
「あぁぁ、そうですか。船田さんも孤独なんですね」
――そうか。世の中には、こんな人もいるんだ。
  こんな自分を、自分で抱いていくしかない人が、ね。
  なんで好きになってくれたのかは、判らないけど・・。
  でも、自分の秘密を、船田さんはカミングアウトしたんだよね。
  それって、すごい覚悟だし、勇気なんだろうなぁ。
「船田さん、プロポーズをしてくれなくて、私、感謝します」
「エッ、なんで」
「だって私、主婦にはなれない女ですから」
「そうか。お互いに正常と異常の境目をさ迷っているのかもな」
――ああ、またか。
  私に近づくのは、こういう人ばっかりだよ。
  どうしてなのかなぁ。
 由紀子は話をする気力も失って、ただビールを飲むしかなかった。
――ああ、人って、なにか重たいものを引き摺っているのかも・・。
  それを痛烈に意識する人が、お互いに臭いをかいで集まってきて、
  そう、お互いに助けを求めてるのかも・・。
  ああ、私だって弱い女よ。気持はもうボロボロなの・・。
  でもね。仲間にも、群れにも入りたくないのよ。
  だって、私は私だから。

 次の土曜日、朝に父親から一緒に夕食をしたいから、5時に鎌倉駅で会おうと、メールが来た。
 それから、由紀子が駅前で待っていると、父親は笑顔で近寄ってきて、お互いにハグをして無事なのを確かめた。
 だが、いつもは強く抱しめてくれて、いつも再会の感動があるのに、今日の父は違っていた。
 なにか変だなと思って、ふと見たら、中年の女性を連れていたのだ。
 見ると、黒のスーツが似合っていて、インテリの知性を感じさせた。
――あっ、素敵な女性だな。
 由紀子は、なぜか尊敬してしまう人だと、直感的に思った。
「こちらは、最近お付き合いをしている宮本さん。同じ通信社の報道特派員でね」
 突然、そう紹介されて、由紀子は面食らってしまい、腰を引いてしまった。
「宮本紀子です。宜しく」
 そう言われて、成り行きに合わせて、ただ「娘の由紀子です」と言って頭を下げた。
――なんで突然なのよ。前もって言ってよぅ。
  ぎこちなくて、変な顔してたでしょう。
 由紀子は気分がブルーになって、二人の後を重たそうについていった。いつもなら、腕を絡めて、軽快に歩いているのに、なぜか悲しかった。

 それから小町通りのレストランに入っても、由紀子は打ち解けなかった。
 テーブルを挟んで、二人は並んで向かい側にいた。
 親子の二人なら気にはならないが、独りで座る由紀子には隙間風が吹き抜けていくようだった。
 ビールで乾杯しても、作り笑いで相手に合わせるだけだった。
――パパ、あなたがなにをしようとも、勝手よ。
  だから、この女性とお付き合いするのも自由だし、とやかくは言わないわ。
  でもね。私の心情は、大切なものをひとつ、失くしたって感じだよ。
  だから、お願い。娘への愛情だけは残しておいてね。

「あのさぁ、宮本さんとは、昔っからの友達でね。でも、彼女は政治・経済が担当だから、すれ違いばかりでね。1年に一度、見かける程度だったよな」
「そうですね。大先輩とはジャンルが違うんで」
「それでね、この人はずっと独身」
「ああ、そうなんですか。やっぱり世界を相手にされる方って、違うんですね」
「僕だってそうだよ」
「あら、パパは男でしょ。でも、女性はもっと選ばれた人なの・・」
「ああ、そうか・・。確かに、宮本さんは優秀で、尊敬できる人だよ」
 由紀子は気持は落ち込んでいたが、自分にムチを打って、出来るだけ陽気に振舞っていた。
「でもな、僕たちは結婚はしないんだ。一緒の時間なんて、めったにないからね。だから、ずっと友達で・・」

「早坂さん、次はどこへ行くんですか」
「次はウクライナだって・・。昨日、局長に呼ばれてさ」 
 それを聞いて、由紀子はエッと思った。
「現地では、事態が急変してるから、明日にでも出発してくれって」
「では、準備を急がないと」
――なぁんだ。パパは昨日、帰国してたんだ。
  鎌倉に帰らずに、きっと、この人の所にでも泊まったんでしょう。
  まぁいいよ。男と女になったんでしょうから・・。
  私も子供じゃないし、とやかく言う立場ではないし・・。
  でも、そうだとすると、昼間は二人で鎌倉見物でもしてたのかな。
  そうか。パパもやるなぁ。
  まぁ、その元気があれば、長生きするよ。
  そう、幸せそうで、いいよ。
「そんな訳で、由紀子さぁ、悪いけど、今日はこのまま東京に戻るから」
「アッ、そうなんだ。まぁ、一応、部屋は掃除をしておきましたけど・・。判りました」
「すまんな。それで由紀子は、仕事とか、生活には、問題はないんだろう」
「ええ、平穏無事そのものです」
「そうか。では、また。元気でな」
 食事を終わってから、鎌倉駅まで送って、サラッと手を振った。
 由紀子は、二人が腕を組むのを見届けると、そのまま黙って背を向けた。
――チョッと、寂しいけどね。
  でも、仕方がないよ。
 土曜日とはいえ、もう夜の七時を過ぎると、観光客も少なくて駅前広場は閑散としていた。

 由紀子は、小町通りの裏で友達がやってるレストランにでも、久々に立ち寄ろうかと思った。
 落ち込んだ気持を振り払うには、他にいい手立てが思い浮かばなかったのだ。
 すると、「早坂さん」と声がかかった。
「お久しぶりです」
「あぁ、三田君かぁ。どうしたの」
「今日は、バイトが早く切りあがったんで、焼き鳥でもと思って・・。どうですか。ご案内しますよ」
「そうかぁ。今、食事を終わってね。お腹はいっぱいなんだけど、少し飲みますかね。ただし、今日は私のおごりよ」
「ワァー、いいですね。でも、本当にいいんですか」
「なにを言ってるの。私はれっきとしたOLよ。バイトのあなたよりは稼いでいるの・・」
 三田は、ジーンズにハーフコートを着て、いかにも若者のままだった。

 お店に入ると、若大将から三田に「おお、珍しいな」と、声がかかった。
「ご無沙汰してます。前回はご馳走さまでした」
「ああ、あの焼き鳥丼か。美味しかったろぅ」
 そんな会話を交わしてから、二人はテーブル席に着いた。
「あの人、同級生の兄でしてね。時々、おごってくれるの」
「そうか。鎌倉って狭いからね」
 二人はチューハイで乾杯すると、いきなり三田が覗き込んできた。
「先輩、僕、大学を辞めようかなって」
「なに、どうしたの」
「授業は面白くないし、友達はいないし、頭の中は錯乱してるし・・。もう、どうしようもないんです」
「そうかぁ。そんな追い込まれる時って、あるのよね。でも、脱出できるよ」
「そうですかね。八方塞りの見えない壁で、もう、気が狂いそうなんです」
 三田は、眉間にシワを寄せると、泣きそうな声で呻いた。
「そう、そういう局面もあるのよ。でもね、強い意志を持てば、必ず打開できるよ」
「そうかな」
 三田は不安そうに目をしばたくと、下を向いてしまった。

「あのね。これは、私の意見よ。決断して実行するかどうかは、あなたの責任よ」
「ええ、いいですよ」
「あなたはね、今、自分を追いかけているけど、自分が見えてないのよ」
「ええ、まったく自己喪失なんです」
「だったら、発想を変えて、他人と比較して自分はどんな人間か、って、客観的に眺めるのよ」
「発想の転換ですか」
「そう。あなた、鎌校の文芸部だったでしょ。だったら、大学で文芸サークルを探すの・・。そのメンバーと議論して、他人の意見を聞きながら、自分を探していくのよ」
「そうか。自分探しとは、他人との比較なんですか」
「そう、あなたと同じように、深刻に悩んでいる人は、いっぱいいるから」
「エッ、本当ですか」
「ええ、多分ね。だって、若者は悩むからこそ、人格が形成されるのよ。だから自分が最悪だとか、悲惨だとかって、思わないこと。同類は、いっぱいいるのよ」
 三田はなにかが見えてきたのか、由紀子を見る目線に生気が滲み出てきた。
「そうか。僕、他人との相対比較で、自分探しをやってみます」

――そうだよね。私だって、そんな時期があったもの。
  行き場を亡くして、路頭に迷って・・。
  そう、座り込むことも忘れて、ただ呆然としていた。
  救ってくれたのは、友達だった。
  厳しい意見を言われて、激論を交わして、
  それを何度も繰り返して、やっと自分が見えてきたんだ。
  みんな、人柄は優しいのに、ご指摘はシビアーだったなぁ。
  そう、私が今あるのは、仲間たちのお陰だよ。
  感謝だなぁ。
「早坂さん、どうしたんですか。急に黙ってしまって」
「ううん、なんでもないよ。ただ、昔、そうだった自分を思い出したの」
 由紀子は自分の思い出を遮られて、チョッとすねた顔になった。
「あっ、そうだ。私、用事があったよ。ごめん、帰らないと。お金は払っておくから・・」

 由紀子は、小町通を歩きながら、あの男を思い出していた。
――そう、サークルの顧問だった城の内さんよ。
  仏文の准教授でさ、髪の長いイケメンだった。
  あの時は35才で、独身だと聞いたな。
  サークルの仲間同士では、いつも激論を交わしていた。
  彼は時々顔を出すと、いつも黙って聞いていた。
  ある時、『ご意見はどうですか』と聞くと、
  『どちらにも、一理はあるけど、
   でも、どちらも、相手の意見を聞いていないんだよな。
   だから、相手の真意を理解できてないのよ。
   なんのために、君たちは意見交換をするのかね。
   それは自分を知るためでしょ。
   だから、相手になにを感じて、なにを学ぶか。それが大切なんだよね。
   その自分への謙虚さが、ほしいんだよな』
  そう、皆、自分探しの途中なんだから、もっと謙虚になれって。
  あれは、目からウロコだったな。
  もう、それで私、彼が好きになっちゃったんだ。

 次の日曜日、由紀子は月に二回ある鎌倉彫の教室に出かけた。
 もう五年も通っていたから、腕前も上達して、かなり出来るようになっていた。
 だから今は、かなり手の込んだレリーフを手がけていた。
 由紀子は、師匠や先人の作品を参考にしながら、自分独自のイメージを形にしたかった。
 およそ鎌倉彫にそぐわないけど、キューピッドがマリアの周りを舞う、そんな森の精霊たちを製作したかった。
 この作品に取り掛かってもう三ヶ月になるが、毎回四時間くらいかけて、じっくりと彫り上げていった。
 そんな様子を、なに気に見ていたのが、教室で、アシスタントをしている狩野という中年の女性だった。
 狩野はいつも地味な服装だが、ストールやショールはピンクが多く、花柄もあって、それが上品さを感じさせていた。
 由紀子は、いつも様々なアドバイスをもらっては、元気付けられてもいた。

                                           − つづく −


 





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