★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。  人は誰しも、ファザコン、マザコンによる願望があり、それを達成する行動をとります。その生まれ、育ちで、パーソナリティが形成されて、その体験が、深層心理やトラウマとなります。  そんな男と女が出逢って、その心の奥底から求め合う≪願い≫、そんな愛の物語を、フィクションで・・。
 
2018/09/20|その他
 ◇ 片隅に棲む男と女 ◇ [男と女の風景・132]
                2018年9月20日(木)
                am 00:00 更新
 
− 我が家のベランダ・ガ−デン −

  ○ 9月初頭の草花 ○
 
  ≪写真・左・・ギボウシ≫
 これはポピュラーですから、説明不要でしょうが、ただ花の咲く時期が遅いのではと思います。
 
  ≪写真・中・・ハマトラノオ≫
 これは、鹿児島の離島や沖縄が原産で、日本の固有種だそうです。
 海岸の崖に生える多年草で、絶滅が危惧されているとか。
 
  ≪写真、右・・アジュガ≫
 日本の≪十二単≫(じゅうにひとえ)は白い花で、西洋種は青紫の花だそうです。
 この鉢は、斑入りのもので、しかも新芽はご覧の通り、ほぼ赤紫です。
 多分、西洋種の変種だと思われますが、この変化葉を見ているだけで楽しくなりますね。

 
 
                      [男と女の風景・132]
                         つづき・7

  ◇ 片隅に棲む男と女 ◇
 
  ≪前回のラスト≫

「朱美ちゃん、もう一か所、予定してたけど、中止しよう。そけれで、もう一休みしたら、ゆっくり帰ろう。どう、帰れるかな」
「はい、大丈夫です。色々と有難うございます」
 朱美は、元気だとばかりに、親指を突き上げた。
「それから、最後にサプライズ・プレゼントがあるんだけど、判るかな」
「エッ、なんですか。なにかのお土産ですか」
「あのね。まだ2時半だけどさ・・」
 深山は、謎めいた笑顔で二人を見ると、敢えて間を取った。
「実は、僕の母がね、自宅でおやつ代わりに、軽い夕食を作ってくれてるんだ.だから、家に寄ってくれって・・」
「エエッ、本当ですか。ああ、嬉しいです」
                                  ― つづく ―
 

  ≪今回のトップ≫
 
 熱中症が疑われた朱美は、地べたに座り込んで、冷たくて甘いアイスを食べていた。
 そして、深山が自分の家に呼んでくれると言ってくれたが、それが、どんな家なのかを想像した。
 自分はアパートで暮らしていたし、下町は高級だとマンションだったから、そんな風景が浮かんだ。
――高層のマンションなら、毎日海が見えるよね。
  アッ、江の島も・・。いいなぁ。
  お母さんて、うちの白髪のお婆ちゃんみたいかな。
 朱美は、そんなことを考えているうちに、熱中症で体がだるかったのも忘れて、元気を取り戻していた。
 
 帰りの道順は、八幡宮から段蔓を戻り、鎌倉駅を過ぎた信号で、深山は自転車を止めると、芳美に声をかけた。
「鎌倉野菜の市場があるけど、寄ってみようか」
「アッ、いいですね。今は話題になってますから」

 そこで若宮大路を渡ると、直ぐに≪鎌倉市農協連即売所≫の看板が目についてその前で自転車を降りた。
 もう、午後の3時になろうとしていたから、客も少なくて、場内は広い空間のように見えた。
 売り場には、あまり見かけない色とりどりの大根や、カブが並んでいた。
 だが、やっぱり人気商品は売り切れているようで、もう品数もかなり少なくなっていた。
 芳美は電車で帰る長旅を考えて、重たい野菜は敬遠することにした。
 すると、商店が並ぶ一角があって、物珍しそうに見ていると、鎌倉野菜のピクルスがあって、これならいいと買った。
 そして、燻製の醤油にも興味が湧いて、ひとビン、購入した。
 
 それから、若宮大路を南下して、材木座に出ると、由比ガ浜の海を眺めながら西に向かった。
 少し傾きかけた陽射しが眩しかったが、穏やかな海は、小さな波を幾重にも砂浜に打ち寄せていた。
 九月ともなると、流石に浜辺には人影はまばらにしか見えなかった。
「チョッと、待ってぇ」
 朱美が叫んだので、深山は自転車を止めて振り向いた。
「海に行きたいの・・」
「おお、判った。それでは、そこから海岸に降りようよ」
 都会暮らしの朱美には、砂浜を歩いて、波と戯れたかったのだ。
 石垣の下に自転車を3台並べると、朱美は座り込んでスニーカーを脱ぎ、靴下を脱ぐと、「ワァー」っと叫んで駆け出していった。
 朱美はホットパンツだったから、白く波打つ沖に少しづつ進んで行った。
 由比ガ浜の海は遠浅だったが、打ち寄せる小波にヒザまで浸かって、その感触を楽しんでいた。
そんな様子を、芳美も深山ものんびりと眺めていた。
「深山さん、今日は本当に有難うございます」
「いや、気にしないで下さい」
「娘が、あんなにはしゃぎ回るなんて。初めてかも・・。でも、海って、いいですね」
「そう、海って自然そのものだし、爽やかな解放感があるんです」
「ええ、家のこととか、会社や仕事も、頭からふっ飛んで、なにかカラッポの自分になれる。そんな感じです」
 
 それから、波打ち際に3人で砂山や池を作った。
 すると突然、大きな波が打ち寄せてきて、朱美が「キャァー」と叫ぶと同時に、砂山を崩していった。
 そしてその余波が、ヒザ立ちしていた朱美のパンツの裾まで濡らしていた。
 海の波は、何十回かの間に1回、大きな波が押し寄せてくるのだ。
 だが、また砂を積み直す作業が繰り返されて、3人には濡れた砂を積む楽しさが続いた。
――そう、夢中になる。それがいいんだ。
  いい思い出になるから・・。
 深山はふと、子供の頃、片瀬の砂浜でこの砂遊びをしたことを思い出した。
 夏休みに、親戚の従兄たちが海水浴に来て、両親と兄とみんなで、砂山を作ったのだ。
 二度目の時には、兄がスコップを持っていったのを、覚えていた。
――さすがに兄貴は機転が利くと思ったよ。
  だから、いつも尊敬の目で見ていたんだ。
 ふと時計を見れば、もう30分以上も、砂山作りを楽しんでいた。
 それから、自転車の置き場に戻ると、バッグからタオルを取り出して、砂にまみれて濡れた足を拭いた。
 そして、また134号線を西に向かった。
 稲村ケ崎を越えると、遠く逆光の向こうに江ノ島が見えてきて、また朱美が「キャッホー」と歓声を挙げた。
 
 江ノ島駅に戻ると、レンタルショップに自転車を返して、徒歩7分という深山の実家に向かった。
 大通りに出ると直ぐに鳥居が見えて、深山はふと閃いた。
「あのね。帰りは、江ノ電ではなくて、モノレールに乗ったら、どう。この大通りの100メートル先に終点の駅があるから、大船まで行って、横須賀線に乗り換えたら、そのまま両国まで帰れるから」
「そんなに便利なんですか」
 深山は振り返って、指をさしながら駅の場所を説明した。
 それから、閑静な住宅街に入っていくと、二階建ての家の前で、「ここが我が家」ですと紹介した。
 そこは、道路に面して低い生垣に囲まれていて、軽い鉄の門を開くと、庭には太い梅の木がデンと構えていた。
 塀に添って庭木が植わっていて、まるで緑に包まれた家、そんな古くて落ち着いた風情があった。
 見れば、菊や水仙などの草花が植えられてもいた。
「ワァ、素敵な庭ですね。この素朴な庭の佇まいって、私好きです。何処かほのぼのとして、癒されるんです」
 それは、旅館や料亭の職人が端正に手入れをした庭とは違って、いつも見守っている家主が手をかけた気配りが感じられた。
 
 庭に賑やかな人の気配を察して、深山の母・久恵が玄関のドアを開けて出てくると、声をかけた。
「まあまあ、いらっしゃい。園田さんですか」
「アッ、はい。園田です。お世話さまになります」
 深山が、園田親子のことを、会社の同僚で、離婚歴があることなど、詳細に伝えていたのだろう。
「まぁ、可愛いわね。あなたは中学生」
「はい、娘の朱美です」
「この赤いトータルファッション、決まってるじゃない。素敵よ」
 久恵はそう言いながら、朱美を抱き寄せると、背中をさすって可愛がってやった。その優しさに、朱美は久恵の胸に顔を埋めた。
「この庭、素敵ですね。お母様が手入れを・・」
「ええ、そうですけど、かなり手抜きをしてましてね。でも、この子達はいつも元気に育ってくれるんです」
「でもいいですよ。東京では、精々花屋さんで買う鉢植えなんですから・・」
 そこは、どこにでも見かける庭だったが、都会育ちの芳美には癒しの楽園に見えていたのだ。
「アッ、あの奥の濃いい緑の木、あれはなんですか」
「あれはゆずですよ。まだ実は青いですが、間もなく黄色くなって、鍋物とかサラダに使います。あっ、お風呂とかもね」
「まぁ、いいですね。ゆずを、そんな贅沢に使ってみたいですよ」
 このまま放っておくと、そんな女たちの話が延々と続くような気がして、深山が家の中に入るように促した。
 
 園田親子は、台所と繋がった居間に通された。
 部屋は小奇麗で、ガラス戸から庭が見えたし、差し込む秋の陽射しで明るかった。
 テーブルには、すでに電気コンロに乗った小さな土鍋や皿たちが用意されていた。
 それから深山と芳美はビールで、久恵と朱美はトマトジュースで乾杯をした。
「今日はね、魚屋に行ったら、朝獲れの大きなタイがあったのよ。それで、今日はタイ尽くしのお料理にしたの」
「ああ、昔、やったことがあるね」
「そう。先ず、タイのお刺身を食べて下さい。薄切りにしてあるから、お醤油で・・」
 園田親子は、恐る恐る箸をつけると、醤油を付けて食べ始めた。
「ハァ、シコシコして歯応えがいいですね。あっ、甘みも感じます」
「タイは、二日目ぐらいが美味しいって、言う人もいるけど・・」
「でも、薄いから、丁度いい食べ頃になってるんだよ。それで、次は、この鍋で軽くシャブをするんでしょ」
 深山が、自慢げに説明を始めた。
「そう。これもまた、食感が違うのよ。さあ、どうぞ・・」
 口に含んだ芳美が、ジックリと味わっている。
「ああ、口の中で身がほどけて、食べ易い。これも美味しいですね」
 
 すると、久恵が電気コンロに乗った小鍋を外すと、大きな土鍋を台所から持ってきてコンロに乗せた。
 もう料理は出来上がっていたが、温め直すために時間を取ったのだ。
 久恵は、黙々と食べている朱美を見て、話しかけた。
「ねえ、今日の鎌倉見物で、なにが面白かった」
「あっ、はい、海岸で砂山を作ったことです」
「そうそう、あれは楽しかったよね。朱美は、幼稚園の頃に、お台場の海浜公園に行ったものね」
「アッ、あと、アイスクリームが美味しかった」
「ええ、この子、熱中症みたいになりましてね。そしたら、深山さんがアイスを買ってきてくれたんです。それで、助かりました」
「はい、あのおいしいアイスを食べてたら、元気になったんです」
 園田親子が,顔を見合わせると、笑顔で頷き合ってる。
――ああ、いい光景だな。
  娘の反抗期を、どうやら乗り切ったようだ。
 
「さぁ、お鍋は出来たかな」
 久恵がそう言いながら、大鍋のフタを取ると、湯気が立ち昇った。
 大きなお椀とお玉を取ると、鍋の中から大きな具を取り出して盛り付けだした。それは、桃色のタイの頭を、半分に兜割りにしたものだった。
「ワァー、大きいですね」
 驚いて声を上げたのは、芳美だった。
「これはね、タイの生ダシで取った潮汁(ウシオジル)なのよ。タイの骨はきついから、気を漬けてね」
 園田親子の前に、漆塗りの大きなお椀が並ぶと、芳美が手本を見せた。
「このスープはね、お塩で味付けしていて美味しいの。それから、この頭と頬に身がついてるから、ほじくって食べるの・・。それで、この目ん玉も美味しいのよ」
 二人は、慣れない手つきでタイの頭を突っつきだした。
「ワァー、こんなに味も食感も違うんですね」
「そう、同じタイでも、調理の仕方で違うのよ」
 
 すると久恵は、ご飯の炊飯器を開けて、今、炊き上がったばかりのご飯を掻き混ぜ出した。
 そして、三つの小さめのお椀に盛ってから、テーブルに並べると、別の丼に漬け込んだ切り身を盛り付け始めた。
「これはね、タイのヅケなんだけど、美味しいから食べて・・。それで、もしご希望なら、半分はご飯で食べて、残りの半分はお茶漬けで食べるの・・。これも美味しいんだから」
 朱美は、同じ魚なのに、こんなにも食べた感じ方が違うのかと感動して、黙々と味比べをしていた。
「このヅケは、本当に美味しいですね。あのぅ、どうやって」
「これは、醤油と日本酒で味付けするの。あと、ミリンはお好みで,チョイ足しするの」
「まさに、タイ尽くし、ですね」
 久恵は、息子から親子とサイクリングをする話を聞いて、世話になっているんなら歓迎してやりたいと、思ったのだ。
 その気持が伝わって、親子に喜ばれたのが、ジンと来るほど嬉しかった。
 そして、お土産に、釜揚げシラスのパックを用意していた。
 
 それから、園田親子が帰りのモノレールに乗って、電車の座席から流れる景色を眺めている時だった。
「お母さん、あの家の庭、すごく気に入ったようね」
「そう、私の実家もね、あんな感じで素朴なのよ。懐かしいな」
「お母さん、深山さんと結婚したら」
「エッ、なに・・」
 朱美が突然、あらぬことを言い出した。
「そうね・・。あの人、いい人だから、私もそう願ってるよ。でもね、それはダメなの・・」
「どうして」
 芳美は、朱美の視線を外すと、窓に流れる遠くの景色を見遣りながら、フッと悲しい顔をした。
 そして、俯くと語り出した。
「だって私、バツイチでしょ。年も10才も上だし、私からは言うわけにはいかないの・・。きっと、深山さんにはいい人がいるはずよ」
「そうかな」
 ふと芳美は、深山と一度だけセックスをしたことを思い出した。
――あの時は、自分から強く願って、無理にしてもらったの・・。
  でも、燃えて、燃え狂ったのよね。
  なぜか寂しくて、なにかを求めていたのよ。
 モノレールが駅に止まって、ドアが開いても、乗ってくる客は少なかった。
「それとね、朱美、夫婦になると、同じ職場にはいられないの・・」
「ヘェ、そんな決まりがあるんだ」
「そうよ。どちらかが配置換えになるの。私は今、あの人と同じ係で、デスクが向かい合って座ってるの」
「ヘェ、そんな職場を見てみたいな」
「だから、毎日、気持よく仕事が出来るのよ。私には、それが一番だと思ってるの」
「そうなんだ・・」
「そう。今の仕事、今の職場は、私には最も合った居場所よ。だから、定年までズッとあの場所にいたいの」
 朱美は話は判ったが、寂しさに耐えている母の心情が伝わってきて、フッと悲しくなって涙が零れていた。
「お母さん、頑張ってね」
 朱美は、思わず母の手を握り締めていた。そして、母も小さくうなずいた。
 
 ある日曜日の夕方、深山は、テレビで雇用問題のニュースを見ていて、ふと思いついた。
 その翌日、出勤すると、上司の営業企画課長に、園田を正社員へ登用することについて相談した。
「そうか。園田さんなら賛成だな。でも、君も気が利くな」
 そんな相談の結果、契約社員からの切り替えが可能かとか、他の部署でそんな事例があるのか等を、打診することになった。
 最近、企画課長とは、マーケット・リサーチのデータ収集や分析などで親しくなっていたから、話はスムーズに進んだ。
 そこで、深山は人事課の花田主任のデスクに出向いた。
 花田は、一年後輩で、昔、独身寮の二人部屋で一緒に過ごしたことがあって、仲が良くて、何度も飲みに行ったことがあった。
「うちの園田さんなんだけど、契約社員から正社員へ、切り替えは出来ないかなぁ」
「ああ、あの人ですか。確か、結婚で退職して、その後、再雇用してから、もう5年以上は経ちますよね」
「そぅ、仕事は出来るし、勤務態度もいいし」
「ええ、可能ですよ」
「エッ、そんな事例は他にもあるの・・」
「ええ。と言うより、今のご時世、契約社員をそのまま長期には雇えないんです。ええ、園田さんなら私も賛成です」
「おお、良かったな」
 深山は、こんなスにムーズに話が進むとは思っていなかった。
 正社員になれば、ボーナスも社会保険もあるし、退職金も出るのだ。
「それで手続きは・・」
 花田は、担当者に「社員登用願」の用紙を持ってこさせると、深山に記入の仕方を教えた。
「深山さん、出来れば、営業の部長か課長から、うちの人事部長と人事課長に、一言、欲しいんです。口頭でいいですから、『社員登用を申請するんで、宜しく』って・・」
「ウン。そこはうまくやるよ。有難う」
 深山は、さっそく上司の営業企画課長に、その旨の報告をした。
「オオ、可能だって・・。よかったな。その部下への気配り、いいな。本人は喜ぶぞ」
「ええ・・。でも、決定しましたら、課長から本人に伝えて下さい」
「おお、判った。部長にも、報告しておくよ」
 深山は仕掛け人だったが、美味しい所は課長に譲ったのだ。だから、本人にはトボケてるように、心がけることにした。
――そう、本人は、どんな顔をして驚くかな。
  職場の片隅で、しっかり頑張っているし、
  まぁ、コンビを組んで、お世話になってるから・・。
  チョッとしたお礼返しだよ。
 
 ある日、深山はスナック≪モナリザ≫に立ち寄った。
 碁会所で碁を打って来たから、もう9時を過ぎていて、ドアから顔を覗かせると店は大勢の客で盛況だった。
 深山が帰ろうとした時、テーブル席から「深山君」と、大御所の山田から声がかかった。
 すると、同席していた綾子が振り返ったので、二人のテーブルに座ることにした。
「深山さん、お久しぶりです。新しい仕事が不確定で、忙しくて、予定が立たなかったものですから」
「いや、気にしないで・・。社長秘書という仕事は、宮仕えで、相手合わせだからさ。それは、仕方がないよ」
 二人は最近,10日ほども会っていなかったから、懐かしさを感じていた。
「私は、社内,社外のミーティングから、夜の接待やパーティにも同行して、通訳をするものですから・・」
「そうか。それも大変だね」
「ええ、新社長は、まだ日本語にも、日本人にも慣れてないんです。だから微妙なフィーリングの部分は、補足してカバーしないと・・」
 それから3人で乾杯すると、山田はさり気なくカウンターの方に目を移していたから、二人は意識して見つめ合った。
 綾子には、感謝する笑顔と、すがるような切ない視線が見て取れた。
 深山は綾子を忘れたわけではないが、綾子は深山に会いたくて、ずっと待ち焦がれていたのだ。
 山田は、なんとなく二人の席から逃れたいようだったが、カウンターは満席だったので、仕方なく座っていた。
 
 深山は、水割りをグッと飲むと、口火を切った。
「でも、いい居場所を見つけて、よかったよ」
「ええ、頑張ります」
 酒の助けもあったが、久しぶりに会った嬉しさから、深山は急にテンションが上がった。
「君はね、実はヒロインなんだ。陽の当たらない日陰から、やっと表舞台に立って、脚光を浴び始めたんだ」
「ええ、深山さんという凄いチャンス・メーカーの後押しで、チャレンジ出来ました。心から感謝してます」
「そう、その気になれば、道は開けるんです」
「はい。よく判りました。私は精神的に臆病で、脆くて、弱い女なんです。支えてくれるバックボーンで、なんとか・・」
「いや、これからは、自分にムチを振るって鍛えていくんです。どんなアドバイスだって、他人の意見でしかないんです。自分の意思を固めて、自分で行動するんです」
 綾子は何度も頷きながら、目を輝かせて聞いていた。
「その結果が良くても悪くても、自分で受け止めて、その経験からなにかを学習するんです」
「そうですね。これからのガンバリ方ですよね」
「そう、君が持って生まれた美貌、君がこだわって追及した英語、その利点が発揮できるんだ。今の仕事は、君に相応しい居場所だよ。だから、もう僕は、ただ拍手喝采をするだけ・・」
「そんな・・」
 少し突き放した深山の言い方に、綾子は心細くなって溜息を吐いた。
 そして大御所の山田は、ここにいてはいけないと思いながら、眠ったフリをして二人の会話を聞いていた。
 
「でも、深山さん、私は父の愛を知りませんけど、深山さんと出会って、そんな深い愛を感じています」
「そうですか。でも、きっと僕のは、人間愛なんです」
「ハァ・・」
 綾子には、初めて聞く言葉であり、そのイメージが湧かなかった。
「誰だって、路頭に迷う時がある。誰だって、自分に負けそうになる時がある。私は、そんな自分の苦境を、何度も自覚してきました」
 深山は、眉間にシワを寄せて、心苦しい顔つきで語っていた。
「ええ、そんな時は、沈思黙考して、自分を奈落の底に沈めて行くんです。そうすると、自分の今が、見えてきます」
「あぁ、その心境に至るのは、難しそうですね」
「それでも、今の自分が見えない時には、客観的に見てくれる第三者の目があると、助かりますよね。それが、人間愛だと・・」
 深山は、いきなりグラスを持って水割りを煽ると、グッと飲み干した。
「ご自分が、何度も苦境を経験してきたから、相手のピンチが見えるんですね」
 綾子も、グラスを持ったまま、つぶやいた。
 
「ええ、深山さん、私はその人間愛に、助けて戴きました。その深い慈愛に満ちた愛に・・」
 綾子は、好きだとは言えないもどかしさを、必死に訴えていた。
 眠ったフリをしていた山田には、傍で聞いていて、その綾子の気持が痛い程、判った。
「深山君・・」
 山田が突然、厳かな声で名前を呼んだので、深山はドキッとした。見れば、鋭い目で睨みつけていた。
「君はなぁ、なぜ結婚しないんだね」
「エッ、ハァ・・、なぜって・・」
 綾子も、突然、割り込んできた山田に驚いたし、鋭く結婚という話題に切り込んだのには、もっと驚いた。
――ああ、山田さんは、ずっと聞いていたんだ。
  だから、私に助け舟を・・。
「はい、僕は結婚して、家族を持つことに自信がないんです。ええ、相手の妻になる人にも、子供に対しても、責任が取れるのか、って・・」
「ホゥ・・、でも、それは詭弁だよね。君が主張する信念とは矛盾してるよな」
「エッ、どこがですか・・」
「その気になれば、道は開ける、って、言ったよなぁ」
「ええ、言いました。でも・・」
「そうか。君は、まだ動機づけられてないんだ。恋してるとか、愛してしまったとか、って、人は自覚するでしょ。すると、それを得たいとする願望が湧いて、それが動機になる。君には、まだ恋愛の自覚がないんだ」
「ええ、だから動機がないんです」
「でも、そうかな。君は、その動機を抑制して、黙殺している。それは、なぜかね」
「私は結婚したら、自分がどこまで自分を犠牲にできるか、確信が持てないんです。だったら、自由でいたい」
「フーン。もしそうなら、君は結婚から逃げてるよな」
「ええ、そうかも・・」
 二人は、綾子をそっちのけで、論戦を交わしていた。
「そうか。君は、恋愛感情とか、幸せになりたい願望とかを断ち切ってるよな。それは、俗世間を捨てた虚無僧だよな」
 山田は、深山の態度に業を煮やしたのか、ズバズバ切り込んでは、決めつけていた。
 だが綾子は、深山には恋愛感情がないことに、失望していた。
 
「山田さん、僕はこれで失礼します。これ以上議論すると、感情的になる自分が、イヤなのです」
 深山は「すみません」と頭を下げると、立ち上がった。
 ママにチェックの合図をした時、綾子も立ち上がって、山田にお辞儀をすると後を追った。
 エレベーター・ホールで綾子が追いつくと、深山は振り返って「ごめん。謝る」と告げた。
「いえ、私こそ、ぶしつけな質問をしたりして、すみません」
「いや、君はもう、ヒロインとして表舞台で活躍できるんだ。僕は遠くから、拍手を送るよ」
「いえ、ズッと傍にいて、見守って下さい。願いします」
「僕はね、ある時、君が恋しくて、愛おしくて、恋愛感情が湧いたよ。でもその時は、自己否定をした自分がいたんだ。でもね、またいつ恋心が湧くか判らない。その日のためにも、君の傍にいたいと思ってる。その時は、宜しく」
「まぁ、嬉しいです。これからも、お願いします」
 綾子は、思わず深山に抱きついていった。
「まぁ、お互いに頑張ろうな」
 綾子の肩越しに深山が伝えると、大きく何度も頷いていた。
 
 それから1ヶ月後、園田は名指しで企画課長に呼ばれた。
 園田は、こんな風にデスクに呼ばれたことがなかったから、事務のミスか何事かと、緊張した面持ちだった。
「園田さん、あなたは、来月から正社員に登用されます」
「エッ、まさか・・。私が社員に、ですか・・」
 園田は、思わず口に手をやると、込み上げる嬉しさで涙が零れていた。
 そんな驚いて立ち尽くす園田を見上げながら、課長も嬉しそうに笑顔でうなずいている。
「これは、深山君がね、君のことを考えて、人事課に出向いて直談判してきた、その結果なんだ。感謝するなら、彼にね」
――ああ、うれしい・・。
  懸命にガンバッたお蔭なの・・。
  だって、社員だなんて考えたことが、なかったし・・。
 そして芳美は、そっと後ろを向くと、小さくお辞儀をした。
 
 深山は、課長が園田をデスクに呼びつけた理由を知っていたから、園田が驚く反応を窺っていたのだ。
――園田さん、頑張ってるご褒美ですよ。
  僕だって、組織の片隅で頑張ってるよ。
  これは秘密だけど、企画課長のポストを狙ってるんだ。
  これからも、ズーッと宜しくね。
 
                          ― おしまい ―
 
 





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