★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2019/07/18|その他
 ◇ 無垢な女 ◇ [男と女の風景・146]
 
       2019年7月18(木) 00:00時 更新  

     ≪皆さんへのお詫び≫

 今回も、
○我が家のベランダ・ガーデン○ を準備したのですが、
 写真の画像サイズが5M以上だと、掲載不可とのことで、
 断念しました。  ご了承ください。
                     橘川  拝

 

                          [男と女の風景・147]
   ◇ 無垢な女 ◇

 岡崎珠美は、今宵も≪Sound Cofe Bamboo≫で、独りハイボールを飲んでいた。
 最近、この店には時々来るようになった。
 
 その切っ掛けは、You Tubeで、久々にカントリーを聞いた時だった。
 珠美は、若い頃から、黒人霊歌に始まるジャズ・バラードやカントリーが、好きで、なんとも言えない哀愁に共鳴してきた。
 ある日、ふとそれが頭をかすめて、ネットで調べてみた。
 すると、そんな生演奏をするスナックが、藤沢にあるのが判って、飛び込んだのが、この店だった。
 
 初めての日は金曜日で、どうも店の様子を見ていると、なんともジャパニーズ・カントリーだった。
 それは、客のリクエストで日本の懐かしい歌を歌い、それにマスターのギターと客のパーカッションで、アドリブのライブをやっていたのだ。
 曲は、確かに昔、どこかで聞いたことがある懐かしいものだった。
 見れば、もう会社をリタイアした高齢の客が、絶叫して歌っていた。
 でも、そのエンジョイしているノリが、いかにもワイワイ、ガヤガヤの友達感覚で、実に微笑ましくって、楽しいのだ。
 しかも、このメンバー達は、この店で初対面だという。気が合えば、後は無礼講だという。
 そんな様子を見ているだけで、この解放的なノリのいい雰囲気が、たまらなく楽しかった。
 
 その後、高校の同級生・優花と久しぶりに電話をすることがあって、珠美はこの店の話を出した。
 すると優花が、この店のママとは、仲がいいと言い出したのだ。
  優花は、母が地元で営む花屋を手伝っていたから、同じ鵠沼の仲間同士で、昔からの知り合いとのことだった。
 お蔭で、優花が一緒に来てくれて、気さくなママとは友達感覚で話すようになった。
――そうよ。鵠沼人はマイ・スタイルで、自分流なの・・。
  しかも、他人には干渉しないし、争わないのよ。
  一見すると冷たいけど、スマート、そんな文化があるのよ。
  温暖で穏やかに育った、そんな風土からなんだろうな。
 
 珠美は、母を3年前に亡くしたが、それまでは、会社の飲み会以外は、お酒を飲むことはなかった。
 だが、小さなマンションで、ずっと母と二人で暮らしてきたから、最近は寂しくって、この店に立ち寄ることがあった。
 仕事のストレスもあったし、家に帰っても独りぼっちだったから、気分転換が欲しかったのだ。
――でも私、料理を作らなくなったね。
  そう、母は病弱だったから、毎日作っていたよ。
  仕事から帰って、明日の朝食やら、昼食と夕食のオカズやらで、
  少なくとも1時間は、キッチンに立っていたね。
  土曜日にはスーパーに買い出しに行ったし・・。
  でも今は分量が減ったし、出来あいのオカズも多くなったね。
 珠美は、そんな一人暮らしのお蔭で、この店にウイスキーをキープして、ハイボールに嵌りつつあった。
 特にレモンの香りが、いかにもフレッシュで、若い頃の気分にさせてくれるのだ。
 
――私って何度も自分に言ってきたよね。
  アナタ, バージンのままでいいの、って・・。
  でも、私は臆病だから、その一歩が出ないのよ。
  だって、もう間もなく四十路だし、美人じゃないし・・。
  そうよ。もう、黄昏てるの・・、いや、立ち枯れてるのかも・・。
 珠美は、自分に下手な駄洒落を言って、思わず苦笑した。
――そうよ。アナタ、母の遺言を忘れたの・・。
  『女としての喜びを、一生に一度は、体で感じるべきよ』って・・。
  3年前の最期に、母がか細い声で、言い聞かせてくれたのよね。
  でも、母は、そんなに情熱的だったのかな。
  それとも、私が性に目覚めてないから、苦言を言ったのかな。
  『セックスで感じる絶頂、そこから、まだ見ぬ自分が見えてくる』って・・。
  その時、「でも、私には無理かも」って、躊躇して、弁解したら、
  『あなた、それで命は取られないから』って・・。
  ああ、一番ニガテな試練が待ってるのよね。
  でも、どうすれば、そんなチャンスが来るのかな。
  だって、男性には無関心だったし、アプローチをされたこともないし・・。
  アッ、それは違うよ。
 すると、遠くから気にかけていたママが、声を掛けた。
「珠美ちゃん、もう一杯、作りましょうか」
「アッ、はい、お願いします」
 気がついたら、もうグラスには氷しかなかった。
 
 珠美は、ママが作ってくれたハイボールを飲みながら、ふと思い出した。
――そう、大学の文芸サークルで、先輩にアプローチされたのよ。
  食事に行って、知らない街を当てどもなく歩いて、
  時には、公園のベンチに座って、二人は目と目で語り合った。
  そして、感極まった時に、キスを求められて・・、
  甘美なその触感に、胸が震えて、先輩に抱きついていた。
  そう、燃えあがった情念が、理性を溶かしてしまったの・・。
  私は、幻影の天空に舞い上がって、
  真っ暗な宇宙に、吸い込まれていった。
  でも、次の瞬間、私は「キャーッ」て、叫んでしまったの・・。
  そう、胸をまさぐられて、乳首を摘ままれたのよ。
  驚いて仰け反った拍子に、ベンチから転げ落ちてしまったの・・。
  『ごめん。大丈夫か』と、
  先輩が近寄って来た時には、恐怖でうずくまっていた。
  それから、何度も声を掛けられたけど、
  私は、背中を丸めて頭を抱えたまま、手で邪鬼を追い払っていた。
  そう、私のバストは小さくて、それが劣等意識の根源だったの・・。
  今はもう、Bカップもないかも・・。
  だから、セックス拒絶症なのよ。
 珠美は、そんなことを思い出しながら、ハイボールをグイッと飲んだ。
――でも、昔の先輩を思い出すなんて、変かもね。
  あっ、母の遺言から始まったのよ。
  でも、日頃の意識しないストレスがあるのかも・・。
  だから、センチメンタルで、メランコリーなのかもね。
 
 今夜のBambooは、しんみりとして静かだった。
 珠美は、ハイボールを飲む時、ふとカウンターの陰でタバコを吸うマスターと目が合った。
 だが、しっとりとしている珠美に気を使ったのか、マスターはさらに奥へ消えてしまった。
――私って、古風な女なのよね。
  よく言えば、日本人の深謀遠慮の美学だけど、
  でも、実は臆病で、慎重で、引っ込み思案なだけなのよ。
  もう年増だし、美人じゃないし、普通のオバサンかな・・。
  だから、こんな自分と付き合っていくしかないのよ。
  しかも、両親が離婚して、母はあの世よ。
  こんな独りぼっちで、孤独な女なんて・・。
  そう、私のプライベートなんて、会社では誰も知らないし、世間もそう・・。
  いいのよ。誰にも認められなしても、私は私なの・・。
 珠美は、いつもの通り、自虐的になっていた。
 感じるままに、自分と対話をしているのだが、寂しい自分を慰める言葉が多くなっていた。
 
――会社では、色々なタイプの男性がいるよね。
  まぁ、自信満々で、自己主張の強い人もいるけど・・。
  でも、好みの男性は、やっぱり奥ゆかしい人だね。
  そう、懐の深い人、心が広い人、そんな大人がいいな。
  それが、本当に優しい人なんでは・・。
 珠美は、様々に男性を見てきて、自分なりの理想のタイプを思い描いていた。
そして、ハイボールをチビチビ飲んでいたが、もう知らない間に3杯目になっていた。
 だが、独り自宅で飲む時より、なぜか落ち着けた。
――なぜかな。
  テレビを点けないで飲むと、不安感がジワーッと湧いて来るの・・。
  そう、目の奥で黒い何者かがフッと影を見せて、思わず振り返るの・・。
  でも、この場所は、ママやマスターが見守っていてくれる。
  優しい目で、そぅっと、放って置いてくれるの・・。
  だから、安心していられるのよ。
 
――そうよ。今でも忘れられない人がいるの・・。
  そう、最も尊敬できて、最もお慕いした永橋さんよ。
  新人で、経理部に配属された時の主任で、私の恩師だった。
  仕事を丁寧に教えてくれたし、ミスをしても怒らなかった。
  しかも、期限までに間に合わないと、一緒に休日出勤もしてくれた。
  『あなた、あんな優しくって、仕事の出来る人の部下だなんて、幸せよ』
  同期の子と食事をすると、皆からそう言われたな。
  そう、3年もすると、二人で食事をして軽く飲むこともあったね。
 休日出勤とか、期末の決算処理の打ち上げとか・・。
  もう仕事では、二人は一心同体で、正に運命共同体だった。
  あの頃は、髪を振り乱して、無我夢中で仕事に没頭してたよね。
 珠美は、ふとボトルの戸棚を見上げた。
 必死に頑張って、頑張って、我を忘れて、仕事に熱中していた頃の思い出が、泪となって滲んでいた。
 
――そう、山下公園でチューをしたのよ。
  そして、二人は愛を誓ったんだ。永遠に、って・・。
  次の日、急遽、名古屋のホテルで、ディナーをすることになったのよ。
  そう、彼の地元で、両親と一緒にね。
  4人は、ベストドレスで着飾って、永橋さんが皆を紹介してくれた。
  彼のお母さんは、ワインで乾杯する時、『おめでとう』って・・。
  それからは、私を気に入ってくれて、散々褒めてくれたのよ。
  でも、『お父さんは、なにしてる方なの』って聞かれて、
  私は、どう言おうかなと迷って、「確か高校の先生」って言ったの・・。
  ピンときたお母さんは、矢継ぎ早に質問攻めにして来た。
  仕方なくて、『両親は離婚して、今は母と二人で暮らしてます』、と言った。
  すると、お母さんは、いきなり青筋を立てて、豹変したんだ。
  『武志、この人との結婚は許しません』
  ああ、やっぱりダメかぁ。
  最も恐れていた展開が、待ち受けていた。
  私は、その一撃で、身も心も折れ曲がって、撃沈したの・・。
  そう、どん底に突き落とされて、もう絶望的だった。
  でも私は、涙をこらえて、隣の彼を感じ、お父さんをジッと見ていた。
  どうか、助け舟のひと言を、って・・。
  だが、気まずい沈黙が続いて、私は、自分に問いかけたの・・。
  ―こんな四面楚歌では、この家で、一生は暮らせないよねー
  自分の答が見えて、私は決断したのよ。
  私は、毅然とした気持で席を立つと、
  『失礼します』と、深々とお辞儀をして、背を向けた。
  あの時は、自分に納得していたから、少しも悲しくはなかった。
  無言だった父と彼を、責める気も、恨む気もなかった。
  むしろ、その家庭が母親支配である実像が、事前に見えて良かった。
 珠美は、大きな溜息を吐くと、思い出したようにハイボールを口にした。
――そう、その直後よ。彼は実家の稼業を継ぐために、会社を辞めたの・・。
  あれ以来会ってないな。
 
 ふと、隣の席の男性が、ママに水割りを作るようにと、カラになったグラスを押し出した。
 珠美は、実は内心で、ずっとこの男が気にかかっていた。
――確か、どっかで見たことがあるんだよね。
  どこだったかな・・。
 すると、いかにも都合よく、ママがその男性に話しかけた。
「清田さん、プードル君は元気ですか」
「ああ、家の中では我が物顔でね。休みの日には、散歩に連れて行けって、甘えて来るし・・」
――えっ、この清田さんて、もしかしてあの人・・。
「あのぅ、失礼ですが・・」
 珠美が、遠慮がちに二人の会話に割り込んでいった。
「清田さんは、蓮池の周りを、プードルを連れて散歩される方ですか」
「うん、そうだよ。土曜の午後は、いつもね」
「私、あそこのベンチから、お見かけしたことがあります」
「えっ、あの桜小路公園だよね」
「ええ、そうです」
「では、あなたの家は、蓮池に近いの」
「ええ、柳小路の西側です」
「そうか、僕は、本鵠沼の東側でね。もしかして、同じ町内会かも・・。オオ、宜しく」
 清田は、酒に酔ったノリで、サッと右手を差し出すと握手を求めてきた。
 珠美は嬉しそうに握手をしながら、「あのぅ、私は、奥原珠美です。宜しくお願いします」と、自己紹介をした。
 ママは、ポツンとしている客を見ると、相性や好みなどを見ながら、さり気なく話し相手を作ってやるのだ。
 特に珠美は、さっきから清田を意識して、さり気なく何度も横目で見ていた。
そんな様子を、ママはチェックしていたから、チャンスを作ったのだ。
 お蔭で、この二人は、もうお知り合いの友達になっていた。
 
 スナックでは、こういう機会から、気の合う飲み友達が、徐々に増えていくのだ。
 清田は、会社の同僚や部下達と飲むことはあった。
 だが、その席上では、呼び名にどうしても部長や課長の肩書きがついてしまうので、友達感覚で自由な気分にはなれなかった。
 その点、赤の他人なら、取りあえずの礼儀や敬語は必要だが、言論は自由気ままで言いたい放題なのだ。
 そんな自由さから、清田はこの店で長年、マイペースで飲んできた。
 ここの客は、それなりに品格があったし、酔ったら陽気に盛り上がって楽しいのだ。
 
「私、木々やハスの葉の緑が好きで、癒されるんです」
「ウン、そうだね。僕は愛犬・エンジェルと一緒だから、なおさらに気持が和んで、至福に満たされているよ」
「ええ、私も読書をしたり、瞑想に耽ったりして、あの公園の緑を満喫してます」
「そうだ。今度、僕を見かけたら、声を掛けて下さいよ。近場のカフェで、コーヒーでも飲みましょう」
「マァ、嬉しいです」
 珠美は、瞬きをすると眩しそうに清田を見た。
 それは、自分でも気づかない仕草で、時々女友達から、『それって、嬉しい時にやるいい表情で、魅力的なのよ』と言われていた。
 だが、そんな自分の顔なんて見たことがなかったから、ただ微笑みを返すだけだった。
 職場の課長からも、宴席で言われたことがあった。
『奥原さんは、話しをしていても、いつも伏し目がちで、時々上目使いで見上げる瞳が、すごい魅力的だよ』って。
――ああ、今もそんな上目使い、してるのかな。
  だって、こんな穏やかで、上品な紳士って、タイプなのよね。
 
 すると、清田とは反対側の隣りの席に、男が座り込んできた。
「珠美さん、だったっけ」
「アッ、はい」
 見れば、ここで一度会って、軽く会話をした男だったが、名前は覚えていなかった。
 ママも珠美も、いきなり無作法に割り込んできて、空気が読めない男に、迷惑そうな顔をした。
「ママ、水割り・・」
「山田さん、もうだいぶ飲んでるんでは・・」
「いやぁ、まだまだ・・」
 山田は、もう酔っているのか、横柄に言い放った。
 ママは、黙ったまま水割りを薄めに作ると、山田の前に押し出した。
 すると、清田がそれを見計らったのか、「チェック、お願い」と言って、足の高い椅子から立ちあがった。
 珠美も慌てて席を立つと、「今日は楽しいお酒、有難うございました」と、丁寧に頭を下げた。
――ああ、この人のお蔭で、帰っちゃうのね。
  清田さんは、こんな無礼な人を、見るのも嫌だったのよ。
「アッ、ママ、チョッと個人的な相談があるんですけど・・」
 暫く間をおいて、珠美は、そう言うと、あえて何度もウインクをした。
「そうなら、こっちの隅の席で聞いてやるよ・・」
 そんな阿吽の呼吸で、ママは、男と引き離してくれた。
――こういうお客さんも、いるのよね。
  失礼で、我が物顔なんだから・・。
 
 それからママと、声を潜めて雑談をしていた。
 すると、山田が「そっちに行ってもいいかな」と言い出して、自分のグラスを握ると、動き出した。
 すると、その様子を見ていたマスターが、スッと間に割り込んだ。
「エッ、なんだよ。邪魔だ」
 もう真顔になっていたマスターが、体ごと押しつけて、山田を元の席に戻すと言った。
「山田さん、今日は、もう料金はいいですから、帰って下さい」
「なんだとぅ」
「ええ、もうここには来ないで下さい」
 そこまで言われて、山田は目を剥いて睨みつけている。
 だが、マスターも怒りを抑えた真剣な顔つきで、山田をマトモに睨み返している。
 一触即発の緊張感が張りつめたが、「他のお客さんに、迷惑ですから、お引き取りを願います」と、冷静に告げた。
「そうか。判ったよ」
 そう言い残して、山田はあっさりと店を出て行った。
「マスター、有難うございます」
 珠美は、思わずお礼の言葉を言っていた。
――ああ、ずっと見ていて、守ってくれたんだ。
  店の責任者としては、当然かも知れないけど、その気持が嬉しいのよね。
「ママ、3人で乾杯、しよ」
 珠美は、自分のボトルをママの前に押し出した。
 
「でも、珠美ちゃん、今日はずっと考え事をしてたね」
 乾杯が終ると、マスターが聞いてきた。
「そう、今日は、なぜかメランコリーで、おセンチになってました。そうなの、昔の思い出が蘇って来ましてね」
「そんな時間を持つのもいいよ」
「ええ、死んだ母の遺言を、ふと思い出して・・」
「エッ、なに、それ・・。聞きたいな」
 ママが反射的に食いつくと、目を輝かせて前に出てきた。
「アッ、それは恥ずかしくて、言えないです」
「恥ずかしい、か。恥ずかしい、ね。フーン、さて、なんだろぅ」
 ママはとぼけて、あえて大袈裟に演じている。
「いえ、私は臆病で、男性恐怖症ですから、もっと前向きに、って、それだけです」
「そうよ。あなた、トライ アンド チャレンジよ。命を取られる訳ではないし・・」
「アアッ、母も、そう言ってました」
 そう言うと、珠美が恥ずかしそうに両手を頬に当てて、ハニカンだ。
そんな乙女のような仕草を見て、二人は笑いこけた。
 
 すると、マスターが気になっていたことを、聞いた。
「なに、珠美は独身なの・・」
「ええ、いまだに、神さまのお告げがないんです」
「珠美、さっきの清田さん、奥さんを亡くして、今は独身だよ」
「エッ、そうなんですか・・」
 珠美の顔に一瞬、希望の光が湧いたが、また悲しそうな表情で下を向いてしまった。
「でも私、小学生の頃、両親が離婚して、今は天涯孤児だし、家庭生活なんて実感が湧かないんです」
「だから、恐怖症なのか」
 マスターは、珠美を見詰めたまま、じっと見つめている。
「でも、あの人は優しいからさ、ここはトライをすべきだよ。珠美、チャンス到来、かもよ」
「ハァ・・、そうですか」
 気落ちしていた珠美は、気のない返事をした。
「あのさぁ、あの人、ここには月に2、3回しか来ないけど、来たら連絡するよ。来れるようだったら、偶然来たって装えばいいのよ」
「ウーン」
「ほら、僕たち応援するからさ。ただし、相性とか好みがあるから、成立するとは限らないよ。でも、臆病な自分にチャレンジする。その第1回目だよ。だからダメで元々で、やるしかないでしょ」
「ああ、自分への挑戦ですか。それは、意味がありますね」
「そうだよ。大学の受験とおんなじだよ。頑張ったから、珠美は合格したんでしょ」
「そうですよね。努力しないと、結果はついてこないですよね」
「ヨーシ、挑戦に決定。ハーイ、カンパーイ」
 珠美は、今宵がどんな夜になるのか心配だったが、ビッグチャンスを貰えたことで、希望への第一歩が踏み出せそうだった。
――ああ、マスター、勇気を下さって、アリガトウ。
  少なくとも、チャレンジすることは、誓います。
 
                        ― つづく ―
 
 

 





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