★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。  人は誰しも、ファザコン、マザコンによる願望があり、それを達成する行動をとります。その生まれ、育ちで、パーソナリティが形成されて、その体験が、深層心理やトラウマとなります。  そんな男と女が出逢って、その心の奥底から求め合う≪願い≫、そんな愛の物語を、フィクションで・・。
 
2017/09/21|その他
 〜 それしか出来ない私 〜 [ 男と女の風景 ]
 
                   2017年9月21日(木)
 
★★★ お詫び
 
読者の皆さん、度々の延長、申し訳ありません。
もう少し時間を下さい。
素敵なヒロインが、まだ現れません。
バック・ナンバーで、ご容赦下さい。
必ず≪新作≫に復帰しますので、宜しく。
 
                  橘川  拝

 
 
  ー 我が家のベランダ・ガ−デン −
 
     ○ シダ類の3品 ○
 
 今回は、シダ類の3品を紹介します。
 なお、写真は梅雨時の頃で、まだ夏の暑さを受けていない元気な姿です。
 
≪写真・左・・ヤシャイノデ≫
 これはオシダ科で、漢字では≪夜叉猪手≫と書きます。
 猪手(イノデ)とは、葉の形がイノシシの手に似ていることからつけられています。
 
  ≪写真・中・・クサソテツ≫
 写真ではチョッと判りずらいのですが、この幹は蘇鉄(ソテツ)のように太くて、直立していて、葉もソテツに似ていることから、そう呼ばれています。
 一般的には≪コゴミ≫とも言われ、新芽は春の山菜として食べられます。
 
≪写真・右・・タマシダ≫
 これはツルシダ科のタマシダで、洋種のネフロレビスと同じ種とのことです。
 ただこの鉢の物は、葉の最長部が獅子葉のように分岐しており、通称≪ペチコート≫と呼ばれています。
 

 
                            [ 男と女の風景 ]
                 
 〜 それしか出来ない私 〜
 
――私って、いつまで、こんなことをしてるんだろう。
  だって、もう三十路の直前だよ。
  でも、いつも海は慰めてくれるから、いいのよ。
  いい波だと聞けば、もうワクワク気分で、
  ボードを自転車に乗っけて、浜に来てしまう。
  そうか。サーフィンに嵌って、もう10年だよ。
  でも、これ以外にのめり込んだものはなかったしね。
  まぁ、いいか。
 
 モエミは、いつもの通りのジョギンクをして、辻堂海岸をUターンしてきた。
 そして、江ノ島大橋を渡ると、ヨット・ハーバーの東側にある突堤まで走って来た。
 それから堤防の階段を上がって、分厚いコンクリートの上を歩き出した。
 秋晴れの空は、天高く青かった。
 三浦から逗子や鎌倉に至る山並みが、青い薄墨を流したように霞んでいた。
 今日は風も穏やかで、小さな波が白い弧を描いて、東浜に打ち寄せていた。

――でも、やっぱり海はいいな。
  貧しいギリギリの生活の中でさ、
  その煩わしいプレッシャーを忘れさせてくれるの。
  特に秋の海は、どこか寂しいんだけど、
  でも、見渡す限り晴々としているのよ。
  そう、この白い灯台だよ。
  空の青い空間があって、片瀬山から深い緑の帯があって、
  その青と緑を背景にして、白亜の灯台がドォンと構えてる。
  それが、まるで純白、純真のシンボルみたいで、さ。
  
 灯台の根元に座っていた山岡は、若い女が近づいてくるのを見て、ああ助かったと思った。
「ねえ、君、頼みがあるんだけど」
 女が直ぐ後ろに来た時、振り返って声をかけた。
「えっ、なんですか」
「あそこの、前の席に座ってる女の子、なにか嫌な予感がするんだけど・・」
「エッ、それって、どういう意味ですか」
「もう1時間以上も、あそこにいるんだけど・・。ずっと座ったままでね。で、時たま、立ち上がっては周りを見回して、僕の姿を見ると、また座るんだ。どう、変でしょう」
「ウーン、そうですね」
「だから出来たらさ、さりげなく声をかけて、食事でもって、誘ってくれないかな。お金は僕が出すから・・」
「そぅか、あの子か」
 
 かれこれ2時間も、美沙子は独り、ウッドデッキのベンチに腰掛けていた。
 傾きかけた陽射しを背中に受けて、ぼんやりとしたまま海を眺めていたのだ。
 海を渡ってくる微風は、爽やかで心地よかった。
 しかし、美沙子の頭の中は空虚だった。
 どうにも切羽詰った気分で、いたたまれなかった。
――そうだよ。私、こんな自分は、もうイヤ。
  ダメな自分なんて、消すしかないよ。
  どうにもならない自分、どうにもできない自分、
  そんな哀れな自分が、ここにいるの・・。
 美沙子が、そんなことを思いつめていた時に、女から声をかけられた。
 
「アンタ、どうしたの。さえない顔してるけど」
 振り返ると、ジョギング・スタイルで、首にタオルを巻いた女だった。
「ねえ、どうしたのよ」
 そう聞かれても、なにも返事をしなかった。
「私の名前は、モエミ、アンタは」
「美沙子」
「オゥ、いい名前ですね。それで、こんなところで、なにしてるの」
「別に・・」
「いいよ。言いたくないなら。でもさ、どぅ、私に付き合ってよ」
「なにをするの」
「私、これから晩ご飯食べるんだけど・・、あなたも、一緒に、どう・・。お腹空いてるでしょ」
 改めてそう言われると、朝、駅の立食いソバで、一番安いザルを食べたっきりだった。
 もう財布のお金は底をついていて、昼食は、どうにも出来なかったのだ。
「さぁ、一緒に行こうよ」
 そう言われて、エリカはためらった。
 モエミは優しい言い方だったが、毅然としていて、黙ってついて行くしかなかった。
「あのさぁ、このオジサンも、貴方をずっと気にしててさ。一緒に食事してもいいかな」
 だが、エリカにはなんとも応えられなかった。
 
――この人がいたから、今、私は海の中ではなくて、
  ヨットハーバーの舗道を歩いてるの・・。
  余計な手出しもしないで、じっと見ていたあの人なの・・。
 美沙子は、車のついた赤いキャリアバッグを右手で引いて、トボトボとついて行った。
 衣服や貴重品の全財産は、そんな小さなバッグに入るほどしか、残っていなかったのだ。
――私って、助かったのかな。
  でも、この先が見えないよ。
  そう、いつもお先真っ暗でさ・・。
 
 参道に面したお土産屋の奥が、観光客の食堂になっていた。
「私はね、このお店の海鮮丼が食べたかったんだ。あと、ビールの小瓶で乾杯したいな」
 入口の看板を見ながら、モエミはあえて陽気にはしゃいで見せた。
 この流れの中では、自分が仕切るしかないと思っていた。
「ところでさ、実はこの三人、みんな初対面なんだよね。だからさ、自己紹介をしてもらおうかな。まずは、大先輩のオジサン、から」
 乾杯が済むと、モエミは座を進行させた。
「私の名前は山岡で、三年前に会社を定年退職してから、今はのんびり暮らしてます」
 山岡はさる大企業のチーフ・エンジニアだったが、もう退職していたので、そのことは言わなかった。
「お住まいは・・」
「ええ、片瀬でして・・」
「片瀬のどの辺ですか」
「片瀬四丁目」
「私もそこに住んでます。ワァッ、近いんだ。ヘェー」
 まさか、二人が同じ町内会だったとは、偶然だった。
 
 そこへ、3人分の海鮮丼が運ばれてきた。
「さぁ、どうぞ。ただし、これは山岡さんのおごりだよ。お礼を言おうね」
「有難うございます」
 二人の女は顔を見合わせると、口を揃えて言った。
 山岡は、少しテレたように黙って会釈をして応えた。
「あっ、私はモエミ、実家は横浜で、とにかくサーフィンがしたくってね。今は、片瀬で暮らしてます」
 モエミは、あえて陽気に、包み隠さず自分のことを話した。
「仕事はね、ネットのブログ作りで、他にクラブで夜のバイトをしてます。では、あなたは」
「私の名前は、美沙子です。はい。東京のお菓子メーカーで、現場にいました。でも、先輩のイジメがひどくって辞めました。それで今日は、海を見に来ました。それから、実家は、群馬の草津温泉の方です」
「だから、江ノ島か」
「ええ、湘南は有名だから、一度見たかったの・・」
 実は美沙子は、もう1ヶ月も前に会社を辞めていた。
それからは、渋谷で神待ちをしながら男に頼って暮らしてきたのだが、そのことは言わなかった。
「美沙子は、これからどうするの。お金は」
「当てはないし、お金もないんです」
「そうか。これもなにかの縁だよね」
モエミはチョッと考え込んでから、改めて美沙子を見た。
「しばらくは、うちに泊まってさ、バイトでもしない」
「えっ、まさか。泊めてくれるんですか」
「だって、仕方がないでしょ」
 美沙子は両手を頬に当てると、驚きの余り、目をしばたいている。そして、思わず泪をボロボロとこぼしていた。
――ああ、なんと言うことなの・・。
  あぁぁ、本当に助かったよ。嬉しい。
 
「どう、クラブとかスナックで、アルバイトは・・。あなた、可愛いからさ」
「ええ、なんでも」
「そうなら、ママに聞いて、紹介するからさ。今晩、私の行ってるクラブに行こうよ」
「あぁぁ、助かりました。どうしようかと、ずっと考えてました」
「あの灯台の下で」
「ええ、波を見ていたら飛び込もうか、って」
「エッ、ヤッパ、そうか。この山岡さんがね、嫌な予感がするって、言ってたからさ、声をかけたのよ」
「僕は時々、散歩であそこに行くんだけど、後ろ姿にチョッと異変を感じてね」
「そうだよ、美沙子、この人は、命の恩人だよ」
「はい、有難うございます。ええ、しみじみと感じてます。この海鮮丼の味も、とっても美味しいです」
 山岡は腕組みをしたまま、深刻そうな顔で黙って聞いていた。
 
「あのう、今の持ち合わせはこれしかないけど、軍資金に使って」
 山岡は、お尻のポケットから財布を取り出すと、二万円を差し出した。
「エッ、まさか・・」
 二人は、目を見張って驚いた。
「少ないけど、私の気持だから・・」
 山岡は二枚の札をテーブルに置くと、ゆっくりと指先で押し出した。
「いいんですか」
「うん。うちの子供だって、誰かに助けてもらってるだろうから、そんな世間へのお礼返しで・・」
――ああ、なんで、皆、こんなに優しいの。
  地獄に仏、って、聞いたことあるけど、
  本当に、現実では有り得るんだ。
  ああ、胸が張り裂けそうなほど、嬉しいです。
  必ず、お礼返しはしますから。
 俯いたエリカの目には、また涙がこぼれていた。
 
 モエミのアパートは、駅に近くて古い木造の2DKだった。
 手前の四畳半には、パソコンが置かれたデスクがあり、横の書棚には本の他に撮影機材が並んでいた。
「モエミさん、ネットをやってるんですね」
「そうよ。仕事でね」
「えっ、その仕事って」
「うん。街の商店やショップのPR用にね、ブログを編集して、立ち上げてるの」
「へえ、すごいですね。私は出来ないから、もう、尊敬します」
 美沙子は、改めてモエミを見つめていた。
「学生の頃からね、広告宣伝のビデオを撮影するスタジオでバイトをして、そこに助手で就職したのよ。でも、サーフィンがしたかったからさ、三年で辞めちゃったの・・」
 だが実は、妻子がいる男と、半同棲の生活を一年間続けていた。
 それが、そのスタジオの撮影主任だったが、奥さんに発覚してしまい、散々もめた挙句に別れたのだ。
 サーフィンがしたかったのもあったけど、男の身勝手さで衝突するようになっていたし、うんざりもしていた。
――だから、別れたのはいい潮時だったのよ。
  男と女が一緒に暮らすって、自我のぶつかり合いなのよ。
  それが結婚でも、単なる同棲であってもさ。
  愛し合うことと、自己主張とは、同居できないのよ。
 美沙子は、物珍しそうに部屋の調度品をあちこちを眺めていた。
「さぁ、シャワーを使って。今日は、私のお店、クラブ・Kに行くから・・」
 
 それから、美沙子はクラブで三日間、無事にお勤めを終えて、その三日分のお給料をもらった。
 四日目は日曜日で、遅い朝食を取ると、美沙子は買物がしたいからとお昼前に出かけていった。
 モエミも、ブログのお客さんとの打ち合わせが三時に予定されていたが、少し早めに街に出て買物をすることにした。
 モエミは、江ノ電の改札を出るとコンコースの陸橋を渡り、JR藤沢の駅ビルに入った。
 それから駅前広場の方に戻って、階段を中ほどまで下りた時だった。
 ふと、交番の前に、着飾った美沙子がいるのが見えた。
――アレッ、美沙子だよね。
  変だな。なぜ、あんな所で。
  もしかして、誰かと待ち合わせ・・。
 モエミはそう直感すると、美沙子を見続けながら、階段を後ずさりで登った。
 それから、陸橋の上に戻ると、上から交番を見下ろした。
 確かに、美沙子は人を待っている様子で、あちこちを見回していた。
 すると、フッと男が近づいてきて、ひと言声をかけると、そのまま二人は歩き出した。
 青のジャンパーにジーパンの男は、見た目は中年だった。二人は、歩きながら普通に話をしている。
 モエミは急いで階段を駆け下りると、距離を置いて追いかけた。
 日曜日の午後は人の往来があって、人に紛れて隠れやすかった。
 だが、パチンコ店を過ぎてから、たちばな通りに入ると、飲み屋街は閑散としていた。そのため、距離を広げて追うしかなかった。
 そのまま直進していた二人が、その時、視界から突然消えた。
 モエミは、慌てて早足になった。
 左に折れる道はあったが、二人の姿はなかった。もっと先かと、追ったがいなかった。
 おかしいなと、振り返った時、ホテルの看板が見えた。
――エッ、なに、これ。ラブホじゃない。
  でも、なんで・・。
  あの男、美沙子の彼なの・・。
  エェーッ、でも信じられない。
 モエミはそんな疑問に捕らわれたまま、来た道を駅のほうに戻った。
 
 実はその日、美沙子はデリヘル嬢として、三人の男を接客した。
 プログサイトには、ボカシの顔写真だったが、二十歳の年齢と、スリーサイズから、指名されたようだ。
 だが、裸体を売る仕事は、美沙子にはもう手馴れたものだった。
 お金を稼いで、生きていくために、美沙子はもう何人もの男と寝てきた。渋谷では毎晩、そんなことをして夜を明かしたのだ。
――ああ、自分を亡くした自分がいるよ。
  古里の親にも同級生にも、もう顔を見せられない女がいる。
  そう、きっと死人の顔をして・・。
  アンタ、仕事だからやってるんだよね。
  そう、今の私にはこれしか出来ないから。
  でも、これ、本業じゃないよね。
  そう、臨時のアルバイトだよ。
  だって、仕方がないの・・。
  手でこいてやって、それからペニスをシャブラーして。
  初対面の男なのに、そのザーメンを口から垂らしてさ。
  アンタ、なにやてるの、って・・。
  でもさ、こんな自分に頼って、
  そう、寄り添って生きるしかないの。
  私って、そんなダメな女よね
 
 それから、その日、美沙子は十時過ぎにアパートに帰ってきた。
「アンタ、今日一緒にいた男は、誰なの」
「エッ、見たんですか」
 いきなりモエミにドヤされて、飛び上がった。
「そうよ。偶然、街でね。それで、あの人は誰なの」
「ええ、チョッとした知り合いです」
「アンタ、違うでしょ。ねぇ」
 モエミが突然、絶叫した剣幕に押されて、美沙子はフィッと横を向いてしまった。
「アンタ、変なことしてない。正直に答えて。私に嘘を言ったら、このまま追い出すから」
 モエミは、美沙子の髪を掴んで顔を自分に向かせると、睨みつけた。
「あのぅ・・・実は、登録して・・。お金をもらいました」
「やっぱりか。デリヘルだよね」
 美沙子は、正直に言うしかなくて、うなだれたままうなづいた。
「まぁ、確かに手短にお金は稼げるよ。でも、それって、自分で納得してるの」
「ええ・・、はい。この部屋には、いつまでもいられないし。クラブだけでは、食べるだけだし。早く自分のアパートを借りないと」
「そうか。そうだよね。アンタは根無し草だからさ、誰かが泊めてくれる間に、蓄えておかないとね。まぁ、それも仕方がないか」
 モエミは、なんの取り柄もない女は、生きるためにはそれしかないかと、妙に納得してそれ以上追及すのは止めた。
 
「あのぅ、もう少し、ここにいてもいいんですか」
「仕方ないでしょ。でも誓ってくれる。デリバリーは、直ぐに辞めること。その後は、昼のバイトをやること。夜のクラブは一年間、続けること。どう、私に誓えるかな」
「はい、誓います。本当にすみませんでした」
 美沙子は座り直すと、神妙に手をついて謝った。
「ええ、モエミさんは、私みたいな赤の他人を、救ってくれました」
 美沙子は、あの時の切なさを思い出して、自分の哀れさを噛み締めていた。
「そうよ。アンタは、必死に生きてきた。だから、応援したくなったの」
「嬉しいです」
「そう、生きていれば、きっといいことがあるの・・。私だってヤケになったことはあるよ。だから、アンタも、普通でいいから頑張ってね」
「はい。私、頑張ります。でも私、実は渋谷で神待ちをしてました」
「エッ、まさか・・」
「だけど、これではいけないと、渋谷を脱出してきたんです。私、堕ちるところまで堕ちた自分が見えて、とにかく渋谷を離れようって・・。その時には、最後の千円札しかなかったんです」
「あぁ・・、そうなんだ。苦労をしたんだね」
――そうなの。私には、なんの取り得も、特技もないの・・。
  ただ、男にやってあげる。いや、やらしてあげる。
  それしかないの・・。
  友達は可愛いとか、スタイルがいいとか、って、言うけど。
  でも、そんなことは自分ではわからない。
  そう、自分がなんなのかわからないの。
 
 モエミは立ち上がって、冷蔵庫から缶ビールを2個取り出してくると、黙って美沙子の前にも置いた。
――私が、もし美沙子の状況だったら、できるかな。
  掃除だろうと、下の世話だろうと、今は出来るよ。
  でも、初対面の男とエッチだなんて・・。
  あぁぁ、ムリだよね。

  でも、あのテレビの報道は、ショックだったな。
  ライフケアの中年の女性が、
  身障者の男性のあれを、しごいてやってたの。
  福祉行為の一環だし、仕事だという。
  普通の温厚なオバサンなのに、ビニールの手袋で、
  声をかけてあげながら、最後は行かせてあげて、
  そう、ゴムを取り外すと、ティシューで拭いてやってた。
  ああ、そんな福祉も、アリかと思ったよ。

 向かい合って座る美沙子は、ぼんやりとキッチンの暖簾を見ながら、缶ビールを飲んでていた。
――高校の頃は、嫌な思い出ばかりだったよね。
  だって、イジメにあってると言っても、
  父も母も信じてくれなかった。
  朝、家から追い出されても、行き場所はなかったよ。
  学校に行っても保健室にいたり、公園でブラブラしてた。
  だから、自分で我慢して、耐えるしかなかったの・・。
  でも、両親は根っから優しかったな。ありがとう。
  でもさぁ、こんな遠い江ノ島まで来ちゃってさ。
  この先、どうなるのかな。
 
 それから三ヵ月後、クリスマスの次の日に、山岡からメールが届いた。
≪  モエミ様  美沙子様
  二人とも元気にしてますか。
  その後、美沙子は普通にやってますか。 
  間もなく楽しい正月ですね。
  実家に帰って、家族の団欒で心を休めてください。
  向寒の候、健康には気をつけて。
        山岡 より   ≫
 この二人には、あれ以来、久し振りのメールだった。
 モエミは返事を打ち始めてから、「アレッ」と疑問が湧いた。
――なぜ、今、メールなんだ。
  クリスマスとかお正月のタイミングで、
  お祝いメッセージなら、わかるけど。
  なぜか、胸騒ぎがするね。
  そうだ。直接、電話で声を聞いてみよ。
 モエミは携帯に電話した。
 すると、「ウーン、なんとかやってますから」と、山岡の声は弱々しくて途切れそうだったし、苦しそうだった。
「山岡さん、今、どこにいますか」
「いや、君たちが元気なら、それでいいんだ」
「ご自宅ですか。それとも病院、ですか」
 モエミは、病院と言ってしまってから、「まさか」と、自分の言葉に驚いた。
「ウーン、チョッと体を壊してね。今は、病院で・・」
「どこの病院ですか。病名は」
 それから、なんど畳み掛けて聞いても、山岡は弱々しく「ウーン」を繰り返すばかりだった。
「近いうちに、家に戻るから、心配しなくても」
 モエミは、山岡がいかにも苦しそうで、それが聞くに耐えられなくなって来て、仕方なく電話を切った。
 そして、直ぐに改めてメールをした。
≪ご自宅に戻られる日が決まりましたら、必ずメールを下さい。 モエミ≫
 
 それから、今は別のアパートで暮らしてる美沙子に電話をした。
 美沙子は、山岡に普通の返事をしていたが、モエミの話に驚いた。
「山岡さんは入院中で、本人は言わないけど、もしかしてガンかも」
「エェーッ、まさか。ガンだなんて、信じられない」
「近々、自宅に戻るらしいんで、その時は、二人でお見舞いに行こう」
 そんな話で終わったが、美沙子は山岡がガンだと聞いて、強烈なショックを受けていた。
 
 実は、山岡と初めて出会った日の翌週、美沙子に≪湘南海岸駅で待合わせをしたい≫とのメールが来て、出かけたのだ。
 山岡は、美沙子の姿を見かけるなり、「オォーッ」と手を上げて、朗らかに笑っていた。
 近寄ると、山岡は真っ先に銀行の封筒を差し出した。
「これはね、僕の気持。先日は、少ししか持ち合わせてなかったから」
「いえ、あれ以上はもらえません。あれで充分に助かりましたから」
「いやいや、僕の子供たちは二人とも独立して、持ち家もしてるし、墓場にはお金は要らないし・・」
「でも・・」
「わかりました。でもね、男が一旦、表に出した以上は、もう引っ込められないんです」
 美沙子は、恐縮して受け取るしかなかった。
 
 それから、海まで散歩するという山岡に、ついて行った。
 海岸を見下ろすベンチに並んで座っていたら、美沙子は哀れな自分に、ふと涙が込み上げてきた。
 美沙子は思わず、山岡の腕にしがみついてしまった。
「あぁぁ、山岡さん、本当に有難うございます。こんなに親切にしてくれるなんて、私、嬉しい」
「そうか。そんなに喜んでもらえたら、僕も嬉しいよ」
 美沙子は、父親とも、こんな心を通わせる会話をしたことがなかった。
 だから、山岡の優しさが、ことさらにジンと胸に響いていた。
 そんな心の安らぎから、帰り道は、エリカから腕を組んで歩いた。
「君がこうしてくれると、体がふわっと浮かんで、天空を飛んでる感じだな」
「いい感じですか」
「うん、最高だよ」
 だが、その時、山岡は痩せ細っていて、少し腰を曲げて痛々しく歩く様子だったのだ。
 だから美沙子は、腕を組んだというより、腕を抱えてやった、そんな感じが残っていた。
 
 美沙子は、あれ以来会っていない山岡の面影と、胸に迫ってきた善意を思い出していた。
――もしかして、あの頃からガンの闘病生活をしていたのでは。
  もしそうなら、自宅に戻るのはガンの末期だって・・、
  そうよ。そう聞いたことがある。
  エッ、ウソよね。
 だがあの時、後で封筒を開いたら十万円も入っていた。
 そのことをモエミに報告して、「明日からはもうデリヘルはしない」と、改めて誓ったのだ。 
――そう、体を売っても、なにも得られないよ。
  私という人格を亡くして、痴呆になっていくだけよ。
  お金は、ちゃんと働いて稼ぐ。
  そこにこそ、自分がいるの・・。
 美沙子は、それ以来、気持を入れ替えて、仕事に励むことにしたのだ。
 その後、山岡から、≪次の土曜日に自宅に帰って、一泊する≫とのメールが入った。
 二人は、昼間は家族たちがいるだろうからと、夕方行くことにした。
 
 山岡は、息子に付き添われて、病院からタクシーで自宅に帰ってきた。
 家に入ると、先ずは仏壇の妻、郁子に線香を上げてから、「近いうちにそちらに行くから」と胸の内で報告した。
 山岡の妻は、五年も前に乳ガンが悪化して、先に旅立っていた。
 それから山岡は、縁側の籐椅子にゆったりと座ると、かなり長い時間、閑静な庭を眺めていた。
 ふと、昔からそこに植わっていた万両の株立ちが、赤い実をつけているのに気がついた。
 もう梅の木や百日紅の葉は落ちて、裸の枝が無造作に伸びていた。
 樹齢は百年を越えるであろうツゲの木が、昔のままに、庭の中央にデンと主役を勤めている。
 自分の父親が作った庭を、素人とはいえ、何十年も剪定して来たから、枝振りには見覚えがあった。
 それは見慣れた初冬の景色だったが、子供の頃から見てきた風景であり、そんな親しさに山岡は安らいでいた。
――ああ、この世には、もう思い残すことはないよ。
  これが見納めであっても、悔いはないな。
  まぁ、自分の人生、ただ役目を淡々とやってきた。
  時には、必死な時期もあったけどな。
 
 二人が山岡の家に行くと、案の定、家の玄関から、大人と子供が七人も出てくるところだった。
 二人は一旦通り過ぎて、その様子を伺った。
 家族たちが街角に消えてから、改めて出向くと玄関のチャイムを押した。
 しばらくすると、山岡の息子らしき男が出てきた。
「あのう、私たちは昔、山岡さんに大変お世話になった者ですが」
「えっ、そうなんですか。はぁ」
「山岡さんから、今日、ご自宅に帰るからと、メールを戴いたんです。それで、お見舞いに参りました。ご本人に会って、お礼を言いたいんですけど」
「はぁ、それではどうぞ」
「失礼します。ところで、どんなご病気で」
「ええ、胃ガンでして、もう他にも転移してまして、医者はもう末期だと」
「エェーッ」
 二人は息を呑んだ。まさかそんなにひどいとは、思ってもいなかったのだ。
 
 奥の座敷の縁側に、籐椅子に座る山岡を見つけると、美沙子はいたたまれずに走り寄った。
「山岡さーん、元気を出して」
 美沙子は山岡の手を両手で握り締めると、なんども強く力を込めた。
「山岡さん、大変お世話になりました」
 モエミが言った感謝の言葉に、美沙子もお礼を言った。
「山岡さん、あなたは私の命の恩人です。有難うございました。本当に感謝しています」
 美沙子は、山岡の手を自分の頬にこすり付けていた。
 息子は、そんな若い女たちの様子を眺めて、思わぬ展開に驚いたが、父親の優しさを改めて思い知った。
「有難う。二人に会えて、よかった」
 山岡は苦しそうに顔を歪めながらも、優しい目をほころばして言った。
「今日は、家族にも、二人にも会えたし、見納めが出来ましたよ」
「なにを言うんですか。まだまだですよ」
 山岡は、なんとか笑顔を作り出そうとしていたが、そんな気持が返って痛々しく見えた。
「ああ、少し疲れたな。横になりたい」
 息子に手伝ってもらって、ゆっくりと座敷の布団に移すと、寝かせてやった。
 
 それから、しばらくの間、本人を休ませてあげようと、三人は玄関に近い応接間に移った。
「看護も大変ですよね。今晩は、ここにお泊りですか」
「ええ、まぁ」
  モエミは、息子に気遣って慰めた。
「ええ、母が他界してから、父は一人暮らしでして、我々、子供が面倒を見ないといけないので」
「そうですよね。気苦労もあるし、お疲れでしょ」
「ええ、私は自宅が千葉の柏でして、平日は来れないんです。妹も大宮で、共稼ぎをしてまして・・」
 痩せて長身の息子は、青い顔色をしていて、いかにも疲れ切った様子だった。
「では、今は私たちが山岡さんを見てますから、少し休んではどうですか」
「ハァ、有難うございます。でも、いいんですか」
「ええ、いいですよ」
「はぁ、それでは、二階で少しの時間」
「ええ、どうぞ。ところで、なにか欲しいものありません」
「あぁ、実は夕食どうしようかと」
「あっ、それなら、コンビニで買ってきますよ。なにか、ご希望は」
「ああ、そうですね。カツ丼かシャケ弁で、お願いします」
 
 そこで、美沙子がしばらくの間、山岡を見守ることになった。
「ああ、郁子」
 山岡が眠る傍に座っていた美沙子は、エッと耳を疑った。
「郁子、会いたい」
 美沙子は前かがみに体を傾けると、耳をそばだてた。
「郁子、もう一度、オマエの体を・・」
間違いなく、山岡は眠ったまま喋っていた。しかも、あらぬ願いを喋っていたのだ。
 山岡は眠ったまま、時折、痙攣を起こしては、無意識に布団から手を差し出してきた。
 美沙子は見るに見かねて、思わず布団にもぐりこんだ。
 そして、山岡の首の下にそっと手を入れてやると、手枕で優しく添い寝をしてやった。
「あぁ、郁子、嬉しい。一緒に寝るなんて、久しぶり」
 すると、夢の中の山岡は、手の平で美沙子の胸をまさぐり出した。
美沙子の胸は、若くて弾力があった。
 山岡は、郁子と抱き合いたいと、うつろになった意識にさまよっていた。
 美沙子は乳房を揉まれ、乳首を摘ままれて、思わず吐息を漏らしていた。
 すると山岡が、突然、エッとした顔で目を覚ました。
 そして、直ぐ隣りで顔をつき合わせている美沙子を見て、またエッと驚いた。
 だが美沙子は、もう肉体が感じてしまって、かまわずに山岡の股間をまさぐると、一物を引っ張り出した。
 しかし両手で揉んでも、ぐにゃっとしたまんまだった。
 美沙子は、仕方なく布団を跳ね上げると、口で咥えこんで、舐め回してはしゃぶってやった。
 しばらくすると、山岡の一物は少し固くなってきた。
 それは幾多の男たちにしてあげたことだったが、今の美沙子には必死の行為だった。
 なんとか山岡には、最後に行かせてあげたい、と、その一念だった。
 それから、さらに美沙子が両手でしごいてやると、突然「アッ、アアーッ」と、腰を踏ん張って昇り詰めてしまった。
 山岡は、顔に生気を取り戻して、満足そうに行き果てていた。
 美沙子は、わずかに出た精液をティシューペーハーで拭きながら、満たされた気分になっていた。
――ああ、お礼返しをしたよ。
  そう、私が出来るのは、これしかないから。
  命の恩人に、恩返しをしてあげられたよ。
  だから、とっても嬉しい。
 
 それから、しばらくして、気がついたら山岡は気絶したままだった。
 美沙子はなんども体をゆすったが、山岡に反応はなかった。
 エエーッと驚いて、二階への階段の前に立つと、大声で「タスケテー。大変でーす」と、叫んだ。
 すると、直ぐに息子が階段を降りてきた。
 息子は山岡を見るなり、馬乗りになって心臓を強く何度も押した。山岡は「ウッ」と声を漏らしたようだったが、息は吹き返さなかった。
 ちょうど帰ってきたモエミは、その騒ぎに飛び込んできたが、もう、なす術はなかった。
 美沙子は、山岡の体液を拭き取ったティシューを、さりげなく手の平に丸め込むと、独り満足気に握りしめて、隠し持っていた。
――私は、最後に必死にしてあげたよ。
  だって、山岡さん、あなたは私の恩人ですから。
  こんな私に優しくしてくれて、心から感謝してます。
  さようなら・・。
 美沙子は、独り、そっと頭を下げると、心の中で山岡の冥福を祈った。
 
                  ― おしまい ―
 
 
 





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