★ ≪トキメ気≫の[iBOX] ★ [男と女の風景] (短編小説集)

これは、大人のラブストーリーです。 我が人生に、夢よ! もう一度・・!  いつまでも、恋も愛も、いっぱい欲しい。 そんなバーチャル・ラブを、どうぞ・・。 
 
2019/02/21|その他
 ◇ 花から華へ ◇ [男と女の風景・137]
 
                                 2019221(木) 00:00時 更新
  

  我が家のベランダ・ガーデン
 
 今月2月10日(日)に、我が二宮町・下町の老人憩いの家で、社協の≪フェスタ2019≫が開催されました。
 それは高齢者に、ふれあいの広場や演芸を楽しんでもらう場を提供して、ひと時の気分転換をしてもらうための催しです。
 今年も、100名以上の多くの人が参加しました。
 その時に作品展示として、私は山野草、8点を提供しました。
 今回の写真は、そのうち、石菖の3点を紹介します。
 昨年も出展したのですが、この厳寒の時期には、一般的に花はないし、葉は枯れているのです。
 そんな訳で、皆さんにお見せする山野草は、かなり限定されるため、人知れず苦労しています。
 
 ネットでセキショウを調べますと、これをショウブ科と、サトイモ科との説明が別々にあり、学説が分かれています。
 この花は、ガマの穂を小さくしたような淡黄色の花で、5―6月に咲きます。
 また、この根茎や葉は、神経痛や痛風の治療薬として、効果があるようです。
  ≪写真・左・・黄金セキショウ≫
  ≪写真・中・・斑入りセキショウ≫
  ≪写真、右・・姫セキショウ≫

 
                   [男と女の風景・137]
 
  ◇ 花から華へ ◇
 
 ある日の夜、もう九時を回っていたが、一人の男が、ひょっこりと店に入ってきた。
 薄暗いスナックの中で、ダウンライトに浮かんだカウンターには、常連の池田が一人、真ん中で陣取っていた。
 ドアの閉まる音がして、ママの華代(はなよ)が、調理場を区切る暖簾から顔を出した時、今入ってきた男と目が合った。
――エッ、健さんだ。
でも、なぜここが・・。
 華代は、込み上げる思いに目を潤ませると、丁寧に深々と頭を下げた。
「お久しぶりです。どうぞ、ごゆっくりと・・」
 さり気なく挨拶をしたが、内心では、突然の出現に気持が動転していた。
――ああ、健さん、積もる話がいっぱいあるよぅ。
  そう、いろんな場面が、浮かんでくるよ。
  でも、常連さんがいるから、ちょっと我慢か・・。

 華代は、男の注文も聞かずに、黙ってボトル棚から店用のバーボンを取り出すと濃い目の水割りを作った。
 この健次が、昔からバーボンが好きで、時にはショットで飲んでいたのを思い出したのだ。
 
 健次は、相変わらず痩せ細っていて、穏やかな垂れ目が穏やかなのに、眼光だけは鋭かった。
 顎の先が尖っていて、のっぺりした顔の肌は、薬物患者に特有の土色をしていた。
 そして、他には目もくれずに、独り飄々として飲むスタイルも、昔と変わっていなかった。
 華代は、常連の池田を見て、様子を窺うと、その前におでんが出ているのに気付いて、健次にも声をかけた。
「おでん、温まってますけど、食べますか」
「うん、そうだな・・」
 さり気ない会話だったが、健次の懐かしい声を聴いて、華代には、胸にジンと響くものがあった。
 調理場で、小ドンブリにおでんのネタを盛り付けて、カウンターに押し出すと、箸置きに箸を並べた。
――ああ、健さんが初めてアパートに来た時も、おでんだったよな。
  大根に揚げ豆腐、それから白身魚の練り物、そう、ちくわぶもあったね。
  あれから、もう何年、経つんだろう。
  そう、大阪に行った時も、先ず関東炊きを食べたい、って・・。
  大阪人なのに、味付けは東京になっていた。
  そう、健さんは、じっくり煮込んだおでんが、大好物なんだ。
 
 やがて常連が帰ると、客を見送った華代は、健次の背後から「健さん、会いたかったよ」と抱きついた。
 ギュッと力を込めると、感極まったのか、全身を揺さぶっている。
 そして、思わず頬に熱い口づけをした。
「ああ、会えてよかった」
 華代は、もうありったけの懐かしさを胸いっぱいに抱きしめて、健次との再会に酔い痴れていた。
「でも、健さん、ここがよく判りましたね」
 カウンターの中に戻った華代は、改めて健次を覗き込みながら、聞いた。
「イヤァ、探したよ。もう1年も前に横浜に出て来て、西口から関内まで探したよ。でも、見つからなくてさ」
「そうですね。もう横浜は懲りましたから」
「そしたら、ふと思い出したんだ。ハナが福島から出てきて、最初に働いたのが、藤沢のソバ屋だった、って・・」
「そうなんです」
 実は、華代は源氏名で、本名は奥山花子だった。
 水商売に入る時、クラブのマスターに言われて、こう名乗って以来、ずっとこの名前で通していた。
 
「私ね、大阪のクラブで1年間、頑張ったけど、どうしても肌が合わなくてね、それで出発点に戻ったの」
「ああ、それって判るよ。そう、大阪人は、感性もノリも違うんだよな。だからオレは、横浜に出てきたんだ」
「あら、なんで横浜、なんですか」
「オレはね、大阪も京都も、ましてや奈良なんて、イヤなんだ。まぁ、オレの性に合うのは神戸かな。それで、住むんだったら、東京より横浜だ、って・・」
 10年前に横浜に来た健次は、適当な仕事がなくて、長距離トラックの運転手をしていた。仕事はきつくても、身入りのいいのを選んでいた。
「でも私、頼れる人がいなかったから、お蕎麦屋に電話をしたの・・。そしたら、当時の女将のお春さんは、はもう引退して、アパートで一人暮らしをしてるって」
「それで、転がり込んだのか・・」
「そうなの・・。中学を出て、都会に来て、最初にお世話になったのが、あのお春さんなんです。あの人から見れば、私なんて孫と同じで、よく面倒を見てくれました。だから、お春さんは、肉親以上なんです」
「そうだよ。藤沢のソバ屋は10軒も行ったよ。そしたら、ある店の女将が、昔うちにいた子が、≪華代≫っていう店を出したって、言ってた」
「でも、健さんに会えて、よかったぁ」
 
「健さん、ヤクは止められたの・・」
「ウーン、お蔭様でね」
 健次は、自嘲して顔を歪めると、グラスのバーボンを飲んだ。
「大阪のムショに入って、それから更生施設に移されて、さらに出てからも半年、通ったんだ」
「ああ、頑張ったんですね」
「ハナにもう一度、会いたかったから・・」
「ごめんなさい。大阪を出てしまって・・。でも、健さんには、絶対に恩返しをしたいんです」
「まぁ、気持だけ受け取っておくよ」
「でも、健次さんは、地獄で会った仏さまなんです」
「イヤァ、偶然だよ」
「もう7年も経ちますね。あのヤクザな辰夫から逃げたのは」
 
 華代は、もう冷めてしまった緑茶を飲みながら、あの時の光景を思い出していた。
 それは、関内のクラブでホステスだった時のことだった。
 いつもの通り給料日の晩に、辰夫が小遣いをせびりに来たのだ。
 深夜の12時過ぎに、店の通用口を出ると、辰夫の黒い影が追いかけてきた。
 街はもう静まり返っていたが、大通りの角に出た所で腕を掴まれて、「オイ、今月分を出せ」と、迫られた。
 辰夫には、アパートの家賃の他に、毎月10万もかすめ取られていたのだ。
 だから、今月からは金を出すのは止めようと決めて、ATMからは現金を引き出していなかった。
 辰夫は、華代の襟首をつかむと、強引に街路樹に押し付けて、散々ガミガミ声で怒鳴った。
 だが、華代は「ないものは、ない」と何度も断った。
 すると辰夫は、バッグを取り上げて、その中身を舗道に全部ぶちまけると、執拗に調べ始めた。
 現金は今夜、客からチップでもらった1万円と、自分用の3千円しかなかった。
 辰夫は、その現金を自分のポケットに仕舞うと、さらに、華代のコートやスカートのポケットにまで手を入れてきた。
 だが、ティシュ―しかないと判ると、靴を脱がせ、シャツをはだけてブラの中まで執拗にまさぐった。
 そして、寒空の大通りで、Gパンを脱がせ、パンティまで下したのだ。
 それでも金がないと判ると、いきなり華代の髪を掴んで、また街路樹に押し付けると、目を剥いてがなった。
「テメー、ここで死にてえか。ぶっ殺すぞ」
 そう言うなり、辰夫は思いっ切り華代の頬を張った。
「ギャーァ」
 華代は、目をつぶって恐怖に怯えていたが、Gパンが膝まで下りていたから、身動きが出来なかった。
 そんな様子を、通りすがりで見ていたのが、夜勤帰りでそのナイトクラブに立ち寄った健次だった。
 ついさっきまで、華代とバカな冗談を言って飲んでいた。
 だが、二人が絡んでいた場所は、街路樹の陰で、街灯の明かりが遮られていた。
 だから、健次は初め、それが男と女の単なる痴話喧嘩かと思っていた。
 だが、突然叫んだ女の悲鳴を聞いて、事の成り行きが尋常ではないと気付いた。
 暴行現場を見ていた健次は、慌てて110番をして警官を呼ぶと、ずっとビルの陰で様子を静観していた。
 直ぐにパトカーが来て、駆けつけてきた二人の警官に手で合図をすると、健次も後を追った。
 止めに入った警官に、辰夫は「ナンダト。オレの女に、なにしようと勝手だろ」と開き直った。
「では、二人は結婚しているんですか」
「いや、内縁の夫婦だ」
「では、奥さん、この人と一緒に暮らしているんですか」
 華代は、泣き顔を歪めて首を横に振ると、ワァーッと大声で泣き出した。
「こんな人、大嫌い。もう、私には近寄らないでよ」
「ナンダト、テメー」
「アー、こんなゴキブリなんて、もうイヤー・・。オマワリさん、助けてぇ」
 華代は、クラブで着ていたピンクの貸衣装から、コートを着てジーンズに履き替えていた。
 しかも髪を下していたから、健次には、それが華代だと初めて知った。
 そこで、とにかく事情を聞くことになって、伊勢佐木警察署に行くことになった。
 健次も目撃者として、暴行現場の証人だからと、さらに到着したパトカーに分乗して同行することになった。
 その時、健次はさり気なく華代に近づくと、「オレを知らない人と言え」とささやいた。個人的なゴタゴタで、変な面倒に巻き込まれたくはなかったのだ。
 それから取調室で尋問が行われて、辰夫が華代のヒモであり、どうやら給料日の取り立てで揉めていたのが、取調官にも健次にも判った。
 さっき取られた1万3千円も証拠であり、一旦預かりとなった。
 その結果、華代は被害者として帰されたが、辰夫は暴行と搾取の現行犯だからと、留置されてしまった。
 
 二人が警察署を出たのは、もう2時になろうとしていた。
 そこで、健次が「どのあたりに住んでるの」と聞くと、華代は「ここから歩いて10分の長者町」だと言う。
「オレは日の出町だけど、どう、気分直しに一杯、やらない」
「そうですね。もう忘れたいです」
 健次は、クラブで何度も華代と酒を飲んでいたから、苦労人の割には、朗らかで素直で、気の利くいい女だと思っていた。
 だから、そんな華代の気心も知れていたし、少しでも応援になればと思っていた。
 だが、朝までやってる居酒屋を探してみると、この時間帯で電気のついている店はなかった。
「アッ、そうだ。ウチに来ないですか。おでんが出来てますから」
「エッ、ああ・・、おでんか。オレ、好きなんだよな」
「部屋は、散らかってますけど、よかったら、どうぞ」
 そんな話で、華代のアパートに行くことになった。
 辿り着いて見ると、木造の二階建てで、いかにも古びていた。
 部屋に入ると全体に暗くて、ただ空間があるだけで、箪笥や家具も、テレビもなくて殺風景だった。
 間取りは6帖の一間に、狭いキッチンとトイレがついただけで、見るからに家賃も低そうだった。
――ああ、こんな慎ましやかに暮らしているのか。
  あんなヒモ野郎に掴まって、給料をかすめ取られて・・。
  やっと生きてる、って、感じだな。
 華代は、低いテーブルにコンロを置くと、もう出来上がっているおでんの鍋を乗せて、温め出した。
 
 それから、二人は缶ビールで乾杯すると、健次は、ずっと思っていたことを、華代に聞いた。
「アンタは、これから どうするの。アイツと付き合うの、別れるの」
「いえ、もう懲りました。あんな男、顔も見たくないです」
「でも、この住んでる場所、アイツは知ってるよね」
「アアッ、知ってます。この部屋は、あの男の名義で借りてますから・・」
「もしそうなら、アイツ、明日にでも押しかけて来るかもな」
 そう言った途端に、華代は、怯えた目で考え込んでしまった。
 そんな困り切った華代を見ていた健次は、思わぬことを口走った。
「アンタ、もう逃げるしかないよ」
「エッ、どうやって・・」
「黙って、この部屋を出て、横浜から消えるんだ」
「あぁぁ・・。でも私、故郷の福島には帰れないんです。もう、8年も帰ってないし・・」
 華代は、益々困り果てて、両手で顔を覆ってしまった。
 目をつぶると、初めて里帰りをした時に見た、家族の顔が浮かんだ。
華代は、中学を出てもう15年も経つが、8年前の正月に一度、帰郷したことがあった。
 だが、その時は、まるで赤の他人のような冷たい扱いだったし、母の死亡さえ知らされていなかった。
 あの時、自分は家族の一員だと思われていないのに、気付いた。
 その強烈なショックを受けると、落ち込んでしまって、痛恨の思いで、やっと藤沢に帰ってきたのだ。
 
 健次はしばらくの間、そんな萎れきった華代を見詰めながら、ジッと考えていたが、やっと決心したように独り頷いた。
「オイ、オレは独り者で、トラック野郎だけど・・。貯金はあるし、女なんて要らないんだ。オイ華代、オレがそう言ったら、オレを信じるか」
 また突然、健次は突拍子もないことを言い出した。
 それは、クラブに客で来て冗談を言い、垂れ目の優しい笑顔を見せる、あの健次とは全く違ったマトモさがあった。
 華代は、怪訝な顔をして戸惑いながらも、ただ頷くしかなかった。
「そうなら、持てるだけの貴重品を纏めて、オレの家に来い」
「エッ・・」
「オレは明日、会社を辞めて、オレのアパートを引き払う。そしたら、華代と一緒にオレの大阪へ帰る」
「エエッ、まさかでしょ」
「だって、それしか手はないだろう」
「健さん、仕事は・・」
「トラック野郎はな、免許さえあれば、いつだって仕事が出来るんだ」
 華代は、全く信じられないことを言う健次の顔を窺って、その真偽を探っていた。
「オイ、オレの言うこと、信じられねえのか」
「アッ、いえ・・。でも、まさか、そうまでして・・」
「オレはな、アンタみたいなヤツを見ると、血が騒いで、トコトン、そうしたくなるんだ」
 そうまで言われると、華代は言われた通りに従うしかなかった。
――ああ、月に1、2 度しか来ないのに。
  こんな私に、そうまでしてくれるなんて・・。
 
 華代、本名・花子は、福島の喜多方で、雪深い貧農の娘として生まれて、育った。
 中学を卒業してから、直ぐに求人があった藤沢のソバ屋に就職して、無我夢中で働いてきた。
 学校の成績は良かったし、バレーボールのレギュラーで、評判も良かった。
 だが、兄弟が多くて、貧しい親は、食い扶持を減らすだけしか頭になかったから、経済的に高校には行かれなかった。
 だから華代は、過酷な仕事でも、それで給料を貰って、生きていられるだけで満足だった。
 自分は親元を離れて自立すること、それしか念頭になかったのだ。
 その後、不景気でキャバクラに転向して、挙句の果てには横浜のチンピラに騙されて、ピンハネをされてきたのだ。
 社会生活の経験が乏しかったから、世間は知らなかったし、男のなんたるかも知らなかった。
 だから華代は、都会の大人たちから、ただ言われるまま、されるままに、ただ愚直に働いて生きてきたのだ。
 
 おでんが温まったところで、健次は取り皿に取ると、頬ばった。
「ああ、うまいなぁ。いいダシ、出してるよ」
「まぁ、嬉しいです」
 健次は関西の薄味で育ったが、今は黒い醤油味の方が好みになっていた。
「オイ、それでオレと大阪に行くのかい」
「ハァ・・、私、どうしたらいいのか、判んないんです」
「そうか。でも、あのゴキブリ野郎に掴まって、また地獄を見るんだぞ」
 改めて考えれば、ここにいれば確実に地獄が繰り替えされるし、逃げるにしても、健次の言う大阪しかなかった。
 
 あの男は、週に1、2回しか、このアパートには来なかった。
 だが、来れば華代に高飛車な態度で命令して、ニヤニヤ笑いながら素っ裸にすると、両手、両足を紐で縛った。
 身動きのできない華代に、平手打ちで頬に何度も張って、さらに剥き出しの尻も叩いた。また、髪の毛を鷲掴みにして、残虐にいたぶっていたのである。
 そんな仕打ちを受けて、いつしか華代は、尻を思いっ切り叩かれる痛みに、快感を覚えるようになっていた。
 そして、優しく愛撫されて、甘い言葉を耳元でささやかれると、それだけですべてを捧げる気になってしまうのだ。
 だから、もう身寄りのない華代には、どんなに虐待を受けても、あの男に頼るしかなかった。だから、逃げることなど、全く念頭にはなかった。
 男の虐待と甘い言葉で、男の呪縛にかかって、ほとんど洗脳されていたのだ。
 だが、今、健次に真顔で問い詰められて、フッと目が覚めた。
 それは、健次の真剣さに、言いようのない涙がジワッと湧いてきたからだ。
「健さん、あなたの言う通りに、します」
「そうか。では、30分後に、オレはここに戻るから、荷物を纏めておけよ。まぁ、ワンボックスカーだから、布団ぐらいは積めるから・・」
 すると健次は、余程腹が空いていたのか、もう一杯、おでんを皿によそって食べると、この部屋を出て行った。
 
 健次は、タクシーで自分のアパートへ帰ると、直ぐに駐車場からマイカーに乗って戻ってきた。
 見ると、華代は流しの生ゴミを、ビニール袋に纏めていた。
 さっきのおでんの食べ残しも、水気を切って入れると、袋を二重にして、しっかりと縛った。
 部屋には布団が一式、積み重ねてあったから、健次は手際よくロープで結ぶと、クルマに積み込んだ。
 部屋の隅に架けられた洋服は、ハンガー毎、段ボール箱に押し込んだ。
 あとは衣装箱があったが、普段着や下着が入っているのだろう。
 華代は、キャスター付きのトランクとパンパンに膨らんだボストンバッグを、自分でクルマに乗せた。
 もう引っ越し慣れしているのか、華代の準備が良かったから、夜逃げ同然のそれは、始めてから1時間もしないうちに終わった。
「あっ、ドアはカギをかけないで、カギはテーブルの上に置いて」
 健次は、引っ越しが手慣れていたのか、的確な指示をすると、クルマに乗り込んだ。
 それから、10分もしないうちに、のっぽビルの駐車場についた。
 見上げると、まだ新しいワンルームの賃貸マンションのようだった。
「今日は慌ただしいから、ショルダーバッグだけ持って、部屋に来て・・。寝るなら、その服装のままで、毛布をかぶってくれる」
 まだ新しい部屋に入ると、健次は「疲れているだろうから、ベッドで寝てもいいよ」と言いながら、直ぐに自分の荷物を梱包し始めた。
 しかし、家具付きのレンタル・マンションだったから、格別に大きな荷物はなくて、直ぐに完了した。
 朝に起きたら、不動産屋に連絡して賃料の清算をすること、運送会社に出向いて退職か長期休暇の手続きをすること、当座の資金をATMから引き出すこと等、頭の中で今日の予定を建てていた。
 それから、健次は目覚し時計を9時にセットすると、床にごろんとして、眠ってしまった。
 
                                ― つづく ―
 
 
 





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