かっし〜’s カフェ

日々是巡礼。(ピリピ3:12)
 
2012/05/23 22:02:38|分かち合い
問題意識
僕の恩師であるF先生は、「いつも問題意識を持っていなさい。」と言っていた。

韓国からの帰宅報告でもしたが、日本の行ってきた歴史的事実を折り曲げることも、消すことも出来ない。それが、去年からの問題意識だった。

今でも、その問題意識が消えたわけではないが、最近、自分自身でどうなのだろうか?
と考えることが多くなった問題が、もう一つある。

 それは、讃美についてだ。インマヌエルの使っている「インマヌエル讃美歌」、福音的な諸教会で使われている「聖歌」と「讃美歌」。どれもすばらしい讃美歌集ではあるが、果たして、@本当の意味において、主を讃美しているのか?A言葉の意味を本当に理解して讃美しているのだろうか。

 本当の意味において、主を讃美するとは、人格をお持ちの主なる神を目の前にして、讃えることである。
 ダビデが、詩篇16:8で告白しているように、自分の前に主を置くことである。そこで、主との霊的なリレーションシップがもたれるのだ。主を自分の前に置かない讃美は、心を見られる主にとって、讃美ではないのである。

言葉の意味を本当に理解するには、
歌詞版があると助けになるだろう。幸いに、インマヌエル讃美歌では、「歌詞版」が発刊されている。たまには、歌詞版で歌詞の意味を咀嚼しながら、讃美してみるのも、恵みだと思う。

 例えば、讃美歌526番の2節では、「主は十字架をまず負いて、愛のみ手を伸べたもう。」と、歌われている。インマヌエル讃美歌では、「ひらがな」で書かれているため、
意味がわかりにくい。「おいて」という一言が、「置いて」なのか、「背負って」なのかわかりにくくなっている。おそらく、例を挙げたら枚挙に暇が無いのではないだろうか。
 インマヌエル讃美歌の歌詞版を持っている兄弟姉妹方、折角の機会、調べてみたらいかがだろう。







2012/05/23 17:50:10|分かち合い
久々の投稿
韓国へ旅行に行ってきました。
向こうは湿度も低く、少し肌寒く感じました。

韓国には妹が嫁に行っているので、妹の家に3泊させてもらいました。僕にとっての韓国は、最初、「一番近くて一番遠い国」という印象が強かったのですが、実際行ってみると、これがはまります。(初めての韓国でしたが…(笑))。

で、よく言われますよね。海外に行くと価値観が変わるとか何とか。僕の中でも、価値観とまでは行かないまでも、ひとつの問題意識が生まれてきました。それはずばり、「戦争責任問題」。

「君が代反対」「日の丸反対」等々、色々いわれている事を自分には関係のないことと、今まで処理してきました。実際、日本教会史の最後の授業で、戦争責任問題について意見を問われたときも、他のクラスメートは全員、自分なりの意見を持っていたのに対し、僕は適当なことを言って逃げましたし(苦笑)。

でも、時間は経っていても、私たち日本人のしてきたことが消えることはないんだ、と気づかされました。日本はほとんどの人が、被害者としてしか、終戦記念日を迎えていないのではないでしょうか。僕自身もその一員でした。それがいけないというわけじゃないんです。でも、日本人のしたことにも、加害者としての目線も必要なんじゃないかって、今では思うんです。







2012/05/15 18:09:43|その他
人の温かさ。
3月末、母が骨折して家事全般、出来ない状態になってしまった。
どうしようと考えあぐねていると、地域包括支援センターから電話があり、介護保険の加入手続きと、現状の確認のため、保健士の方がアポイントをとってくださった。それに、チャットのメンバーからも、温かい励ましを受けていた。
保健士の方が、ベットや必要なもの一式、翌日付で設置しに来てくれるよう、かなり無理な以来をしてくれた。その依頼も依頼どおりにことは進み、僕も母も安堵した。

介護タクシーとも契約を結ぶことが出来た。僕一人だったら、何も出来なかっただろう。
専門家が近くにいてくれたことを感謝したい。ケア・マネージャとの話し合いで、先月までは、月〜金、ヘルパーさんに助けてもらい、今月からは、火・木・土の3日間になる。
今は、りんどうでリハビリをしていく、プランを練ってもらっている。

最初は、母と絶えず口論が続いた。今でも、時々しているがw。一回、どうしても母のことが赦せなくて、知り合いの家を訪ねた。 おじさん、おばさんとも、僕のことを小さい頃から知っている人だ。自分が母に対してとってしまった行為など、いろいろと愚痴をこぼした。「愚痴を言いたくなったら、いつでもおいで。」とおばさんに言われたことは、今でも心に残っている。

僕は、一人で存在しているのではない。「周りの人々の助け手があって、生きているんだ。」ということを再確認させられた。何でもいえる、何でも言い合えるそんな人に囲まれて生きている恵みを感謝したい。







2012/05/04 8:46:41|メッセージ
お詫び
今まで続けてきました「三要文」の学びですが、
加藤常明先生の本をベースとし、自分なりにまとめてきました。

が、出版物に対する著作権が存在するため、今までの分を削除し、これからの更新を停止します。

本当に、ご迷惑をおかけしました。<(_ _)>








2012/04/29 18:09:08|その他
2ヶ月早いかなw。
紫陽花の葉の上遊ぶ蝸牛