お外で―おうちで―今度は何をして遊ぼうか?
 
2005/09/28 19:18:15|その他
ジャンプ!(修正版)

1998長野五輪で感動をたくさんくれた競技場。
テレビでしか見た事がなかったのですが、初めて生で見て、スタート地点に登ってきました。
想像以上の傾斜
でも、翔べたら気持ちいいだろうなあ

下から眺めていたときは、グラススキーのイメージでした。
人工芝が敷かれているから。。?
でも、上まで上ってみたら、これはもう、「展望台」
斜面を降りるという感じじゃあなかったです。
こちらも、友人がその見下ろした感じが良く出た写真を撮っていたので、ご覧ください。

豆粒みたいですが、選手がわかるでしょうか?
着地点の傾斜角もすごいでしょ。







2005/09/27 20:57:13|その他
おはようございます(^o^)/&ご神木(修正版)
昨夜は白馬八方で泊りでした。
気持ちいい朝です。
ゴンドラ駅前までお散歩にきましたo(^-^)o

2日目の朝、食事前に一人で散歩に出かけました。
私の場合、いっぱい遊んでいるのですが、出かけるエリアが限られています。
お気に入りエリアばっかりパターン。
だから、今回のようにいつもと違うところに行くのは、わくわくドキドキ。

白馬八方も、初めてのところでした。
夏合宿シーズンが終わり、雪には早い時期でしたが、ゴンドラはハイカー達でにぎわっていました。
7:00AMごろで、上がって降りる時間があるなら、乗ろうと思っていたのですが、7:30が始発とのことで断念。

来た道ではないわき道を歩くと神社が・・・
ここで、ご神木と対面したのです。

そうそう、最近見なくなった丸型ポスト。
健在でしたよ。
心配したお天気も、大丈夫そう。。。
さあ、本格的に出発だ〜!!







2005/09/27 20:42:25|その他
バス旅行(修正版)

修正版のスタートです。

今回は旅行に一緒に行った友人が写真提供してくれました。
携帯ですごい写真を送り続けた、今回の実況型。
友人の力強い協力を得て、もう一度・・・

当日はお仕事があったので、退社後の出発となりました。
移動するためだけの初日は、バスの中で仲間達と
宴会モード。
することも無いので飲むわ、飲むわ。。。
実は、写真提供の友人もしこたま飲んでおりました。
でも、ちゃんと車窓からの夕焼けを撮っていました。
やるじゃん!

写真2は初版で送った足柄サービスエリアの模様です。







2005/09/25 23:28:24|その他
ただいま〜♪
え〜、皆様、今回の実況中継風ブログ更新
楽しんでいただけましたでしょうか?
10:00ちょうどの帰着となりました。
(バスガイド風に)

携帯、使い慣れていないから、写真がひっくり返っていたり
変漢ができなかったり・・・
現場では、携帯で写真撮っちゃ、メールしてる変な人に
なっちゃっていたり・・・
まあ、やってみよう!やってみた・・・
の努力だけが残った感じでしょうか。。。

コメントくださった、皆様有難うございました。
携帯使い慣れてないから(と同じ言い訳で)
コメントを確かめられず、
帰宅後のチェックとなってしまいました。

そんなこんなで、私の留守中に
6000hit越えておりました。
重ね重ね、有難うございました。

今回のコンテンツはしばらくこのままで、
近いうち、修正をかけます。

じゃあ、次回またお会いしましょう!







2005/09/21 18:35:51|その他
天才柳沢教授の生活〜父を偲ぶ
遠方―というほどでもないのだが、友人は公共交通利用で我が家までやってきた。
コミックス11冊…紙袋一杯。重かっただろうな。

「あなたのブログ読んでいて思ったんだけど。。。
 河原教授は詳しくないけど、柳沢教授は好きだよ。
 持って行ってあげる。」

好意はありがたく受けて、早速読んでみた。
・・・そういえば、漫画読むのって何年ぶりだろう?
最近ほとんど読まなくなったなあ。

柳沢教授という人は、とても親近感のある方だ。
漫画というメディア上、性格や行動はデフォルメされているが私にとってはなくてはならない人に通じるものがある。
そう、父に通じる人だ。

若くして亡くなった私の父親は、かなり「変わった人」だったと
父の享年を越えたいまでも私は思っている。

一番の共通点♪
作中の教授は本に囲まれた生活をしており、奥様は「本」が恋敵であったようだ。「本」のために遣り繰りも強いられている。
父は、引越しの費用を都合するために「本」を古本屋で売って捻出したらしい。今より「本」の価値が高かったとはいえ、古本屋に売った金で引越しできるとは、投資した金額は馬鹿にならないであろう。
父が亡くなったとき、会社の方が
「個人蔵書でした。高価な本ですからお持ち帰りください。」
と、専門書を母に返したそうだ。
覚えている限り、楽な生活をしていたとは思えない。
その、高価な「本」は切り詰めた家計から払われていたはずだ。

しかし、表現形態は…
教授の表現にも脱帽するものがあるが…
父の表現は…
蹴飛ばしたいほど、「変人」なところがあったように思う。
電話は嫌いだといって回りがみんな引いてからも、引かなかった。追いかけられるのが、気に食わないという理由だった。
電話を引いてからも、長期の休みは
「キャンプに行く。どこに泊まるかはどこまでいけるかだ。」
等といって出かけてしまう。
私の友人から電話があれば、いいかげんな英語でまくし立て面食らったところでようやく取り次ぐ。

「女も男も無い、人間だ」
「親子でも別な人格だ」
といった、理性的な部分と
子供にべたべたな部分を両方持っていた。

生きていればどんなジジイになっただろう?
…あまり想像したくない(本音)…


私が遊ぶことが好きなのは、彼の影響だし
「知る」事に執着するのも、彼の影響であろう。
教授も、作中で言っている。
「問いは 学校・町中・自然の中、
 どこにでもあります。
 問いは 自ら
 引き出すものです。」

父も、似たようなことをよく言っていた。

ゆっくり父を偲ぶことができた。
友人に(荷物の重さにも)感謝だ。