キノさんの水彩教室

現役時代の駐在先や時たま訪れる外国の風景を描いています。 初心者の方でもすぐに楽しく、簡単に描ける水彩の教室をひらいています。
 
2021/05/13 21:00:02|その他
シカゴレポート#51,52,53

シカゴレポート #51
さて博物館の次は当然ながらコンサートホール、あるいは交響楽団でしょうね。これについても先の美術館のように全米3大交響楽団と言えばニューヨーク、ボストン、シカゴと言いたいところですが、こればかりはそうは行きません。フィラデルフィアあり、クリーブランドあり、サンフランシスコありで枚挙にいとまがありません。
最近のランキングで言うと、トップはシカゴ、次にセントルイス、それからボストンという事になるらしいですが、芸術にランク付けするのはあまり趣味がよくないですね。
それでこのシカゴ交響楽団(こちらでは通称CSO)も何回か聴くチャンスがありましたが、なかでもあのときのハプニングは忘れられません。
 
好奇心の旺盛な義兄夫婦がやってきたときのことです。絵にも音楽にもチョットうるさいこの義兄(家内の姉の亭主)、滞在中に予約もしていないのにどうしてもシカゴシンフォニーが聴きたいと言います。そこで急きょインターネットでチェック。
するとちょうど都合の良い日にコンサートがあるではないですか。でも“ガラの夕べ”とあります。なんだろう、ガラって?
しかも極上のチケットは、な、なんと1000ドルもします!我々のは極下で60ドル、これとてこちらでは安くはありません。一応気取ってわれわれは替え上着にネクタイ、女性軍もちょっとおめかしして出かけました。そしてCSOのホールまえに来てびっくり仰天!
な、なんと開演前のひととき、さんざめきあっているお客さんのほとんどはタキシードにイヴニングドレスではありませんか!
あわてて着替えにもどたってタキシードなんぞあるわけありません。さりとて60ドル掛ける4人イコール240ドルもドブに捨てるわけにも行きません。開演前はなるべく隅のほうで目立たないように、早く始まって暗くなってくれる事を祈りましたが、映画じゃあるまいしさほど暗くはなりません。チケットの関係で当然天井桟敷でしたが、たぶん場違いな格好をした変な4人組が目立った事でしょう。中に一人紋付き袴のお爺さんが目を引きました。
あとで調べたら、コンサートのシーズンって9月から始まって、この日はこけら落とし、即ちこれから新たなコンサートシーズンの記念すべき初日、“ガラ”と言う特別な夕べだったんですね。シカゴ中のお金持ちが社交や慈善もかねてディナーやら楽団員たちとのカクテルパティーのセットで1000ドルも払って集まっていたのです。ひょんなことから迷い込んだ日本人もアメリカという国の豊かさ、文化度の高さをおびえながら垣間見た夕べでした。
ちなみにわれわれは帰途1000ドルのディナーの代わりに日本軽食レストランで6ドルの味噌ラーメンを食べて帰りました、嗚呼何たる格差!
 
シカゴレポート #52
そうそう、コンサートと言えばもうひとつ恥ずかしい失敗をやらかしました。
これも前回のニューヨーク駐在のときのことです。初めての海外赴任、やっと落ち着いたころ、同僚夫妻が子供の面倒を見ているから一日のんびり遊んでこい、とありがたい申し出に甘んじることにしました。永年の夢だったカーネギーホールのコンサートに行くことにしました。指揮者は忘れましたが、確かクリーブランドオーケストラの“ベートーベンの夕べ”だったと思います。場所はよく知っています。と言うのも斜め前が、“日本クラブ”、中古家具やアパートの掲示板をよく見に行ったものです(駐在された方にはピンとくるものがあるはずです)。
最初見た印象では赤レンガ造りの案外小ぶりな建物だな〜なんて思ったのですが、ひとたび中に入ってその豪華な造りに圧倒され、歴史をひしひしと感じました。聞いた話ですが、設立当時は、外の交通はもっぱら馬車、ところがその後自動車のクラクションや救急車のサイレンが中にまで聞こえてきて演奏に支障を来たすので、壁を補強したとのことです。
開演前から胸がドキドキ。さすがに素晴らしい演奏、時のたつのも忘れ、すっかり感動し、ぞろぞろとほかの観客と一緒に表へ。この感動にもう少し浸っていたい、と通りの向こうのカフェに入りました。
家内と話すうち、ふとガラス越しにホールを見るといったん表に出た観客がまたゾロゾロとホールの中に引き返していくではないですか!エエー、何でエー?あわててプログラムを見直しますと、何とまだ半分しか終わってなかったのです。じゃーなんでみんなおもてに出て行ったのよ〜。こちらでは中休みには、外の空気などを吸ってストレッチや、ちょっと腹ごしらえなどで平気でおもてに出て行くとあとで知りました。そんなこととは露知らず
こちらはコーヒーとケーキなどを注文しちゃったし、これを断る英語力もおぼつかないし。
そうこうしているうち、ホールの大扉は閉まってしまいました。例によって家内は、“どーもおかしいと思ってた。短すぎるもん。でも貴方はどんどん出て行っちゃうし!”などと冷たい視線でなじります。さっきの感動はすっかり吹き飛んで、飲んだコーヒーの苦いことと言ったらありませんでした。
 
シカゴレポート#53
よく西部劇などで悪人が裁判にかけられるとき、馬蹄形の柵のような中に入れられて、判事さんから「縛り首の刑」な〜んて判決を言い渡されます。
実はボクもこの馬蹄形の中に入ったことがあるのです。
少々旧聞に属しますが、前回の赴任のときです。まだ着任早々で、自動車の運転も国際免許のまま、ともかく足がないと生活できないので中古のフォードのギャラクシーというフルサイズのでっかい車を日本に帰る方から安く譲ってもらいました。
ある日、これもまだ赴任してさほど経っていない悪友三人で会社の帰り一杯やろうと言うことになり、ボクは運転手なので少し控えて、みな出来上がって家路に着く途中、交差点で横から来た車にドッカーン!幸いスピードはほとんど出てなかったので怪我はありませんが、相手の車はと見ると、相当年季の入ったムスタングのフェンダーがくしゃくしゃ、ひげもじゃ、長髪、バンダナのヒッピーが三人出てきました。こちらと見ればさすがはフルサイズ、バンパーがちょっと曲がっただけです。
ワーワーわめきたてますが、こっちはチンプンカンプン。車の中でご機嫌だった連中も、いまはシュンとしています。
ともかくお巡りさんを呼ぼうと15分ほど待ちますと屋根をピカピカさせてパトカーがやってきました。まず当然ながら”免許証拝見”となり、おもむろにあの灰色、三つ折、ボール紙の免許証を取り出しました。お巡りさんはためつすがめつ見てましたが、やがて”何じゃ、コレ?”
ともかく必死に国際免許だという事を説きましたが、結局 “無免許運転につき裁判所出頭” という切符を切られてしまいました。眠れない夜が明けて、会社で上司に相談すると、”うちの顧問弁護士がマンハッタンにいるから相談して来い”とのこと。
今はなきワールドトレードセンターに弁護士を訪ねました。余談ですが、その事務所が90何階かにあって、待たされている間、窓の外を見ていて気がつきましたが、なんとビルがかすかにですが、ゆっくりと揺れているのです。セスナやヘリコプターが眼下を飛んでゆくのも不思議な光景です。さて、出てきた弁護士はジョージ山岡という日系二世のおじいちゃん弁護士です。また余談ですが、この名前を聞いて、はてな?という人は相当のお年か博学です。実はこのおじいちゃん、幕末の維新の立役者、山岡鉄太郎、のちの鉄舟の孫で、あの東京裁判では元首相、広田弘毅の弁護役を買って出た知る人ぞ知る大物なのです。残念ながら数年後、ラスベガスへ国会議員に随行したいわゆる賭博ツアー事件で、失意のまま引退したと聞きました。
そのときはそうとは知らず、気さくなおじいちゃんとばかり事情を説明しました。すると秘書を呼んで、誰かをよこしなさいと言っています。やってきたのは、こんどは若い金髪の見るからに切れそうな若いローヤー(弁護士)です。
そしてあまりこちらの説明も聞かず、バサっとテキストのようなものを寄こします。
“その設問100を熟読、回答を暗記せよ”とのこと。こんなものが準備されているということは、ボクのようなドジがまだほかにもいるんだな〜と、妙に安心しました。

(掲載水彩画は先日同好会で行った野外スケッチ、地元の小さな公園、ただ近くに巨大な浄水場プラントがあるのにびっくり、つぎはイタリアの山間部の修道院らしき古い石造りへの小道です)。

 





     コメントする
タイトル*
コメント*
名前*
MailAddress:
URL:
削除キー:
コメントを削除する時に必要になります
※「*」は必須入力です。