09:30-12:30:秦野ESSのイベントに出席しました。スエーデンのスザンナさんの特別講演『杉原千畝ドキュメント』を拝聴しました。ビデオフィルムのタイトルは『He defied the tide of time』です。杉原千畝を扱ったビデオはNHK『その時歴史は動いた:6,000人を救った命のビザ』などたくさんありますが、彼女は助けられたユダヤの人がトランジットビザで訪れた日本の敦賀に一時滞在した時の様子や敦賀の人達の証言など丁寧に現地取材、インタビュー取材して編集しています。また、千畝の長男のお嫁さんのお話なども収録されていました。驚きは身内の彼らも千畝の功績(命のビザ発給)を千畝が亡くなるまで本人から一切知らされていない事です。彼の功績は無くなった後の妻:幸子さんの手記から徐々に公開されてきたのです。また、驚きは『「杉原はユダヤ人に金をもらってやったのだから、金には困らないだろう」という悪意に満ちた中傷から、ニシュリによる千畝の名前の照会時の杓子定規の対応まで、旧外務省関係者の千畝に対する敵意と冷淡さは、
河野洋平外務大臣による名誉回復がなされるまで一貫していた。こうした外務省の姿勢に真っ先に抗議したのは、ドイツ人のジャーナリスト、ゲルハルト・ダンプマンだった。』ーウイキペデイアよりー
のように海外のジャーナリストからの抗議(再評価要求)で評価されてきたことです。今回の講演も海外のスザンナさんの千畝評価活動から来ています。私たちも声を大にして博愛主義に満ちた立派な日本人がいた事を後世に語り継ぐ責務があると思います。今年の秋に映画
『杉原千畦』が公開されます。秋にはブームになることを確信します。
終わらざるドラマ:
千畝の死を知るや、駐日イスラエル大使のヤーコブ・コーヘンが駆けつけ、葬儀には、かつてのハルビン学院の教え子やモスクワ駐在員時代の同僚など、生前の千畝を知る三百人余が参列した。通夜には、一人の男性が新聞で知ったということで訪ねて来た。その男性は肉体労働をしているらしい様子で、紙には千円札がきちんとたたまれており、幸子夫人に紙に包んだ香典を渡すと、名前を聞いても言わずに帰って行った。
同志社大学の創立者:新島 襄がアメリカの教会での初説教(日本にキリストの教えを広める学校を作りたい)に農夫が帰りの旅費の数ドルを寄付して立ち去った(歩いて帰宅)を連想しました。
目立たない人道主義の人達が海外にもまた日本にも多くいることに感動しました。