かっし〜’s カフェ

日々是巡礼。(ピリピ3:12)
 
2010/02/01 21:19:36|その他
祝!90Hits
いつも来てくださっている方、たまたま通りかかった方。
感謝します。90Hitを迎えることが出来ました。
いつの間にかこのblogに、延べ90人もの方が訪れてくださっています。うわぁ、90人ですよ、90人。後10人で、100です。
遠いかなぁと思っていた100Hitsも、この勢いでは・・・。

本当に、感謝します。
あ、100Hitを踏まれた方、コメントにて連絡して下さったら、
何かあるかも・・・(笑)







2010/01/29 10:50:04|その他
ヤベツの祈り
ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。
「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」
そこで神は彼の願ったことをかなえられた。(T歴代 4:10)

ヤベツの名前は、ここ以外、聖書の何処にも記されていない。いきなり出てくるヤベツ。聖書記者は、何が言いたくて、わざわざダビデの家系でないこの人間の事を記したのか。

この祈りと出会い、祈り始めて1年以上の歳月が経とうとしている。BTCの卒業式で、ある姉妹から渡されたプレゼントが、この祈りについて、平野耕一先生が書かれている本であった。以前よりこの本を読み、祈っていた私は、「あ〜、またこの本か・・・」と内心思ったのである。祈っていた祈りを渡される心境。どういうものか想像いただきたい。

何故私が、この本に対して否定的なのか少し記したいと思う。所謂つぶやき以外の何物でもないのだが、これも信仰生活を送る上で起こる出来事である。この本は、「この祈りは、あなたの未来を変える(祝福へと)」といっている。現状は、父が他界し相続問題が持ち上がり、土地の境界について隣人と話し合わなければならなくなった。しかし、地境が広がるどころか、狭まったのだ。「祝福」と言う言葉を取ってみても、20件の求人へ応募して、いまだに職にありつけていない。12月に一端決まった仕事も、12月末に内定の取り消しを食らっている。旧約聖書における「祝福」の概念は、ヨブ記42:12-15を参照していただきたい。これが「祝福」なのである。今の現状を考えると、とてもヤベツの祈りに対して、前向きになれないのである。はっきり言おう、これは、ヤベツに対して答えられた祈りであって、私(あなた)にたいして、答えられるという保証はどこにもない。神様にその責任もない。聖書は、ヤベツの祈りを祈れば、あなたもヤベツと同じようになります。とは記していないのである。

そんな中で、この祈りについて自分なりに考察してみた。
わかっていることは、ヤベツが祈った事と、神が祈りに答えられたと言う2点だけである。祈ってから答えられるまでの期間、祈った内容に対して、どのように神が答えられたのか、具体的な祈りの答えについては何一つ記されていない。ただ「彼の願ったことをかなえられた」と、漠然としか書かれていない。これらのことから言えることは、「霊的な問題と、実際生活で起こる問題とを混同してはならない。」と言う事であろう。祈りが足りないから祝福されないと考えがちな人は、霊的な問題と、実際生活で起こる問題とを混同している人である。霊的に自立するため、また、神の祈りの答えを待つために、否定的ではあれ、私は今日もこの祈りを祈るのである。







2010/01/28 17:42:48|写真
主のつくられたもの その2
暖冬のせいでしょうか、庭先の梅の蕾が膨らんでいました。
2輪ほど花も咲いていました。







2010/01/28 17:38:47|写真
主のつくられたもの
主の創造のみ業を讃美します。

昨日撮った物です。面白い形をしていたので、おもわずパシリと撮っていました。







2010/01/24 14:08:08|分かち合い
思いを天に向け
最近の日課に、夜のウォーキングがあります。満天の星空を見ると、自分が如何に小さい者かを教えられ、それと同時に神の偉大さを教えられるのです。神は、遠くに居られるお方であると同時に、私たちの近くにいてくださるお方なのです。皆さんも今夜、星空を眺めに出かけませんか?(詩8:3‐4)


我らの主、あなたの御名は天地においてすばらしい。
主は栄光で、天を満たし。愛で心を満たす。
思いを天に向け星を見るとき、人は何者でしょう。
しかし主は私を捜し愛し、冠を下さった。

我らの主、あなたの御名は天地においてすばらしい。
主は栄光で、天を満たし。愛で心を満たす。