☆ぜんそくとうつとわたし☆

性格的には、ちょー元気がとりえのワタシ♪ …だが、体的には、5才からぜんそくになり、’07年にはうつ病も発症(^_^;)でも、めげずに、出来る範囲で楽しく人生過ごそうゼ!がモットーです\(^o^)/ よろしくネ☆
 
2015/02/23 22:09:01|うつ病(入院含む)
躁うつ病入院の話 其の1
前にも少し書きましたが、躁うつ病で入院した時の話を書きます。
(私個人の体験・感想なので偏った部分も多々あるかと思いますがご了承ください)


入院は自分で決めましたが、その前の診察の時に入院の荷物を持っていったりしてまさに躁の状態でした。

主治医の説明を聞いてたぶんには「休養」という感じで、私の中では自分一人で好きなことをやったり休んだりして、自分の時間を満喫できるものと勘違いしていました。

私物も必要なものよりも自分の時間を有意義に過ごすアイテムばかり荷詰めしてました。
ハワイアンキルトの道具とか画材とか。

入院当日。
そこで初めて入院の時は担当医が変わる事を知らされました。
何も言われていなかったので、てっきり主治医が診てくれるものだと思っていました。

その担当医から
「今気分はあがっていますか?」と聞かれ正直に「テンション高いと思います」と言いました。

部屋は個室を希望していました。他の人に迷惑かけるのも気をつかうのも嫌だったので。

病棟に行って親と一緒に入院時の説明を受けましたが、ほとんど覚えていません。

その後。入院されるみなさんがみんなそうなのかは判りませんが、必要最低限の荷物以外はすべて没収されました(後日少しずつ返却されましたが)

本当に必要最低限。いわいるお泊りセットだけ。

入院から3日間は夜間は施錠され、ポータブルトイレが置かれました。

管理病棟なので、自分ひとりでは階下に行くこともできません。(エレベーター・階段に続く扉は厳重に施錠されて看護師や医師しか鍵を持っていませんでした)

食事もその階の中央にあるテーブルで、看護師さん達が何人か立ってずっと私たちの様子を見ていました。
食事中おしゃべりも許されません(容体が安定している患者さんは階下の食堂に看護師さんに連れられて行っていました)

鉛筆ひとつ自由に持たせてもらえない。
これが現実でした。

入院の説明書きにはそこまで細かくは書いていなかったと思いました。

精神科の入院は普通の入院とは訳が違います。
今、冷静になって考えると当たり前だよなーと感じる事もたくさんあります。

例えばハワイアンキルトの道具。
普通では何も害がないものですが、針や小型のハサミなどは当然危険と見なされます。

顔の小型マッサージ器。
これも充電用コード付きだからダメです。

画材もものによっては危ないと見なされるものもあります。

でもその時の私はそんなことには気づかずにかなり動揺しました。
パニックと言ってもあまり過言ではないくらいに。
自分の大切なものが全部取り上げられたと思ってしまったのです。

とにかく納得いかなくて、回診に来た担当医達(最初のうちはいろんな先生がきます)に食ってかかりました。

そんな状態では、医師も現状維持する以外ありません。

結局、鉛筆を持たせてもらえたのは約一週間後でした。


病棟の真ん中にある食事を食べるスペースにあったクリスマスツリー。
患者さんに少しでも楽しい気持ちになってもらおうと思って看護師さん達がいっぱいの飾りつけをしてくれたものでした。

でも。

今の自分とは正反対の楽しい日々の象徴のように見えて、悲しくて悔しくて泣けてきました。

この後も「何でこんな思いをしなくてはならないのだろう」と思った事が何回かあります。

そのお話はまた次回。





 







2015/02/19 14:23:00|子育て
娘のこと
本題とは関係ありませんが今年のバレンタインに娘が作ったお菓子です。

娘が無事高校に合格したことは書きましたが、細かい話は後回しだったので書こうと思います。

実はうちの娘は中2から不登校でした。
原因は一つではないのですが、とにかくネガティブ思考になり人と会うのを嫌がりました。

福岡に引っ越してきて最初のうちはがんばって行ったのですが、教室ではなく別室で勉強してました。
幸いにも修学旅行には行けましたが、ここまででがんばりすぎてその後はまたずっとお休みしてました。

中3になって普通科の高校に進学したいという本人の希望で、教育委員会が運営している(?)不登校対応教室に6月から通い始めました。
ここは学校とは異なりますが、学校の出席日数としてカウントしてもらえます。

途中しんどい時もあったようですが「高校では復学したい」との強い意志で遅れていた勉強もしっかりがんばり、晴れて高校合格しました。


私の病院でも言われましたが、不登校のほぼ9割の人が社会復帰しているそうです。
だから焦らなくても大丈夫と言われました。
私も私のやり方で子供と向き合って過ごしていました。
課外授業の代わりに車で色々な所(人混みを嫌がっていたので人の少ない所)に連れていきました。
子供対応の精神科にも通っています。

これからまた環境が大きく変わりますが、出来る範囲で出来る事を楽しんでいってもらえたらと思います。








2015/02/14 14:10:02|手作りお菓子&料理
バレンタイン2015
今年はナッツチョコケーキです
(^ー^)

クルミとアーモンドが入っていて、チョコの分量も多いので濃厚です。

…でも、アイシングって初めてやりましたが難しい!
次回はもっと読みやすいようにがんばります(笑)









2015/02/09 22:24:00|子育て
嬉しい知らせ
娘が高校合格しました
(≧∇≦)

今日の記事で娘の話を詳しく書こうと思っていたのですが、合格連絡が夕方と思っていたより遅かったので娘共々疲れてしまったので、細かい話は次回にします。

でも良かった!








2015/02/09 9:41:16|うつ病(入院含む)
ずっと書かなくてごめんなさい
「躁うつ病の入院した時の話を書きます」
と言って幾年月。

昨年入院に至る経緯は書きましたが、またそこでこの内容に関する記事は滞ってしまいました。

書かなかった、いや書けなかった理由はやはり
「ぜんそくで入院した時とは全く違う、とても勉強になったけど、ものすごく辛い時間だった」からです。

躁うつ病では2度と入院したくないと心底思ったこの体験。
他の人から見たら全然大変ではないかもしれない。
みなさんにどう受け止められるかも心配でした。

でも。
このHPを立ち上げた理由

「少しでも自分の体験が誰かの役に立てるのなら。」
「自分と同じ辛い目に合う前に回避できるのなら」
自分の中でこの思いは根底から消える事はありません。

自分の嫌な思いをした過去を振り返りほじくり返すのは本当に辛い事です。
自分の嫌な部分も文章になると再確認して落ち込みます。
時間が経つにつれ、嫌な記憶は消える部分もあるので、その当時の出来事を正確に書く事もできません。

それでも。
書こうと思います。

・・・ですが、今日の午後には大事な事があり、その内容の記事を先に書かなくてはと思いますので、その後になるべく頭の中を整理してから文章にしようと思います。

前置きが長くなるようで申し訳ありません。