有り余る時間を楽しく過す極意を知った友人らとの交流の場。 環境にやさしい趣味の世界へどうぞ。 趣味は現役の時から持つと人生が倍に楽しめます。
 
2013/01/06 21:40:01|船の思い出
船の思い出・・・大きなデボチンにびっくり
船の思い出
 
とてつもなく大きな出べそを供えたオランダ船の進水式です。シリンドリカル・バウ(円筒状船首)という造波抵抗を抑える為のデボチンです。
46年前の1月21日の様子です。喫水線の右横に見えるタッグボートの煙突から真っ白な蒸気が吹き出ています。進水を祝う汽笛を鳴らしているところです。
進水台の脇には旗を持った進水担当者が何人も並び、円滑な滑り出しを監視しています。
本船のエンジンは、ストーク社製のもので、BHP計測のインジケータを取り付ける位置が妙な所にあったことを覚えています。
プロペラシャフトの引抜き要領を設計し、初めて船主監督のところへ図面説明に、係長に連れて行かれたことを鮮明に思い出します。成人式を迎えたばかりの若輩の時代でした。







2013/01/05 21:28:01|船の思い出
乗組員と再会
アルバムを詰めた埃だらけのダンボールから出てきました。
4ヶ月間を共にしたBORGNESの乗組み達です。
来日前にロンドンに近い港町で撮影したものです。電気技師のトニー・ハンソン(当時24歳)が記念にくれたものです。ストライプの強いネクタイを締めたサングラスの色男です。
懐かしい顔ぶれです。
 
このメンバーと出港の2ヶ月前から昼夜付き合いました。保証技師として乗船を命じられた時から設計室を離れ、本船のあらゆる部分の構造や機能を勉強する自由時間を与えられます。
就業時間中は、艤装岸壁で電気設備、機械設備を艤装工事中の本船の中を歩き回ります。
 
アフターファイブは、乗組みとの懇親・コミュニケーションに努めます。当時流行っていたボウリングに行ったり、市内観光をしたりと相互理解に努めるわけです。
 
船長、機関長はじめコックや通信士などなどそれそれの性格や振る舞いを思い出します。







2013/01/04 16:55:01|船の思い出
絵葉書発見・・・船の思い出 

本棚の整理をしていると懐かしい船の絵葉書が出てきました。
造船所から船を引渡しするときに記念として作る葉書です。
 
本船の機関室設計を担当し、保証技師として4ヶ月間の航海をした思い出があります。
 
30数年も前のことです。今はスクラップとなり別の船に生れ変っていることでしょう。
 
ノールウェーの船会社のイギリス支社発注の船でした。30名ほどの英国人乗り組との4ヶ月間、航海中は色んなことがありましたが、今では愉しいことしか思い出しません。
 
この航海中に竹とんぼの趣味に出会っていたらどんな船旅となっていたことでしょう。
 
某造船所・バンクーバ・バンコック・シンガポール・パース・フリーマントル・ブリスベーン・パナマキャナル・デルウェアに至る間、赤道祭の洗礼を2回も受けました。







2013/01/03 21:33:04|船の思い出
新鮮な思い出

部屋の掃除を終え、インターネットで船の模型に関する資料を探していました。
 
竹とんぼ作りの合い間に他の模型を作りたくなることがあります。竹とんぼ作りに嵌まる前は、浮き作り、その前はハンドグライダーに夢中になっていました。
 
最近妙に船の模型を作りたくなります。
見つけたのは、現役で25、6歳の頃、初めて設計担当を命ぜられた船の写真と図面です。
運輸省航海訓練所の練習船でした。昭和47年に完成引き渡した懐かしい思い出です。
平成に入り、後継船が建造されています。
一般商船とは違い多くの写真が残されていることは嬉しいものです。
 
地方の造船所で竣工し、海上公試に向う姿を思い出します。また、練習航海で小笠原諸島父島に行き、黒潮を越える時のローリングに悩まされたことがつい昨日のように思われます。
 
プロペラの設計に頭を悩ましていた時期でした。
エコノマイザーのカルマン渦音の対策に汗を掻いた時代でした。
 
年をとったかな。







2013/01/02 21:00:07|今日の出来事
箱根駅伝

今日の出来事 箱根駅伝
 
例年、大磯の国道一号線で箱根駅伝を応援しています。
 
二人の息子が卒業したW大、M大を注目していました。
それなりの成績でした。
 
読売の旗が一杯並んでいます。我が家でも10本ほどゲット。女房が近所の友人に分けました。
 
紺碧の大空にはヘリコプターがホバーリングしながら選手団をゆっくり西に向います。

今年の竹とんぼはこのようにホバーリングするものを作りたいと思います。
 
新春の行事が終われば竹とんぼに向いましょう。