フラメンコの起源は異なった理論が入り混じっており、 まだ議論をされている。
インドを起源とし、西に流れて来たロマ族(スペイン語では ヒターノ)、アラブ民族、在庫来のアンダルシア人らの文化が融合して生まれた。 起源はブリタニカ国際大百科事典では14世紀、ウィキペディアでは、祖型の成立は18世紀末とされている。
フラメンコとは普通、歌い手(カンテ)とギター奏者一人づつからなる。踊りはバイレ・フラメンコとよばれる。
フラメンコを生みだしたヒターノのコミュニティにも 低地のものと高地のものとがある。 語源としては、フランドル地方の音楽の意で 今日知られる形に対して、使われるようになったのは 1853年マドリードで行われた夜会。1860年ごろには セビリアでも用いられるようになった。
時期はともかく、フラメンコの発生はアンダルシア地方、 なかでもセビリア、カディス周辺のアンダルシア西部が 本場とされている。
当初はギターは用いられることはなく、 個人の家などプライベートな空間が主で 手拍子や掛け声を伴奏に歌われた。 19世紀にカフェ・カンタンテという飲食店が出現し フラメンコが上演されたことから フラメンコ表現が大きく変容することとなった。 タブラオ(写真)が出現すると、フラメンコが上演され、 次第に劇場やフェスティバルは フラメンコが上演される 重要な場所となっていった。
その後、近代でフランコ独裁政権は フラメンコを保護したので、 本国スペインでは多感な若者たちが フラメンコを忌み嫌う傾向があった。 フランコ死後、 フラメンコは英米の音楽とはことなる、 スペイン独自の音楽として 本国で再評価されるようになった。
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